《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

『1巻』は まだまだ本書のイントロ部分。それでも面白い。ここから更に 面白い。

覆面系ノイズ 1 (花とゆめコミックス)
福山 リョウコ(ふくやま リョウコ)
覆面系ノイズ(ふくめんけいノイズ)
第01巻評価:★★★(6点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

歌が大好きなニノは、幼い頃2つの別れを経験する。1つは初恋の相手・モモ。もう1つは曲作りをする少年・ユズ。いつの日かニノの歌声を見つけ出す…2人と交わした約束を信じてうたい続けてきたニノ。時はすぎ、高校生になった3人は…!? 花とゆめで超大人気「音楽×片恋」ストーリー!!

簡潔完結感想文

  • 全員 片想い状態だが、誰もが前に進み続けてドロドロにならず、カタルシスが生じる。
  • 歌う喜びをくれた2人の男の子は6年前に どちらも姿を消した。歌だけが彼らへ続く道。
  • 互いの正体を知らずに近づく高校生たち。覆面に隠された もう1つの顔を知る時が怖い。

ロインは感情を歌に乗せ、作者は情熱を漫画に変換する 1巻。

「モデルもの」「ケモノもの」ときて今回は「片恋バンドもの」だという福山リョウコさんの長編3作目。
相変わらず作者の読者を引き込む力には圧倒されるばかり。特に本書は『1巻』の段階では読者に全体像が示されていないので訳が分からない部分も多い。でも訳が分からないけど面白い。読者には見通せない部分が多いし、人間関係が理解できないままだ。それでも1話、また1話とページをめくらせる、その魔力的な筆力には恐れ入るばかり。そして訳が分かってから もう一度読むと更に面白い。

私にとって福山作品は3作目。本書は間違いなく その中でベスト。ただ正直に言えば、私は作者の作品が それほど好きではない。最初からテンションが高くてノリについていけない部分はあるし、絵も どんどん上手くなっているけれど好みという訳でもない(特に顔の輪郭が逆三角形すぎる)。本書において大事なライブシーンも私の感度が鈍すぎることもあり、似たような描写に見えることもあった。本書を作者史上最高に好きだけど、私にとって「特別」な作品ではない。
いきなり6人の高校生たちが出て来て、それぞれに名前と呼称と芸名があったりして、人間関係は本当に分かりにくい。読者が彼らの関係性をすっきりと理解するのは『2巻』以降だろう。そういう意味では読者に優しくないオープニングだ。だけど説明台詞で いちいち関係性を説明して物語の勢いを削ぐよりも、一気呵成に駆け抜ける物語の中で読者は段々と全容を掴んでいく、という手法を選んだのだろう。これは作者の作品や連載に対する自信が無ければ出来ないことだろう。この辺は長編3作目の作者の経験が活きている。

内から湧き上がる衝動を抑えきれない。でも確実に観客を魅了していく仁乃の姿は作者と重なる。

そうだ、作者のこの姿勢は、まるで『1巻』4話で歌唱した仁乃(にの)の暴走のようである。観客に向かって挨拶をする前に、会場を温める前に、一気に自分の存在を特定の相手に/読者に伝えようとする。最初から大音量で暴れる戸惑いの中に、周囲の者は抗えない魅力を、迸る情熱を感じる。そうやって才能で圧倒していくスタイルなのかもしれない。
『1巻』からフルスロットルで高いテンションには やがて読者の方が慣れていくし、慣れてから分かるのは、登場人物が初めから「そこ」にいる感覚。読者はヒロイン・有栖川 仁乃(ありすがわ にの)と同じく新入生として入った高校で出会った人たちの人間関係が分からない。特に仁乃のモモへの切実な思いは、もう少し描き込まれていないと分かりにくい。仁乃にとって どれだけ大切かが伝わらないまま、彼女が絶叫していくから仁乃が頭のおかしい人に見えてしまっている。幼なじみとして当然のように一緒にいた毎日が もうちょっと描かれてほしかった。
一方、仁乃が出会う高校生たちは、これまで6年以上一緒に過ごしてきた関係性や絆があるので、これまで通りのテンションで会話が繰り広げられる。仁乃と読者は彼らのテンションにチューニングを合わせることで段々と 1人1人の人となりが見えてくる。知らない人の輪に入っていくのは現実でも時間がかかるものである。


