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少女漫画と小説の感想ブログです

その子と心を通わせると、近いうちに この家を退去することになる シェアハウスの怪談。

リビングの松永さん(9) (デザートコミックス)
岩下 慶子(いわした けいこ)
リビングの松永さん(リビングのまつながさん)
第09巻評価:★★★★(8点)
 総合評価:★★★★(8点)
 

一瞬だけ高校生になれたらすげーいいのに…。シェアハウスで暮らす女子高生のミーコは同居中の年上デザイナー・松永さんに片想い中。クリスマスのデートで、ついに2人は両想いに!でも、ラブラブな日々が始まるかと思いきや、松永さんから「お付き合いは高校卒業してから」と宣言されてしまう!両想いの先にある、初めての気持ちを知るミーコ。凌くん、そして健ちゃんと朝子さんもそれぞれの恋に悩むなか、松永さんからまさかの重大発表が…!? みんなの想いが加熱する激動のシェアハウスラブ第9巻!

簡潔完結感想文

  • 松永側からの回想、松永の過去など松永スペシャルだが、それが送別ムービーとなるとは…。
  • 未成年者だから簡単にキスできないカップルと、カップルでもないのにキスをする大人たち。
  • シェアハウスが舞台の物語だから、最後の恋愛イベントも まだシェアハウスの住人である内に。

末詐欺が多かった本書は、いよいよタイトル詐欺にまで規模を拡大する(笑)、 9巻。

キス。何と言ってもキスです、の『9巻』。巻頭で美己(みこ)には手を出さないと誓ったはずの松永(まつなが)の理性は1巻ともたなかった、という結論にも思えるが、作者としては、やっぱり物語の舞台となるシェアハウスでキスをするべき、という考えとの天秤で、後者を選択したのかなぁ、と思う。私も その考えを支持します。
今回でシェアハウスを出て行くことになった松永だが、その後 彼が遊びに来て、美己の部屋などで初めてキスをしたり、松永の新居や 遊びに行った先でするのは ちょっと意味合いとして軽い気がする。それならば松永が この家を卒業する このタイミングがベストではないか。それに松永は この家で美己の保護者のような立場で彼女の生活を見守ってきたが、彼の引越しで その役割から半分以上解放されると考えれば、キスをしても自分の誓いの反故にはならないと思う。

このように『9巻』は理性といえば戦っている男たちが多く描かれていた。
1人は松永。彼の心の動きは、まさに教師と生徒の恋愛のそれに似ているように思う。最初は責任ある立場で その人に接していたのに、いつの間にかに惹かれ、そして社会的立場との葛藤があり、手を出さないことが誠実さの証になってしまった。
今回、初めて松永の側からの心情が語られ、彼が いつから美己のことを気にし出して、そして好きになったかが語られている。私が思った以上に松永が好意を明確にしたのは遅く、序盤の松永は全て ただのオカン気質が美己との接点を生んでいたことが分かった。美己は自分が「特別」なのではと胸をトキめかせていたが、実際 美己が恋をしたのはオカンだったのか…。この知識を基に再読するのも楽しいだろう。
松永が本当に理性と戦っていたのは、凌と同じぐらいの期間だったのかもしれない。

己の中の理性や正義感と戦っているのは凌(りょう)も同じ。「次 泣いたら 今度は絶対 離さないから」と美己に宣言した彼だが、今回、美己は何度も泣いている。松永の不義によるものではないが、目の前で美己は弱っている。そんな「心のスキマ」が凌には見て取れて、更には もう松永は この家にいない。つまりは凌が「リビングの北条(ほうじょう=凌)さん」になることも可能なのだ。実際『6巻』後半~『8巻』中盤までは、リビングは凌に支配されていたし。
そして いよいよ凌が美己を大切に思う気持ちに性欲が加わっていることも明らかになる。凌が何度も美己が登場する性的な夢を見ていることが判明し(まるで神話のような内容なのは凌の性的な知識が乏しいからだろうか)、美己の幸せが自分の幸せだとは言い切れなくなってきている。例え松永という彼氏がいても、美己を自分のものにしたいと思った時、再び凌は動き出すだろう。
今の彼を押し止めているのは合理的な理性。だが凌が、松永が美己を悲しませる存在と合理的に判断した時は、美己を絶対に話さないために行動を起こすであろう。松永の元カノ・小夏(こなつ)は告白で玉砕し、美己と松永が上手くいったのを知り祝福できるまでの心境になった。小夏は来月には海外に渡航し、物語の外側へと旅立つ。だが対照的に、もう1人の敗者・凌はシェアハウス生活を継続する。松永が退去することで均衡が崩れ、地の利は凌に生まれたとも言える。

