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シェアハウスのルールは 長男が末妹の幸福を全力でフォローすること。そして今の長男は 凌!

リビングの松永さん(10) (デザートコミックス)
岩下 慶子(いわした けいこ)
リビングの松永さん(リビングのまつながさん)
第10巻評価:★★★★(8点)
 総合評価:★★★★(8点)
 

私には家族も友達も好きな人もいる……のに。シェアハウスで暮らす女子高生のミーコは同居している年上デザイナー・松永さんとついに両想いに!でも、松永さんから「お付き合いは高校卒業してから」と宣言されちゃったミーコだけど、松永さんは大切に思ってくれていることがわかって安心する。そんななか、松永さんが大きな仕事を機にシェアハウスの卒業を決意。送別会を終えて引っ越した松永さんが、ミーコの前に突然現れて…!!?みんなの恋が切なすぎる胸シェアハウスラブ第10巻!

簡潔完結感想文

  • 美己の2つの新しい生活。新しい住人との生活は問題ないが、新しい別居生活に波乱あり。
  • 気持ちを押し殺してほしくない、が住人同士の願い。でも主役カップルにだけ通用しない。
  • 最強の当て馬が再起動する条件は、彼女の「心のスキマ」。君は誰とリビングに居たい?

手の背中を押した分だけ、その人が遠くなってしまう 10巻。

『9巻』を曲解して要約すれば、JKの美己(みこ)に手を出すまいと思っていた松永(まつなが)が自分自身で誓いを崩壊させていく物語だったが、『10巻』は同居から離れて暮らす生活も楽しいと思った美己が その解釈が間違っていたと打ちのめされる話であった。

今回でシェアハウスの住人は また減り、当初6人の生活が、一時は3人にまで減る。そして一番 立場が変わったのは(一時的に)黒一点となった凌(りょう)であろう。これまでは28歳の松永を筆頭に、25歳の健(けん)ちゃんと三兄弟として扱われ末弟だった凌が、いきなり長男役を担うことになった。この後、経営自体が危ぶまれたシェアハウスには男女2人が入居してくるが、彼らの年齢はともかく、凌が最古参の住人である事には変わりがない。そのため彼はシェアハウス全体を見渡し、その空気の維持をすることとなる。弟キャラが いきなり集団を率いることになった。美己と同じように凌もまた このシェアハウス生活で人間的に大きく成長していくことになる。

そしてシェアハウスの長男には2つの役目がある。それが前述のシェアハウス内の健全性の確保、そして先代から引き継がれた末の妹の面倒を見るというもの。
これは未成年の美己が入居してから出来た長男の役目と言えよう。本来は美己の叔父が果たすべきだった美己の生活のサポートだが、叔父は仕事のため、それは長男であった松永に託された。時に美己のオカンとなり、彼女の食生活、就寝・勉強時間の確保など口うるさくサポートしてきた。高校生にして実質的な1人暮らしをする美己の補助輪役として いつも松永がいた。しかし『9巻』で その補助輪とも別離することになり、いよいよ美己は自分1人で全てをコントロールすることになる。これは美己の更なる成長と言えよう。当たり前のように楽しく暮らしているから忘れがちだが、美己は高校生にして自立をする必要があった。更に春を迎えるにあたって彼女には様々な苦境があった。年長者がごっそりいなくなったシェアハウス、そして学校生活でも仲の良い友人とクラスが別れ、少なからず孤独を抱えることとなる。変わらないのは(推測にはなるが)美己がシェアハウスで最年少の末妹であるということだけである。

そんな末妹・美己の全てを見るのが、代替わりした長男・凌である。凌は、美己と離れて暮らす松永には察知できない美己の些細な感情の揺れを逐一感知する。そして凌は松永がいる時も美己の恋愛サポーターとして活躍していた。自分がウブなのに恋愛相談に乗っていた凌だが、よくあるパターンで相談者に惚れてしまった。だから美己の幸せを第一に祈りながら、彼女が不幸であると判断した場合は、自分が動くと決めていた。松永が長い間、オカン・長男役として美己への気持ちを自制をしていたように、凌もまた長男として妹の幸せを願う。だが この家の長男の歴史は繰り返すらしい…。


『10巻』は作中で ある登場人物が言った「気持ちがあるなら 押し殺してほしくない」という言葉が全てのように思う。
シェアハウスの住人たちで、その通りに動いたのは3人。そして押し殺してしまったのが美己と松永であった。

