《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

由宇は根暗な自分を隠すためにメイクをし、作者は内容の無さを隠すために黒崎をドSにする。

黒崎くんの言いなりになんてならない(1) (別冊フレンドコミックス)
マキノ
黒崎くんの言いなりになんてならない(くろさきくんのいいなりになんてならない)
第01巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★☆(5点)
 

「俺に絶対服従しろ」悪魔級ドS男子と24時間ドキドキさせられっぱなし SEXYラブ!!! ――高校デビューしてがんばる由宇(ゆう)は、憧れの「白王子」白河(しらかわ)くんがいる学園寮に住むことに! でもそこには「黒悪魔」と恐れられる黒崎(くろさき)くんもいた! 黒崎くんに逆らった由宇は「罰」としてイキナリ……!!?

簡潔完結感想文

  • 1話で唐突にキスをする作品に傑作なし。(半)同居や長髪男性の散髪など既視感たっぷり。
  • 男性の価値を上げるため、地球上の女性全員がメインの男性たちに目を奪われる描写に辟易。
  • 黒崎がキスをするのは由宇が強く反論する時。ドSと見せかけ罵声を浴びて興奮するドM。

手な展開の割には、誰もが自信の無さを見せる 1巻。

本書のヒロイン・赤羽 由宇(あかばね ゆう)は中学時代は男子生徒から嫌味を言われるほど性格も容姿も陰気だった。そんな自分を変えるために彼女はメイクを習得し、外見を華やかにすることで自信がつき、自分を変えられた。彼女が濃いメイクをするのは自信のない昔の自分をカバーするためでもあるのだろう。少しでも素肌が見えれば、そこから過去が染み出すとでも思っているのかもしれない。いわば彼女にとってメイクは仮面。新しい自分を演じることで楽しい高校生活を送ろうとしている。だから彼女はノーメイクで人前に出るのを嫌がる。それは外見が見劣りするからではなく、精神的には裸で歩き回るような状態だからだろう。

それはヒーローの黒崎 晴人(くろさき はると)も同じ。『1巻』の段階でも見え隠れするが、彼は他者と深く関わることに委縮している。そんな弱い自分を隠すために彼が身につけたのが攻撃的な自分なのではないか。人に嫌われるぐらいなら嫌われ役を演じて自分の精神を守る。そんな傍迷惑な人格が黒崎にとって一種のメイクなのだろう。不器用な自分を認めているから恐怖政治を敷く。そうして周囲を圧倒することで守っていた自分の世界=寮に由宇が入ってきて、彼女は黒崎の撒き散らす恐怖に身をすくめることなく、彼に堂々と反論する。黒崎にとって由宇は自分の魔力が通用しない聖女に見えたのではないか。由宇が反論した時点で黒崎にとって彼女は特別な人になったと思われる。
1つ気になるのが、黒崎が由宇にキスをするタイミング。『1巻』では2回、黒崎が由宇に無断でキスをする(性暴力ですので)のだが、そのどちらも「こわい」という単語が入っている。1回目は黒崎を「こわくない」という由宇、そして2回目は黒崎が唯一の親友・白河 タクミ(しらかわ タクミ)以外の人と関わるのが「こわい」と指摘された後だった。ここから推察するに やはり黒崎が自分を演出するために恐怖を与え、そして それは自分の本心が見抜かれるのが怖いからなのではないかと思われる。
このように彼の性格を分析すれば その不器用さが浮かび上がってくるが、基本的には こんな人間とは関わりたくないと思うのが自然である。「言いなりになんてならない」と言いながらも男性の「言いなりになりたい(イケメン限定)」と思うような乙女心が由宇にあるから 付き合ってられるのである。由宇は絶対に そういう自分や この状況が好きで、作品には そういう自己愛が溢れていて好きになれない。

キスをするのは黒崎にとって由宇が厄介な存在であるからだろうが、勿論 恋愛感情もあるだろう。この時点では本人も自覚していないだろうが黒崎は由宇を脅威と見ながらも惹かれている。そしてキスをするのは彼女が強気に反論する際に限られているのも見逃せない。『1巻』後半で体育倉庫に2人で閉じ込められた黒崎は(犯罪であるが)女性がキスを拒めない状況を手に入れた。しかし この時は由宇は黒崎に言い返すような状況でないからか、黒崎は何もしない(むしろ優しい)。要するに黒崎という人間は自分に強い言葉が発せられているとか罵倒されている時に欲情する生物なのではないだろうか。つまり黒崎は表面上ドSでありながら根底にはドMの血が流れていると思われる。「ベラベラ うるせぇ」と言いながら「ハァハァ もっと なじって~」と懇願している「ドレイ」なのである。この主従逆転現象こそ、本書の面白い所なのだ、と思えなくもない。