確かに、これまで読んできた少女漫画100作品においても、女性ライバルは玉砕後は物語から放逐されるのが運命である。これは そうしないと読者の心が落ち着かないからだろう。まだ好きなのでは、また ちょっかいを出すのでは、と思われないように、何かと理由をつけて女性ライバルは左遷される。
その反面、男性側の同じポジションである当て馬は いつまでも物語に居残れる。これはヒロインを愛するイケメンが多ければ多いほど、読者の承認欲求も満たされるからなのだろう。物語に居続けられるが、いつまでも恋人には恵まれないのが当て馬である。女性ライバルは一刻も早く退場して欲しいが、男性キャラにはずっと自分の分身を見続けていて欲しい。読者は非常にワガママな存在なのだ。
私は、凌の役割はここからが本領だと思っている。ある意味で松永の保護者ポジションは凌に継承されたと言えるかもしれない。序盤あれだけ美己に無関心だった凌が、美己の生活(主に恋愛)を見守る立場になるとは思わなかった。だが松永が保護者から当事者になったように、凌もまた いつまでも恋愛見届け人ではいられないだろう。


回は小ネタが多かった印象。中でも、大学の講義に出る凌の後ろで女性たちがハートを飛ばしている小さな1コマには色々と考えが巡る。凌は自分がモテることに無自覚なのだろうかとか、でも中学時代から自分の女性人気は高いのは分かっているはずなのだけど。

そして松永にまつわる過去回想が多い。『9巻』全体が松永の卒業スペシャルで、シェアハウス入居前からの彼の思い出ムービーが回想として使用される。これまで知らなかった松永を知ることができ、そしてシェアハウスと そこの住人たち(朝子(あさこ)と健(けん)ちゃんたち)が松永を変えてくれた。過去編を見るにつけ、美己は松永とは やはり今の年齢で出会ったから上手くいったのだということが分かる。庇護欲が愛情になり、美己が同年代じゃないからこそ松永も変な意地を張らずに接することが出来たのだろう。



想で初めて松永の心の内が明かされる。松永は「そもそも年下好きじゃ」ないらしい。現時点で判明している小夏は同じ年だったし。でもロリコン疑惑の火消しに必死www、とか意地悪なことを考えちゃいますが…。小夏も年齢より幼く見える顔してるしなぁ。
美己に対しても保護者目線で安心させたいと思っていただけ。彼女が異性だ、と思ったことはあっても恋愛対象ではなかった。それが変わり始めたのが、美己が松永の誕生日で彼がコンペで落選した時に泣いてくれた時(『3巻』)。

初めて語られる松永の内心。じゃあ序盤の言動は恋愛感情一切ないの⁉と松永の あざとさに驚く。

そこから恋愛感情が芽生え始めたが、彼は その感情を否定するのに必死だった。それでも一緒に行動する度、美己に惹かれていく。そこに凌というライバルが現れて、気持ちがより明確になった。これが松永の心の変遷である。

年末年始、美己は帰省する。そんな年末に松永は大きな仕事を貰う。それは上記の落選したコンペの際に松永にデザインを依頼した編集者からの仕事だった。だが依頼が大き過ぎて松永個人では無理だと判断し、彼は動き出そうとしていた。
正月は男性陣ばかりで過ごすシェアハウス。「7ならべ」をする有意義な年始となったようだ…。

美己は1月4日に帰省し、松永と初詣に出掛ける。松永は その神社で今回、大きな仕事の依頼をしてきた編集者と偶然会う(商売にご利益があるから その編集者も来ていた、と推測される)。仕事の話なので美己は席を外すよう編集者に促されるが、松永は美己を特別扱いしてくれて、隣で聞かれても良いと判断する。もう身内感覚で嬉しくなりますね。
だが それは松永が美己に話を敢えて その話を聞かせたいという意味もあっただろう。今回の仕事量が多いこと、そして これまでと違い個人ではなく何人かと協力すること。この時点で美己は何かを予感すべきだったのかもしれない。