凌は「サバコ 毒舌すぎ」と笑ったが、巻末まんがを読む限り サバコそのもの(笑)恋は盲目だなぁ。

今回は特に住人同士が背中を押す場面が目立ったが、美己と松永の場合、美己が彼の背中を押せば押すほど遠ざかっているのが悲しい。2人とも真面目だから まず相手や仕事のことを最優先してしまう。松永さんのために我慢、美己が背中を押してくれたから まずは仕事、と自分の気持ちを押し殺すことになり、それが やがて心に限界をもたらしていくのであった…。

また本書で私が好きなのは、どの人の行動にもちゃんと伏線があること。
例えば松永がシェアハウスを出て行くのは、仕事の面で事務所を構える必要性があったのも もちろんあるが、美己と同じ家で恋愛を継続させるのは無理という判断であろう。これは松永の元カノ・小夏(こなつ)の件でも彼が言及していたことである。これは実際に家を出る随分前から言及されてきたことで、ちゃんと読むと松永の行動には唐突さは まるでない。

そして凌が再度 動くのも美己に「心のスキマ」が出来た時、と既に予言されていた。凌には真のハッピーエンドまで美己たち2人を見届ける役割があるのだろう。もう この家には朝子(あさこ)も健ちゃんもいないのだ。シェアハウスで出会い、恋を育んだ2人を見てきたのは、この家と そして凌の役目になる(あと飼い猫のサバコ?)。この物語の語り手は、もしかしたら凌なのかもしれない。これは、オレの一番大切な女性が本当の幸せを掴むまでの物語だ、的な。

また朝子や健ちゃんが この巻で出て行ってしまうのも開始から3年がシェアハウス生活の目安という言葉通りである。健ちゃんが朝子には一度もセクハラめいたことを言わなかったことも長い長い伏線なのだろうか。

結果は違ったものになったが、長い間「好き」の言葉が言えなかった男性陣が気持ちを押し殺さずに素直な気持ちをぶつけたのには感動した。松永も含め「好き」までが長い。このシェアハウスに住む男性たちは難儀な恋を強いられる運命なのかも。もしや新しい住人の男性も大いに悩むことになる!?

美己と松永の距離は車で10分。だが これまでの距離が壁を隔てた5mぐらいだとすると その距離は何千倍とも考えられる。1年前は美己の新生活の補助輪となってくれた松永さんだが、1年後の今は、美己と松永で2つのタイヤにならなくてはならない。2人で乗る自転車は どんな道を進むことになるのだろうか。次巻、最終巻!!


渡された合い鍵で、松永の家に入る美己。その初体験に美己は浮かれるばかり。離れたからこそ生まれる恋愛体験もあるのだ。

一通り家の中を見た後、2人で家に足りない物を買いに行く。美己はペアカップなどに憧れるが、松永は無視。なぜなら松永は もう美己用のカップを購入していたから。自分のことを考えて買ってくれたことに胸がキュンとなる美己。

シェアハウスには松永と入れ替わるように、元住人・服部(はっとり)の妹・まつり が引っ越してくる。美己たちは歓迎会を開くが、どうしても まつり の知らない話題ばかりが展開されてしまう。この疎外感は『1巻』やクリスマス会(『7巻』)で美己が感じたもの。だから美己は まつり も話に参加できるように配慮する。その気持ちは まつり に伝わったようで、新生シェアハウスの生活も上手くいきそう。自分が体験したからこそ嫌な事を連鎖させないようにする美己は、すっかり先輩である。

そのことを松永に電話で伝える美己。途中でビデオ通話に切り替わるというハプニングからの松永の半裸。1巻に1回は脱いどかないと裸要員失格ですからね。この日が水曜日だったことから2人は水曜日を電話デーにすることを約束する。こうして美己は離れても満たされている。

この回では新住人・まつり が凌に いきなり出しゃばった言動をするのが気になったが、これは後々の展開のためだろう。そして上述の通り この巻では「気持ちがあるなら 押し殺してほしくない」という まつり の言葉が住人が住人に望むことというのが一貫している。そういえば凌は これまでは健ちゃんの言葉に影響を多大に受けていたし、新参者の まつり の言葉にも影響を受けて行動している。素直というか洗脳されやすいというか…。特に健ちゃんの「心のスキマ」発言は凌にとって悪魔の囁きとなっている。


