森下 suu(もりした すう)
ショートケーキケーキ
第11巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★☆(7点)
理久が実母のもとへ行ってしまうかもしれない…それでも素直になることができない鈴の背中を天は懸命に押し続けます。それが理久を本当の笑顔にできる方法だから―― 「一緒に暮らさない…?」 実母の言葉に理久は…!?
簡潔完結感想文
- 恋愛の復縁が霞む感動的な兄弟関係の修復。理想という幻想を消し、安らかに眠る…。
- 禁忌の土地だった屋敷の門は解放される。ずっと苦かった話に やっと甘さが復活。
- クライマックス直前だから見せ場として別れてみただけだから元サヤに戻るのも早い。
2つの復縁の内、一方が眩しすぎて、一方が霞んでしまった 11巻。
泣き顔と、それ以上に笑顔が印象的な『11巻』。
感涙。
いい話だぁ…。
この日を待ちわびた当人たちは勿論、
彼らを取り巻く、この瞬間を迎えるために尽力した人たちのことを考えただけで目頭が熱くなる。
序盤では誰がヒーローなのか定かではなかったが、
この過去の設定、トラウマなどを考えたらヒーローは理久(りく)しかいない。
誰がヒーローか分からなくしたまま、さりげなく理久の過去を読み解く断片を忍ばせている構成が大好きだ。
この到達点から作品を振り返ると、最初から この水原(みずはら)兄弟をクライマックスに据えていたことが分かる。
本書は全12巻ですが、『12巻』はウィニングランと後日談などなので、
実質、本編は『11巻』が終わりとなる。
それに相応しいドラマチックな展開であった。
本書においてヒーローたちの祖父が諸悪の根源のようにも考えられるが、天と祖父を正面衝突させないのは良かった。
少女漫画では、ヒーロー側の実家が どんなに大金持ちでも、議員など社会的地位あっても、
それに臆さないで、家庭の問題=トラウマをズバッと解決する元気なヒロインが散見される。
それはそれで カタルシスが生まれるが、本書では そうしなかったのが良い。
正面衝突しないことで、天がちゃんと わきまえている気がするから。
あくまでも兄弟ゲンカは兄と弟の問題。
今回、天は鈴に手を貸すが、彼女がしたのは、鈴の天邪鬼の矯正。
ちゃんと鈴が本心を話すのを聞いてから行動している。
自分の中での こうあるべきだ、という理想や想像で動くのではなく、
天の動きは間接的な協力に留めているところが本当に素晴らしい。
でも、恋愛的には どうなんだろうか。
このクライマックスを前後で、恋人関係を解消したり、復活させたりと、
一応 ドラマチックにしてみました、という取ってつけた印象が拭えない。
理久が目指した「まっさら」は「リセット」でもあるのだろうから、
もう一度、ゼロから始めなきゃならないのは分かるが、身勝手にも映る。
だから復縁に それほど心が動かない。
物語は、ここからが本当に「ショートケーキケーキ(訳:甘い甘い)」になったのですが、
ヒロインの天(てん)が完全に恋に没入しているのは、やっぱり違和感がある。
個人的に甘すぎる物語は あんまり好きじゃないらしい。
今回、面白いと思ったのは兄弟ゲンカの終結における天の立ち位置。
普通ならば、天のトラウマや過去に一緒に立ち向かうのがヒロインだろう。
遂に母と対面する日なら、理来の横で その手を握っているのがヒロイン的行動だ。
だが、この日 理久の隣にいるのは親友の千秋(ちあき)と世話役の白岡(しらおか)。
天は この前に理久の「まっさら」リセットに巻き込まれて別れているので隣にも立てないのだ。
だが天は動き続ける強いヒロインだから、結果を座して待ったりしない。
