森下 suu(もりした すう)
ショートケーキケーキ
第10巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★☆(7点)
天にも踏み込めない理久の心の闇。理久の本音を聞き出すため、千秋は自分の実家に彼を呼び出します。そこで夜中に、理久がふいにもらした言葉とは!? 一方、天は鈴の家にもう一度乗り込んで…。
簡潔完結感想文
- 理久の大事な人の実家訪問その2。千秋の一家は理久の遺伝子に庇護欲を刺激される?
- ようやく弱さを見せることが出来た理久。だが弱さを見せたくない人は遠ざけてしまう。
- もっと違う角度から見る過去編。強がって上手く泣けなかった虚勢が涙と共に崩れ去る。
ヒロインが救うのは そっちの男なの⁉ の 10巻。
『10巻』のキーワードは理想像、だろうか。
憧れすぎた理想の世界は時に現実に悪影響を及ぼす。
例えば千秋(ちあき)の兄。
弟が可愛くて仕方ない兄は、やがて その溺愛で弟を苦しめていく。
千秋が苦しむのは、兄が自分の中に彼の理想を見ているから。
弟の成長や人格を無視し、自分が見たい弟像を彼に押しつける。
だから弟に変化をもたらすような人間を遠ざけ、
弟を自分の監視下に置くことで彼が理想像から離れることを防いでいた。
その千秋も同じ。
兄の干渉があったとはいえ、本の世界を理想としていた彼は友達が必要なかった。
理想の押しつけから離れるため、千秋が下宿生活をすることで、
理久(りく)や天(てん)という現実の引力の存在に気づいて変わっていった。
理想の世界である本の内容が頭に入ってこないほど、彼は現実に頭を悩ました。
まだまだコミュニケーション能力や方法には難があるが、
人と関わることで、千秋は自分や兄との関係について新しい発見があった。
そして理久である。
彼は まだ理想像の中にいる。
正確には、誰かにとっての理想的な自分でいようとする。
複雑な出生をした彼は、自分を迎えてくれる家族のために 良い自分でいようとした。
そうでないと自分は この場所にいられなくなるから。
その習性は、彼が育った家を出てからも変わらないのではないか。
そうした経緯と彼の優しさが、自分自身を理想という幻想に追い込んでいく。
だから成長した現在も本音を隠す。
周囲の人が自分をどれだけ大切に思っているか分かっているからこそ、
その人を裏切るような自分ではいられないのだ。
こうして理久は自分の作る理想像に縛られていく。
それは恋愛面でも同じ。
理想像の中に生き、弱さを見せられない彼は今回、天に あることを告げる。
自分勝手な男の理屈だなぁ、と突然の展開に戸惑うが、
彼の中で本当に理想像が壊され、全てリセットするには こういう手法しかなかったのかな。
本懐を遂げた理久は これまでとまた少し違うバージョンなのかもしれない。
天は その新しくなった彼と また恋をすればいい。
そして大事なのは、理久の兄・鈴(れい)もまた、理想像とのギャップに悩んでいるという点である…。
にしても、このところ内容が重いからかもしれませんが、
男性陣が老けてきているように見える。
少年から青年への成長なのか。
それとも描き方の変化か。
顔が伸びてきたのか、目が小さくなったのか。
少女漫画のキラキラ感は薄れてきているなぁ。
そして天の存在感も…。
下宿ではない、白岡(しらおか)の家で抱き合う2人。
明らかに その先に移行する合意は得られていたが、
電話が鳴ったことで、理久は天がこの家を訪問した経緯を考えてしまったようだ。
天は理久の過去を知っている。
それを理久が知った時、彼の心は閉ざされてしまった。
穏やかに、でも厳然と拒絶され、自分と彼の隔たりを痛感し、天は涙を流す。
ここで2人が身体を重ねないのは、そうすると その行為が刹那的になってしまうからだろう。
少女漫画ヒーローは、トラウマを抱えたまま、交際や その先には踏み込めないのです。
天の代わりに、理久の心に無遠慮に踏み込むのが千秋。
理久と天の恋愛が上手くいくように お節介を焼いた頃から変わらない彼の性質。
千秋は理久に、自分の厄介な兄弟関係について話す。
そうすることで彼と対等になろうとしたのだろう。
兄の過剰な愛から逃れるように下宿生活を選んだ千秋。
そこで知ったのは、兄と同じように愛情を表現する自分だった。
けれど、理久という自分以外の視点を知ることで、兄について再考しはじめていた。
千秋は一度 実家に帰る決意をする。
そうして兄との向き合い方を、いつでも兄弟はやり直せることを理久に証明しようとする。
問題の重さは違えども、こじれてしまった関係の修復は可能だという、その前例になる事を決めた。
この辺りは他の少女漫画と違って、ヒロインばかりに力点が置かれていないのが良いですね。
千秋や白岡、恋愛以外でも人は繋がっているというバリエーションと立体感が出ている。
実家に帰って しばらくして千秋が提案したのは、理久の実家への招待。
これって『8巻』での、天と同じ行動ですね。
何もかも知ってもらって、自分の胸襟が開いていることを示す手段である。
こうなると、天ー理久ー千秋の三角関係は形を変えて継続している、と思えなくもない。
天になんて負けないという千秋のライバル心である。