んな健ちゃんは、キス以降 避けていた朝子と散歩しながら話し合う。健ちゃんは もう元には戻れない自分を自覚し、付き合うか、もう会わないか、の二択の答えを朝子に考えてもらう。だから翌日 自分が働くバーで朝子を待つ。そして、どちらになったにせよ彼はシェアハウスを出る決意を固めていた。健ちゃんもまたシェアハウスには恋愛を持ち込まない主義か。それが男性陣の暗黙のルールなら凌も今すぐ引っ越すべきなのか⁉

そんな朝子たち の事情を知った美己は、話を松永に聞いてもらおうと直接、彼の自宅を訪ねる。松永に聞いても答えは出ない。ただ松永は自分の場合を話す。美己との関係に松永も悩んだけれど「好きな人の気持ちに ウソで応えたくはなかった」から自分の気持ちを素直に話した。となると2人の関係において、やはり美己が先に告白することが正解だったようだ。美己が告白待ちをしていたら、松永との関係はずっと進まなかっただろう。

美己が帰宅すると朝子が玄関で座っていた。そこで美己は松永から聞いた話を基に、朝子に助言をする。そうして美己に背中を押され、朝子は健ちゃんのいるバーへと向かう。


子が店内に入っても、健ちゃんは他の女性客たちの接客に忙しく、気づかない。健ちゃんは朝子が来ないことを気にして、朝子は健ちゃんの周囲の女性客を気にしたまま時間が過ぎる。
でも健ちゃんは朝子がいなくても誠実に生きることを周囲に誓った。髪を切ったことは健ちゃんが これまでの自分と決別するという意志表示なのだろう。
その言葉が朝子の胸に刺さる。こうして2人は朝帰り後に交際を報告し、そして2人してシェアハウスから出て行くと宣言する。

シェアハウスは出て行く決断から実行までが短い。あっという間に2人の引越しと送別会の日が来てしまう。

美己は その嬉しさと寂しさを松永に報告したいが、彼には連絡がつかない。凌とは気軽に雑談する仲ではなくなってしまった。ようやく連絡がついた松永は この時も半裸で登場。登場回数が激減する中で、半裸で自分に注目を集めようとする崖っぷちアイドルみたいな戦法を取る(笑) ここからの人気の下降を裸で食い止めようとする必死なオッサンである…。

松永に朝子たちの送別会の話をすると、彼も参加すると言う。そこで松永はシェアハウスで一晩 泊まらせてもらおうとする。これも離れたからこそ、松永の一泊の貴重さが身に染みる美己であった。


日は、元住人の服部も参加し、関係者が再集結。しかも今回は松永の元カノ・小夏がいないからストレスも無い。朝子たち2人の幸福を見て久々にシェアハウスの楽しさを実感する美己。

だが松永からは遅刻の連絡が入り、挙句はドタキャン。仕事だから仕方がないと自分に言い聞かせる美己だが、それでも会えなくなったことに落ち込む美己の姿を凌は見逃さない。

送別会もお開きになり、2人が家を出る時が迫る。最後にネイリストの朝子は美己の爪にマニキュアを塗って これまでの感謝を述べる。朝子にマニキュアを塗ってもらうのは『1巻』以来2回目か。

健ちゃんも最後に凌とハグして別れる。彼らには美己とよりも長い時間の共有がある。ここでは健ちゃんに初めてお兄ちゃん感が見て取れた。松永が去ってからは繰り上りで(ごく短時間ではあったが)長男役だったものね。
別れを済まして、美己が越した時は計6人だった住人は半分の3人にまで減る。このシェアハウス大丈夫か⁉

シェアハウスの不文律としては25歳時点で居住歴3年以上が退去の目安となるのかな。そして美己と仲良くなった順に出て行くという怖い運命も忘れてはいけない(笑)


ちゃんのハグに勇気を貰ったのか、凌は朝子たちがいなくなって泣きじゃくる美己を近所の神社に誘う。このシェアハウスの居住歴は最長が凌、そして時点が もう美己になってしまった。だから次に来る人がいい人であるように、シェアハウス生活が楽しくあるように、2人で祈ることが凌の目的らしい。

そして手を合わしている際に凌は、誰かに苦い思いをさせたとしても美己のためになるなら、行動することを決意する。これまでは手をこまねいていたが、これからは泣いている美己に手を差し伸べるという意識の転換だ。そして それは松永との徹底的な敵対を意味する。いよいよライバルとして立つ日が来ました。ここから凌は本当に当て馬になる。

だから凌も今度こそ しっかりと ど直球の言葉で告白する。彼は ここで初めて「好き」という言葉を使う。凌もまた、松永同様に好きな人にはウソをつけない と思ったのだろう。美己の真っ直ぐさを見て、自分もそうであろうとした。

