藤間 麗(とうま れい)
黎明のアルカナ(れいめいのアルカナ)
第12巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★★(6点)
セナンの王におさまったナカバはベルクートのシーザと手を組んで両国の和平工作を探る。そんな折り、ナカバはアルカナの力によってベルクート王の過去を知る。愛した女サラを失ったことにより、ベルクート王は不吉な予言をしたセナンの捕虜を殺し、アルカナの力を持つ者を逆恨みする。かくしてアルカナ受難の歴史は始まったのだった。ナカバとシーザは王城に忍び込み、ベルクート王を倒し、シーザが覇権を得る。しかし、その時ロキから思いも掛けない申し出が…!!物語はいよいよクライマックスへ。
簡潔完結感想文
正義や大義なく、力で ねじ伏せて権力を手にする脳筋夫婦、の 12巻。
ナカバの国に続いて、シーザの国でも王が交代する。そんなダイナミックな転換点なのだが、どうしてもキレやすい若者が刃物を手に暴れ回っているようにしか見えなくて残念。シーザが国王を討つ根拠が弱すぎて、彼の王位に国が納得するとは思えない。
てっきりシーザの国の国王が乱心した虐殺の開始に対して、これまで集められてきた「アルカナ」の能力者たちが結集して、個人の能力を戦いの中で発揮して、国軍を押し戻し、やがてシーザが英雄となって これを平定するのだと思っていた。序盤でロキが結集すると言っていた亜人の勢力も参戦して、次世代の王たちが能力者・人種・国に関わらず人を集め、大きな暴力に対して抵抗したという歴史的な転換が見られると思ったが、結果は ただの親子喧嘩だった。ちなみに自分の予想が外れたから非難するのではなく、これまで集めた人たちの無意味さを非難しているのです。
どうも この作品はテーマに対しての作画量が少なすぎる。だから合戦の場面を回避するためにクーデターという手法が採られたように見え、その必然性が乏しく感じる。
そもそもシーザが国王を討つ理由が弱い。新兵器による他国への再侵略、亜人や能力者に対する強い敵意などが民衆レベルで知れ渡る前に、シーザは国王に反旗を翻している。ここは国王の虐殺・圧政といった悪政が成立してないと難しいのに、具体的な被害や犠牲のないままにシーザが王座を簒奪する。国王は一部の部族(ナカバの故郷)に強い恨みはあったものの、無気力なだけで、民を苦しめるレベルの政治をしているようには見えない。少なくとも本書を読む限り、隣国との争いはあるものの国王の治世が そこまで悪いものには思えない。
これでは国王が平和に食事をしている所に血気盛んな王子が、自分の正義感だけで動き、そして彼の方が権力欲に取り憑かれて父を討ったように見える。それは完全に作者の失敗ではないか。国王の方も私怨でしか動いていないし、対するシーザも私怨に見えるから、スケールは小さいままである。ナカバとシーザのために、少女漫画という舞台のために、血生臭い展開を回避したのかもしれないが、それによって物語から説得力が失われている。こういう政治の力学とかダイナミズムとかは もう少し勉強された方が良いだろう。古今東西の傑作ファンタジー小説・漫画に比べて明らかに出来が悪い。
『9巻』での アーキルの砂漠の国の王位継承権争いでは、第一王子が父から贈られた品を上手に使い、盗賊団という国の敵を仕立て上げ、それを彼が討つことで、国民の総意による次期王への道を拓いていた。ナカバは それを冷酷と言っていた。では果たして、甚大な被害を出していない国王を討つシーザの名目を民衆はどこに探せばいいのだろうか、と思ってしまう。
王となったナカバが どうやって自分を白い目で見る者たちを掌握したのかなど私が思い浮かぶような疑問の数々を端折って、ご都合主義に物語が展開していくのも評価を下げる部分である。やっぱり作者は恋愛・夫婦における悲劇的な死が描きたいだけなのではないか、この世界観は そのための装置なのではないかと疑ってしまう。それは最終話まで残る疑惑であった。以前も書いたが、死にゆく者を美しく描く自己陶酔を感じる。そして反面、私が望む国家の転換を上手に描けてないから残念に思う。
ナカバの国王就任がシーザの国にも駆け巡る。
そこでナカバの父親の一族と因縁があるらしいシーザの父親の国王は挙兵を命じる。この時、シーザは和平条約があると挙兵を止めようとする。ナカバとシーザの結婚=和平条約の順守期間だと思っていたが、2人の婚姻関係が終わっても和平だけは守っていたようだ。
シーザは父王から開戦の火蓋を切り、宣戦布告をする役目を命じられる。やむを得ずシーザは私兵を使って隣国に向かうが、実は この私兵たちはシーザの思想に賛同する者たちだった。その思想とは達国に脅かされず脅かさず、争いの歴史に終止符を打つというもの。だが隣国を攻める訳にもいかないが、命令に背き、王に歯向かうのは戦力不足でシーザは板挟み状態となる。
そんなシーザのもとに現れるのがナカバである。彼女もまた私兵を率いており、彼の王への反乱に加勢するという。ナカバは隣国の王として、次期王であるシーザに二国間の絶対の和平を助力の条件とする。