理久の表情を翳らせる真の原因である、彼の兄・鈴(れい)の尻を叩く役目があった。
普段、鈴と行動を共にする白岡は、彼の個人的な恨みもあって、理久の同伴者となった。
(白岡は理久の母・あやめ と交流したことのある数少ない人物。
理久への兄的な感情の他に、あやめ に何があったか知りたかったのかもしれない)
そのせいで一人になってしまった鈴だが、
どうにか天が彼を対面の場所となった料亭(?)まで連れてきた。
鈴にしても、天に天邪鬼を止めてもらいたかったらしい。
理由を作ることで「彼女」ではなくなった天も一連の流れを見届けることが出来た。
男性のトラウマが用意されていることが多い少女漫画ですが、
どうしても女性が強くなって、男性の事情に必要以上に介入し、彼女が解決の糸口を見つける展開になる。
だが本書の場合、女性ばかりが強くなったり、
ずっとカップルがニコイチで物事に対処にするのではなく、
お互いが「個」として存在しているのが素晴らしい。
安易に愛のパワーは無敵だ、という展開にしていない。
そのお陰で、白岡や千秋といったカップル以外の協力者の存在が前に出て、横の繋がりが生まれた。
前に出過ぎて天が、男性たちの影に隠れて、世界が暗くなっているような気もしないではないが…。
しかし理久の実母と対面した鈴は自分でも恐れていた天邪鬼が発動し、悪態をついてしまう。
何とか天が鈴を廊下に連れ出し、口を挿まないで話を聞く体制を整える。
そこから理久の母・あやめ による、彼女の反省が語られる。
そこで分かるのは、彼女もまた「理想像」を追い続けていた ということ。
そして理想を追い過ぎて、自らを不幸にしたことだった。
理久の父は3つ上の「とても優しい人」。
だが、当時15歳と18歳のカップルは、彼の育った「厳格な家」によって引き離される。
生まれた子供にも1か月 会わないような大学生活を送る理久の父。
そこに子育ての不安が重なり、母は孤独を深めるばかり。
その孤独や寂しさを埋めるために、理久を身ごもった。
そうすれば正式に家族として迎えられるという理想像を追い求めて。
けれど彼の家族も彼も、2人目の命を認めなかった。
「家族」がほしい、という母の願いとは反対に、彼女は本当に孤独になってしまった。
鎹(かすがい)にも なれなかった理久は母の精神を病ませる。
そして彼女は、生まれたばかりの子を他者に一方的に託す。
この当時、まだ現在の理久や天と それほど変わらない18歳の彼女。
幼いとはいえ、自分の願望を果たさなかった理久を手放す理由を探していたようにしか考えられない。
裕福だから、子供(男児)を望んでいたから、
鈴の母・真幌(まほろ)が慈しんで育ててくれるという確証が どこにあるのか。
「家族」という理想を追ったように、自分の都合の良い幻想を見ている。
多少の縁と理由はあるものの、他人の子であって、育ててくれる保証はない。
役に立たなかった息子を虐待しなかっただけ良心的という考えもあるが、
自分を更に追い込むリスクを全く考えずに、子供を自分のために利用した。
(あやめ と真幌の関わりが非常に薄いのが気になる。もっと彼らの縁を描くべきだったのではないか)
そこに反省は無い。
きっと あれから17年近くが経っても、母の精神は成熟していないだろう。
だから今回も身勝手をして、自分の「理想」=家族が仲良く暮らすを叶えようとするのだ。
これは一度、あげた物を返してというようなものだ。
そして、子供は あげては いけない大切なものだ。
それが分からないまま、自分の暮らしに余裕が出来たから手元に戻そうとする。
そういう希望があるにしても、まず、理久の今の暮らしや彼の心境を知るのが最優先ではないだろうか。
