松月 滉(まつづき こう)
幸福喫茶3丁目(シアワセきっさ3ちょうめ)
第07巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★(4点)
いよいよ文化祭も本番!! 2年1組の喫茶店は大盛況☆ でも潤は草と2人の時にハプニングに遭い大ピンチ! 一方、進藤さんは母の昔の知り合いだという安倍川葛に母の事を訊かれ…!? うるのシアワセ探しロマンス☆第7巻! さわやか読み切り『ナンバーワンDX』も併録!!
簡潔完結感想文
- 文化祭回完結。お祭り感は出ているけれど、人とエピソードが多すぎて本題が見えにくい。
- 黒髪の2人、白髪の2人 どちらも同じに見える。人を増やしてページを埋めている疑惑が…。
- 結果的に読者の気を引くためだけのトラウマと恋愛の匂わせ。恋心の芽は早めに摘み取る。
安心してください、始まりそうで 何も始まりませんよ、の 7巻。
トラウマの忘れないでねキャンペーン実施中、と言った内容である。
『7巻』では進藤(しんどう)を置き去りにして失踪した母親の昔の知り合いが登場する。それは安倍川(あべかわ)兄弟の父親で、彼と進藤が出会うことで進藤のトラウマがフラッシュバック。進藤のメンタルヘルスが乱れる、という内容になっている。
これが進藤のトラウマ解消への入口なら、今回の内容にも意味が出てくるが、『7巻』以降 進藤のトラウマが話題になるのは随分 先である。なぜ ここで進藤のトラウマを もう一度 匂わせる必要があったのかが全く不明だ。
作品的には進藤のトラウマを解消できる資格があるのは、選ばれた聖女であるヒロイン・潤(うる)だけという彼女の価値を確立させたかったのだろうか。
そうでなくとも潤を作品全体で持ち上げる雰囲気に辟易としているというのに。潤って こんなに良い子なんですキャンペーンの乱発には困ったものだ。以前も似たようなことを書いたが、本書全体が「シアワセ教」の経典のようだ。潤の行動は全てシアワセ教の教えに則っていて、彼女のように笑顔を絶やさなければ 皆さんも幸せになれますよ、という作者のシアワセの押し売りに見えてきてしまう。
通常、トラウマと恋愛はセットなのが少女漫画である。ヒーローのトラウマに知ることでヒロインとの距離は縮まり、その解消が恋愛開始の合図になったりする。
だが本書はトラウマは繰り返しても恋愛は一向に進ませない。進まないように細心の注意を払っていると言ってもいい。よく分からない立ち位置なのが一郎(いちろう)で、彼は潤を進藤のトラウマに向き合える唯一の人間と考えているのに、潤が進藤への特別な気持ちに目覚めることは快く思っていない。
恋愛に関しては子供のように無垢な2人に対して、一郎は蜜香(みつか)と阿吽の呼吸で、彼らを恋愛から遠ざけるために洗脳している。この一郎と蜜香こそが作者の分身だろう。読者を喜ばすサービスはするけれど、決定的な部分までは足を踏み込ませない。なぜなら連載を まだまだ続けたいから。
連載の継続のためなら何度だってトラウマを利用するし、何度だって恋愛をリセットする。そういう後ろ向きな内容が見え隠れした『7巻』だった。煎じ詰めれば、何も起きていないと同じ。熱心な信者ではない読者に残るのは徒労感である。
引き続き文化祭回。
生活レベルの違いなどから土田(つちだ・男)は幼なじみの女性・山根(やまね)を遠ざけていた。だが、潤や生徒会長など周囲のお節介で山根は彼との接点を持つことに。そして あっという間に両想い。山根の葛藤は潤を通して描かれていたが、土田が どうして心境の変化があったのかが分からない。文化祭回はゴチャゴチャしすぎなので、もうちょっと丁寧に2人の関係を中心に描いてほしかった。安倍川 草(そう)はともかく、子供たちは必要だったかなぁ…?
