藤間 麗(とうま れい)
黎明のアルカナ(れいめいのアルカナ)
第10巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★★(6点)
刻のアルカナによって、リトアネルの王子アーキルとアズハルの運命を知っていたにも拘わらず、なすすべがなかったナカバ。深い後悔と共にナカバはセナンに戻り、アデルとともに歩む決意を固める。一方シーザはベルクートでルイスを娶る。ふたりはついに別々の道を歩むことになるが…。そしてナカバの側につくロキの思惑は…?セナンとベルクート、両国の運命が大きく動く!
簡潔完結感想文
純潔でなければ能力は発動しないのか、の 10巻。
相変わらずアルカナの中に生きている状態のナカバである。せっかくヒロインが自分を奮い立たせて新しい道に進む重要な転換点なのに、現実でありながら現実でない世界に逃げ込んでいるのは残念に思う。
ネタバレになるが『10巻』で遠距離の結婚生活が破綻したのには驚いた。ナカバとシーザは それぞれが なすべきことをするために自分の心を殺し、大望のために道を進むことにした。それが自国の王または王妃になるための、それぞれ地盤を固める結婚であった。
しかし その寂しさを埋めるためにナカバはアルカナを使って触れられないシーザの姿を視て、そして彼の現状を知ることで傷ついて現実に戻る。現実が辛いから能力が見せる世界に逃げ込むなんて、完全に薬物中毒者である。これだけ乱用すればナカバの身体はボロボロなんじゃないか。そしてナカバが いつまでも女子高生メンタルなのが気になる。愛することのない者を夫に選んだのだから、必要以上のアルカナを封印するとか自立した強さを見せて欲しい場面だった。それなのに薬に溺れるように、アルカナの中でシーザを追うのは弱さの象徴のように思えた。
また この結婚に際しての2組の新婚夫婦に肉体関係がないという描写も疑問だった。
シーザの方は明言されていないが、ナカバの方はアデル王子と結婚して しばらく経っても初夜を迎えていないことがハッキリしている。これは まだシーザとも結ばれていない段階でアデルと結ばれる訳にはいかないという少女漫画的な順番があるからなのだろうが、いつまでも ままごとのような夫婦生活をするよりも、ここは覚悟を見せて欲しかった。
もちろん、そのためにはシーザとの性行為の達成が前提である。思い返してみると結構 早い段階から両想いだったのだから、いくらでも その機会は あっただろう。例えば純潔でなければ能力が発動しないのなら我慢しなくてはならないのは分かるが、特に そういう条件はない。また掲載誌が10代前半向けの雑誌(小学館なら「Sho-Comi」か)ならば性行為が重要な要素になるが、本書の連載は「Cheese!」であり想定の年齢層は高い。
初夜を拒絶した1度目のシーザとの結婚とは違い、ナカバが本当に覚悟を持って望まない結婚をした ということを描くためにも、新しい夫に対して性行為を拒むような姿勢を見せない方が良かったように思う。今度こそ国を守るために、自分を犠牲にするような働きが見たかったのに、謎の純潔至上主義が見え隠れする。
それならシーザと肉体関係を結び、互いに愛を確かめ合って、相手を絶対的に信頼する関係を築いてから遠距離状態と再婚をさせて、どんなに離れていても、誰が夫(または妻)であっても、相手のことを信じて生きるという方が良かったように思う。ナカバもアルカナの中のシーザを追いかけず、自分が信じたシーザを、そして自分を信じてくれるシーザに語りかけるような究極の愛を見せて欲しかった。
なんなら彼らは互いに子供を設けても良い。国内での地位を盤石にするためにも王族として そのぐらいの働きをしたという実績と覚悟になる。
ただ その国の世継ぎが生まれると後々の展開がスムーズに運ばず、それが新しい国家間の問題になってしまうのだろう。だから作者は どちらの国の新婚夫婦も絶対に子供が生まれない状況を用意した。おそらく2つの国の真の融和として2人の子供が必要で、それ以外の子供はノイズになるから最初から可能性を潰すのだろう。
