《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

愛されヒロインの天真爛漫さにイラっときたので、この後に悪役令嬢モノが流行るのも納得。

執事様のお気に入り 16 (花とゆめコミックス)
伊沢 玲 + ストーリー構成・津山 冬(いざわ れい・つやま ふゆ)
執事様のお気に入り(しつじさまのおきにいり)
第16巻評価:★★★(6点)
 総合評価:★★★(6点)
 

ある日『黒燕画報』部員が伯王VS恕矢の執事決戦を企画! ボツのはずがミスで掲載され対決する事に。恕矢とペアを組み勝負に真剣な紗英。伯王&良との勝負の行方は⁉ そして専属執事つきっきりの応酬修学旅行もスタート♥

簡潔完結感想文

  • 精神年齢の低い庶民より、孤独な悪役令嬢に肩入れしたくなる私は性格が悪いのか。
  • 試合に勝って勝負に負ける。勝つことが存在意義で努力を重ねたのに、この仕打ち。
  • 本書の黒髪執事枠は1枠。修学旅行では恕矢が留守番なので 仙堂が繰り上がり当選。

こまでの16巻は壮大な前振りで、ここからの16巻で悪役令嬢が大活躍する展開希望、の 16巻。

闇落ちへの説得力が凄すぎて、そちらに肩入れしていたら、ヒロインが嫌いになりそうになってしまった。私が元々、ヒロインのことをそれほど好きではないのも良くなかったか。

いよいよ婚約関係の話が始まると思われたが、今回 それは保留となる。なかなか話が進まないのが本書。その代わり『16巻』の大半で描かれているのが、まだまだ新キャラの紗英(さえ)の闇落ちへのカウントダウンである。
紗英の視点から語られるヒロイン・良(りょう)の愛されっぷりは、まさに乙女ゲームのヒロインそのもの。なんせ学校で1、2位を争う優秀な執事2人が彼女のことしか眼中にないのだから。そして紗英の視点から見ると、良の精神年齢が低く見えるのも問題だ。よくよく考えてみると良は両親と死別して2年未満で、彼女がそのことを引きずらないのは彼女の強さなのであるが、あまりにも白泉社的というべき、設定だけの両親の死別であるがために忘れそうになる。もしかしたら紗英は良の両親のことを知らないのかもしれない。だから天真爛漫に周囲から愛される彼女が羨ましく思えるのだろう。
社長令嬢として生まれ、境遇こそ良よりも恵まれているが、彼女には多忙な両親との意思疎通が取れない一面があった。これは本来、伯王が感じるような愛情の欠乏なのだが、実は伯王は家族への愛には飢えていない。よってトラウマも性格の歪みもない。そんな愛情の欠乏が紗英にはあり、彼女は本来の資質に加えて、愛されるために努力を重ねている。そして紗英が中高一貫校から この学校に高校から入学したのは、自分の傍に常にいる執事という存在に憧れたから。しかし今回、恕矢(ゆきや)という専属執事を置いても、彼は常に自分の傍らには いてくれない。それは恕矢の執事としての至らなさ、欠点である。主人よりも自分の愛する人を優先する場面が何回かあったから。そうして一層 紗英の孤独は深まる。

年齢的には逆だが、長子が親に上手く甘えられないのに、末っ子は親にベッタリ という関係に近いかも。

そんな紗英の心情を読むと、良の無邪気さは罪にも思える。そして配慮の欠如は そのまま彼女の精神年齢の幼さにも見える。良は決して悪い子ではない。絶対に良い子なのだけど、子供と同じように一緒にい過ぎると こちらが摩耗するタイプの良い子に思える。庶民が お金持ちや その子息を見て、何も悩みがなさそう と思うのと同様に、良よりも金銭や環境的に恵まれている紗英だけれど、良を見ると悩みがないように思える、そういう羨望が生まれる対象なのではないか。羨望の裏には妬みや嫉(そね)みがあって、そして そう考えてしまうところに劣等感がある。そこも紗英が良といて摩耗していく点だと思われる。

そして読者として そういう視点から良を見てしまうと、彼女の言動が全て わざとらしく思える。執事対決での緊張感のなさも腹立たしいし、修学旅行で異様にはしゃぐ彼女も はしたなく思えてくる。彼女は自分だけが楽しんで、周囲への配慮が欠如しているように見えてくる。

きっと そういう天真爛漫ヒロインへの違和感を掬ってくれるのが「悪役令嬢モノ」というジャンルなのだろう。自然体で愛される無邪気ヒロインよりも、考えを巡らせ、悩みながらも自分の生き方を選んでいる女性の方が現代の読者の心と合致する部分が多いのだろう。調べによると悪役令嬢ブームは2013年から始まったらしいが、奇しくも『16巻』は2013年に雑誌に掲載されたものを収録している。紗英から見た良を見る限り、読者の中で少女漫画の姫ポジションへの憧れが減ってきたのも納得してしまうのであった…。


