《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

色気より食い気のヒロインは読者を敵に回さずに 密かにモテていく。少女漫画あるある。

ショートケーキケーキ 1 (マーガレットコミックスDIGITAL)
森下 suu(もりした すう)
ショートケーキケーキ
第01巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

芹沢天、高校1年生、女子。通学はバスで片道2時間。特に不満は、なし。だったけど…。友達の下宿先にこっそり泊まった日。そこに住む男の子の言葉に背中を押され、家を出て下宿をすることに。新しい出会いが呼び起こす、この気持ちはいったい何――?

簡潔完結感想文

  • 一つ屋根の下に住めば 住人と恋仲になるのは少女漫画の定め。さて誰と恋仲になるか。
  • 人の心に踏み込まない人たちだから、相手も後ずさらない。適切な距離を保ち続ける。
  • 設計図通りの管理された温度と湿度。本当の恋を知らない人に その判別は つかない。

図的に大器晩成型の物語にしているので、是非 完読を、の 1巻。

完読すると見えてくるのは、物語の全てが作者の手の内にあるということ。
多分、本書は連載前の構想通りに進んだのではないか。

そして作者はラスト付近の展開を描くために、この物語を作った(はず)。
終盤の盛り上がりは凄い。
きっと、最初から感動の最高潮を そこに見据えていたのだろう。

実は『1巻』を読んだ際は、特別なものを感じなかった。
余りにも淡々としているというか、機械的に物語が進んでいるように思えた。

でも きっと これも『1巻』は意識的に、作品内の温度を下げているからだろう。
本書という建造物は作者によって温度と湿度の管理がされている。

劇的な恋じゃなくても、本物かどうか分からなくても、静かに着実に深くなっていく恋心。
恋愛に積極的じゃない人たちが、恋に落ちる所に妙味がある。
淡々と生きていた人が そうはいられなくなった様子を見るは楽しい。

これも完読すれば分かることだが、最初から人物造形も しっかりしている。
だけど私たち読者が彼らの性格を知るには、
もう少し長く付き合っていかなければならない。

過剰にキャラ付けしていないからこそ、
本物の人づきあいのように、一緒にいる時間に比例して理解度が増していく。

『1巻』では まだまだヒロイン・天(てん)の下宿生活も1週間ちょっとしか経過していない。
この期間で人を全て理解しようなんて無理な話。

どうか最後まで彼らを見届けて欲しい、と完読した者は強く願うばかりである。

ちなみに付き合いが浅いと、ヒーロー的立ち位置にいる男性2人の見分けが つきにくい。
ちょっと顔が似すぎではないか。

どんどんメインの3人に焦点が絞られたが、もう少し下宿生活の群像劇を読んでみたかったところ。

校入学から1か月、バスで片道2時間かけて通学していた
ヒロインの芹沢 天(せりざわ てん)が、下宿生活を始めるのが第1話となる。

高校1年生の彼女だが、よくある高校への入学という転機ではなく、
下宿という新天地での生活が物語のスタートとなる。

親思いの天が、家を離れて欲しくない親の願いを推察することで始めたバス通学だが、
高校入学を機に下宿生活を始めた地元の親友・あげは の部屋への お泊りが、初の下宿体験となった。

外部の人を招き入れるのを禁じられている下宿だが、
親友や、下宿生たちの協力によって管理人の目を盗んで一泊することが出来た。

この構成が秀逸で、下宿人たちの人物紹介をしながら、
彼らが皆 朗らかで良い人であることが伝わってくる。
天でなくとも、この仲間と共に一緒に暮らしたいと思うだろう。


の下宿体験で出会うのは、イケメン2人。

1人は同じ高校で同級生の間で噂になるほどのイケメン、笠寺 千秋(かさでら ちあき)。

そして最初のお泊り体験で管理人の目から天を隠れさせてくれたヒーロー的行動を見せる。
本好きで、名言をいっぱい知っている彼は、
天に進むべき道を示すような言葉を いっぱい教えてくれ、下宿生活へ背中を押してくれた。

運命の出会いとしか思えない見開き&大ゴマ。実際、彼との出会いは運命的ではあるのだが。

もう1人は違う学校の1年生・水原 理久(みずはら りく)。
「あの人の笑顔 信用できない」という天の評価を得る女性に優しい男。
この日、下宿生全員と顔を合わせた天だが理久だけには警戒心を持っていると言えよう。

上述の通り、人は短期間で人の本質を見抜くのは難しい。

最終的に作中で1年以上が経過する最終巻を読み終え、再読すると、
1話は こんな構成だったのかと驚くばかり。

千秋も理久も最終巻とはキャラが違う。
理久は ただの軟派な三枚目だし、千秋も体温が低め。
ここから彼らの仮面が、どう外されていくのか
ただし、しっかり読むと理久に行動原理があることが分かる。