早くもヒロインに本質を見抜かれる器の小さい男。図星なので性暴力に訴える卑劣な男。

て自分を虚飾する第3番目の人は作者である。私には本書が売れるために設定を全乗せしたようにしか見えなかった。女性読者に一定以上の人気があるドSという設定、非日常空間の寮という舞台装置、黒崎を一気に王子様に仕立てる長髪からの散髪、そして読者に次の回も読んでもらうための1話でのキスなど、外す要素の少ない設定を盛りに盛った印象を受ける。更に作者は黒崎の価値を上げるための努力を惜しまない(これは由宇がメイク技術を向上させたのに似ている)。後に出てくる設定だが黒崎は学力は学年1位、そしてスポーツ万能、更には芸術方面(ピアノ)も ほどほどの練習で習得してしまう天才肌にしている。
ここから作者もまた自分に自信がないのだな、ということが伝わってくる。こうまでしないと読者に黒崎の良さが伝わらないのではないか、と不安だから全てを厚塗りで仕立て上げる。その人の感性によるだろうが、私は濃いメイクは下品だと思う。

そして私が本書の一番嫌いな所はどこか というと、黒崎と白河の登場シーンで女性が必ず頬を赤らめている点である。学校でも街中でも、はたまた海外でも、女性は全員 彼らに見とれなければならないらしい。
これもまた中身の無い男性に価値を与える手段だということは分かるが、それは1回やれば それでいい。読者だってバカじゃないんだから、1回それをやれば そういう約束で物語を読み進めることが出来る。なのに本書は初回から最終巻まで、その手法を繰り返すから辟易する。そこまでして周囲の評価によって黒崎たちの価値を認めさせたいか、と弱気な作者の執拗な描写に不快感を覚えた。
また、これにより間接的に女性というのは男性の容姿ばかり見る生き物と言われているようで、腹が立つ。ルッキズムを蔓延させるような内容である。この世には黒崎くんに興味がない人間は いない、と言わんばかりの世界観が受け付けられない。

本書は600万部を突破した作品らしい。つくづく私にとって少女漫画は売り上げと面白さが ちゃんと比例しない。
意地の悪いことを言えば、作者が今後 私の読書対象である5巻以上の作品を描けるかどうか疑問である。端的に言えば一発屋の匂いがする。本書はフルスペックな黒崎くんが受けたからであって、今後 作者が魅力的な深みのある人間を造形できるか その実力や魅力を感じられなかった。これは そんな私の心配を蹴散らす作品を描いてほしいという私なりのエールですよ☆ まぁ ここまで売れてしまえば浪費しない限り一生安泰だろうから、庶民の意見など気にしないだろうけど。


体的な感想では、基本的に登場人物は全員 良い人で、嫌な思いをすることは少ないが、そのせいで物語にメリハリがないように思えた。目標も目的もなくダラダラと続いていく。世界観も広がらないし、いつ終わってもいい話を ずっと続けているだけ。
全19巻の漫画だが、長編漫画の長い付き合いになると登場人物たちに出てくるような愛着が本書はあまり生まれなかった。ヒロインが「言いなりになんてならない」と言いながら、言いなりになる自分を甘んじて受け入れているように見えるし、作品もヒロインが学校どころか世界で1位2位の男性に好かれる世界を守るためだけに存在しているように思えたからだろう。巻数の割に厚みがなく、初速だけで最後まで完走した印象を受けた。私があまり好きではない掲載誌「別冊フレンド」の匂いがプンプンする漫画。良くも悪くも「別フレ」の方針に従って売れて、「別フレ」っぽい中盤以降の中身の無さであった。

