マキノ
黒崎くんの言いなりになんてならない(くろさきくんのいいなりになんてならない)
第08巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★☆(5点)
大ヒット映画原作☆ 悪魔級ドS男子とのドキドキラブ第8巻! 「副寮長の命令は絶対だ 嫌なら出て行け」白河くんが突然出て行って寮は黒崎くんの恐怖政治に! 元通りの2人になってほしいけど由宇には割って入れない雰囲気で…。落ち着かないまま、今日は文化祭本番☆ 黒崎くんも白河くんも直視できないかっこよさ…!! 黒白王子の10年の軌跡も収録!? 目が離せない最新刊♪
簡潔完結感想文
- 文化祭の準備と本番だけで3巻に亘る。でも結局 王子のための舞台で青春は感じられない。
- 男性たちが全力を出し合うことで、恋愛の決着に後腐れを残さないような長い長い事前準備。
- ヒロインの存在が黒崎に恋心を、そして白河には自我を芽生えさせる。王子たちの大事な人。
恋愛の結末に左右されない、友情の基盤を整える 8巻。
『7巻』でヒロイン・由宇(ゆう)と友人・芽衣子(めいこ)の女性の友情を再確認したように、この『8巻』では黒崎(くろさき)と白河(しらかわ)の男性の友情を再確認している。
さて、このことから1つの推論が得られる。それは恋愛の決着が近い、ということ。この長すぎる文化祭の描写は、どんな結末になっても登場人物たちが これまで通りの関係でいられるようにするための準備だと考えられる。通常、少女漫画においては恋のライバルや当て馬は敗退したら作品外に追放されてしまうのが運命。なぜならライバルや当て馬が いつまでも当人の周囲をウロチョロしていたら、読者に 彼らは まだ未練があるのではないかと思われてしまい、読書中ずっとモヤモヤしてしまう。そういう懸念を払拭するためにもライバルは容赦なく作品外へ放逐されるのが定石。だが例外的に ライバルたちが作品内に留まれる場合がある。それが正々堂々と戦った時と、失恋をも上回る強固な友情を築いている時である。
これはスポーツにおいて正々堂々、自分の持てる力を出し切った競技者たちだけが持てる達成感と連帯感に似ているのではないか。どんな結果でも受け入れられる公明正大な精神と相手を尊敬する気持ちがあれば友情にヒビは入らない。
芽衣子の場合は、彼女に失策をさせ(『7巻』の感想文参照)、その上 彼女があきらめざるを得ない現実を突きつけて芽衣子が自主的に戦線を離脱することで彼女は友人の地位を守ったまま、これまで通り作品に参加する権利を得た。
そして今回は黒崎と白河の問題となるのだが、彼らの10年間の歩みを振り返ることによって、彼らの間にある問題を際立たせる。一見 同じレベルの外見と能力を持っている2人だが、実は天才肌の黒崎と、努力してようやく彼の隣にいられる白河という大きな違いがあった。それは当人同士にしか分からないことで、白河は王子と持て囃される一方で、いつも劣等感を抱いていた。中学時代には その問題から目を背けるために意識して黒崎との距離を置いて刹那的な享楽に浸った時期もあった。だが他者との距離感を上手く掴めない黒崎のために自分が傍にいるという役割を見つけてから白河は再び黒崎の隣に立つ。
だが高校に入学し、由宇と出会うことで黒崎は変化していった。いつも敵ばかり作っていた彼が、いつの間にかにカリスマ的人気を得てクラス内での居場所を確保していた。それは白河の役割が不要になったという意味でもあり、白河は再び自分の能力について疑問を持つようになる。そして黒崎と一緒にいるために選んだ寮生活から離れ、彼は自分が躓いてしまった地点からの再出発を意識する。白河が成長することを決めたのは、勿論 由宇の存在も大きい。恋愛においても黒崎に遅れを取り、彼が勝者になることは濃厚。だが白河は中学生の時のように戦わずして逃げるのではなく、戦って散ることを選んだ。これが白河の成長であり、そして そうやって同じ舞台に立つことを選ぶことが、2人の友情を恋愛で壊させることがないようにする事前準備となる。発端こそ由宇なのだが、それ以上に男の友情を優先し、大事にしている。まぁ、そんな強固な友情こそ、白河が恋愛において敗者になる結末を予感させるのだが…。