赤面男子、通称「赤MEN」が好きな私にとっては凌はツボ。あんな無表情だった凌が立派な赤MENに成長。

凌は気持ちは伝えたけれど、それはやはり叶わない。だから同じ家の住人として協力していこうとする。これで2人の間にあった気まずさは解消されたのかな。先輩住人が気まずい関係だと後に続く後輩たちの生活にも影響が出ますからね。


が松永に大きな仕事が入り、4月中は忙しいことが確定する。
美己は、新しい住人2人との交流やバイト・勉学に忙しい。だが松永と会えないまま新学期になり、受験生としての生活が始まり模試に頭を抱え、更に美己は仲の良い友人たちと離れ離れのクラスになり、学校では 少し疎外感を覚えていた。そんな彼女の寂しさを松永が知ることは一切ない。寂しさを埋めようと合い鍵で松永の家に入り、彼の帰りを待つ美己。だが約束せずに来たため、松永とは会えずじまい。

またも落ち込む美己に凌がリビングで声を掛ける。凌は美己に5月5日が空いているか聞くが、美己に松永からの電話がかかってきて打ち止め。
そして松永も美己に5月5日に会おうと約束する。なぜなら その日は美己の誕生日だから。2人は再びニャッキーランドに行くことを約束する。その美己の嬉しそうな表情を見て、凌は自分の話を引っ込める。しかし凌は どうやって美己の誕生日を把握したのだろうか。偶然ではあるまい。凌は少し陰気だから個人情報を逐一調べそうな、端的に言えばストーカー気質があるように見えてしまう。これは松永には感じない所だ。


かし当日になり、松永はニャッキーをキャンセル。仕事にリテイクが来て、会う時間の大幅な短縮を余儀なくされた。松永にも美己に一目でも会おうという努力が見られるが、美己は松永の事情を知り、彼にウソの用事をでっち上げ、松永に仕事を最優先させる。

こうして松永は仕事を優先する。仕事に全力投球しなければ家を出た意味がないし、形式的であれ背中を押してくれる美己に失礼だと考えるから。この没頭は美己の存在に最大限に感謝するから出来ることである。それに美己もまた、同居していた際には全力で仕事に向かっている松永を見て ますます彼に惹かれていった訳だし。

しかし、会いたいという気持ちを押し殺した美己は、その場から動けず、約束の駅前にずっと佇む。やがて降ってきた雨にも彼女は濡れたまま。もう雨が降っても、松永は傘を買ってくれないし、一緒にテントに入ってくれない。当初は離れても上手くやれると思っていたが、すぐに心に隙間ができてしまった。そして弱気になると美己を襲うのが、松永とは正式な交際ではないという弱み。宙ぶらりんの状態が美己の悲しみを増幅させてしまう。松永が誠実だから交際しないのだが、これが美己の心の悪循環の発端となる。


んな美己の「心のスキマ」を見逃さない様にしていたのは凌。涙を流し 1人佇む美己を迎えに来る。そして この日、誰よりも早く美己に誕生日おめでとうと言い、家に連れて帰る。

玄関で濡れた美己の髪をタオルで拭いてあげる凌。だが早く彼女の苦しみを取り除きたかったのか、彼女の髪を早く乾かそうと力任せに こすってしまう。しかし その拭き方は髪の毛を痛ませてしまうと美己に指摘され凌は赤面する。苦しみを除去するはずなのに、傷つけてしまった。仕方ない、濡れた女性の髪を拭くのなんて初めてだろうし。

この場面、性行為のメタファー(?)と考えても差し支えはないだろうか。彼女のためだと思っていたが、いつの間にかに自分の欲望ばかりを優先させてしまい、彼女からストップがかかる、という これまで散々 純潔を からかわれてきた凌に ありがちな失敗のように思われる。そんな疑似体験(?)が描かれるのも、今後 凌には本当に美己と そうなる機会が訪れないからなのであろう。

ラストで凌は懇願するように美己に交際を申し込む。「オレのこと好きじゃなくていいから」 とは悲痛な叫びだ。

しかし、もし凌との交際を万が一 美己が選んでも、きっと どちらかはシェアハウスを出るのだろう。それが暗黙のルールっぽいし。そして そこから別の生活が始まると高校生と医大生と言う立場であっても絶対に今以上の すれ違いが生じる。そうすると同じ苦しみが美己を待つことになる。
美己の不幸は、最初がゼロ距離での共同生活だったから、一般的な恋愛の形態でも距離を非常に感じてしまう所であろう。