伊沢 玲 + ストーリー構成・津山 冬（いざわ れい・つやま ふゆ）
執事様のお気に入り（しつじさまのおきにいり）
第11巻評価：★★★☆（7点）
総合評価：★★★（6点）
伯王の誕生日に遂に自分の想いを伝えた良。伯王は突然の告白に驚きながらもこみ上げる嬉しさを抑えられずにいた。しかしその一方で、神澤グループ次期当主という自分の立場に良を巻き込みたくない気持ちもあり、一人思い悩む。その中で伯王が良に伝えた返事とは──!?
簡潔完結感想文
- 伯王の なりたい自分は、執事、グループのトップ、そして恋人の三刀流に増えていく。
- 恋人になっても飽くまで執事ですから。ただし良は伯王が頼るばかりの生活を やめる。
- 祖父母と亡き両親に挨拶をして良側は婚約内定。やはりラスボスは伯王側の父親かな。
いくら冬が恋人たちのイベント満載だからって もう高校2年生の冬だぞ、の 11巻。
両想いです。
男性側の問題（多くはトラウマ）が解消されるまで交際をしない作品が多い中、本書では まず交際をして、問題は先送りにした。先送り、というと言葉が悪いが、ヒーロー・伯王（はくおう）にとって交際は新たなる挑戦。これで彼の目標は3つになった。1つは実家の神澤（かんざわ）グループのトップ。そして その名を七光りだけでなく、伯王個人として背負うために実力主義の執事クラスでのトップになろうと決めたのが2つ目。そして今回、逡巡の末、伯王は3つ目の目標を定めた。それが良（りょう）の恋人となり、彼女を守れるだけの力、そして彼女を恋人にしても決して自分や家の価値を下げたりしない生き方を決めた。伯王は なりたい自分の将来像を一段階 厳しいものにすることで、周囲の良への厳しい視線から自分が守れるような、交際中の成長を誓うのであった。
『11巻』は交際編における日常回が描かれている。これまでと変わらない日々のようで、その端々に幸福感が顔を出すのが たまらない。
そして両想い自体も嬉しいですが、自分に厳しい伯王が 更に自分に負荷をかけてまで良を選んだということが感動的だ。そして良も無自覚に伯王の覚悟を感じ取ったのか、この1年で伯王の完璧な執事に すっかり慣れてしまい、頼り切った生活を止め、彼女もまた伯王に頼られるような、彼を守れるような生き方を選ぼうとする。こうして共に手を取り、そして横並びで人生を進もうとしている若き2人の姿は清々しく映る。
そうなるのが『11巻』という遅いペースもさることながら、一番 気になるのがタイトルにもした交際時期の問題。おそらく これまで私が感想文を書いてきた100作品以上の中で70％は、高校2年生の終わり～高校3年生に突入してすぐの間で連載が終わっている。その理由は高校3年生は進路関係に悩む時期で、恋愛が頭を支配する時期ではなくなってしまうからである。高校生主人公の少女漫画は実質2年間が勝負なのだ。
だが良が伯王に告白したのは彼の誕生日の11月9日。そして両想いは その翌日の11月10日だろうか。多くの少女漫画では大団円前のクライマックスの展開を迎える時に、彼らはやっと両想いというスタートラインに立った。『11巻』のラストはクリスマスなので、残り3か月で高校3年生となる。もう残り時間がない中での両想い。しかも先述の通り、伯王の実家問題は先送りしている。これは なかなかにハードな高校3年生になりそうな予感である。
折角の幸福のピークとも言える両想いなのに、果たして残り1年強、どういうスケジュールで彼らは問題に対処していくのか それが心配でたまらなかった…（笑）
41話。良の告白に対して伯王は…。
伯王は当初は良への想いを封印することを考えていたから返事を躊躇（ためら）う。そういえば伯王は自分の気持ちの封印は話していたけど、良が自分を好きかも、という可能性は考えたかどうかは分からない。まぁ 良の未来を自分の家の事情に巻き込みたくない、と考えるぐらいだから、かなり良の気持ちを分かってはいたのだと思うが。
翌朝も伯王は自分の考えをまとめるために保留する。それを良は悪い方に考えてしまう。良の方は伯王と違ってネガティブに全てを考えいる節がある。執事として完璧だと、その献身は もはやニアリーイコール愛なのかもしれない。
伯王の悩みを聞くのは庵（いおり）の役目。良における薫子（かおるこ）と同じく良き相談役で、しっかり背中を押してくれる人。ファンには悪いが こうなると本当に隼斗（はやと）って要らない子である。脳筋バカにし過ぎたか…。
しかし彼らは この数日で いくつのケーキをダメにするのか…。
伯王は返事を時計塔でする。ここは『1巻』の創立記念式の日に2人が会った場所。告白は伯王の誕生日、そして その返事は思い出の場所となる。もしかしたら2人の恋心は この時計塔から始まったのだろうか。
