松月 滉(まつづき こう)
幸福喫茶3丁目(シアワセきっさ3ちょうめ)
第08巻評価:★★(4点)
総合評価:★★(4点)
健志は大好きな従姉の潤を思い切って運動会へ誘うことに★ 健志に恋する金髪少女・千代は潤の存在に気づきボヌールへ偵察に!? 一方、草を応援する柏は新たなラブ☆アタック作戦を決行!潤を前にしてドキドキの草。今回は!?
簡潔完結感想文
- お子様回。本書で唯一 ヒロインに敵意を燃やす女性の登場。進藤への恋じゃないのでセーフ。
- 健志や草の頑張りは 所詮 進藤が心を整えるまでの前座。笑顔とシアワセ教のコンボに頭が頭痛。
- 一郎の父は 弟・二郎や店長と同じく最後に正体が明かされる。ネタの使い回しも三度までだよ?
無自覚天然ヒロインのモテモテ日記、の 8巻。
健志(けんし)、草(そう)、進藤(しんどう)、一郎(いちろう)、全員がヒロイン・潤(うる)が大好きなんだぞ、ということだけしか描かれていない『8巻』。
それなのに潤は恋愛感情すら理解していないという最強の無自覚ヒロイン。ヒロインが鈍感なのは白泉社の特徴と言えるが、時々 その塩梅を間違えて、自己承認欲求が満たされるよりも、ヒロインへの嫌悪が勝ってしまう場合がある。私の読書経験からすると どうも2000年代半ばの「花とゆめ」連載の新人作家に その傾向が強いように思う。初めての連載で どう話を作っていいか分からず、とりあえず恋愛に決着をつけないようにという編集者の支持を守り過ぎたのだろうか(想像)。
本書と似たような印象を受けるのが同じ頃に連載していた南マキさん『S・A』、西形まい さん『ヴィーナス綺想曲』。どちらもヒロインを必要以上に鈍感にしてしまい、彼女が恋愛をする意味すら消失させてしまったように思う。特に前者は最終盤で最強の当て馬が登場しても、ヒロインは彼からの好意を自覚しないままにすることに注力し、当て馬は何もさせてもらえないまま静かに作中から去っていった。ヒロインの気持ちが濁ることすらない、清浄な世界は読者の癒しになるかもしれないが、少女漫画の最終目的である恋愛成就のカタルシスを低減してしまう気がする。
作中に恋のライバルを出現させないのもヒロインのためだろう。主な舞台のカフェ・ボヌールには同世代の女性は入れない。イケメンを中心に選ばれた者しか入れない聖域で、そこではシアワセ教が基本の教えとなり、潤の笑顔が世界で最も価値のあるものとして男性たちから崇め奉られる。この世界の狭さ、潤の言葉は神の言葉に等しいような扱われ方には辟易とするばかり。
『8巻』では初めて潤に恋愛面で悪意を持つ小学生・千代(ちよ)がボヌールに入店するのだが、彼女が恋をするのは進藤ではなく、潤の従弟の健志である。潤と同世代でもなく、恋の相手も違うからこそ千代はボヌールへの侵入が許可された。そうでなければ聖域には入れない。それほどまでに潤を守ろうとする作品の意思は固い。潤の信奉者にはなれなかった私からすると、そこまでして教えを守らなければならないものか、と異教徒の熱心な活動は冷めた目で見てしまう。
女性ライバルや元カノの登場など、ここまで進藤に恋愛ネタがないと彼は本当に格好いいのか疑問が湧いてくる。街中で歩くたびにキャーキャー言われるような作品は好きではないが、進藤は それが無さすぎである。潤ばかり過剰にモテて、性格の良さを演出していてバランスが悪い。
また進藤以外の男性たちの扱いも割と酷い。進藤の一番のライバルであろう一郎は、時に潔く身を引いたり、時に意識を失い話に参加できなくなりして まともに活動を許されていない。これは一郎ファンには残念な描写だろう。せめて三角関係モノの構図を残してくれれば、最後まで楽しめたかもしれないが、作品は最初から一郎を軽視しているように思う。
そして『8巻』では進藤が心の整理をする時間を作るために、健志や草の恋心が利用されているようにも見えた。
好きと言える段階でもない男性2人(健志・草)に、好きと言っても潤に冗談と受け止められてしまう一郎、潤周辺の恋愛要素は1ミリも動かないまま物語は後半戦へと突入する。長いなー。
先日のトラウマと恋愛の思い出してねキャンペーンは早くも終了し、潤と進藤は恋愛感情を相殺する一郎たちによる洗脳が解けていないままで恋愛はリセットされ、日常が続く。
冒頭は作者が大好きな子供ネタ。潤の従弟の健志の学校ネタで、健志のことが好きなのに素直になれないキャラの月城 千代(つきしろ ちよ)が登場。母親がアメリカ人のため金髪で、容姿にコンプレックスがある設定は作者のキャラ付けの癖が またでている。だが そのコンプレックスを吹き飛ばしたのが健志の公平な一言だった。名前を大切にするのも さすが潤の血縁。本書における正しさは彼らの血脈の中に存在するらしい。
健志は潤に運動会を見てもらいたくて頑張るが、千代は健志が潤を好きだと知ってしまう。
