《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

誰よりも作者がバンド「イノハリ」の名プロデューサー。読者を全員ファンにしてしまう。

覆面系ノイズ 8 (花とゆめコミックス)
福山 リョウコ(ふくやま リョウコ)
覆面系ノイズ(ふくめんけいノイズ)
第08巻評価:★★★(6点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

人気読者モデルのデビュー曲の作詞作曲を依頼されたユズとニノ。クセ者すぎる2人に振り回されながらも、今まで気づかなかった事に気づいていく。一方、わずかな手がかりをもとにモモを探す月果は、遂にモモを見つけ出すが…!? そしてハルヨシ、深桜の恋にも急展開が!! 皆が想いを抱え、成長していく第8巻!!

簡潔完結感想文

  • 楽曲提供することで見えてくる自分の手癖。モモに続き他者がユズの世界を広げる。
  • 楽曲提供された深桜の歌唱で知る彼女の本当の魅力。彼が自分を見た感動で深桜が動く。
  • ツアーの千秋楽で企画されるモモとの共演。次のゴールまで必読の、抗えない構成の妙。

かが視野を広げてくれることで、自分の世界の狭さに気づかされる 8巻。

ずっと面白いし、次の巻の方が更に面白いかも、という予感が常にあるのが凄い。
いよいよ『8巻』で高校生編は終わり、次巻からはイノハリとしての活動に軸を移す。一介の高校生として抱える恋愛の悩みは一度 小休止か。相変わらず主役たち(仁乃(にの)・ユズ・モモ)の関係性は1ミリも動いていないように見えるが、今回の高校生編で他の軽音部メンバーの恋が かなり動いているし、ユズとモモの家庭の事情が見えてきたので停滞感は まるでない。

そして何度も言うけれど、細かいハードルの設置の仕方が本当に秀逸。1巻に1つは超えるべき壁を用意して、更にはタイムリミットを用意することで緊張感を作品に漂わす。今回は楽曲提供者となった仁乃とユズが、クライアントの要望に1週間で応える、という制限を設けて、ふとした瞬間に一気に成長していく彼らの姿を描いている。

それでいてインフレを起こさせないから凄い。一つ間違えば、圧倒的な才能という言葉一つで終わってしまう物語になってしまうところを、彼らには今、何が足りなくて、どうすれば解決できるのか、という問題を絶妙に設定している。迫力のライブシーンも好きだけど、こうした繊細な作業に私は心打たれた。いつか作者には少年漫画のバトルものを描いてほしいものだ。ムッキムキになったユズとモモが拳で語り合う、そんな漫画を(笑)

初めてユズに批判的な人たちによって、ユズは開眼する。後述の深桜の件といいユズは今回 開眼しまくる。

を重ねても、まだ こんなに やっていないことがあるんだ、と感心せずにはいられない。『7巻』の学園祭ライブでは、仁乃と深桜(みおう)とのWボーカルが見られたし、ユズとモモの共作、そして同曲では仁乃とモモの秘密のコラボも見られた。そして今度はユズとモモがそれぞれに所属するバンドの共演が見られることも予告される。

それは「イノハリ」の1stライブツアーの千秋楽での対バン。そして その後にはメンバーたちの恋愛の決着も見られそう。こうやって少し先の未来が気になって仕方がない。こういう追い求める気持ちを掻き立てるのが作者は非常に上手い。それは天性のカリスマ性で仁乃がライブ中に観客を魅了し、心を鷲掴みにするのに似ている気がする。一度魅了されてしまえば、ファンは追っかけになる運命である。

作者はイノハリを読者に売り出すのが非常に上手いプロモーターである。メンバーが高校生なので1年を通して活動出来ない代わりに、魅力的な企画を立ち上げ、そこに読者に参加したいと思わせてしまう。
イノハリに仁乃が一から参加しているのではない既存のバンドであるというのも今となっては上手いとしか言いようがない。仁乃と一緒に読者はイノハリ結成秘話を知り、どんどんバンドに愛着を持っていく。そして、イノハリもメンバーも、曲も詩も全てを好きにならせて、気づいた時には もう本書から少しも目を離させないようにしている。こういう心地の良い心酔は本当に気持ちが良いものだ。


