《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

恋愛関係が動かないから、背景を動かして まるで物語が動いているように見せる技術。

高嶺と花 9 (花とゆめコミックス)
師走 ゆき(しわす ゆき)
高嶺と花(たかねとはな)
第09巻評価:★★★(6点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

野々村一家は財閥会長(高嶺の祖父)の計らいで、大豪邸に住むことに! しかも、高嶺さんと同居!?!?  風呂上がりの高嶺さんと遭遇したり、高嶺さんが考案した家庭内ルールがもはや法だったりとハプニングの絶えない同居生活…どうなる!? さらに、花と幼馴染のおかモンとの恋も進展…☆ 第46話~第51話と、「ザ花とゆめ」に掲載された特別編8P(高嶺さんが顎クイに挑戦)を収録。

簡潔完結感想文

  • 押しかけ御曹司、通い妻、そして同居。物理的距離だけは縮まっているが…。
  • 物語中盤で少女漫画の定番、同居モノ開始。納得するまでに巻の半分を消費。
  • それでも2人が動かないので、3人目を投入して試合にドラマを生みたいが…。

2人では全く動かない事態を動かすのは第三者、の 9巻。

本書においては、主役の2人が 相手に好意を示してはいけない。
負けず嫌いの2人が相手を やり込める言葉のラリーが評価された作品だから、
相手の言葉を素直に受け止めるような事態になったら本書のアイデンティティーが死ぬ。

それを どこまで先延ばしに出来るか、というのが本書の後ろ向きな目的。
当初は季節イベントを取り入れることで延命を図っていたが、それも限界がきた。
そこで作者は『6巻』から主役の2人ではなく、彼らの背景や周囲を動かす作戦に出た。

御曹司ヒーローの高嶺(たかね)の立場を没落させて、
高嶺が花を迎えに来るパターンから、花が高嶺の家に行くパターンにしてみたり、
その没落した高嶺と各キャラを組み合わせて話を作ったりで、2~3巻分の尺を稼いだ。

そして この『9巻』からは2つのことを始動させる。
またもや変わるのは背景の方である。

1つがヒロイン・花(はな)の野々村(ののむら)家と高嶺との同居。
少女漫画の同居は、最初の1話にて男女を1つの家に押し込めようと躍起になるが、
本書においては、これまでの8巻分の読者人気の貯蓄があるから、
男女が同居を認めるまでの時間が とても長い。
『9巻』の半分まで、同居するしないの話が続いて驚いた。

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部屋がL♥DKでも10LDK (?)でも、起こる同居ハプニングは同じ。高嶺のロリコン疑惑は深まるばかり。

なんやかんや理由をつけて同居させたり、それを受け入れさせたりと、
話が、どんどん理念的で、頭でっかちになっていくのが残念。
本書は もっと直感的に楽しめる内容ではなかったか。
これは読切から始まった長編作品の宿命でもある。
2人の愛に重さを加えようと後から色々なものを背負わせるから、作品から身軽さが失われる。

2つ目が三角関係の本格始動。
随分前(『3巻』辺り)から、その伏線を張っていたが、ここにきて利用される。

これもまた身動きの取れない花たち2人ではなく、背景を動かす手法である。
同居⁉ 三角関係⁉ と読者はその展開に目を奪われる。
実際は2人の関係は動いてないといっても過言ではないのに、
何かが始まる予感だけは きっちりと匂わせる。

『4巻』『5巻』辺りの停滞に比べれば楽しいが、
2人の「見合い」がいつでも終わらせられるのも確かで、引き延ばす理由が弱い。
作家さんの事前準備がしっかり感じられる構成・構造の長編作品が好きな私からすると、
どうしても それらの作品と比べて満足感は不足してしまう。


ての始まりは高嶺の祖父である。
彼は この世界の神に等しく、全ては神の いたずらである。

女嫌いを公言する高嶺が見合いの席に着いたのも、
全財産を没収しても 置かれた場所で咲き始めたのも、
本書における絶対権力者、高嶺の祖父がいたからに他ならない。

その祖父の次の一手は、花の一家と高嶺の同居。
仕組まれた事態に常識的な反応を示す高嶺は、家を出て行こうとする。

だが、非常識なのが花の父親。
古いマイホームから豪奢な家への引越し、
そんな庶民の夢を奪われようとさせまいと必死に高嶺に しがみつく。

この同居、そもそも高嶺は物件の情報を祖父から得て、
その資料が一軒家のものであることに文句がないのが不自然ですね。

没落した狭いアパートには文句を言っていなかった高嶺だが、
今回は2階の5部屋を1人で占有するという。

LDK、寝室、書斎に加えて、ホビールームとトレーニングルームとして使う予定らしい。
前のタワマンの部屋では、LDKと寝室しか花は踏み入れなかったですが、
あの家でも同じような設備を整えていたのだろうか。

風呂上がりの高嶺に遭遇するなど同居ハプニングは初日から起こる。
というか花一家と同じお湯に浸かるなど、高嶺は嫌がりそうなもんだけど。
潔癖症とはまた違うから、その辺は大らかなのだろうか。
(貧乏暮らしで銭湯や花の前の家の風呂を使って耐性が出来たか)


のアパートでは合い鍵をもらって心の交流が出来たと思っていたが、
同じ家にいても高嶺は花と距離を取り、それに寂しさを覚える。

高嶺は、祖父の面倒に花たち一家を巻き込んでしまったことを申し訳なく思っていただけだが、
一人で解決をすると意気込み、花という存在を自分のテリトリーから締め出す高嶺。
まだまだ花には踏み込めない高嶺の領域があるようです。