ちなみに読み返すと黒崎が ずいぶん若く感じられる。最終回まで作中時間は高校生活の約3年間なのに、作者の描き方の変化もあって、現実の連載期間7年以上の年齢を重ねたように見える。段々と輪郭はゴツくなるし、目の輝きは無くなるし、残酷な時間の経過を味わう元美少年と言った感じが否めない。それでも一度買い集めると決めた漫画を途中で止めるのは もったいないという「コンコルド効果」でダラダラと読んでいく読者も少なくなかったろう。その意味では強烈な1話、1巻が大事なのは分かるが…。


述の 作者の山盛り設定と重複する部分もあるが、色々な所から借りてきました、という漫画である。
中でも由宇が黒崎くん の髪を切る場面は、水波風南さん『今日、恋をはじめます(未読)』で見たシーン。その作品のヒロインと本書の由宇は本来の姿も似ている気がする。ちなみに『今日~』は髪を切る場面で、これは無理と思って読むのを止めた(2023年に再挑戦予定)。

初めて自分に説教してくれる人に黒崎の愛情と欲情は燃え上がる。ドSはドM王子を隠すための偽装。

同居生活という面では渡辺あゆ さん『L♥DK』で見た。本書は寮での半分同居だが、学校でも放課後でも24時間彼と一緒というのは共通点だろう。掲載誌も同じ「別フレ」で胸キュンのために話を無理矢理 作っている点や、実力というより たまたま大ヒットしたという経緯も似ている気がする。早々に終わればいいのに終わらないのも同じ。

黒王子という呼称と女性に容赦のない性格、そして後半での性格の変貌は八田鮎子さん『オオカミ少女と黒王子』で全部見た。後半の2つの作品はまだ連載中なのに、本書を始めるのだから、2010年代前半~中盤は ちょっと性格の悪いヒーローがトレンドだったのだろう。八田さんは『オオカミ~』以外にも5巻以上連載が続く作品を生み出したみたいだが、作者はどうなるだろうか。


ロインの由宇は親の転勤によって、寮という異世界に足を踏み入れる。新天地は物語の始まりの合図。その世界の実質的な支配者が黒崎だった。
ちなみに黒崎はその前に掃除中に男子生徒が遊びで飛ばした雑巾から由宇を守ることで黒崎はヒーローの資格を得る(口では悪態をつくが)。また、黒崎の悪評を聞いても彼に反論できることが由宇のヒロインたる能力なのだろう。

寮の玄関で見たのは、黒崎が寮生を追い出そうとしている場面。寮生が噛んでいたガムを窓から外に吐き捨て、それが黒崎の長髪にくっついたことへの怒りらしい。ちなみに この寮生は後に主要人物となる梶(かじ)なのだが、彼の性格からしてガムを捨てるようには思えない。長期連載を想定してないからか、ちょこちょこ矛盾を感じる部分がある。中でも2話で この寮が新築と描かれているのは、中盤の展開との大きな矛盾になる。長引かせるためなら多少の力技を使うということか…。

すぐ暴力で訴えようとする黒崎を制止するのは白河の役目。だが黒崎は白河の胸倉も掴みかかる。2人の関係からして、ここでキレるのもよく分からない。
作者が描きたい場面は、白王子と称賛する白河を助けるために由宇がトラブルの元となった髪を切る場面なのだろう。その前後の不自然な話の流れなど、印象的な場面を作るためなら気にしないのが「別フレ」なのだ。

そして この行動によって由宇は黒崎と白河に一目置かれることになる。

由宇が黒崎に敵意を向けるのは、中学時代に似たような男子生徒がいて、彼によって嫌な思い出があったから。高校デビューを果たした由宇にとって、中学の頃を思い出すような黒崎は二重に嫌悪の対象なのだろう。

翌日、髪を切り、生まれ変わった黒崎が登場する。黒崎に凄まれても一歩も引かない由宇。そんな彼女が気に入らないから、黒崎は由宇にキスをする。ハイ、意味不明。1話でキスする少女漫画に名作はない説ですよ。
突然のキスの考察は上述の通り。黒崎にとってマーキングするためのキスと思われる。


2話では由宇が黒崎に屈しないことで彼女の根性を見せ、そして寮生に嫌われることで由宇に読者の同情を集める。
この回で由宇は女生徒たちに騙され、男湯に間違って誘導される。そこに入ってくるのは当然 黒崎。これ温泉回でやるやつですね。