そこで千代はボヌールに潜入する。イケメンだらけのボヌールで色々とテンパるが、潤は健志と同じく千代の髪色を褒めてくれ、心を許しそうになる。だが潤が健志の片想いの相手だと知り、千代は攻撃な態度を取ってしまう。うーん、この辺は一郎に対する二郎(じろう)、もっと言えば潤に対する健志と似たような展開だなぁ。既視感たっぷりで嫌になる。
運動会当日、千代は健志と潤の2人を見てしまい、仮病を使って健志と出るはずのリレーを休もうとする。健志の頑張りは潤のためだという現実から目を背けたいのだ。
でも健志は潤への片想いに望みがないからこそ必死に自分の いいところを見せたい。それが数少ない自分の努力だからと千代に言う。その言葉に感化され、千代はリレーに参加する。恨んだり僻んだりするだけでなく、努力の大切さを知った千代は背筋を伸ばして生きることだろう。
潤のモテモテ日記は続き、草の話。純情すぎる弟・草を心配する兄の柏(かしわ)は放課後、潤を校門で待ち伏せし、兄弟が通う学校の文化祭に潤を招待する。この学校は外部の人間は文化祭に入れないらしく、潤は柏から渡された制服で潜入する。この回で草の友人役として神田(かんだ)が出てくる。後に『12巻』で表紙に選ばれるが、覚える必要のない量産型イケメンである。
草は、潤の学校の文化祭(『7巻』)と同じように2人で並んで座り、神田が主役の劇を観劇する。草のラッキープレイスは文化祭なのか。
観劇の後も2人は並んで座り、恋バナが始まる。潤の方はリセット機能もあり、まだ恋心すら自覚しない段階。そこに草が名乗りを上げようとするが、勇気が出なくて、自分が異性として見られているだけで満足という結論に達してしまう。第三者の恋愛は動かしてもいいが、ヒロインに関わる恋愛は不動であり続ける。
ただし潤は完全に洗脳され 恋愛感情がリセットされているが、進藤はそうではない様子。どうも頭の片隅にずっと潤がいて、彼女のことを考えてしまっている。
そんな進藤の様子を察した店長は、潤がバイトのために顔を出し、一郎が寝た隙に彼らを2人きりにする。
進藤は潤を泣かせた後ろめたさから顔を直視できない。顔を背けた進藤は、ふと あの泣いた時の潤の言葉を思い出す。潤が「(進藤は)いつも一人で泣く」という言葉から彼女が過去に自分の泣いているところを見たことがあることを知る。これは『4巻』の進藤の風邪回での話ですね。
潤に泣いた姿を見られたと知った進藤は自分が女々しいと落ち込むが、潤は悲しいことを楽しいことで上書きしましょう、と笑顔とシアワセ教を布教する。こうして再び潤に元気づけられた進藤は、彼女を泣かせたことを謝罪する。名前が女っぽいとか、行動が女々しいとか、進藤は自分が男性的であることに こだわっている節がある。
続いては『5巻』の番外編でも出てきた一郎そっくりな彼の父親が登場する。女の子だと思ったら男の子だった二郎の時と同じく、一郎だと思ったら その父、という展開。家族だから同じネタなのか、同じネタしか考えられないのか、そこが問題だ。
漫画ならではの展開に こういうツッコミは野暮なんだろうけど、10代後半の男性と 40代(おそらく)が同じに見える訳がない。本書の場合、同じにしか描けないから、同一人物ネタとして使っている気もする。
潤は一郎(本当は父)を甲斐甲斐しく看護して、父からも好かれる。そういえば潤と初対面の人は困った状況の方が圧倒的に多い気がする。そんな相手に潤が お節介するから好感度は初対面からMAXになる。
そして潤の笑顔が伝播するという いつもの展開。この時の一郎父の笑顔はハッキリ言って気持ち悪い。作者の渾身の笑顔の作画って、どうして こうも気持ち悪い方向になってしまうのか。自己陶酔が滲み出ているからかな…。
一郎は父親の前では反抗期の子供みたいな反応をする。父はそれを多忙さと身体の弱さで 子供とまともに遊んであげられなかった自分を責めていた。
そんな一郎に潤は、お父さんが長らくいなかった自分は父親というものを想像するばかりだったと話す。だから今の義父ができて すごく嬉しいと記憶を改ざんする。自分が身を引くという大義名分で、母の再婚に反対するように家を出ていったくせに美化し過ぎだなぁ。
やがて一郎は本音を漏らし、病弱な身体に鞭打って患者のために働く父に自分の身体を大事にして欲しかったという自分の気持ちを潤に伝える。本当は父を大好きなのに、その気持ちを上手く伝えられない自分を一郎は歯がゆく思っていた。
そんな父子の すれ違いを潤の言葉が埋めていく。だから一郎も素直になって自分が父を大切に思っている気持ちを伝える。潤が間に入ってくれれば どんな複雑な親子問題も解決するのさ☆ きっと進藤も そうなるんだろうなー。
そして一郎は潤にも直球に「好きだよ」と伝えるが、天然鈍感ヒロインは分かっていないという いつも通りのオチとなる。本当に徹頭徹尾モテモテ日記だったなぁ…。