そこからの逆算なのだろうが、結局ナカバがシーザに嫁入りした時から1ミリも成長していないように見えてしまうという弊害があるように見える。作品は、ロキは手を汚すことでナカバへの献身性を高めているが、ナカバは汚れないことを最優先にしている。以前も書いたが、この2人への演出が偏っていて、国を動かす物語に見えないのが惜しい。
ナカバはアルカナで異国の王子たちの中で どちらか1人しか助けられないことを知る。そして それを回避しようとしてロキら第三者が犠牲になる『代償』のリスクがあるため、勝手な身動きが取れない。
そして自分の選択によって どちらかの王子の命を救い、一方で見殺しにする結末を迎える。
自分の未来視をナカバは事前にアーキルの兄王子に話しており、そして命の選択の了承を得ていた。兄王子は弟のアーキルには才知があり、そしてナカバの力になると言ってくれた。でも完読して考えるとアーキルは力になってくれたっけ?? と思ってしまう。わざわざ この国に来たのだから もう少し人を活用して欲しかったところだ。
しかし ここでナカバが自分が冷酷な第一王子と同じだと涙を流すが、同じではないだろう。このナカバの考えは完全に おかしい。そしてナカバの悲劇性を演出するのが目的の死に涙なんて流せないと冷酷に思ってしまった。
一行は国外へ脱出する。こうしてリトの母親に自由を回復する条件であった お使いが失敗したナカバは、次は自国を手に入れる計画を進める。シーザが隣国の王になるならば、自分は自国をコントロールし、そして将来的な真の融和を目指すという。夫婦2人は同じ志を持ちながらも、伴走することはなくなった。
シーザはカイン王子殺害容疑をかけられるからと国外に逃亡したにもかかわらず、すんなりと王城内に戻る。それは軍師・ベリナスが、王子殺害の件は亜人=ロキの責任として、ナカバも混乱で行方不明というシナリオを用意したからだった。隣国の責任にして無罪を勝ち取ったことは心苦しいだろうが、国王になるための我慢の始まりである。
そして母親の計画、妻が行方不明となったシーザに将軍の娘・ルイスをあてがう結婚にも乗っかることで王への近道とする。彼は綺麗事ではなく現実的な道を歩んでいる。
そうしてシーザは2回目の結婚式を挙げる。ナカバは それをアルカナで視る。こういうプライバシー侵害が自分も相手も苦しめるということに まだ気が付かないらしい。特殊能力ではなく、現実だけに生きて、流れてくる噂で傷ついた方が ましだろう。世の中には知らない方が良いこと、知るべきではないことをナカバは少なくとも2回は自分の身で証明しているのに…。この辺も成長を感じられない部分である。
そして目的のための結婚を選択したのはナカバも同じだった。彼女は血縁関係のあるアデルと結婚した。
ナカバはアルカナの力を国王の前で披露し、自分の価値を認めさせた。そしてリトの母親の解放とアデルの結婚を条件として力を貸すことにした。国王に幽閉状態にされ、無価値だった自分の価値を次期王妃にまで高めたのだ。アルカナ様様である。
互いに望まぬ結婚をした元夫婦だが、彼らの純潔は守られる。ルイスはカインの死後、その愛に目覚め、死によって彼への気持ちを永遠にしたのでシーザとの関係を望まない。
そしてアデルは「ツンデレ」らしくナカバの前では素直に愛情表現が出来ない。そして彼もまた「純潔」なので、ナカバがシーザを想っている限り、心と身体が反応しないようだ。
相手が自然とメンタル面から不能になるので新しい夫婦は清い関係のままになる。というかカイン王子は この結婚しても性交渉なしにするため、ルイスの枷になるように死んだのではと疑ってしまう…。だって本書において死だけが愛を永遠にするのだもの…。
そんな中、ナカバは「先世見(さきよみ)」の能力を使い、雪崩から国民を守ろうとする。住民の避難を始めた村で、最も禁忌とされている人と亜人の交配によって生まれた者がいることを知る。存在を隠さなければならないほどの存在がいることにナカバは憤る。
でも この命を救うことは誰かの命を奪わないか心配である。また誰かの命と引き換えなのだろうか。