下宿という共同生活の中で、彼らの評価が天の中で どう変わっていくのかが読みどころ。


を含めた3人がメインとなって話が進んでいくのだが、
彼らは全員、恋愛にそれ程 興味がない。

男性陣は それでもモテてしまうようで、高校入学の1か月で女性に続けて告白されているらしい。
天に関しても恋愛に興味が薄いが、それでもヒロインの宿命でモテていく。
恋愛に不慣れな彼らの、不器用な心の持ち方が初々しく映る。

まず最初に恋に落ちるのが理久。
天の笑顔一つで恋に落ちた。

理久はジェントルマンだが、モテたいわけではない。
むしろ何も思っていないからこそ、意識的に女性に優しくなれる。

それが分かるのは、彼が天に恋してから。
どうも、理久は恋をすると、好きな人には女性に優しくする、という基本姿勢すら取れない。
天と話す際は、ジェントルマンの仮面ではなく、素顔の理久で対応してしまうらしい。

よくよく考えるとこれは凄いこと。
身に染みついた人の習性を ことごとく無効にしてしまう恋愛の力よ。

理久は「本当の恋」をしたことがないから、何をもって本当の恋か分からない。
それを見極めるために彼は自分から動かずに、自分を冷静に観察しようとする。

しかし千秋という見目麗しく、天に近い存在が彼を焦燥させていく。

また、天を守りたいという意識が理久にまた「らしからぬ」行動を取らせる。

それは天と あげは、千秋と理久で1日観光をした日の事。
その際に出会ったのは、理久の関係者らしい鈴(れい)。

その鈴は、理久の隣にいる天を見て開口一番「ブーーーーース」と罵倒する。

そこから理久と鈴で一悶着あった帰り際、理久は鈴に
「天ちゃんは かわいいだろーよ どう見ても
 そうと思えない感性で お前は 自分の人生 歩まなきゃいけねぇんだな」と鈴を見下す。

この場面、再読すると理久から鈴に対して人格を否定するような攻撃的な言葉に違和感があるのですが、
これは理久が、ブスと罵られた天を守り、そのぐらい大事に想っているというヒーロー的な行動なのかな。

やはり天を前にすると、理久は素顔になりやすいのかもしれない。
だからこそ、天には面と向かっては言えなくなってしまった「かわいい」という言葉が素直に出てくる。

ちなみに この お出掛け回で3人の距離は お互いを下の名前で呼ぶほど縮まる。
最後に爆弾を投下する展開といい、『1巻』は1話ごとのクオリティが とても高い。

ただし、理久が恋をしないようにと自制していた割に、
天の笑顔一つで恋に落ちてしまうのは少女漫画的には説得力に欠ける。
現実には あるだろうが、割と淡々と進む物語の中で あっという間に状況だけが提示されるから共感できない。
もうちょっと理久の深い所に刺さるような印象的なエピソードにして欲しかった。

鈴に会ったこと、そして その鈴に天をバカにされたことで、理久は また違う顔を見せる。

は人に興味がない訳ではないが、この時点では いわゆる「お節介ヒロイン」みたいな行動をしない。

地元育ちでありながら下宿生活をする理久に関する疑問があるが、それを言葉に発しない。
天は食事に、千秋は書籍にしか興味を示さないことが、彼らの長所であり、
そして前半が淡々としてしまう原因だと思う。

しかし序盤で天が、不用意に理久の事情に入り込んだら、
天に近づきつつあった理久の心は後ずさりをして、
彼はまた仮面をつけて生活を始めてしまったかもしれない。

良い意味で他人に干渉しないから、恋愛面が先に進み、理久の事情を後回しに出来た。
ここもまた作者の事前設計が確かだと思う箇所である。

ちなみに天が男性に対して割と冷静で対処するのは、兄がいる設定だからだろうか。
言葉遣いも女性というよりは男子のまま、という感じだし。

彼女もまた、今後 本当の恋を知って変化していくのかな。
本当の意味で恋するヒロインになり、主人公として覚醒するのは まだ先なのだろう。


の親友役である あげは がモブ顔なのは、
彼女は恋愛に参戦しませんよ、という作者からのメッセージなのだろうか。

赤瓦もどむ さん『ラブ・ミー・ぽんぽこ!』も モブ顔のモブばかりだったが、
変な誤読をさせないために、メインとモブを明確にするのが2010年代後半の流行りなのだろうか。

そして、巻末の扉絵コレクション。
5話の扉絵で千秋が持っている本の作者が「…野 暁」と見えますが、
これは やまもり三香さん『椿町ロンリープラネット』の「木曳野 暁」ですかね。
同じ掲載誌で、作者同士も交流があるみたいなので可能性は高いですね。