森下 suu(もりした すう)
ショートケーキケーキ
第09巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★☆(7点)
大好きな人のことを全部知りたい。その一心で、白岡から理久の過去を聞く天。でもその理久の笑顔の裏に隠された真実は、あまりにも悲しいもので。理久を救いたい…天は、いても立ってもいられずに…!?
簡潔完結感想文
- 過去回想編。理久を愛してくれるはずの存在は 次々と彼から離れていくばかり。
- 理久の事情に踏み込めない天と千秋。理久を必要とする人は ここにいるのに。
- 理久に躊躇なく踏み込んでくる人物が登場。春は下宿生活の大きな転機となる。
部外者・他人だからこそ出来ることがあることに早く気付いて、の 9巻。
長い長い兄弟ゲンカが続く鈴(れい)と理久(りく)。
今回は、その彼らを誕生前後から見てきた白岡(しらおか)の目線が多い。
理久の過去を知った恋人の天(てん)、そして自称・親友の千秋(ちあき)。
彼の出生の秘密、これまでの来歴を知って2人それぞれに涙した天たちだったが、
自分たちが動いて理久の母を探したり、事態が動くように画策するが ことごとく失敗する。
その際に天は鈴から「部外者」と言われ、その歴然とした事実に落ち込む。
だが視点を変えてみれば、部外者しか この膠着状態を動かせない。
そして彼らが「部外者」だからこそ、白岡は過去を知らせ、彼らに希望を託したと言える。
白岡は自身を含め、鈴と理久の属する水原(みずはら)家では関係性が固定化して打開策がないと考えているのではないか。
彼自身は鈴にも理久にも等しく同じ愛情がある。
どちらにも肩入れできないから、誰かに この問題を託すしかない。
そこに現れたのが理久が本当に好きになった天と、理久が素を見せる千秋。
白岡は、理久が水原家から離れて1人で暮らし、
彼自身が獲得した愛と友情なら彼の心の鍵となり得る、と考えたのかもしれない。
この白岡の立場は、千秋における、天と理久への恋と友情問題に通じるものがある。
千秋もまた どちらも等しく好きだから、動けなかった人だ。
本書には分け隔てなく、人を愛する才能を持った人が何人か登場している。
こういう中立な人たちがいるから、本書は偏らない。
天だけだったら鈴を悪として扱って、事態を悪化させたかもしれない。
思いを一緒にする人と行動することで客観性と冷静さが生まれる。
今は悩んでも、ただ「抱きしめられる子には なりたくない」という天ですから、
彼の心の扉が閉じられているなら、自分から壁ごと壊すぐらいの気概を見せるかもしれない。
もうすぐ彼の誕生日、そして彼と出会って1年が経過しようとしている…。
白岡は、長い長い兄弟ゲンカを止めてほしいと天と千秋に要望する。
それは理久も望んでいることだと白岡は推察する。
水原 鈴の祖父・雪次(ゆきじ)には1人娘・真幌(まほろ)がいた。
だが彼女の交際相手を認めない雪次が結婚を許したのは交際20年、娘が39歳の頃だった。
子供が欲しかった夫婦は不妊治療を始めるが上手くいかない。
思えば、祖父の娘・真幌への態度は ずっと彼女のためになっていない。
溺愛しているが排他的でもあり、それが彼女の心を擦り減らしている。
独善的なのか、不器用なのか、自分に厳しく生きてきた人だから、
相手が どんな言葉を望んでいるのか考えていない節がある。
真幌が屋敷で開くクラフト教室に出入りしていたのは あやめ という高校入学前の生徒。
事情を知った後に見れば、あやめ は作中の人物によく似ている。
だが、高校に入学した頃から彼女は姿を見せなくなった。
そこから時間は経過し、真幌が念願の妊娠をし、臨月を迎えたのを、当時 小学4年生の白岡は見ていた。
白岡は鈴が生まれる前から彼と関わっているのだ。
その鈴が お食い初めをする頃、屋敷の一角で赤ちゃんが置かれていた。
傍に置かれた母子手帳には母が あやめ、そして子供の名前が理久と記入されていた。
あやめ は望まぬ妊娠で しかも我が子を かわいいと思えないことから、
クラフト教室に通っていた頃から男の子の跡取りを暗に期待されていた真幌にあげようとしたらしい。
こうして理久は、鈴の両親の元にやってきた。
実の子・鈴と同じような行事を行うほど愛情深い真幌夫婦。
初産にしては高齢で、しかも一気に双子の育児のようになったが、
赤ちゃんへの思いが募っていた真幌だから、理久も愛せたのだろう。
(やはり水原家の お嬢さんだから、周囲に協力の手も金銭的な余裕もあったのだろうが)
そして真幌の中で、あやめ が理久を迎えに来る という幻想が消えた時、彼女は理久を養子に迎える。
それが水原 理久の誕生であった。
そこまでの経緯を聞き、天と千秋は涙を流す。
その涙は、彼らが理久を愛し、必要としているから流れる者であろう。
語り部の白岡がヤンキー活動に精を出して、
