《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

世の中に たえて音色のなかりせば 母の心は のどけからまし vs. NO MUSIC, NO LIFE.

覆面系ノイズ 9 (花とゆめコミックス)
福山 リョウコ(ふくやま リョウコ)
覆面系ノイズ(ふくめんけいノイズ)
第09巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

イノハリ全国ライブツアー始動!! ツアー序盤から盛り上がりを見せる中「次にニノとモモが会ったら二人はくっついてしまう」とのハルヨシの言葉に気持ちが揺れるユズ。ニノを自分だけのものにする、決意を固めるユズだったが、思わぬ事態が訪れて…!? 恋も音楽も激しい全国ツアー編最新刊!!

簡潔完結感想文

  • 夫を失った2人の母親は 息子に同じ轍を踏ませないために 彼らの人生を縛り、心の安定を得る。
  • 正当な手順を踏めば、母から自由を与えられることを知ったモモ。こちらはトラウマ解放間近!?
  • 絶不調のライブツアー中にメンバー間で諍いが勃発。それを平定するのは元メンバーの深桜。

18巻の折り返し地点で ようやくトラウマの輪郭が掴めてきた 9巻。

ユズとモモ、Wヒーロー体制といえる本書。
これまでも彼らの家庭には それぞれに問題があり、父親の不在と母親の執拗な息子への束縛が ほのめかされてきた。が この『9巻』で母親たちがどうして息子にそこまでの執着を見せるのかが見えた。彼女たちの共通点は、夫が突然 目の前から消えたことだった。この問題に上手く対処できない母たちの精神は壊れ、不幸な自分を認められないから、ある者は お金を、そして ある者は無音の世界を望んだ。

そして母親は、家庭に残された もう一人の男性をも失ってしまう不安に さいなまれる。最愛の息子を失うかもしれない恐怖が、彼女たちに非常識な行動に走らせる。もしかしたら それは計算された狂気なのかもしれない。息子が離れる/失うぐらいなら、息子から頭がおかしいと思われても構わない。それぐらいに必死な覚悟があるような気がする。

ユズもモモも1人っ子で、家に残された唯一の男性であることが大きく影響しているだろう。もし2人以上の子供がいたら、母たちは彼ら2人を同時に縛るものを考えつかなかったかもしれないし、縛り続ける労力に音を上げたかもしれない。1対1だったからこそ、母たちは息子を支配して、自分の心を平穏に保とうと考えられた。
自分に不幸が降りかかったを認めたくない/認められない弱い人であり、息子が1人残された、という条件が揃ったことで この過程に不幸の連鎖が生まれてしまった。

いよいよ仁乃を「好き」という気持ちを隠さない男性2人。だがトラウマの解消は未だ達成されず…。

して少女漫画的に重要なのは、この毒親としか言えない母親の愚行が、息子たちにとってトラウマであるということである。このトラウマがある限り、彼らは好きな人に好きと言えない。当たり前のことを当たり前に出来ないから本書にはドラマが生まれ、恋愛の成就が全く見込めないのである。

同じようなトラウマを持つ2人だが、この『9巻』では少しずつ差が生まれてもいる。解決に近づいているのはモモ。彼は月果(つきか)という大人の女性の導きによって母との付き合い方に光明を見出す。反発するだけでなく、どこに彼女の地雷があるのかがモモにも理解できてくると、グッと母の干渉は減る予感がする。音楽に関しても売れるよりも自分を表現する作品を許され、自分でも許したことで彼は音の海から浮上し始めている。そのどれもが全ては月果の尽力であることを忘れてはならない。彼は母とは違う、もう1人の家族とも言える女性から長所から短所まで見抜かれ、上手くコントロールされている。月果とは血は繋がっていないけれど理解ある姉といったところか。

その一方でユズは、この6年間で最悪な心理状態へと下降していく。順調に進むモモと反対に、メンバーとの不和が発覚したり、未来への不安が襲ったりとメンタルの健康を害している。ユズにはヤナという男性マネージャーがいるが、彼はどちらかというとユズがしたいことをさせるタイプ。ユズの家庭の事情までは詮索してこない。これはヤナが男性であることも大きいかもしれない。ちょっと性差別的な発言になるかもしれないが、月果には母性というものが肌感覚で分かるのが大きいのではないだろうか。同性として母の立場に立った時、何が一番つらいのか、それを考えたら、きっと上記のような結論に至り、モモの母親を刺激しない道が見えたのではないか。