61話。紗英は恕矢を専属に、と考えているが、恕矢は良以外の専属を考えられない。意見が合わない2人を どうにか契約させようと躍起になる良は確かにウザイ。良に対し、恕矢は気持ちが伝わっていない焦燥を、そして紗英は ある種の傲慢さを見い出す。そりゃ、紗英の気持ちも黒くなるはずです。天真爛漫とかマイペース・天然な人であっても、関わって嫌な気持ちになる人もいるのです。

恕矢は紗英が自分を選んだのが気まぐれだと思うが、紗英は真剣。プレゼンのように恕矢の良い所、自分の望む執事像などを語るが、恕矢は そんな真剣な紗英の容貌も聞かない。なぜなら良を守ることが彼の目的だから。それでも構わないと紗英は更に自分との専属契約で得られる恕矢のメリットを列挙する。
そして専属執事 兼 恋人の伯王がいる限り、良の近くには行けない、と言うが、何と恕矢は2人の交際を知らなくて…。

紗英は情でも愛でもない理由で傍らにいる執事に憧れていた。だが、その希望を叶えてくれるはずの恕矢は、情を良に抱いていた。それが紗英の気持ちを濁らせる。紗英が欲しいのは自分だけに尽くしてくれる人なのだから。

婚約の話を聞いた伯王の姉は関係者3人の顔を見るが、どうやら ややこしいことにはならないと踏んで帰って行く。そして この日を境に、紗英と恕矢が専属契約を結び、全ては丸く収まったと思いきや…。

にしても この話から専属限定の区域やらイベントやらが出てくるが、これまでの15巻で、そんな話は出てこなかった(はず)。恕矢を動かす動機にしたいのだろうが、急遽こしらえた制度で あまり優雅には思えない。

紗英は伯王に対しても恕矢に対しても恋愛感情はない。ただ自分だけを見てくれる人が欲しかった…。

62話。紗英の専属執事となった恕矢は彼女の見込み通り優秀。だが、紗英は自分の専属執事である恕矢が良の前では情を優先し、自分を放置することが気になる。忙しい両親に対し 自分が どれだけ頑張っても認められない寂しさが紗英の中にはあって、それを埋めるのが恕矢の役割であったはずなのに、それが叶わない。

4人でいても伯王も恕矢も、良だけをヒロインとしている。これは恋愛感情抜きにしても人として面白くない構図だろう。だから良の天真爛漫さにも釘を刺してしまう。ただ、紗英も自分の抱えているものを恕矢や両親に出すべきなのである。自分の中に確かにある寂しさや妬みを見ないふりをするから、心にストレスが増すばかりになってしまう。


63話。校内の雑誌『黒燕画報』の特集で伯王と恕矢の対決企画が始まる。対決好きですね、この漫画。いつも通り、対決内容は非常に執事らしいが、白泉社漫画としては地味な対決。今回は、足を引っ張る人やトラブルもなく つつがなく対決は終了。この対決が結果的に、学校No.1イケメン執事たちの良を賭けた戦いになっているのが読者の歓心を買うのだろう…。

勝負の最中なのに、良は真剣さが足りなくて、紗英にしてみれば暖簾に腕押し、糠に釘と、手応えがない。それがまた彼女の苛立ちを深めるのばかり。これは まるで努力の人が天賦の才を見せつけられたかのようである。
そして勝負は紗英と恕矢が勝ったはずなのに、良と伯王は一緒に過ごした長さに裏打ちされた思い出話に花を咲かせて、勝敗を気にしていない。良と伯王は絶対の信頼感で繋がっている。それが恕矢を信じきれない自分との差だと痛感させられ、紗英の顔色はますます曇る。


64話。高校生活最大のイベント修学旅行編スタート。行き先はフランスとイギリス。庶民の良は旅行に外泊に大はしゃぎ。本物のお嬢様との温度差が、彼女を悪い意味で目立たせている。

修学旅行は当然お泊りで、専属執事は おはよう から おやすみまで主人に付きっ切り。物語上 仕方ないことだが、またまた良が自分で何もしない人間になってしまっている。Lクラスは怠惰な人間を養成するクラスと言われても仕方がない。

作画の方がイギリスに行った経験があるので、イギリスは名所めぐり。修学旅行回って、実は退屈なシーンが多いですよね。今回のように1コマだけ名所が出てきたり、説明台詞が続いたりして、取材の成果を見せようとしてしまう。
イギリスでは『6巻』に登場したアルが再登場。お家騒動で大変らしいアルは、この1年余りで背も伸び、成長した様子を見せる。だがラストで彼にトラブルが起きて…。

そういえば恕矢がいないから黒髪執事ポジションとして仙堂(せんどう)が復活している。真琴との近づき過ぎない距離が微笑ましい。