その王を討つ前に、ナカバはアルカナでシーザの父親の過去を視る。彼のアルカナの利用法に疑問を持ったからであるが、刻のアルカナ以外では語られることのないエピソードの挿入が目的でもあろう。カインやアーキムの国でプライバシーを侵害して良いことはないと分かっているのに視ようとするナカバが好きになれない。人の個人的な記憶や思い出を盗み見て、それで動揺を誘う戦法は卑怯のように思う。現代だったら能力者の越権行為として法で禁じられるべきものである。
そこで見たのは若き日のシーザの父親と、カインの母親との出会い。彼らには身分差があるが、反対勢力に負けずに結婚を選ぶ。現国王が強さを求めるのは、平民を王妃にしたことを弱みにしないためだった。戦に負けない強さが、彼にとって妻となった女性を守る手段だったのだろう。
こうしてカインという跡継ぎにも恵まれ、若き国王夫婦は幸せであった。だが刻のアルカナの能力者が捕虜になっていることを聞いた頃、妻の具合が悪くなる。明るい未来を聞きたくて王はアルカナの能力者に無理矢理 予言をさせる。人質の命を引き換えにされ、能力者は未来を語るが、語られたのは避けられない王妃の死であった。
自分が王であるばっかりに親子で普通の幸せを手にすることが出来なかったと王は悔やむ。予言が当たったことで王は自分に逆らう者、彼女を不幸にしたと考えられる者を手にかけていく。そうして彼は壊れる。王妃の死を予言した能力者は最期に「ふたりの王子のうち ひとりが国を滅ぼす」と予言を残し、王に命を奪われる。
このことから王は「刻のアルカナ」の能力者を憎み、その力を持つであろう一族を根絶やしにした。それがナカバの両親が暮らしていた村だった。アルカナが この国で嫌われるのは王の個人的な恨みからであった。
だが逆恨み的に虐殺をしても決して かつてあった幸せは戻らないと王は更に苦悩する。
そんなシーザの父親の半生を視たナカバは、シーザに自分の能力を初めて告白する。それに対するシーザの反応は描かれない。色々 聞きたいことがあるだろうに、そのまま次の場面に行く。こういうパッチワーク的な手法が本書の浅さだと思う。ここでシーザがどういう反応を取るのか、どうナカバを気遣うのかが彼という人物像の深さになるというのに、そこから逃げる。序盤にあれほど伝えられなくて、すれ違いを生んだアルカナなのに、カミングアウトは呆気なくてバランスが悪い。省エネ作画であっても、会話文だけでもいいから、こういう大事な場面は全部 描いて欲しい。作者とは呼吸が合わない。
ナカバとシーザの2つの国の合同軍はクーデターを仕掛ける。
軍師・ベリナスは王城地下にある新兵器工場に鉱石を運ぶための地下通路があるはず、と考え そこからの侵入を計画する。なぜ場所が どこだか分からない道を計画に選ぶのかという現実的な謎は一切 無視である。
この作戦の成否をナカバは視ない。そんな彼女に視なくていいと言ってくれるのはシーザ。シーザはナカバに希望のある未来を見せてやると約束する。無能力だけど未来を信じられるシーザはナカバにとって精神のバランスを保つ良い相手なのかもしれない。ロキでは同病相憐れむ、になってしまう。
ナカバたちは隠し通路の入り口となる礼拝堂に辿り着く。そこでロキがナカバ(とシーザ)を置いて単独で礼拝堂に潜入する。もう国王となったナカバなのに扱いが雑だ。作画のカロリーを抑えるために人数を減らしたのだろうか。そのせいで物語がチープになっている。
礼拝堂にいた亜人の守り手からの攻撃を受けるロキは それを避けられないことを自覚する。だが そこに身を挺して割って入ったのは、決してロキが優しくしなかったシーザだった。これで彼が本当に亜人への偏見や差別がないことをロキは知る。その資質に明るい未来が見えたのではないだろうか。
通路を通って、王族たちが夕食を食べている場に、シーザ・ナカバ・ロキが現れる。
まずシーザは父王に向かって、国を広げる野望を捨て、奴隷階級のない平等な世の中にするよう自分の望みを告げる。それに対しての父の反応は、愚か者を斬れというもの。だが なぜかシーザに剣を渡し、親子の直接対決が始まる。
その男の戦いの間に、ナカバはアルカナで知ったプライバシー情報で王の精神を揺るがす。シーザは男同士の戦いに割って入るな!と怒っていいような気もする。ナカバが亡き妻の情報を知っているのは忌まわしき刻のアルカナのせいだと知った王は、ナカバに斬りかかる。それを阻止するのはロキとシーザの2人のナイト。
そしてシーザは亡き妻の不幸や死を受け入れられなかった弱さが王を変えたと断罪し、王と討つ。でも上述の通り、シーザのやってることは大義のないクーデターであり、幼い彼の過激な反抗期ぐらいにしか思えない。ナカバに続いてシーザも刃を振りかざして王位を奪い取った。実際は脅迫だが、禅譲の形式を採ったナカバはともかく、シーザは完全に親殺し・王殺しの権力への妄執だからなぁ…。でも本書は そういうこと問題にせず、シーザは国民から歓迎されたりするのだろう。
そしてロキが最後に衝撃の一言を放つ…。