福山 リョウコ(ふくやま リョウコ)
覆面系ノイズ(ふくめんけいノイズ)
第12巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★☆(7点)
2年生になったニノが迎える新学期!そしてその隣には付き合う事になったモモ。その一方で、とある事情で突如皆の前からいなくなったユズ。誰もがぎこちなさを感じる軽音部でニノの歌声に異変が!?さらに新キャラ新入生も登場!!トキメキと切なさが加速する最新刊!!
簡潔完結感想文
- バンドの屋台骨であったユズの不在は各方面に影響を及ぼし、開店休業状態。
- 覆面=マスクを取っても色々と言えないことを溜め込んでしまう仁乃の苦悩。
- 2つのバンド、それぞれの作曲者とボーカルの新しい関係が生まれ、再始動。
満たされても満たされなくても面倒な、片想いの後始末、の 12巻。
史上最高に物語が大きく動いた『11巻』を受けての『12巻』である。全体的には、ライブとライブの休息日といったところか。前回のライブで起きた事象を消化し、そして次のライブに向き合うまでの1巻である。
ここからヒロイン・仁乃(にの)とモモの両想い編なのに幸福感で包まれないのは、モモのトラウマが完全には解消してないからか。これは この巻では3か月間不在だったユズも同じで、この間も母親との問題が解消されずトラウマは保留になっている。少女漫画においては、男性のトラウマの解消が恋愛解禁の合図。ということはWヒーローのどちらともトラウマの完全解決となっていないのなら、まだ結末は変わる可能性があるということか。
また、トラウマで言えば仁乃もまた男性が突然 目の前から消えるというトラウマを擁しており、今回ユズが不在なことでトラウマが蘇ったとも言える。今回はモモが傍にいるから大丈夫だろうと思ったら、モモがいることによる問題も発生する。嫉妬や独占欲と言った彼女としての悩みに加え、声を届けたいと歌い続けてきたモモが傍にいるからこそ内側から湧き上がるエネルギーの欠乏するという問題まで出てきた。仁乃とモモは もう少し幸せであっても良かったと思うが、交際したからこそ起こる問題を用意しているのが非常に上手い。これまで繰り返されてきたモモに届くように歌う、という問題だから、当然 直面する問題で、そこに仁乃が気づく場面の悲壮感はかなりのものだ。
今回は誰もが音楽への向き合い方に悩んでいる。上述の3人は勿論、ハルヨシ先輩はユズのいない軽音部・イノハリに意義を見いだせず音から遠ざかったし、クロは届かなかったが想いを伝えたことで目標を失った。クロの悩みは、燃え尽き症候群とも言え仁乃に通じるところがあるだろう。そして深桜(みおう)は仁乃とモモが上手くいった余波を受ける。それはモモが独占欲から仁乃の声を自分のものにしようとしたことに端を発する。ユズに続いて、モモもまた仁乃をミューズにしたことで、深桜にとって自分の居場所を喪失する危機となった。
このように個々人は公私において問題を抱えた3か月となった。音楽家である彼らがその先に出口を見出すのは やはりバンドしかないのか。『12巻』は幕間と言った感じで、それを強調するかのようにライブシーンが ほとんどない。特にユズ不在のイノハリは4人揃っての演奏シーンがない。こうして作者は仁乃だけじゃなく、読者にもライブへの渇望感を引き出していく。
次巻で作品を覆うモヤモヤを晴らすような音の嵐を待望するばかりだ。
高校生メンバーで構成されるバンド「イノハリ」は基本的に学校の長期休みにしか活動していない。だから冬休みを使ったライブツアー後は元々活動がなかった(はず)。しかも それに加えて作曲担当のバンドの要・ユズが学校を長期休学することがマネージャーから伝えられる。ユズの復帰は春頃を予定しているが、何も聞かされていなかったメンバーは一様にショックを受ける…。
特に仁乃は、突然ユズと別れた6年前(もう7年か?)を思い出さずにはいられない。これは仁乃にとってトラウマというべきもの。隣人だったモモの家は突然 夜逃げして家は もぬけの殻になった。そして その叫びたくなる絶望を救ったユズも突然の転院で行方知らずに。仁乃は目の前から大事な人がいなくなることに敏感なのだ。転校したモモが元の学校に戻ってくることになったのに、今度はユズが学校から去った。