頼された曲を完成させるための仁乃とユズの共同作業が始まる。もうユズは母にフェスでの姿を見られ「覆面」でいる必要が無くなったため、制服のまま依頼者に会っても問題がない。

依頼者は読者モデルの男女。だが、2人は歌手活動に本気ではない様子を見せる。一筋縄ではない依頼人に対して、不快感はあるが、経験を積むために前向きに取り組もうとする2人。
だが あまりにも自分と音楽への情熱が違う、彼らを知る足掛かりが欲しいユズ。そんな時、仁乃が彼らが「ほんとのこころ」を隠していることを見抜く。ここはちょっとしたミステリみたいに、僅かな手掛かりで真実を手繰り寄せる構成が良い。

そうして彼らを本気にさせる曲作りを模索する2人。これは学園祭でのモモが仁乃の限界を超えるように設定した曲、と近いものがありそう。相手に挑戦し、それに応えたいと思わせるような曲が理想形か。

仁乃の推測通り、読者モデルの2人は実は音と真剣に向き合っていた。その彼らの姿を見たユズは、自分たちの音域との類似を見つけこともあり、まるで仁乃と2人で歌っているかのような幻想を見る。これはユズが願っても叶わないこと。だからこそ それが輝いて見えてしまう。


んな手の届かない理想を追い求めてしまい、ユズは自分の欲望を織り込んだ曲を押しつけてしまう。それを相手に見抜かれたユズ。

これはもしかしたら、彼の母親と同じ過ちなのかもしれないと思った。自分の信じたい世界、自分が理想とする世界のために、その人をそこに押し込める。籠の中の窮屈さを知っているはずのユズが、大好きな声を籠に閉じ込めていたのかもしれない。その羞恥と恐怖は いかほどのものか。

更には雑誌の編集部の意見も加味しなければならない、オファー曲の難しさにも直面するが、ハードルを課されるなら、それを乗り越えようとする2人。
期限は1週間。彼らは1週間で自分たちの殻を破らなければ、きっと この先の成長は見込めない。色々な経験をしたいがために受けたオファーを失敗で終わらせたら、成長するどころか、小さくまとまった音の中に生きるかもしれない。

大見得は切ったものの、部室で悩むユズ。そんな彼を励まそうと、気分転換に深桜は彼女が歌唱するフェスの動画を一緒に見る。その深桜の歌唱で初めて彼女自身の歌唱を見たユズ。残酷だが ユズは仁乃に出会うまでは、深桜は仁乃=アリスの代替品でしかなかった(後にユズは違うと釈明しているが)。

だから今回、モモの曲の歌を歌う、1人のアーティストとして深桜を見た。こうしてユズは深桜にも理想を押しつけていたことを知る。

深桜の声に初めて触れてくれたユズ。彼の視界に入っただけでも涙を流させるぐらいの感動となる。

一方で深桜はユズが初めて自分の歌を聴いてくれたことに感涙し、彼にキスをする。浮気、というより、長年 無理だと思っていたものが叶った喜びの衝動だろうか。

その場面を見ていたハルヨシ。逃げるように部室を立ち去った深桜は、彼と遭遇し、気まずい。だがハルヨシは ほぼ何も言わず、一緒に手を握って帰るだけ。ハルヨシはこういう事態も想定して、それでも深桜が少しでも こちらを向いてくれたら良いと思っているのだろう。全く意識されない存在から、少しでも意識が向けば、それでも彼らにとっては大きな前進なのだ。深桜・ハルヨシ・クロの最初の目標は、異性として、恋愛対象と見られるという小さなものなのだ。


ファーされた曲の制作と同時にライブツアーに向けて練習を重ねるイノハリ。だが20曲歌うはワンマンライブのための体力が不足していることが露呈する。曲や歌(そして外見)が完璧ならば売れるという訳ではない。バンドとして活動するには足りないものが まだまだ多いし、それが彼らの伸びしろでもある。