千秋の理久への愛はホンモノかも(笑)
この後、千秋の見る夢なんて まんまBLである。
家と千秋の心に侵入してきた理久に、千秋の兄は対抗心を隠さない。
今回も友情の破壊を目論む。
弟が実家に帰って来たのが、理久のためと知った兄は正面から彼を牽制する。
だが、そこで理久から溢れたのは、千秋への熱い思いだった。
千秋の素直さは この1年 嫌というほど見てきたのだ。
そして理久は、兄にも 千秋と同じように、違う角度から彼のことを見てあげて、と要望する。
弟の中にある兄への嫌悪感を壊した後は、兄の中にある弟への理想像を壊す。
お互いに実像を見てこなかった兄弟の仲直りの第一歩である。
結局、理久が兄弟問題を解決してしまっている。
その言葉を陰で聞いていた千秋は感動する。
そして兄もまた理久の言葉に感動し、千秋と同じオーラで理久を見てきた(笑)
千秋の一家は、理久の一家の遺伝子に感情を大きく揺さぶられるらしい…。
その夜、男2人は腹を割って話す。
そこで知るのは、理久が自分の感情よりも、恩義のある白岡の気持ちを慮っていること。
理久自身よりも、彼の実母に憎しみを覚えている白岡を置いて、
母に会えば白岡を裏切るような気がした。
だが、千秋は、涙ながらに白岡なら分かってくれる、と言う。
それは鈴がかつて理久の生まれについて、自分以上に泣いてくれたのと似ていた。
その涙に、理久は これまで語れなかった自分の本心を語る。
実母には、会いたくて しょうがなかった。
けれど周囲への気遣いから、当たり前の感情を封印してきた理久。
だが、千秋の言葉に背中を押され、白岡に自分の本心を伝えることを決めた。
その頃、天は鈴のいる水原の屋敷を訪れていた。
鈴は陸が出て行っていった、彼の意志で自分から離れたと考えていることに思い当たる天。
でも、鈴は それでも弟である理久と繋がりを持ちたくて、
理久が下宿で新たに得た関係を利用して、彼への嫌がらせをし続けた。
まるで困らせることで母親に関心を持って欲しいと思う子供のようである。
千秋の実家から帰ってきた理久は、町中で鈴と遭遇する。
鈴はこれまで通り、罵詈雑言を浴びせて、いたずらに理久を傷つける。
「あんた達は お互いの言動に一番 傷ついている」と白岡が言うように、
自分が傷つかないように相手を傷つけている。
理久が理想像の中に生きているように、鈴は虚勢の中に生きている。
理久に拒絶されてから初めて彼に会う天は緊張していた。
理久は、家の事情への天の関与を拒絶したことを謝罪するが、
彼は天の前では、理想の彼氏であろうとしてしまう。
だから2人の間に距離を置くことを提案する。
自分の事情に彼女を巻き込み、問題が解決するまで待たせるのなら、
友達に戻った方が良いのだろう。
そうすれば、理想の彼氏でいなくても済むから。
だが、天は待つ、そして待つだけなんて無理と強く構える。
実際、天は迅速に行動を開始する。
それが白岡と共謀した鯉泥棒である。
恋ではない。
鈴の大事なものを奪うことで、それを脅迫材料にして彼の本心を聞き出そうとした。
2人は鈴への切り札として写真を持っていた。
それは、鈴が机の中にしまっていた写真と、もう1枚 全く同じ写真。
それは理久が屋敷を出た後に白岡に取ってきてもらった唯一の物だった。
離れていても2人は同じ思いを抱えていたという証拠となる写真。
理久は、兄が迎えに来てくれる事を待っている…。
この写真が、鈴の心の扉を開く鍵となった。
彼は涙ながらに、鈴の視点から過去を語る。
そこで語られるのは、鈴が抱いていた理想像。
弟の理久が血が繋がっていないことを本人よりも痛切に感じる鈴。
彼は弟を守れるように「かっこよくて強い お兄ちゃんになる」ことを誓う。
だが その理想は、よりにもよって理久の能力の高さを前にして実現しない。
同じように屋敷にいられる自分になるために理久も理想的な子になろうとしていたとはいえ、
鈴の優しい願いは叶えられず、優しすぎるから傷ついてしまった。
そのコンプレックスは やがて理久への攻撃性に転化してしまう。
それでも尚、理想像を追う健気な鈴。
彼の目の周りに くま が出来たのは、この頃からで、
鈴が理想と現実を早くも痛感してしまった その悩みの表れであった。
両親が どこまでも平等に子供を扱うことが、鈴の孤独を深めてしまうのが皮肉である。
愛情においても優劣においても2人居ると どうしても順番が出来てしまう。
そして両親が他界した事に加え、理久の母親の事があり、2人の仲は決定的に裂かれてしまった。
鈴は自分の眠れない原因を吐露する。
理久の事が気になって、彼の安寧を気遣って、鈴は眠れない。
心の澱を涙と共に身体から出すことで、鈴は素直になる。
そんな彼の苦悩を知り、白岡は鈴を強引に抱き締める。
それは ずっと鈴が望んでいた家族の温かさではないか。
今の自分にも しっかりと自分を見てくれる人がいる。
そして 白岡の前では、鈴もまた弟なのである。
本書の中では、兄は下の子を溺愛するのが一つのルールなのだ。
理久は姉に(間接的に)連絡を取り、母との面会を決める。
再会の日、理久の隣には白岡と千秋がいる。
感動の再会に理久が反応する前に事態は思わぬ展開を見せる。
弟を溺愛する「お兄ちゃん」が天と共に襲来した…!