時計塔で伯王と対面するが、言葉に詰まる彼を見て、良は先回りして「執事」としての今後をお願いする。これは恋愛関係を清算するという意味である。だが、自分のことは好きじゃない、と考える良を見て、伯王は自分の気持ちに素直になる。
彼は ここまで執事を言い訳に利用していた。執事の立場を使えば少なくとも在校中は一緒にいるのが普通になるから。だが、伯王が良と一緒にいたいのは執事としての立場ではなく、ただの伯王として良を好きだからである。神澤グループの御曹司でもなく、自分の能力を示すための執事でもなく、彼は素顔の伯王として、今 目の前にいる良を抱きしめる。予想される未来の不安に潰されるのではなく、ただ今の彼女を悲しませないために伯王は本当の気持ちを初めて伝えた…。
42話。両想い編開始。
良は薫子と真琴（まこと）に伯王とのことを話す。そこで議題に上がったのが、専属執事が恋人になったら、執事ではなくなってしまうのか、という問題。これは作品の根幹を揺るがす大問題でもある。
一方で伯王は家のことや卒業後のことも含めて「何とか一緒にいられる道を探す」ことを決めた。それは伯王が更に厳しい道を選ぶということでもある。神澤グループのトップとして相応しい能力と品格を会得しつつ、良と一緒にいられる未来を模索しなくてはならない。
恋人になったことで変わっていくかもしれないことを描きつつ、変わらない2人の関係に物語を着地させる。伯王にとっては執事、専属執事を全うすることも己に課した試練の一つなのだろう。
変わらない関係ではあるが、これまでのように良が伯王頼りの怠惰を見せたりはしないだろう。良もまた彼と共に歩くために自立を始めたように思う。変わらない2人でい続けるために、2人は何事にも揺るがない自分たちを確立しようとしている。
43話。伯王お坊ちゃまの初めてシリーズ（といっても この回ぐらいだが）。それがスケート初体験。意外にもスケートはしたことがない伯王にスケートが得意な良が教える。
スケートを出来るようになるのは、伯王が何でも出来るようになりたいという向上心の表れであろう。そして この時の2人の姿こそ、これからの2人の理想とも言える。つまり伯王が苦手・初体験のことがあっても良がフォローする。いつもとは逆の立場になっても良が支え、そして彼を導くという2人が手を取り合って生きることの縮図のような気がしてならない。
初めてのことでも逃げずに挑戦する伯王が良は好きなんだろうし、そんな挑戦で疲れたのなら彼を癒すことも良には出来る。この交際は そうやって伯王ばかりが負担を追うものではなく、負担を2人で分け合う生き方もあるということを教えてくれたのが この話ではないだろうか。個人だけじゃなく、2人の在り方もこれから常にアップデートされていき、成長していくに違いない。
そして真琴もまた初挑戦し、こちらは仙道（せんどう）がフォローしているが、これも彼らの未来像であればいいな、と思う。
また この話は2人の世界を邪魔しちゃいけないと過剰に反応した、庵＆隼斗、そして薫子が彼らとの距離感を考える話でもあった。結果的に変わらない関係性が約束され、心地の良いマンネリが続くようである。
44話。クリスマス回。
夏休み同様、冬休みも良は祖父母の家に帰省し、伯王は その道行きに同行する。話の流れで良の祖父母の家に上がることになった伯王は、祖父母に挨拶し、そして仏壇の良の両親にも挨拶する。また祖父母には交際の報告をし、これで結婚フラグが立ったと言えよう。
伯王は祖父とクリスマスツリーを一緒に組み立てる。その際の会話で、祖父は伯王と良に待ち受ける今後についても語る。名家である祖父は、伯王の神澤家の大きさをよく知っている。そして執事と主人（良たちの場合は 社会的立場は逆だが）、身分の違い過ぎる恋というのは反対勢力がいることも。なぜなら かつては祖父も自分の娘と その執事（つまりは良の両親）の場合は反対をした立場だったから。
だが良が生まれ、孫が鎹（かすがい）になり、ギクシャクした親子関係を修復し、彼らに再び交流が戻ったという。そして そんな娘夫婦の事故の際も、良は自分が親を亡くしたことよりも、祖父母が子を失ったことを思い遣ってくれたという。祖父にとっては自分の過ちと悲しみを癒してくれた大切な大切な孫なのだ。その孫を祖父は伯王に託してくれた。本当に これはもう結婚前日のような内容の話である。
そんな男性陣2人が組み立てたクリスマスツリーは、良が蔵から彼女の母が買い揃えていたオーナメントを見つけ、一気に場が華やかになる。これは この家にとって良が そういう存在ということも意味しているのかな。良がいてくれるだけで幸せな気持ちになる人が集まったクリスマス回であった。
こうして伯王はクリスマスに新しい味方を得て新しい決意を胸に、良と一緒に並んで歩きだす。