それから3か月。新年度を迎えても軽音部の部員はユズの話題を避け続け、ハルヨシは新歓をボイコットすると言い続けていた。彼にとって新歓はイノハリ結成の大事な思い出で、ユズのいない新歓は耐えられないのかもしれない。ユズの不在を認めると、本当にユズが年単位でいなくなるかもしれない。仁乃にとっても初代イノハリメンバーにとっても、ユズとは交流のなかった空白期間があるのだ。その記憶が彼らを委縮させる。
モモは学校に戻ってこれたが、母とは微妙な距離感を保てただけ。これは本当の和解とは少し違う。そしてモモが戻ってきても、仁乃の気持ちは幸福で染まらない。しかもユズへの嫉妬や、イノハリへのライバル意識もあって軽音部の部員たちとの絆をモモは少し理解しない節がある。仁乃もまた、モモの前でユズの話題を出さないように気を遣い、それに気づくモモは嫉妬をしてしまう悪循環に陥る。
だがモモもまたユズの不在で永遠のライバルを失って、張り合いがない。仁乃を「僕だけのものにする」といったユズが、戦うことなく不戦敗を選んでしまった。
仁乃は、突然 人が目の前から消えてしまうことを知っていた。その日に言い残したことがあると、ずっと言えないままになる恐れがあることを知っている仁乃は、感情の全てをモモにぶつける。
仁乃の言葉を全部 受け止めたモモは、同じことをハルヨシに言うように助言する。こうして仁乃はハルヨシを新歓の舞台に立たせることに成功する(内容はどうあれ)。ユズがいない中でも、軽音部部員としてイノハリメンバーとして仁乃は奮闘した。特に仁乃が年長者のハルヨシに ここまで踏み込んだのは初めてではないか。『12巻』はユズがいないことで、他の人との新たな交流が生まれている。
ここでユズがいなくなるのは、家庭の事情もあるが、仁乃とモモが一緒にいる光景を見させないようにする意味もあるだろうか(実際クロは そう推察していた)。そして上述の通り、ユズがいないことで新しい人間関係を描けている。
新年度、軽音部には新入部員が必要だった。下の代が入らないと、廃部になってしまうから。
そこへ顔を出すのが1年生の神余 杏(かなまり あん)。彼女は冬のライブツアー千秋楽の大阪でクロがあった人でもあった。その時のクロは兄嫁にフラれた直後で、泣いていた。軽音部の仲間とすぐに打ち解ける杏だが、一番接する機会が多いのはクロとなった。
これまでクロは兄嫁に音が届くようにドラムを叩いていた。だが その夢が潰えてしまい、今の彼は目標を見失っている。そんなクロの心境を杏に見抜かれ、クロは泣きそうにドラムを叩いているように見えると杏に言われてしまう。その鋭い観察眼はクロに苦手意識をもたらす。
読者にとっても居心地の良い軽音部に、新入生を迎えることはハードルが高いが、杏は自然に受け入れられそうだ。杏が とっても良い子であることが分かるエピソードが満載で一気に好きになるのは読者も同じ。唯一の1年生=杏の楽器がベースなのは、来年、というか今年中に部活を引退するであろうハルヨシがいなくなっても、同じ編成で軽音部での活動を確保するためだろうか。
仁乃とモモは互いにやきもちを焼いているのに、それを上手く表せないでいた。仁乃はモモにちゃんと彼女扱いして欲しいし、モモは仁乃に自分の曲を歌って欲しいことを言えない。
高校生たちが次に活躍するのはゴールデンウィーク。モモたちのバンド「黒猫」はライブツアー、そしてイノハリは「ライブサーキット」というものに出るという。ライブサーキットとはその土地のライブハウスをいっぱい使うイベントで、フェスで言う「色んなステージ」が、「色んなライブハウス」になるってことらしいです。
そして その予定は、そこまでにユズが帰還することを意味していた。ゴールデンウィークがイノハリの再始動となる。
だが仁乃は モモに声が届いてしまった後で、目標を見いだせない。モモに彼女として認定されても、歌声に どこか違和感が残る。新歓の映像を客観的に見ても、音は取れているし普通に歌えている。だが、不調である。その原因はモモへの独占欲ではなく、ユズの不在なのか。
不調の原因を探るべく、仁乃は自分に好不調をもたらした この1年間を振り返る。