モと同居していた月果は、わずかな手掛かりを頼りにモモの現在地を探していた。
そして執念が実り、彼を見つけた。強がって、大事な人を守るために離れてなければ生きていけないモモを月果が迎えに来る。彼女という恋愛関係でもなく、無償の奉仕者がいなければ、モモは きっと黒く濁っていく一方だっただろう。もしくは溢れ出す音に呼吸を奪われ、窒息していたかもしれない。仁乃が傍にいられない、ということもあるが、幾度もモモを浮上させているのは、間違いなく月果だ。

モモが行方不明になってからは、モモのバンド「黒猫」も休業状態。「覆面」が絶対の この世界では代役も簡単に用意できるのだが、それを月果が許さなかった。モモは行方不明、深桜も高校生なので、イノハリ同様、大きな活動は出来なかったが、年末年始にむけ、活動の再会が見えてきた。

そして月果は お節介をして、仁乃とモモを電話で繋ぐ。ユズを見守るイノハリのマネージャー・ヤナも素敵だが、仁乃とモモに関しては月果というキューピッドがいなければ、まともに交流が出来なかっただろう。彼女だけがモモの全ての事情と性格の不器用さを知っている人なのだ。

6年前のように同じ月を見上げながら、互いの声を聞く仁乃とモモの2人。「…おやすみ… …ニノ…」、そう呼んでもらい満たされる仁乃。そして「…おやすみ… …モモ…」という声がモモを浮上させる。

モモもまた、金銭が目的じゃない、ユズへのライバル意識だけじゃない、本当の音を紡いでいく…。


乃は作詞に燃える。行き詰りかけるが、モモの声を聞いたこともあり、作曲もするユズにはないアプローチ、歌い手から歌詞を考える。

こうして出来上がった仁乃の歌詞を見て、ここでもユズは自分とは違うアプローチに対して理解を深める。才能があって、自分の世界観があるユズだが、そのままでは世界は広がらなかった。だが仁乃との共作で、違う視点を得ることができ、2人の曲ならば無敵になることを直感する。

こうして1週間が経過し、関係者の前で曲を発表する。それはイノハリよりも音を厚くした曲。そして仁乃の歌詞が世界を広げた曲であった。誰もが納得し、覆面というよりは仮面をかぶって本音を見せなかった読モの2人の感情を大きく揺さぶる曲が完成した。見事に2人は課せられたハードルを越えた。

万事が順調で、イノハリのチケットも全公演完売。そして互いのマネージャーによって、イノハリツアーの千秋楽、大阪公演で、イノハリと黒猫の対バンが決定する。黒猫は全曲新曲。イノハリも、新しい世界を見た2人による新曲が予定されている。


いのバンド活動が本格する前に、深桜はユズに ちゃんと告白する。この告白に至るまでの道が果てしなく長かった。ユズの瞳に自分が映らなければ、告白すら出来ない。それが叶った分だけでも深桜は満たされた想いも少しあったのではないか。

こうしてユズへの気持ちを終わりにしようと決めても、深桜の目から涙が出ない。
彼女の目から涙が出るのは、この後。彼一色に染まらなかったハルヨシに別れを告げ、そこから立ち去る時。彼が追いかけてくるのを期待してか、自然と振り向いた深桜の視線の先には誰もいなかった。その事実を彼女が認識した時、涙は流れた。
振り向いたのも、涙が出るのも身体が勝手にした反応。そして時に身体は精神を先取りする。ユズやモモがかつて仁乃に気持ちを言えないまま、彼女が遠くへ行くのを反射で止めたのと同じように、深桜の心は かなりハルヨシのことを考えているのではないか。
それを見届けたハルヨシは、ツアー後のデートを約束させる。

そして兄嫁から逃げ続けたクロもツアー後の告白を予告する。それぞれが気持ちに踏ん切りをつけるツアーとなるのか。私生活での問題は保留にされたまま、いよいよライブツアーが幕が開ける…。