岩下 慶子(いわした けいこ)
リビングの松永さん(リビングのまつながさん)
第06巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★★(8点)
「さよなら」なんて言う日が、一生来なければいいのに。シェアハウスで暮らしている女子高生のミーコは、同居中の年上のデザイナー・松永さんに片思い中。怖いけどじつは優しい松永さんと2人きりでニャッキーランドに行ったうえに、なんとお泊まりまでしちゃってミーコの恋心は募るばかり。そんななか、ミーコは文化祭の準備中に松永さんから担任の小林先生が元住人の小夏ということと、松永さんと先生との過去の関係を打ち明けられる。ちょっと複雑なミーコだけど、文化祭に松永さんが凌くんと一緒にきてくれた!!!そのうえ、一緒に暮らす服部さんからも意味深なメールが届いて…!? 動きはじめたみんなの"恋"が止まらない――ときめきシェアハウスラブ第6巻!
簡潔完結感想文
- イベント続きでリビングに居られない松永さんは無力。代わりに秀才がリビングで勉強回。
- 恋愛シェアハウスから初めての卒業生。ヒロインの素直な感情が皆の心を一つにし、涙を誘う。
- 元カノにも優しい松永さん vs. 元カノが存在しないヒロイン以外 女の子に興味ない純潔男子。
相手が未成年の、年齢差がある恋愛はロリコン疑惑との戦い、の 6巻。
動かない。清々しいほど 主役たちの関係が動かない。言葉では思わせぶりな発言をしているのに、鈍感な相手でも絶対に誤解しないような言葉を使わないから、何も想いが届いていない。
ただ これは仕方のないことである。なぜなら開始時27歳だった松永(まつなが)が、低年齢向け少女漫画のように いきなり1話で17歳の女子高生の美己 (みこ)にキスなんてしたら誰の心にも響かないロリコン漫画になってしまう。松永としては動かざること山の如し、という戦法しか取れないのだろう。
この動きのなさに既視感があると思ったら26歳の御曹司と16歳の女子高生の お見合いから始まる恋愛を描いた師走ゆき さん『高嶺と花』であった。この作品も中盤で停滞感があったが、それを補うために使ったのが、この時の感想文のタイトルにもした「恋愛関係が動かないから、背景を動かして まるで物語が動いているように見せる技術」である。『高嶺~』では全18巻の9巻という折り返し地点で この手法を使ったのが見て取れるが、本書もまた全11巻中の6巻で この手法を使っていることが発覚した。
今回、動く背景として使われるのが同じシェアハウスの住人の変化である。これによって美己たちの恋愛は動かないが、作品にドラマが生まれ、そして王道展開への道筋が見えることになった。
1つは住人の卒業。以前、シェアハウスの住人は3年で出て行くのが一つの目安、という話が出ていたが、今回、このシェアハウスに3年いた服部(はっとり)が新しい人生に向かって舵を切るため、シェアハウスを退去することになった。それとなく伏線は張られていたが、事が決まるとあっという間に出て行ったのには驚いた。ここにシェアハウスは普通の賃貸よりも身軽に出入りができるという特徴が出ている。美己が話を聞かされた その2日後には服部は退去している。
そして服部が出て行く理由が交際相手の結婚のため、住人総出でお祝いすることになり話に展開が生まれる。恋愛関係は遅々として進まないが、『6巻』は文化祭、引っ越し、手作り結婚式、そして勉強回と収録の各話にイベントが盛りだくさん。既に この世界観が好きな人にとっては、恋愛要素が薄めでも気にならないぐらい満足感を得たのではないか。
そして服部の結婚式直後から動くのが凌(りょう)。松永が泥酔したため結婚式の帰り道、眠ってしまった美己を運ぶのは彼の役割となる。オトナ男子だから お酒を飲んでいる松永だが、お酒によって気が大きくなったり、記憶を喪失したりという失敗に続き、自分の役割を凌に奪われる形になった。
本当に結婚式の帰り道から、これまでなら松永がしていたことを凌がするようになっている。松永は生活面、凌は、松永には知られたくない恋愛面で美己をサポートするという役割分担があったように思うが、凌が美己の生活面もフォローするようになったのだ。その1つが勉強面。これまではオカン松永が口だけ出していたが、ここから医大生という高スペックが判明した凌が手に手を取って教えることになる。勉強は松永にとって10年前の記憶で、しかも一般受験とは違う道を進んでいるだろうから得意分野とは言い難いだろう。来年度は受験の高校2年生にとって凌のサポートほど安心できるものは無いだろう。
そしてそして最終的には、凌は美己のことを誰よりも一番に考えるという役割まで松永から奪おうとしている節がある。これは松永が元カノ・小夏(こなつ)と連絡を取っているのとは対照的になっている。まさか絶対に元カノがいない、という凌の純潔が こういう風に活用されるとは思わなかった。少女漫画においては、後発の当て馬の方を 正ヒーローに負けないスペックにするために誠実さが前面に出ることが多い。凌も その1人だ。