美己は大変な仕事を抱えていると知った松永を支えたくて夜食を運び、そして10秒だけ彼を好きにさせてもらう。美己は労わるように松永を抱きしめる。それは これまで松永がしてくれたことの逆の立場のように映る。松永にとって彼女に身も心も委ねるというのは初めての経験だったかもしれない。少女漫画では いつだってヒロインが最強になるのです。美己の胸の中で松永は安らぎ、彼女のことをちゃんと1人の人間として見るようになる。


学期が始まり、美己は学校で担任である小林(こばやし)先生=小夏と再会する。クリスマスを挟んで恋愛の敗者と勝者となった2人。小夏は美己に その後の展開を聞き、そして綺麗さっぱりと松永を諦める。
小夏は最後に教師として美己に助言を送る。「大切な者が2つあったら どっちか諦めなきゃいけない そんなことないからね」「どっちも手にできる そしたら もっと幸せになれるよ」。これは どちらかしか選ばなかった自分の反省からの言葉だろう。別に松永と交際する上での先輩からのアドバイスというマウントを取りたいわけではない、はずだ。

その後 松永は美己に何度か話し掛けるが、その度に他の住人が話しかけてきて、美己と話せない。

そんな中、元住人・服部(はっとり)夫婦がいよいよカレー屋をオープンさせることになり、プレオープンに招待される。そして そこで新しいシェアハウスの住人、服部の妹の まつり を紹介される。まつり は姉とそっくり。住人のビジュアル的には これまでと変わらない。
現在19歳で春から専門学校に行くという まつり は美己にとって初めての後輩。美己は先輩として助言を求められ、しっかりと受け答えが出来ている。その様子は堂々としたもので、松永も安心する。

だから彼は この場で自分のシェアハウス卒業を宣言できたのだろう。美己にとっては一番大事な話を聞いていないからショックを受けるが、松永は美己の頼もしさを信じた、とも言える。
松永が出て行くのは事務所を立ち上げるため。事務所を自宅と別に構えるほどの資金がある訳じゃないから、自宅 兼 事務所として新しい家を用意するのだろう。松永もやはりシェアハウス生活が3年近くになり、転機を迎えていた。

だが美己はショックの方が大きい。その美己の悲しみを見逃さないのが凌だった。しかし美己は自分が泣くようなことがあれば凌に心配をさせることを知っているから、平気な振りをする。
美己は自分が話を聞かされていないのは、付き合っているわけじゃないから、と考える。そして そう考えるのは子供っぽいからではないか、と埋められない年齢や経験の差が彼女を苦しめる。幸福と言えば幸福だが、一度 悪い方に考えると何の保証もない関係は足元が心もとなく感じられてしまう。


永も美己と話しておきたいと思っているから、2人きりで松永の部屋で話す。そこで話せなかったこと、あの場で披露した理由を話す。松永の丁寧な説明によって美己は松永が いつも自分を忘れていないことを実感できた。

そこから松永の足が よろけて、2人してベッドに倒れ込む少女漫画的ハプニング。ただ、こういうハプニング系も ちゃんと順を追っているのが松永がヒーローの本書らしいか。松永の裸も、全裸を見るのも、松永のベッドでのハプニングも両想い後。そういう領域に入る資格が出来てから、起きている。序盤で松永の部屋に入ったり、ベッドの上に倒れ込むことをしないのは、ちゃんと作者と松永が線引きした結果なのである。そういう慎ましさが好感に繋がっていく。

ここでもちゃんと理性を働かせる松永。一瞬だけ高校生になれたら、と思うのは、罪悪感なく、美己に迫れるという松永の理性と衝動の末の言葉であろう。そして松永が手を出せなくて悶々としている時に、シェアハウスの大人組の2人が とても簡単にキスをしている、という対比が面白かった。キスも始められない松永と、キスから始まる大人の恋愛。松永のキャラからして一生 後者のような恋愛をすることはないのだろうけど。


永の引越しは2月15日に決まる。
送別会を開いてほしくて仕方がない松永の雰囲気を察し、凌たちは企画を始める。この話し合いで、松永のシェアハウスの全部を知る朝子と健ちゃんから、松永の過去が語られる。大手の事務所を上司と揉めて辞め、精神的に荒れていた松永は、この家で立ち直り、熱いハートを周囲に理解してもらい、仲を深めた。朝子が松永に少しも惹かれないのは「ガーガー話す人」が苦手だから。
そして凌も手違いから始まったシェアハウスの内見で、少し強引な松永に巻き込まれ、彼との出会いがあって引っ越しを決めた。松永と凌のBLがあったら絶対に売れるであろう(笑)