が本書で好きなのは、その構成である。全18巻の物語で、作者が描きたかったことを全部描き切ったということが伝わり、それがカタルシスになっている。

本書では「ぼくたちは ほんとうのこころを かくしてる」という文章が何回も何回も繰り返される。「好き」という気持ちを容易には伝えられない相手を好きになった彼らの恋と音楽と成長を描く。メインは仁乃を巡る三角関係なのだが、6人の高校生の男女の群像劇でもあり、彼ら1人1人の「ほんとうのこころ」と向き合うまでを繊細に紡いでいく。客観的に見たら、狭い世界の中にプロデビューしてしまうような突出した才能を持つ人が集まり過ぎているようにも見えてしまうし、1つのバンド内のドロドロの内輪な恋愛になってしまうところなのだが、彼らには音楽という表現があるから、そういう閉塞感からは解放されている。

そして彼らが何回も突破していく自分の限界の設定が素晴らしかった。次のステージに立つほど見えてくる自分の課題。それに向き合う精神力と、その突破方法の絶妙な匙加減には何度も唸った。人としてバンドとして悩みながら大きくなっていく彼らの存在を読者は一緒に応援できる。彼らがプロミュージシャンとして活躍する過程での越えるべき壁と、抱える恋心と悩みがリンクしているのが絶妙で、暴走しているようで 良くコントロールされた物語だと感心してしまう。作品が好み、というよりも作者への信頼感は これまで読んできた何十人の作家さんのなかでも最上位に位置する。きっと次作も面白いに違いない。こういう構成力を持てる人を私は尊敬する。
他にもタイトルロゴやカバーデザイン、更にはアニメ化に際しての作詞など作者の才能が爆発した作品である。

そして何と言っても、仁乃を巡る三角関係の設定が良い。『1巻』では まだ出てこない情報だが、ヒーロー候補の2人(ユズとモモ)にそれぞれ家庭のトラウマを用意しているのも、どちらにも転ぶか分からない三角関係を成立させていて素晴らしい。少女漫画で大事な方程式は ヒーロー×家庭のトラウマですからね。単純に恋愛の話としても、最終巻までどちらが正ヒーローなのか分からない構成にワクワクさせてもらった。もう最終巻では どちらも好きになっていたから結末はどちらであっても辛いものになる運命でした…。

福山作品の最大の特徴は変わった性格とテンションの高さだろう。そこに尻込みしてしまう読者もいるのは私にも分かる。そんな中でも人の身体的特徴(長い睫毛や背の低さ)を何度も指摘する作風は、2023年には そぐわなくなっていると感じた。2013年の連載時から10年間で大きく変わった人の意識を浮かび上がらせていた。


稚園に通う頃から、いつも互いの家の窓を開け、向かい合って歌っていた仁乃とモモの2人。だが小学校4年生のある日、突然 お隣のモモの一家は引っ越してしまう。きっとまた会えるという親の気休めを信じてモモの帰りを待つ仁乃だったが、やがて彼女もモモが その家に帰ってこない現実を知る。

歌うことは仁乃にとって逃避であり、そしてコミュニケーション方法。モモと歌が世界の全て。

その抱えきれない悲しみを絶叫に変換してしまう仁乃は、それからマスクをし、叫び出す自分を抑えていた。叫び出してしまう(shout)、というのもこの後の展開に必要な要素なのだろう。そして当然、精神的に仁乃がヤバいという表現でもある。ただ、上述の通り、隣の子がいなくなったという事実が仁乃にとって どれだけ大きなものか伝わり切れていない部分があって、それが仁乃を単なるヤバい子に思えてしまう原因になってしまっている。1話で2人の大切な男の子に合わなければならなくて、消化すべき要素が多すぎるのだろうが、モモに対する比率が少なく、またどうしてもユズの方が印象に残ってしまうので、仁乃の中のモモの切実さが伝わってこなかった。


んな苦しさの中、出会ったのがユズという少年。砂浜に楽譜を描き、そこで作曲していたユズの歌を仁乃は歌う。彼の歌うことで、モモと別離してから感じていた息苦しさが無くなった。そしてユズは仁乃の声に運命的なものを感じていた。
ユズは有栖川 仁乃という名前から仁乃をアリスを呼ぶ。そこから毎週水曜に海岸にいるというユズとの交流が始まる。初対面からユズが仁乃にマフラーを巻こうとするのは、彼女の声、そして それを発する喉を大事にしたいという無意識の行動なのか。こうして歌うことで救われる仁乃と、歌うと「泡になって消え」てしまうユズは出会った。
ユズにとって仁乃の声は理想の声で、そして仁乃の存在は まさにミューズ。彼女との出会いがユズの中に曲を生んでいく。