本書の場合、松永に大きな欠点はない。しかしロリコン疑惑の呪いから身動きの取れない松永よりも、一番近くに居られる凌の方に明るい未来を感じてしまう。それに なぜ松永は序盤では あんなにリビングに居たんだ、と今となっては思うぐらい、中盤の松永はリビングで美己と会わない。もしかしたら彼が忙しいのも今後の展開の伏線なのかもしれないが。服部と同じように大人たちは来年のことが決まっている高校生・学生とは違い、いつ転機が訪れるかは分からないのだ。
そういえば服部が出て行ったことでシェアハウスの部屋が一つ空く(+少なくとも もう1部屋空いている)。そこに元カノ・小夏が入る可能性もあるのか。彼女は元々 美己の担任も半年間の予定だし、これによって勝手に期間限定キャラだと思っていたが、他に収入を得るのであれば、シェアハウスに入居する可能性もあるのか。初読時には その可能性を最初から排除して読んでいたが、今回、再読して、美己にとって部屋が空くことの恐怖にまで初めて想像が及んだ。まぁ 本当に小夏がそんな行動に及んだら、松永は有無を言わさず出て行くだろうけど。作者は登場人物に嫌な行動を取らせないだろうけど、ドロドロの作風を好む人なら、小夏に大いに暴れてもらうために入居していたかもしれない。怖い。
美己の通う女子校の文化祭に松永と凌が来てくれた。だがJKに偏見のある凌は早速帰ると言い出す。だが松永を文化祭に連れて来てくれたのは凌らしい。凌の この行動も美己の恋を応援するためか。
服装などから凌は垢抜けない人なのかと思ったら、通りすがりの女子高生たちが噂するほどの容姿で しっかりとモテる設定らしい。後に医大生というスペックも判明するし、ここにきて凌の価値を高めにきている。これも物語後半のための準備か。
松永も早く帰りたいのだが、美己の願いに付き合う。ニャッキーランドといい、美己には甘い松永である。だがJKと接すれば接するほど松永は表情を失くしていく。彼もまたJKと接することは命懸けらしい。
そこで空き教室で一息つく2人。疲弊する松永に対し、美己は女子高生が苦手か、そして恋愛対象になるかを聞く。だが松永の答えは「若くて大人と違う」「高校生の時点で(恋愛対象は)もうない」。作品の根幹を揺るがす重大発言である。
ただ18歳で高校卒業したら少し見る目が変わるという。美己が そうなるのは1年以上後。美己にとっては永遠とも思える時間だが、松永にとっては1年とか あっという間だと思っている。そこも露わになる価値観の違いだろう。
逆に松永は美己に「年上の男ってどうなの そっちは」と聞く。美己は前のめりで答える。「もう…ほんと 年上のが好きです」。なんだ この会話…。これで好意が伝わらない訳が無かろう。だが本書のキャラたちは恐ろしいほど鈍感なのである。
そういえば元カノ・小夏にとっては、松永が顔にペイントしているのも、らしくない、自分の時はしてくれなかったと落ち込むポイントなのではないか。
文化祭は終了後、服部から結婚報告がある。11月22日、イイ夫婦の日に結婚するという。明後日には引越して、今後は彼氏とカレー屋のオープンを目指すという。この物語での第一の退去者である。
その話の後、美己は服部の部屋に呼ばれる。これで美己が入ったことのある部屋は、順番に 朝子(あさこ) → 松永 → 服部の3人ですね。他男性2人の部屋にはヒロインは入るべきではないから、これで最後かな。服部が美己を部屋に招待したのは、美己を心配してのことだった。服部の その心遣いが嬉しい美己。
服部の退去は以前の問題を再燃する。それは朝子が語っていた3年はシェアハウスでの一つの区切りというもの。服部と同期に入居した朝子・健(けん)ちゃんの大人組にとっては より身近な問題だ。小夏そして服部と、また1人馴染みのある住人たちが人生の岐路に立つ。
嵐のように服部は去っていく。ただし新居は徒歩で20分。会いに行けなくはない。この引っ越しの際、松永は『1巻』の美己の入居の時 同様に、引っ越し奉行としてテキパキと行動する。引っ越しのバイトでもしていたのか、それとも段取りよく物事を片付けたい せっかちな性分なのか。
その引っ越し作業の際、美己たちは服部が結婚式をしない理由の一つに、カレー屋開店のために彼女が貯金を使い果たしたからということを知る。記念写真を撮りたかったという旦那に対し、美己たちは動く。
服部のために、住人たちは結婚式をプレゼントしようと動く。場所は健ちゃんのバーを2時間貸し切り、ドレスはネットで手配、美己の役目は関係者のメッセージムービーを撮ることとなった。松永は仕事があるため、動画の編集は凌がするという。松永の役目は当日の神父役。
動画の授受で接点を持つ美己と凌。それを見た松永は嫉妬丸出し(自覚がないが)。美己は、シェアハウスでの最初の別れにセンチメンタルになっているが、松永が それを手を繋いでフォローしてくれる。もう松永の行動は全部、どういうつもりでやっているのかを問い質したい。この行動は文字通り、既に手を出してるぞ、と言いたくなる。