潤は それを見届けて教室に帰ろうとしたが、潤のクラスをライバル視する敵対勢力によって草と共に空き教室に幽閉されてしまった。
一方で同じく文化祭に来ていた安倍川兄弟の父親は進藤と再び会い、自分が進藤の母親と顔見知りだということを彼に告げる。だが安倍川父は昔の母親のことを知っているだけで、彼女が進藤を置いて蒸発したことなどは初耳の様子。安倍川父を辿っていっても、進藤の母親に繋がることは なさそうだ。
しかも進藤の母親を巡る話は結局、終盤になってからしか話が進まない。予告だけして放置される。読者の興味を引こうという計画なのだろうが、こういう本筋を置いておいて、脇キャラの話ばかりを描くから読者の失望は募っていく。
草は潤と2人きりの空間を満喫し、これを機に勇気を出して告白するも、潤は寝ていてスルーされる。白泉社らしい肩透かしである。しかし進藤と草が同時に出る回は、どちらがどちらだが分かりにくいなぁ。同じ黒髪キャラを出すなら せめて髪型を記号化して欲しいところ。
潤たちが拉致された一件は脅迫状によって明らかになり、生徒会長が犯人たちを締め上げるが、それとは関係なく、進藤が潤の居場所に通りかかり、部屋から救出する。この際に、寝ていた潤の横で、草と進藤がライバル関係の緊張感を漂わせていたことを天然ヒロインは知らない…。
生徒会長たちは不正と誘拐を試みた バカな生徒を罰しようとするが、聖母・潤の一声によって彼らのことは公にならない。土田の弟に潤が胸を触られた件も、イケメン3人(進藤・一郎・草)が鬼の形相をしたり、潤は無自覚に守られている。こういう構図こそ少女漫画なんだろうけど、本書に関しては わざとらしさを感じてしまう。
後日のボヌールでも、安倍川父と店長が自分の息子の嫁候補として潤を取り合ったり(一郎も参戦)、潤は こんなにも愛されています!という再確認が しつこい。
安倍川父の登場と母親の名前を聞いたことで、進藤はまた母親のことに囚われてしまう。潤は それを敏感に感じ取る。
だが今回の進藤は潤の心配にすら一線を引く。うーん、進藤が潤の疑問に素直に答える時と答えない時の差が分からない。なんだか進藤がデリケートというよりも、自分の気分次第で周囲に気を遣わせる面倒くさい人間に見えてくる。
それでも潤は「理由をききだすんじゃなくて 元気にしてあげればいい!」と前向き。いや、君も進藤に「どうか… したんですか…?」と理由を聞いていたけどね…。矛盾がエグい。
そんな潤に希望を託して、店長と一郎は2人きりにするため店を出る。そこで安倍川父との会話、記憶のフラッシュバックについて語る。進藤の気持ちを受け止めた潤は彼の代わりに号泣する。そんな潤を進藤は思わず抱きしめる。いつも笑顔が印象的な潤の珍しい泣き顔は進藤に思わず行動させてしまうだけの破壊力があったようだ。
これには さすがの潤も赤面する。
いよいよ恋の始まりか、と思わせて、進藤は自分のしたことがセクハラだと落ち込む。不自然な鈍感って もう恋をする必要もないと思ってしまう。
一方、潤は混乱して平常心で いられない。ちなみに この回では進藤の友人・井上(いのうえ)が登場するのだが、白髪の井上は一郎と見間違うなぁ。潤の相談に乗っている井上が一郎にしか見えない。誰か外見的な違いを教えて欲しい。あと井上は なぜネクタイを着用しているのだろうか。以前の来店は教育実習期間だったからスーツなのは分かるが、もう時期的には ただの大学生だろうに。作者の考えていることは本当に私には理解不能だ。
進藤は自分がしっかりしていれば潤が泣くこともなかった、と自分を奮い立たせる。だが進藤が潤に向き合う前に一郎が、進藤の中に恋愛感情の出現を阻止させるために 進藤の潤への気持ち・行動は小動物への それ だと断定する。
そして潤側も特に理由もなく勢いよく来店してきた蜜香(みつか)によって洗脳され、進藤が特別なのではなく、男性にそうされたことに動揺しているだけ、と潤に恋心を自覚させることを阻止する。ここでは蜜香と一郎は、テレパシーで通じ合い、それぞれが潤たちの関係を邪魔している。潤に恋をしているであろう一郎が進藤を阻止するのは分かるが、蜜香が自分が崇め奉っている潤に対して不誠実な答えをするのが納得いかない。祝福できない気持ちは分かるが、リセットのためだけに不自然に登場し、潤の気持ちを大事にしないというのは作品側が蜜香を便利に使い過ぎてはいないか。
こうして1話の内に、生まれそうになった特別な感情は除去・リセットされ、同じような日々が始まる。
「ナンバーワンDX」…
本編でも登場することになった有本(ありもと)と相沢(あいざわ)の初登場となる読切短編。本編初登場の『6巻』の時も書いたが、なぜ『6巻』に収録してくれなかったのだろうか。
潤の小さい設定(154cmはあるが)、『2巻』収録の老け顔ヒロイン、そして今回の有本の高身長と、作者は外見を その人の最大の特徴としてキャラ付けしている。
中学2年生の有本は男性にも負けない身長はあり、相沢をライバル視しているが、相沢は有本を女性として見て、そして守れる自分でいたいと思っているという話。これは まんま『2巻』収録の読切短編と同じ構図。どんな容姿であっても 女の子は 女の子なんだもん!という一貫したテーマ(または話の幅の狭さ)なのだろう。
ちなみに ここから3年後も鈍感ヒロインとの距離感は変わらない。ここまでくると相沢は なぜ有本に告白しないのかが謎になる。本編中に、一向に進展しない潤と進藤の代わりにゴールインしてくれれば恋愛達成の充実感を味わえるのだが、作者は色々と放置しっぱなし。あっという間にカップルになった土田と山根がレアケースであることが残念だ。この2人が どうなったかは後に出版された番外編(後日談?)『幸福喫茶3丁目2番地』で読める。