だが、高嶺は祖父とは対話すら ままならない。
ならば、と花は自分から祖父である会長に面会に行く。
アポも取れない身分だが、会社の受付で名前を告げるとすんなりと通された。

会長室には子供の頃の高嶺の写真が飾られていた。
熊の木彫りを抱く高嶺は可愛い。
そんな写真に見とれていると会長が登場。
彼は花を待ち受けていたらしい。

高嶺とは話す機会すら設けないが、(姉の縁(ゆかり)としての)花とは対話の用意があった。
これは会長が、花には伝えるべき言葉があったのだろう。

花も同居の反対など自分の意見を押し付けに来たのではない、という姿勢が良かった。
ボロがでないように短期決戦の中で、開口一番、
会長の高嶺に対する無茶に対しての疑問をぶつける。

会長の鶴の一声が、彼の心身に悪影響があることを、高嶺の立場で案ずる。
花が限られた直接対話で安全を保障して欲しいのは高嶺のこと、というのが愛情の深さを感じる。

会長は、高嶺が信頼される人物であるよりも、
高嶺が「いかに多く信頼できる人間を作るか」が重要な資質と考えている。

その証拠に現時点でも高嶺は人を信頼することができていない。
花との間にすら一線を引いている状況である。

だから この同居は高嶺と花が互いを見定める場として用意したものだと会長はいう。
会長の考えは、憎しみからの無茶ブリではなく、
高嶺の今後を考えての愛ある試練であることが花にも分かる。

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貴重な神との対談で高嶺の身を案ずる花。こういう人の出現を神は待ちわびていた。

長の意向を確かめた後の家族会議を経て、
この家に住み続けること、そして お見合いの継続を確認した野々村家。

それを高嶺にその報告をするが、高嶺は再度 祖父と話をつけるという。

姉の色仕掛けにも見向きもせず、高嶺は強情。
ただし その前に花の風呂上がりのバスタオル姿には大きく動揺していた。

これは花が、高嶺の お金の有無が本当に見合いの継続に関係ないように、
高嶺は、一般的にスタイルが良いとされる姉には無関心だが、
相手が花だと、目を伏せ、目に入らないように物体で遮断していた。

まぁ、作品を汚すような視点から見れば、
ロリコン罪の高嶺にしてみれば、バストの大きさなど脂肪の集合体であって、
それがないほどロリコン心が刺激されるだけなのではないか…。


高嶺が ここまで同居を拒否するのは、
このことが対外的に問題を引き起こすことをリスクを考えてのこと。

高嶺の一時的な没落も、実は、周囲の彼への不満のガス抜きの面があった。
そのように彼に不満を募らせる者にとっての格好の攻撃材料になってしまうこと。
そして それが野々村家に類を及ぼすことを高嶺は恐れていた。

しかし難を避けるために、人を遠くに追いやることが守ることではないと理解した高嶺。
どうやら彼の過去の出来事とも呼応したらしい。
花が高嶺の心の鍵を開ける日は、いつになることやら。

最後に高嶺の器の大きさを示し、花のことをずっと考えている、というテンプレ展開が2回も続いた同居騒動でした。


して中盤から ようやく2人(と家族)の同居が始まる。

同居が本格的に開始されて分かる高嶺の1日の過ごし方や生態。
朝は4時半起床で筋トレなどルーティンをこなした後、5時半にはランニングに行くのが日課
朝は食事も野々村家と同じものを食する。
睡眠に関しては高嶺はショートスリーパーで3時間で気力体力が回復するらしい。

同居を通じたからこそ知れることが多くて読者としても楽しい。

会社での高嶺のサポート役の霧ヶ崎(きりがさき)に同居の件を聞かれても、
口では仕方ないから してやっているという態度を取るが、彼の心は薔薇が生まれるほど満たされている。
心理学を学んだ霧ヶ崎は、高嶺のメンタルに敏感だが、これほど分かりやすい合図も無いだろう。

相変わらず高嶺はキスもしないし、花と一定の距離を保っているが、
彼女の髪だけは気軽に触るようになりましたね。
彼のスキンシップとしては立派なステップアップだ。


居を知って顔が引きつるのは おかモン。

おかモン を心配させまいと花が少女漫画的同居ハプニングをペラペラと喋るから、
温厚な おかモン も堪忍袋の緒が切れて、花に正論をぶつけて説教。

彼が当て馬として力不足ではないことを読者に知らせるためだけに、
ここにきて おかモン の価値を最大限に高められる。

サッカー全国大会出場の強豪校で、
1年からスタメンのスポーツ万能な「DKキャラとしてはヒエラルキーの頂点」にいる。
(花の高校がスポーツに力を入れているようには全く見えないが)


おかモン に説教された花は高嶺に突き放された時以上に落ち込む。
その違いを わざわざ突いて嫉妬する高嶺が粘着質で笑える。

そして高嶺は他の要素で勝っていても、花と一緒に過ごした時間や経験は負けてしまう。
当て馬の活躍に高嶺も奮起して これまでと違う働きを期待します。

説教に反省した花が、高嶺のことをちゃんと考えての行動している、
ちゃんと お見合いを継続したいという率直な気持ちを おかモンに伝える度に、
顔に出ないものの、おかモンは傷ついているんだろうなぁ。
だから これまで秘めていた言葉を、彼は口にしたのだろう。