非常に上手いな、と思うのは、この男性同士に生まれた距離において由宇が無自覚であるという点を強調している。彼女は黒崎にも白河にも本気で好かれているとは思っていないから、ただただ純粋に王子たちに生まれてしまった距離感が気になるだけ。私のために争わないで―、という いかにもヒロイン的な立ち位置にはならないように配慮されている。
それに上述の通り、由宇は この問題の主原因ではない。長らく白河の胸にくすぶっていた問題意識を、由宇が目覚めさせただけ。これによって、どちらの王子も由宇にアプローチするという胸キュンだが胸焼けするような展開は回避され、白河の挑戦を黒崎が受け止めるという形式で描かれる。『7巻』の芽衣子の件といい本当、ヒロインがウザくならないようにする調整力だけは見事である。そういう意味ではヒロインは作者に愛されている。
ただ せっかっくの文化祭回なのに、いつも通り黒崎と白河にしか注目が集まらない演出には辟易した。高校生にとって学校とは世界そのものだと思うが、その世界を王子一色にしようとする本書は歪んでいる。クラスの一体感とか、黒崎がただの一生徒として青春している様子が見たいのだが、本書はどこまでも黒崎を特別視して、彼を頂点・中心とした世界が広がるばかり。そういう、普通の事が普通に描けない部分にSキャラの限界を感じる。上流階級と一般モブを明確に分けるのは白泉社漫画っぽい選民思想を感じるなぁ。そういう世界に夢中になれる人には嬉しい世界だが、上手く世界に馴染めない人間にとっては演出が過剰なように思えてしまう。
あと単純に長い。文化祭編だけで3冊に亘るってどうなの…。
黒崎と白河の間に距離が生まれ、白河は寮に寄り付かなくなる。由宇という存在は、黒崎を丸くし、白河に自我を与えた運命の人と言えよう。
白河は学校も休む。由宇は白河が気になるが、クラスの期待を背負った黒崎の衣装作りに専念する。由宇は黒崎の専属という羨ましい立場でありながら お針子仕事をする下支え的存在。
黒崎は白河がいないから、いつも以上にピリピリしている。由宇は白河の事が心配で、彼の話題を黒崎の前で出してしまうが、それがまた黒崎の苛立ちを生む。だが由宇は、2人に距離が出来たことを黒崎が寂しがっていると推測する。その原因の半分は自分だが、それを理解しない無自覚 愛されヒロイン様なのです。
それにしても以前は白河が本気ではなかったとはいえ、もう既に この由宇を巡る対立軸の話は終わってますから、と思わざるを得ない…。同じことを2回しないで欲しい。
黒崎たちの過去が語られる。同じように王子と称される黒崎と白河の間には、天才と秀才の埋めがたい差があった。自分がやれないことを黒崎はやれる。黒崎を尊敬する一方で、黒崎にとっての自分の存在意義を失う。
だから中学の時も一度は距離を置いた。白河は女性との刹那的な関係に溺れたような描写もある。だが中学の時の黒崎の自宅での暴行事件が起こり、2人は半年ぶりに顔を合わす。高校受験を機に少し遠い学校を選び、寮生活を始めた。この頃には白河には協調性のない黒崎と周囲との緩衝材としての役割があったが、最近は それもいらなくなってきた。それが白河に自分探しの旅を始めさせたのだろう。
こうして文化祭は2人の男性たちの静かな決闘の場となる。相変わらず周囲の雑音と赤面がうるさいが…。
文化祭の定番、お化け屋敷に白河と入る由宇。空いた時間で王子を掛け持ちしている由宇。女生徒に恨まれて当然か。
そして黒崎は過保護にしたいがために、由宇に自分の傍にいるように命じ、自由時間でも由宇に手錠をして2人で回る。そんな強引な黒崎だが由宇が文化祭を楽しめることを願っていた。この人の行動は「不器用」の一言で説明できてしまう。
手錠をしてても由宇は正義感から行動してしまう。黒崎はそんな由宇の気持ちに応えて、眼力だけで迷惑客を退散させる。父親から暴力を禁止されているから、黒崎がまともな人に見える。でなければ ただの喧嘩キャラになっていただろう。そして何だかんだ言いながら、黒崎は由宇の言いなりになって、彼女が望む世界を構築している気がする。
黒崎は由宇経由で白河がピアノを弾くことを知る。その白河の奮闘を見て、黒崎は彼の成長を知り、素直に拍手を送る。こうして友情は保たれた。
そして続いて白河は「ひとりの女の子のために」、愛の夢を弾く。音波に変換され表される白河の好意。それは由宇にも伝わる。いよいよ正式に三角関係が成立したと言えるのではないでしょうか。
その後、黒崎が仮装カップルコンテストに出ることにするのは白河に由宇を取られまいとする独善欲が動機だろうか。