水原家の内情に興味を持たなかった数年間は話が飛ばされる。
高校を卒業する頃(出来たのかな…?)、
白岡は真幌の子2人の世話役として、水原家で働くことになった。
再開した8歳前後の兄弟は仲が良く、そして理久は自分の事情を知っていた。
外見や1ヶ月違いの誕生日や血液型で周囲が気づき、真幌が理久の親は病死したと伝えていたのだ。
不器用な兄・鈴と、器用な理久、
2人にコンプレックスと罪悪感に似た気持ちが浮かび上がるが、
それを上手くコントロールしていたのが愛情深い真幌だった。
だが、何かがキッカケで鈴が泣いていた日、
彼は理久に「ゴミみたいに捨てられたくせに」と言ってしまう。
2人の仲は両親の死後から悪化したのではなく、その前から予兆はあったのだ。
鈴のコンプレックスは酷くなり、
彼が慕っている祖父・雪次からは愛情が返ってこないのも鈴を追い込む一因となった。
がむしゃらに努力をし、そして この頃から目の下に くま が出来るほど鈴は眠れなくなっていた。
こうして兄弟仲に亀裂が生じてきた頃、真幌夫婦が自己で他界しまう…。
その葬儀の際に「鈴」が出会ったのが、理久の本当の母親・あやめ だった。
真幌の死に動転していたこともあり、彼女は鈴を理久として認知し、息子との同居を望む。
だが、それは両親を亡くしたばかりの鈴にとっては残酷な提案だっただろう。
理久には まだ親がいるという事実は、自分と彼の立場の違いを際立たせてしまった。
彼女の身勝手さと、今となっては自分より恵まれている理久への怒りで鈴は あやめ に
「お前が死ねばよかったんじゃ クソババァ」と罵詈雑言で答え、
それが息子の言葉だと思ってしまった あやめ は、その場から立ち去る。
その騒動を知った理久は母を追いかけようとする。
兄弟として引き止める鈴の手を払って、理久は行ってしまう。
理久は ただ本当の親の顔を見たかっただけなのだが、
呼び止める手を払われた鈴にとっては手酷い裏切りだった。
だから鈴は これまで以上に理久を拒絶する。
こうして2人の屋敷での生活は終わり、理久は白岡と同居を始め、
その数年後、高校入学を前に白岡の家を出て、あの下宿に入ることとなった。
ここで理久が笑顔の鎧をまとう経緯も語られる。
水原家から離れた理久は、自分が人に必要とされないと思い悩んでいた。
その彼に「人の良い所を見つけてあげたり 笑って下さい」と助言したのが白岡だったのだ。
理久は ずっとジェントルマンでい続ける裏で、人から必要とされたいと叫んでいたのだ。
ニタニタと笑っているように見えた理久の笑顔が今となっては泣いているように見えてしまう。
真幌もですが、白岡も愛情深い人ですね。
理久と同居を始めたのは、まだ彼が20代前半の頃でしょう?
まだ子供である理久を預かり、正しく導いてあげようとしている。
千秋に続いて、白岡の株もストップ高ですね。
理久の過去を知り、天は自分の出来ることをする。
まずは千秋と共に理久の本当の母親を探しを始める。
いよいよヒーローのトラウマに立ち向かうヒロインが誕生している。
千秋がいる、というのは本書ならではの特徴だろう。
天は苦手な雷の中でも、彼の笑顔を本物にするために東奔西走。
だが下宿から離れた地で、車で下校中の鈴に会ってしまう。
明らかに生活圏外の場所を雷雨の中、歩いていることを疑われ、誤魔化そうとする天。
しかし ここで白岡は鈴に真実を告げてしまう。
これは鈴に現状を知ってもらう事で、天の、そして白岡の意志を鈴に伝えるためだろう。
兄弟ゲンカは双方が矛を収めなければ終わらない。
白岡もまた真幌と同じぐらい平等に彼らを愛しているから、
この兄弟2人にとって、ベストな選択をすることを望んでいる。
理久が本当の親に会えるだけではハッピーエンドにならないのだ。
鈴が眠れないほど悩む毎日から彼を解放してあげたい、というのも白岡の願い。
白岡がいることで、理久に物語が偏らないのが良いですね。
天たちだけで解決しようとすると、どうしても理久に肩入れしてしまうだろうから。
だから母親を探す、という方向性は解決策にならないかもしれない。
そう袋小路に迷い込んだ所に天は鈴に、千秋は理久から部外者扱いされ落ち込む。
生まれる前から彼らを知る白岡と違って、この1年弱を過ごした自分たちは、やはり部外者なのか。
天と千秋は、そんな無力感を抱えたまま日々を過ごす。
あっという間に3月になり、春は別れと出会いの季節となる。
3年生の葵(あおい)さんが下宿を去る。
びっくりするほど影が薄かったなぁ。
進路の話とか、年長者としての意見とか、もっと活躍できる場面が あったのではないか。
恋愛的に何も起きない前半に、もっと濃い下宿生活の描写が欲しかった。
そして葵が去った一週間後から新たに入居するのが皆谷 琉(かいたに りゅう)。
この人も影が薄い。
完全に人と人を繋ぐだけのコネクション扱い。
そういえば琉は葵のいた部屋に入居するのかな?