こうして全てを一人で抱え込むユズにトラブルが起きる。モモ同様、ユズにも表現したい曲・場面が生まれているのに、それを実現する術は奪われている。トラウマとしてはユズの方が厄介に思える。

『9巻』は同じように仁乃(にの)に好きということも出来ないままであったWヒーローが大きな岐路に立っていると言えよう。


まるライブツアー編では、ライターの東雲(しののめ)が全ライブツアーを取材することになっている。これは時に批判も厭わない者が、ライブを通して見て、バンド・イノハリの変化を観察する第三者機関と言えよう。

今回のユズには、読モの2人への楽曲提供の1週間に続き、またもタイムリミットが設定される。それが10日後には、仁乃とモモが再会してしまうというもの。次の2人の再会では、彼らの想いが通じてしまう確率が非常に高い。その際に これまでのように仁乃を応援するか、それとも今度こそ別の未来を求めるかが彼の悩みの種となる。

イノハリは1曲目から、冷ややかな視線を見せる東雲を圧倒する。この4か月半、すなわち彼らが ただの高校生であった際に起きたすべてのことが、バンドの音を厚くした。だが、ユズだけがモヤモヤした気持ちを抱えていて演奏に熱が入らない。メンバーのハルヨシもクロも問題を抱えているのだが、その解決をライブツアー後に時間を設定しているからか良い集中が保たれる。

だが、このライブにモモが偵察に来たことにユズだけが気づき、仁乃の視線を自分に集中させるために気合いを入れる。モモという存在は いつだってユズの心を点火する。


の頃、仁乃はユズへの感度が上がっていた。ユズの「彼女」が架空の人物であると知ると「ほ」と安堵したり、彼女の中のユズの大きさが小さくないことが分かる。そして仁乃はユズが何か衝動を抑えていることに気づき始める。

また仁乃はマスクの終了を考え始める。もう叫びたい衝動は歌に変換できるし、モモに会えたことで、声を自身に溜め込む必要もない。マスクを取るのは、素直に生きること。これは彼女の告白が近づいていることを意味する。
ユズにとって仁乃のマスクは、彼女に男性たちが近づかない防波堤でもあった。マスクをして様子のおかしい仁乃ではなく、素顔になった仁乃には人が群がってしまう。「眼鏡を取ったら美少女」のように、叫びたいという欲求と奇行がなくなり、マスクが取れた仁乃は ただの可愛い女の子になる。

仁乃のユズへの不安は歌声になって表れる。初日からツアーで調子を落としていく仁乃。


れに加えて、ハルヨシが不用意に深桜の名前を出してしまったことで、メンバー間(主にユズとハルヨシ)で不和が起こる。これは深桜に肩入れするハルヨシがずっと抱えていた想い。メンバーチェンジに表立って反対していなかった反動が、今になって出てきた。ハルヨシは、ユズと音楽をする約束と、深桜への想いで難しい立場にいた。

ハルヨシも落ち込むが、ユズも落ち込む。1年ぶりにある人(後に父親と判明)の墓前に立ち、反省する。

そんなイノハリメンバーを繋ぐのは元メンバーの深桜(みおう)。彼女は連絡のないハルヨシを気にしていることもあって、メンバーに順に探りを入れていた。

仁乃にも連絡がきて、深桜にケツに蹴りを入れてもらった。仁乃は心がぐちゃぐちゃになる度、歌を歌って救われてきたことを思い出す。
そして仁乃との電話でイノハリ内の事情を察した深桜は、ハルヨシにも喝を入れる。ここでは初代メンバーであり、未だ精神的には5人目のメンバーともいえる深桜のスタンスが光る。

そして深桜は この日の東京ライブの会場に潜入していた。これはハルヨシの様子を見るために。そのことを知ったハルヨシは彼女に対し、久々にドSを発動させる。きっとハルヨシは深桜が照れて困る顔と、そして照れ隠しに殴られることが好きなんだろうなぁ…(笑)