姉の蛍(ほたる)といい、強引に話を進めようとする姿勢に嫌悪感が湧く。
そして、理久の父親も最低である。
これの どこが「優しい人」なのか。
どこの誰なのか、現在は どうしているのか、全く分からない。
自分で人生を切り拓く年齢なのに、親の言いなりになるような人間だから、
きっと親の言いなりに、人生を生きているのだろう。
そんな母親の身勝手さを責める訳でもなく理久は静かに結論を出す。
実母に会いたいという根源的な欲求が、
それまでの全てを捨て去ることを意味するのではない。
奇しくも母自身が そう願ったように、
真幌という女性は、本当に理久を慈しんで育ててくれた。
その愛が、理久の根幹にあり、それは人生で一瞬 関わったような人の言葉では揺るがない。
意地が悪いですが、ここで家族愛を振りかざす実母が、
本当に愛を持った人=真幌に静かに復讐されているようで胸がすく。
理久は優しいから拒絶はしないが、実母は自分の稚拙な行動の報いを受けた。
こうして話が一段落すると、理久の周囲には涙を流す優しい人たちがいた。
理久の視線は鈴を見つける。
だが鈴は逃げ出してしまう。
話すのが、傷つくのが、傷つけるのが怖いのだろう。
それを理久は追う。
だが この期に及んで鈴は天邪鬼を発動させ、理久を傷つけるようとする。
その変わらない態度に理久は鈴に背を向けて、どこかに行ってしまう。
理久もまた、鈴に何を言われるのか、徹底的な亀裂で傷つくのが怖いのだと白岡は分析する。
ギリギリのところで、鈴の尻を叩くのが天。
ここも面白い。
天にとって仮想敵のような鈴だったが、彼の本心を知った今、
彼は敵ではなく、理久を本当に笑顔に出来る最後の鍵なのだ。
天は違う方向からの協力者というのが良いバランスである。
近づけるのが天で、離れようとする理久側を阻むのは千秋や白岡だった。
こうして2人は もう一度チャンスを得る。
そして鈴は、理久の名を呼ぶ。
彼が出て行って以来、呼べなかった弟の名を。
理久が振りむくと、そこには自分よりも自分のために泣いてくれた鈴がいた。
鈴は、ずっと言えなかった言葉を連ねる。
理想像になれなかった自分。
でも まだなりたい自分。
それが『1巻』の初登場シーンの河原でも願っていた、彼の唯一の願いなのだ。
このリンク、大好きです。
最悪の印象だった初登場でしたが、鈴は それ以前から ずっとずっと理久のために祈っていた。
鈴が理久のために泣いてくれることが、こんなに胸に響くとは…。
本書は この和解のためにあると言っても過言ではない。
恋愛は飾りであります。
その言葉に、これまで泣くことのなかった理久も心を動かされる。
その泣き顔は、少年の日のように幼い。
鈴は、あの鈴が、頭を下げ、謝罪する。
こうして理久は自分を巡る 幾つかの「弟」の中でも、最もなりたい弟に戻る。
鈴とは本当の家族だから、あっという間に あの頃の空気が2人の間に戻り、流れる。
これが血の繋がりだけの実母との違いではないか。
感動で水原兄弟を囲む天たち。
ここで、天は鈴の呼称を座敷から、お兄さんに変えている。
涙をする3人に、それぞれ ちゃんと泣く理由があるのが良いですね。
読者の心を揺り動かすだけの説得力がある。
彼らを育てた母の真幌は、助けあって生きて欲しいと願い、鈴と理久を兄弟にした。
途中、この数年間は空白になってしまったが、
ここから彼らは母の願いそのままに2人で助け合っていくだろう。
その第一歩が理久の水原家への帰還であろう。
道中で、互いの齟齬を埋め合って、彼らは「まっさら」になっていく。
屋敷に帰ってすぐ、鈴は眠ってしまう。
これまで眠れなかった分だけ眠る。
その寝顔を理久は見つめる。
その人の寝顔を見られるのは心を許した印でもある。