モモも歌も奪っていった世界と仁乃を もう一度 調律してくれるのはユズ。ユズと歌で世界は安定する。

だが歌い続ければモモに届くと思っていた仁乃は、モモの家が夜逃げをして、もう会えない現実を知り、再度 絶叫する仁乃。発狂寸前の彼女を守ったのは またもユズの歌だった。
そうして落ち着きを取り戻した仁乃だったが、歌がモモに届かないことに絶望し、歌うことを止めようとする。だが そんな仁乃を歌い続けることできっと会えるとユズは励ます。ユズにとっては仁乃の声が道標。だから彼は仁乃の喉に口付けをする。

ユズによって仁乃は自分がモモを好きなことを自覚する。だが仁乃は歌い続ければモモに会える、というユズの言葉を信じなかったことで歌えなくなる。歌っても歌がモモに届かない可能性に喉が固まってしまったのだろう。
更に仁乃に歌を引き出してくれるユズもいなくなる。二重の喪失感を抱える仁乃だが、今度は弱い心に囚われず、ユズとモモに もう一度会うことを祈って歌う。2人の男の子に会うために彼女は歌う。歌い続ける。


の前から大切な男の子たちが消えて6度目の春に高校生になった仁乃。

その頃、若者の間で人気急上昇中の眼帯覆面バンド「in NO hurry to shout」。略して「イノハリ」が解散を表明していた。実はユズたち この高校の軽音部の生徒4人が、その正体だった。だが作曲担当のユズが曲を作れなくなったことで解散の方向で話が進む。

ただの高校生として新入生に向けた部活紹介で、彼ら4人は誤ってイノハリの曲を演奏してしまう。その曲を聞きながら口ずさむ観客の仁乃。その彼女の声に反応したのはステージ上のユズ。それによって仁乃は彼がユズだと確信し、追いかける。

こうして仁乃が歌い続けたことで、ユズに運命的に再会した。
だがユズは仁乃を拒絶する。それはユズは仁乃と再会したら恋に落ちてしまうことを予感していたから。そして仁乃の傍にいると自分に音楽が溢れてしまうから。大好きだけど止めようと思っていた音楽。その道にまた仁乃の存在が引きずり戻そうとする。それがユズの痛みの正体だろう。

しかし2人は同じクラスになる。1歳年上のはずのユズだが留年して もう一度1年生をやるらしい。席も隣で、ユズは仁乃の声を、歌を聞き続ける。それが苦しい。


んな環境がユズの中から曲を溢れ出させる。音楽室のピアノで彼が曲を奏でいるのを発見し、仁乃は隣で歌う。すると彼らはあっという間に6年前の海岸での2人に戻る。

それを見た軽音部のボーカル・深桜(みおう)が行方不明になってしまう。彼女が好きなユズは6年前から「アリス(=仁乃)」しか見えておらず、ユズが作る曲はアリスのためのものである。自分がユズのミューズになれないことを本物のアリスの登場で深桜は痛感した。

新入部員が入らなければ廃部の危機にある軽音部は、代打として仁乃に目をつける。ライブでユズの曲を歌うと知った仁乃は一も二もなく引き受けるのだが発表の前に、モモとの思い出を想起させる「きらきらぼし」を聞いたことで仁乃は暴走。

仁乃の声に運命的なものを感じたユズ。そのユズの曲を歌う仁乃は、モモにずっと向けて歌っている。この想いの一方通行だけでも切ない。

そして同じ学校には、モモがいた。仁乃の声はモモに確かに届いた。だが、仁乃はモモが同じ学校にいる事実を知らない。モモの気配を感じただけで、彼の姿を見ていない。だから モモに届くように海岸で歌い続けていた。
それをユズは新しい曲で応援するという。仁乃がモモと会えるように。でも心の中では会えなければいいと思いながら。

「ぼくたちは ほんとうのこころを かくしてる」

しかもユズは、その男がモモとは知らず榊(さかき)という男子生徒と交流を始める。同じ作曲する仲間として距離が近づく2人。音楽においても恋愛においても永遠のライバルとなる2人の運命の出会いであることを、彼らはまだ知らない。