彼に見つからないように浴槽に潜って やり過ごそうとする由宇。なんと浴槽には「にごり湯」の温泉の素が入っているため、由宇に気づかず2人は同じ浴槽へ入る。うーん、「別フレ」らしい胸キュン優先の雑な設定だ。この広い浴槽で潜水した5cm先も見えないようにするには、どれだけ温泉の素を消費するんだか。ある意味でネタとしてやってるんだろうけど、恐ろしく想像力が欠如しているような気もする。

『L♥DK』といい「別フレ」には『1巻』での混浴のノルマでもあるのか。胸キュン優先主義も大概にして。

のぼせた由宇を介抱する黒崎。その事実に「ハダカもスッピンも見られた」と由宇は大きく動揺する。だが黒崎は人を外見で判断しない。由宇という人間と対峙している。人を外見で見るのは本書の女性ばかりである。

由宇を騙した寮生たちは黒崎の呼び出しもあり、翌日、由宇に謝罪する。この件を由宇が水に流すことで彼女の寛容さを見せる。黒崎に嫌われても構わないが、女性たちとは争いたくない打算もあるだろう。


いては学校イベント球技大会。その実行委員に由宇と黒崎が選ばれる。

球技大会までの期間を通して、周囲の黒崎への視線が変わる。由宇は意外に真面目に仕事をする黒崎を見直すし、クラスメイトたちも遠巻きにしていた黒崎に一歩 踏み込む。実は黒崎が球技大会に出ないと言ったのは、周囲が委縮するからと気を遣ってのこと。以外に神経質で小心者で優しいところがある。それが黒崎の本質だろう。ここで、由宇が「まさか白王子以外の人と関わるのこわいとか」というのは正解のはず。自分が窮地に立たされるとキスをするのが黒崎という人間。不器用だから こういう人間関係しか結べないのか。

黒崎を球技大会に参加させるために、由宇は彼をけしかけ、交換条件として優勝したら「なんでもゆーこときーてやる」と言ってしまう。フラグですね、分かります。

この回で黒崎を過剰に恐れていたクラスメイトの梶は、黒崎への恐怖が一転し彼のカリスマ性に惚れこむ。黒崎にとって この学校で出来た友人一号ですね。飴と鞭を上手に使ったようにも見えなくもない。

黒崎は練習中、白河が由宇と喋ることに(無自覚の)やきもちを焼き、その不機嫌をボールに蹴りつける。そのボールが由宇に飛ぶが、それを白河が守る。これで彼もヒーローの資格を手に入れた。わぁ黒崎くんはバスケだけじゃなくサッカーも上手なんだね☆


育館に落とし物をした由宇が捜索中に見たのは、体育倉庫でボールを丁寧に拭く黒崎だった。これは綺麗好きというよりも、皆で一緒に練習できた思い出を反芻し、綺麗に磨いているのかもしれない。だから由宇に目撃され動揺する。更には由宇が男子生徒の黒崎に対する感謝の言葉も伝えたから黒崎のキャパオーバーしてしまう。

体育倉庫と言えば、少女漫画において閉じ込められるための場所。遊園地における観覧車と同様の効果があるのか。

その日、不器用な黒崎がクラスメイトと交流するという慣れないことをしたからか寝てしまう。それは悪魔ではなく天使のような寝顔だった。ある意味で無垢な人なので間違ってはいないだろう。

そして球技大会当日。黒崎の活躍もありクラスは総合優勝する。祝賀会が開かれるが、黒崎は先に帰宅しようと出て行ってしまう。そんな彼が気になる由宇は1人で寮に帰る黒崎を追うが、その途中男性たちに絡まれる。それを救うのは、どこからともなく現れた黒崎。

現場から離れた後、「ひとりは さみしー」からクラスの打ち上げに戻ろうという由宇の言葉を、由宇との約束でなんでも言うことの権利として「戻って下さい」に言い直させる。でも これは間接的に由宇の言うことを黒崎が聞いているってことでもある。自分から誘導されに行っているではないか。

そんな黒崎の異変を察知するのが白河で…。
そういえば作者の盛りすぎ設定でいえば白河の存在そのものもそうだ。1人でもお腹いっぱいの黒崎の設定なのに、彼に負けないぐらいの人気がある白河まで用意している。そして白河の役割も もう見えている。その王道展開の中で、作者が光ものを見せてくれればいいのだが…。