(天が理久の寝顔を見た大晦日、千秋の家に理久が泊まった時)
翌朝、鈴が夢から目覚めても、理久は屋敷にいる。
それは眠れなかった鈴が、深夜に何度も何度も夢見た光景。
そして その日は理久の誕生日。
天との約束のケーキも果たされる。
彼の17歳は新生の日でもあった。
ケーキは作風が、完全に甘くなったことの転換点だろう。
ここからはもう甘いだけ、という安心感がある。
両親の待つ仏壇に手を合わせ、理久は鈴の進路を確認する。
やがて祖父が屋敷に戻る日がきた。
そこで彼らの将来の話が出る。
鈴は当主として、そして理久は彼を支えるために自分の人生を捧げる覚悟がある。
それは高校の進路も同じ。
いつか支え、守ることが出来るように理久は準備をしていた。
彼は理想が叶えられる日のために、しっかりと努力をしていたのだ。
鈴もまた努力で県内でも有数の学校に通い、成績も上位を維持ししている。
娘を亡くした あの日から、孫たちの成長を見ようとしてこなかった祖父に彼らは「今」を話し、認めさせる。
似ていないと思われた祖父と孫は似ていた。
そして野心こそ、祖父が好むものかもしれない。
彼らの父(真幌の夫)には それがなかったから認められなかったのかも。
…にしても この祖父が この兄弟ゲンカの元凶に思えてならないが。
娘の結婚も認めないし、孫を否定するし。
この祖父が言う「理久は ますます あいつ に似てきたな」という台詞は何を意味するのかが分からない。
普通に考えれば、理久の母の あやめ か。
母子手帳から理久の親が分からない訳ではないし、養子縁組の際は手紙を送っているみたいだし。
ただ、祖父が あやめ の顔を知る機会は無いように思える。
深読み&誤読では、理久の父親と祖父が顔見知りだった可能性を考えたが、じきに否定された。
考えたのは、雪次には2人の子供がいて、1人は真幌、1人は理久の父親、という隠し設定。
(真幌は1人娘で大事にされたという描写はあるが、絶対に 一人っ子とも限らない)
でも、年齢的に相応しい男性ではないので違うだろう。
真幌と あやめ は親子ほどの年齢差があって、真幌が40歳前後で18歳の弟というのも ちょっと非現実的か。
私には作者の書くことで理解が及ばないところがある。
こうして理久の心は何の わだかまりもなく「まっさら」になった。
だから理久は天に もう一度 告白する。
今度こそ本当に素顔で、紛れもない水原理久として。
この時 見せる笑顔が、理久の本当の笑顔だろう。
胡散臭さから始まって、夏の日の笑顔など笑った顔の印象がどんどん変わる人である。
こうして下宿の皆(といっても葵(あおい)がいないので、知らないのは有人(ゆうと)だけ)に、
イチャラブを見せて、交際は公になる。
新生・理久を彼の誕生日に合わせるために年度が替わってしまったのが惜しい。
でも ここに設定しないと、鈴との学年が違う1か月違いの兄弟にならないのだろう。
復縁に関しては上記の通り。
理久のリセットの一環なので、こんなもんか、と思う。
兄弟ゲンカに巻き込み、迷惑をかけた人 + 琉(りゅう)以外の下宿人全員で水原家主催の温泉ツアーが開催される。
鈴を含めた人たちの交流が久々で楽しい。
あげは なんて いつ以来の登場なのだろうか。
千秋と鈴の組み合わせが意外だったり、鈴と天が普通に会話し始めていたり見所もある。
鈴が20時に眠くなるのも、かわいい。
ちゃんと眠れていると知って、安心するばかり。
にしても、冒頭の対面の場面では いるはずの琉は言葉を発していない。
本当に作品的に いらない子なのが可哀想。
温泉旅行にも行かないし。
理久と、姉の蛍は偶然 町中で会った、で済んだ話。
出ていった葵の部屋を埋めるためでもあったんだろうけどさ。