ちなみに ここで、朝子が松永と美己の関係を全く理解していないことが初めて明かされる。ある意味で衝撃の事実が発表される。
この夜、朝子が美己の部屋に来る。松永と美己のことを気づかなかったから、クリスマス会に小夏を呼んでしまったことを朝子は謝罪しに来た。あの夜、朝子が美己のフォローに一切 回らない理由はこれだったのか。

朝子は人とすれ違う運命らしい。前夫のことにしても、今度の健ちゃんとの関係にしても、美貌の割に、心が上手く動いてくれなくて失敗するのだろう。朝子が踏み出せないのは、相手の浮気からの離婚という手痛い経験があるから。そして同居しているからこそ健ちゃんの女癖の悪さを知っている。大人の恋愛は経験が邪魔をしてしまう。そこが女子高生の美己と大きく違う点だろう。

そういえば美己が急激に住人と距離を縮めるのは、その人が卒業の合図のような気がする。服部が家を出る直前も急に仲良くなったし、朝子にしてもそう。もっと言えば松永が出て行くのも、美己との恋愛成就も一つの大きな理由になっているだろう。美己はシェアハウスのオーナーの姪でありながら、住人を次々と退去させていく死神のような子である(笑)


は まだ自分の中に残存する「好き」という気持ちを消す方法を健ちゃんに聞く。まさか松永には聞けないので消去法で健ちゃんなのだろう。
だが凌が「ドライ」だと思っている健ちゃんは結構 諦めが悪い人であると思う。顎クイをされながら、諦めることを諦めること、と教えを受ける。そして心のスキマ、寂しさにつけ込むことを囁かれる。この時の健ちゃんは、美形の悪魔のようである。
ちなみに健ちゃんは凌の好きな人を服部だと思っている。うん、君も朝子に負けず鈍感だ。このシェアハウスで他者の恋愛に一番敏感なのは服部だったのかもしれない。

ただし凌は美己が送別会の準備をしながら泣いているのを見ても、そこにつけ込んだりはしなかった。これは単純な別離の涙だから。

そして始まる送別会。
松永は皆のメッセージムービーを見て瞳が潤む。そこで語られる3年弱の松永の生活。シェアハウスに来たのは、オーナーである美己の叔父と仕事で知り合い、会社を辞めた松永の境遇を叔父が知ったから。

美己は松永によって早くに寝させられるが、松永の部屋の前で彼をずっと待つ。
そして2人は屋上に上がり、語らう。そうして思い出を語る内に美己にも初めて松永がいなくなるという実感が湧いてくる。美己は涙を見せないように努め、最後に松永にバレンタインチョコを渡す。それを食べさせると、日が昇る。2月15日の夜明けなんて午前6時前後でしょう。一体、彼らは何時間 ここにいたのか(2階に上がってきた時に松永が見ていたスマホの時刻表示が6:02に見えるが、それだと空が暗すぎるんだよなー)。平素の松永なら、こんな所に長く居たら風邪を引いてしまう、ミーコは帰れ!と言っていただろう。それを言わないのは彼にも名残惜しい気持ちがあったからか。


っ越し作業を終え、いよいよ松永はシェアハウスを出る。
別れの際、美己は いつもとは逆の立場で「行ってきますは⁉」と松永に命じる。そうして挨拶をして松永は背を向ける。だが玄関を出る間際に松永は脚を止め、そして振り返り、美己にキスをした。こうして最後にこの家での最大の思い出を美己に作って、松永は家を出て行った。

彼のために、自分が子供っぽくならないように 最後まで涙を見せない美己。本当に良い子だなぁ~。

彼の背中を見送り、扉が閉められて初めて美己は涙を流す。その美己の頑張りを見届けたのは凌。美己の頭を撫で、その労をねぎらう。これは純粋な気遣いか、それとも「心のスキマ」を虎視眈々と狙っているのか…。

こうして当初は6人だったシェアハウス生活は4人にまで減る(1人補充予定だが)。

この日から美己が家を出る際も、家の中から(半裸で)声を掛けてくれる人はもういない。そこに一抹の寂しさを抱える美己だが、家を出た途端、松永に車の中に拉致される(車への拉致は2回目)。車で向かったのは松永の新居。その前に美己は合い鍵を渡される。離れたからこそ出来る恋愛イベントも まだまだいっぱいある、はずだ。もちろん、離れたから生まれる悲しみもあるのだろうけれど…。