そして本番当日。サプライズで拉致され、状況に戸惑う服部を、住人5人、そしてオーナーである美己の叔父が手を取ってバージンロードを歩く。彼らとともにあった3年間を経て、服部の手は新郎への渡されていく。この場面は素敵ですね(美己の叔父がいることに やや違和感があるが)。
シェアハウスの住人としては別れだが、これは新しい家族の誕生の瞬間であることに美己は感動する。だが、この日の本題の一つである記念撮影を前に大人たちは他愛のない、やや品性に欠ける話題で盛り上がる。だが美己は自分が知っているシェアハウスの暮らしが終わろうとしていることに涙をする。そんな美己の涙を皮切りに、感動モードになる一同。そのお陰で涙と笑顔で服部の門出を迎えられた。この6人の写真は誰にとっても宝物だろう。
疲れて寝てしまった美己を家まで運ぶのは、松永ではなく凌。松永を含め他の男性陣は強いお酒を飲んで撃沈してしまったらしい。
凌に おんぶされながら2人で今日のことを ぽつりぽつりと話す。凌は『5巻』で松永が言っていたように、美己にしか全員の気持ちを動かすことが出来なかったと言ってくれる。ずっと冷たかった凌にしては最上級の褒め言葉だ。そんな凌に美己も、松永とのことで凌の言葉に動かされていると感謝を述べる。やや弱気になって松永への想いが不毛な恋だという美己に対し、凌は「園田(そのだ=美己)さんが好きな人の前で笑えるなら オレを利用していいから」「不安ならそばにいたい」と言う。これはもうダメだ。最上級の口説き文句じゃないか!
この時点の この言葉に凌の恋心があるのかは分からない。だが美己もまた自分への恋心には鈍感だから、凌が「アツイ人」だという認識で片づける。ただ凌を「異性」として意識したのではないか。
服部の結婚式というイベントで忙しかった松永は仕事がたまって徹夜続き。そして美己も気づけば期末試験4日前。夏休み前のテストで失敗から学んだと思ったが、同じ失敗を繰り返すらしい。確かに夏休みは勉強とバイトを両立していたが、ここのところ文化祭や結婚式の準備ばかりしていたなぁ…。
美己は、誰かがいる可能性のあるリビングで自分を追い込もうとしていた。その美己を発見するのは凌。だが凌は4日で何とかしようという美己の無謀さを暗に非難する。「勉強って毎日コツコツしとくもんだよ…」という凌は医学生であることが判明。
だが どうしても苦手分野があり、それを凌が助ける。「園田さんなら大丈夫だと思う」「諦めない人だと思うから」。これまでは恋を知らない恋愛アドバイザーだったが、美己の学業まで面倒を見るようになる。この「勉強回」は松永には無理だろう。美己は凌先生から具体的なアドバイスを貰う。これは来年度から受験生になる美己にとって大きな財産となるだろう。
凌が美己を助けるのは、これまで概念でしかなかったJKが美己によって1人の個人になったことが動機らしい。だから凌は美己という人を応援したい、そして「園田さん以外 女の子に興味ない」。これもまた最上級の愛の言葉。
だが凌が美己ばかりで自分に構わないと思ったシェアハウスの飼い猫・サバコが家から脱走してしまったことが判明する。顔色を失う凌に気づき、声を掛けた美己は、自分も探すと申し出る。この辺はヒロイン的な優しさですね。
美己の勉強への支障を気にする凌だが、美己はピンチをシェアするというシェアハウスの住人としての態度を見せる。そして美己はサバコのことも家族だと思っている。これはサバコを溺愛する凌にとっては刺さるワードだっただろう。連れ子も愛してくれる的な? 違うか…。
捜索の末、サバコは公園で発見される。そのことに涙を流して喜ぶ凌。まるで凌がヒロインで、美己がヒーローのような言動になっているが、2人の仲が急接近するエピソードとしては十分だ。そして長い目で見たら、シェアハウスの次世代を担う2人の絆は、今の大人組がいなくなった後のシェアハウスの雰囲気を良いものにすると思う(恋愛感情を別にすれば、だが)。
サバコ騒動に責任を感じた凌は、美己の勉強に とことん付き合う。これは この捜索で凌の美己への気持ちが大きく変わったことも影響しているかも。こうして2人の勉強は深夜まで続き、美己は勉強したまま寝てしまう。ペンを握る彼女の手に凌も手を伸ばし、2人は机の上で手を繋いだまま眠る。
それを発見する松永は、声を掛け、それで目覚めた凌に気持ちを確かめる。だが、その途中で松永が「小夏」と連絡を取っていることを知った凌は、松永が美己を悲しませる存在に見えたのだろう。美己の想いに鈍感なまま元カノに手を差し伸べる松永より、「園田さん以外 女の子に興味ない」自分の方が純粋な存在であると考えたのかもしれない。
それにしても当事者が横で眠る中で、際どい会話をするものである。まさか次の巻で美己が本書恒例の「寝たふり」をしているなんてことはあるまい…。