そして分かり始めたのが、自分の中の歌声をモモに届けたいという渇望の有無が調子に影響すること。これまでは渇望していたから何度も覚醒していたが、今では その渇望が弱くなり、不調とになった。トータルで不幸であって、歌声を届ける仮想の相手がいたから歌い続けてこれたが、今はもう その人と手を繋いでいられる。幸福が仁乃から歌声を奪っていくのか…⁉
仁乃は自分に渇望が欠けたことを思い知らされる。それを自覚し、絶望し泣き崩れる仁乃。その様子に一緒にいたモモは驚き、そして仁乃を泣かせたモモに帰還したユズが声を掛ける…。
3か月ぶりのユズは少し背が伸びていた。福山作品の背の小さい男の子は、絶対に成長する説。
ユズが帰ってきたのは、マネージャー・ヤナからモモ提供の曲に仁乃がゲストボーカルで参加することを暗に知らされたから。ユズはその事態に黙っていられないし、ヤナは黙っていられないことを見越してユズが戻ってくるよう情報を流したのだろう。
ユズの家庭の事情を知るヤナとの会話で、父親の遺骨が発見されたこと、そして それを母が引き取りにくる=彼女が夫の死を認めることを待っていたことが分かる。だがヤナは まだユズの母が自分の信じたい世界にいることを確認していた。だからユズのトラウマはまだ健在で、それ故にユズは歌声を取り戻せていない。
ユズが帰ってきても、渇望の戻らない仁乃は声も戻らない。そしてユズの仁乃への態度も そっけない。これは『1巻』で6年ぶりに再会した時のユズを彷彿とさせる。あの時は仁乃と交流すると音が溢れて、止めようとしていた音楽への未練が生まれるから距離を取っていたが、今回は仁乃を まだ好きだという未練が溢れそうだから冷淡にするのだろう。距離を縮めなければ、モモとの幸せな光景も見なくて済むという自衛策でもあろう。
だが ある日、仁乃は帰りの電車でユズに鉢合わせ、自分の不調を相談してしまう。仁乃はモモに届いたから、自分の歌がからっぽになってしまったこと。もうどうしようもないことを続けざまに話す。そして仁乃に相談されて、ユズは、仁乃が自分がいないと駄目だということを知り、そこに希望を見出してしまう。
ユズが提案する治療法は、仁乃が秘めていることを大声で叫ぶというもの。そこで気まずくて、遠慮して言えなかったユズへの「おかえり」を叫ぶ仁乃。そしてユズはからっぽならまた埋めるだけ、と手を差し伸べる。
だが仁乃は、その手を掴まない。自分の足で立ち上がり、ユズと向き合い、同じ電車に乗るように促す。これは同じステージということなのか。ここは作者が仁乃に都合よく男に縋る真似をさせてないのが良いですね。自分の足で立ち、きちんと公私の線引きをしているように見える。
そしてモモは強すぎる独占欲を、仁乃をボーカルにした新曲で形にする。結婚できなければ、ユズから仁乃の声を奪うだけ。モモの愛は何だか強引だ。
だがモモの新曲案は上手くいかない。イノハリのリーダー(ハルヨシ)が仁乃のゲスト参加を許さないという返答だった。
そしてモモが仁乃を欲したことで、深桜の足元が揺らぐ。ユズに続き、モモも仁乃を想定した曲を自分に回している屈辱感が彼女を襲う。このモヤモヤを深桜がハルヨシに相談する際に2人の肉体関係が匂わされている。ここは仁乃たちでは描けない部分だろう。
そして相談によって深桜の事情を何となく察したハルヨシは、モモに忠告する。『12巻』はクロやハルヨシがモモに言葉を投げかけているのが新鮮である。
ハルヨシの言葉に触発され、モモはらしくない全力疾走で深桜との距離を縮める。そこでモモは過去を知らずに、話を勝手に進めたことを深桜に謝罪する。モモが謝罪と内奥を晒したことに対し、深桜も、仕事にかこつけないと、仁乃に曲を渡せないモモの弱さを指摘する。それに対しモモは自分の弱さ、ユズへの嫉妬を認める。そして深桜も、自分が抱えている本当の不安と不満をぶつける。
だがモモはちゃんと深桜を見ていたし、深桜のための曲を作っていたことを知る。
恋愛関係ではない、メンバー同士で、作曲家とボーカルという関係の2人。今回の騒動で深桜は自分の存在意義や仕事を認められた。こうして「黒猫」は結束する。その関係性はイノハリも同じだろう。仁乃とユズは恋愛関係ではないが、依存することなく、それぞれに立ち上がっている。
新年度からの1か月で起きた高校生としての日々が、バンドにどうフィードバックされるのかが次巻の楽しみである。