うして東京のライブが幕を開ける。深桜のお陰もありメンバーは調子を取り戻す。

だがユズだけは、後5日に迫ったタイムリミットと、募るばかりの仁乃と一緒に歌いたいと気持ちに6年間で最大に落ち込んでいた。

そんなユズが夢で見るのは、かつての家族の光景。その光景は、音楽家だった父をのせた飛行機が海上で行方不明になったことで一転する。家には父が帰ってこないという現実だけが残された。

歌わなければ、この世に音楽が無ければ、幸福はずっと続いたのに…、それが母の行き所のない悲しみの中にいる結論だった。だから息子にも音楽を禁じる。なぜなら母は息子が音に触れたら、彼も父のように海に沈んで帰ってこれなくなると思った。

更にユズ自身も、父の生存が絶望的であることを知り、倒れてしまう。心に負荷がかかり、彼は歌を歌えなくなる。しかし加害者でもある母親は喉に異常があるとして、彼のトラウマに関与しない。

だが、ユズは その後 一度だけ歌うことができた。それが仁乃と歌った6年前のあの日。これは仁乃と一緒ならトラウマも解消できるかもしれないという伏線だろうか。

ちなみに故人には申し訳ないが、ユズの父親が気持ち悪すぎる。マツゲが長いのはユズに似てるにしても、童顔でヒゲ、しかも輪郭は10代の人のままで、年齢も性別もチグハグで生理的嫌悪が生まれる。作者に画力がないとは思わないが、壊滅的に年齢を重ねた人は描けないのだと思わされた。

ユズが夢で見る家族3人で幸せだった記憶。ユズの母は この記憶の頃に時間を停めておきたいのだろう。

夢から覚めて、呼吸を乱すユズを発見するのは仁乃。
仁乃に縋り、キスで平穏を取り戻そうとするユズだったが、理性を働かせる。こうして仁乃を遠ざけようとするユズだったが、そんな彼に気づいて、仁乃はユズを抱きしめる。
トラウマを解消できるスキルはヒロインの特権。だが、好きでもないのに、抱きしめられ、トラウマに触れられることにユズは拒絶反応を見せる。そうして、ハルヨシやクロと同じように、我慢していた感情が溢れ出しそうになるが…。

だが、彼の口からは何も言葉が出ない。彼は歌声だけでなく、言葉さえも失ってしまった。

そんな緊急事態の中、ライブの開演はあと1時間と迫る。

自分がイノハリの足を引っ張りたくないユズは、周囲に黙ってライブを強行しようとするが、仁乃がそれを許さない。ユズにとってハルヨシがバンドの誕生を支えてくれたと感謝するように、仁乃にとってはユズが歌う場所を守ってくれていた。その場所を守るためにも、ユズの喉を第一に考える。


のピンチの中、仁乃は、ユズの帰りを待つベストな方法を考案する。それは彼女が自分だけで突っ走らずに、イノハリを成立させ続けるための周囲との協調する第一歩だった。バンドの結束と互いにメンバーを思う心が伝わってくる構成だ。

ユズの到着を待つために1曲目は順に楽器が増える構成にした。最初は仁乃だけでアコースティック、そしてハルヨシ、クロと順番に現れ、最後にユズ。途中でライブ会場を訪れたモモのギターに助けられる場面もあり、曲が終わるまでに現れたユズによって なんとか曲が閉められる。


一方、モモは対バンまでの10日を順調に過ごしていた。

月果から自分の好きなように曲を作らせてもらう環境を与えられたモモ。彼は久々に作曲の喜びを知る。そして和歌山から離れ、東京に曲作りにも一刻も早く参加したいという欲まで出てきた。

これに対し月果が出した条件は、母に直接 話を通すこと。そして戻って来る事を約束すること。中でも後者が母の束縛と関係がありそうな気がしますね。月果がモモの母親と2人きりで話すのも、モモが知らない真実に月果は辿り着いているからではないか。
今回の事でモモは、逃避や強硬な手段を使わずに、正当な手続きを踏めば、自由が与えられることが分かった。

そして話し合いが終わる頃、モモは母に、自分の音を聴いてもらうよう願い出る。何からも逃げないで自由に音を奏でるため、モモは母親と向き合おうとしている。トラウマの解消は目前だ。

モモが戻ったことで黒猫は再始動する。東京のライブでの思わぬ共演はあったが、本番は5日後と迫る。
今回も、共演までの あと×日という焦燥、そして開演1時間前のトラブルなど、短期的なタイムリミットの使い方が光っている。