でも『2巻』巻末に掲載されている間取りを見る限り、
男性用の設備は2階に集中しているから、中二階の その部屋では、
いちいち下って登らなくてはならない構造っぽい。
この部屋は女性限定にすればいいのに、琉は物語の流れに必要だから招かれる。
その琉が連れてきていたのが理久の姉・蛍(ほたる)。
早々に彼女は理久を母に会わせようと自分の要望を伝えるばかり。
事情を知らない者もいる下宿人全員が集合している前で、
自分の要望だけ通そうとする彼女に配慮の無さを感じる。
厳しい言い方をすれば、母と同じ匂いを感じる。
というか、母・あやめ は理久が第2子だったことに驚き。
これは母に対する読者からの嫌悪の材料となる。
自然に受胎するわけでもなし、絶対とは言わないまでも、
自分たちの行動で防げた妊娠だろう。
それなのに「かわいくない」とか…。
結果的に真幌が無事 鈴を出産していたから良かったが、
未だに不妊治療の苦しみにあるかもしれない真幌に向かって、
子供が かわいくない、と言ってしまう母・あやめ に幼稚さ・身勝手さを見る。
まだ10代だったこともあるだろう。
そして その年齢で2児を育てる心身の負担から育児ノイローゼ・産後うつだったのかもしれない。
あやめ の親は「無関心」の一言で、娘の妊娠以降、交流を断っている。
ここは虐待の連鎖、ではないけれど、愛情の欠落が連鎖しているように思う。
あやめ の娘である蛍が知る限りの情報では、
母・あやめ は高校入学の前に妊娠し、高校には進まず、親と縁を切り、15歳で蛍を出産したという。
ということは、『9巻』前半で あやめ が初登場した際には、もう妊娠していたのか。
この時の彼女の表情には暗いものが見え、
周囲の真幌に対する妊娠へのプレッシャーを感じ取り、配慮したのは、
あやめ の妊娠への感度が高かったからなのか。
そして その3年後に理久が生まれたらしい。
蛍は母の苦労を一方的に語るばかり。
彼女の今日の目的が理久の説得なのだろうが、自分の要望を押しつけ過ぎだ。
明らかに悪い面の方が目立っているのに、
天が蛍に「この人を 嫌いになんてなれない」というのは違和感があるなぁ。
読者の分身である天にそう言わせることで蛍への非難を回避しようしてはいまいか。
話を聞いた白岡が下宿に駆け込み、理久を下宿から遠ざけようとする。
一度は出た白岡の家に上がることを躊躇する理久に対して白岡が言う、
「つーか俺は お前のこと 弟ぐらいには思ってんだよ 少しは俺に甘えとけ」という言葉には涙腺が緩む。
水原家では弟としての立ち振る舞いが出来なかった理久。
だが、そんな彼を弟と言ってくれる人がいる。
そう考えると理久は徹底的に弟なんだなぁ。
蛍の実弟で、鈴の弟で、白岡の弟的存在で、天の兄の義弟である。
そして その誰もが理久を必要としてくれているのではないか。
ある意味で理久が どうやって誰か1人ではなく、みんなの弟に納まるか、という話なのかもしれない。
真に弟として覚醒した理久は、各地に住む姉・兄から
「お姉ちゃん、僕 お腹すいちゃったよ」「お兄ちゃん! 僕のパソコン壊れちゃったんだよねぇ…」と、
方々から愛と お金を巻き上げる場面でハッピーエンドかも。
ちなみに名言の場面では、千秋にフラグが立っている気がしてならない。
えっ、千秋は理久の家系の遺伝子が好きなの(笑)??