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少女漫画と小説の感想ブログです

少女漫画方程式を使えば どちらが正ヒーローなのか一目瞭然。重要な計算式は ×トラウマ。

ショートケーキケーキ 8 (マーガレットコミックスDIGITAL)
森下 suu(もりした すう)
ショートケーキケーキ
第08巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

理久とのクリスマスデートの行く先に天が選んだのは、自分の実家。それは、理久に自分の内側を知ってほしかったから。だから、理久の内側も見せてほしい。恋を知ってしまった天は、理久が語らない過去に踏み込んでいく。

簡潔完結感想文

  • クリスマスに彼氏を連れて実家に帰省。重要なのは胸襟を開くことと、兄の在宅。
  • 管理人が不在の盆暮れだけ、下宿は同棲の場に。私が彼を抱きしめる、新年の誓い。
  • トラウマ編開幕。愛情や友情を深めてきたのは このための準備。ここからが本編。

際前の障害であれ、交際後の問題であれ、トラウマは少女漫画のクライマックス、の 8巻。

理久(りく)と千秋(ちあき)、どちらが正ヒーローなのか分からない所が面白かった本書ですが、
考えてみれば、少女漫画ヒーローに必須のトラウマは理久にばかり、用意されている。

2人の内、どちらがトラウマが大きそうかを考えれば、簡単に推論できたことである。

理久のトラウマの伏線は最初から張られていた。
地元なのに下宿していること、鈴(れい)と名字が同じだが犬猿の仲であること、
彼が これまでの来歴を語りたがらないことなど、トラウマの影は どこにでもあった。

千秋の兄弟にも問題があるような描写があったが、これは目くらましだろう。
彼の兄も性格に難があり、千秋にマイナスな感情を与える存在として描かれている。
『8巻』で兄の厄介な生活が明かされるが、理久の抱えているものに比べたら小さいだろう。

ヒロインの天(てん)が下宿に入ってきて8か月余りの日々が過ぎた。
これは理久の「影へと踏み込む」ために必要な期間で、
その間に起こった全ての事が、彼をトラウマから救うために必要な事象。

そして本書の素晴らしい点は、このトラウマに天だけで挑まないところである。
恋愛だけじゃなく、友情面からも彼を助ける人が出てくる。
それが千秋。
かつての恋のライバルは、最強の助っ人にもなる。
まるで少年漫画のような熱い展開ではないか。

恋に破れた千秋を排除しない所に本書の優しさを見る。
最初から彼は天も理久も等しく好きだったから、居場所が確保できている。
また千秋がいることが、世界を狭くしていない。
天にとって、千秋の存在が彼女を孤独な戦いから解放している。
本書において千秋という存在の特殊性が増すばかりだ。

トラウマというラスボスを倒すためには、
ここまでの様々な経験でレベルアップしなければならなかった。
そして まだまだ若い彼らにはレベルアップをする余地がある。
天から差し込む光は、きっと理久の影を払拭するだろう。

恋と友情でしっかりと繋がれた手で、理久を過去から引き上げるはずだ。


頭は、天が理久をある場所に連れていくクリスマスデート回。

それが天の地元。
これは『4巻』で、天が理久への気持ちに気づいた時に、
この風景の中に、居ないはずの彼の姿を見てしまったのとリンクしている。
天が一番やりたかったこと、と言ってもいいのだろう。
そして理久と出会うまでの15年間を彼に知って欲しいのだろう。

心を開かなければ、相手も開かない。だからルーツである実家に来ただけで、理久の退路を断つためではない。

当然、実家にも連れていく。
少女漫画的には、これはもう婚約です。
クリスマスなのに早くも帰省していた兄もいて、母とも初対面を果たす。
ちなみに天の家は農家で、天の父は畑に出ていて ずっと戻らない。
結局、天の父は最後まで出てこなかったはず。
少女漫画において父親は存在が希薄である。

下宿では入れない「天の部屋」も、実家では出入り自由。
その部屋で理久は天へのクリスマスプレゼント、ピアスを渡す。

なんと天は最近 ピアスを開けたらしい。
これも理久に見合うだけの女性になる成長なのだろう。
なのだろうけど、ちょっと違和感を覚える。
素朴な田舎娘だと思っていたから、急に色づき過ぎている感じを受ける。

少女漫画で彼からのアクセサリは愛の結晶。
失くしたりすることでドラマが生まれるが、本書の場合は特に重要なアイテムではない。

天は、理久に一方的に「抱きしめられる子には なりたくない」ように、
自分のありたいスタンスが明確にある。

そして今の天は、恋人として「理久の事も もっと知りたい…」。
これまで遠慮して踏み込まなかったが、やはり知りたい。
だから、今回は自分から胸襟を開くことで、その態度を示していた。

この日、重要なのは実家に彼を紹介することと、そして兄が在宅なことではないか。
朗らかな天の兄は理久にも優しく、「天の彼氏なら もう俺の弟だな」と彼を受け入れる。
その「弟」という立場に理久の心が反応したように見える。

天の兄は、本書唯一の「まともな兄」である。
この兄がいたから天は男女混合下宿にも臆することなく参加できた。
そして性格が真っ直ぐなまま育ったから、理久を助けられる。


日は下宿でのクリスマス会。

交際は秘密のままで、天の不自然さを気にかける有人(ゆうと)の気遣いもスルー。
(有人は天の事が好きなのか、と思っていたことが私にもありました)

そして夏休みと同じく、帰省の時期となる。
今回も理久には帰る場所がない。

なかなか踏み込めない、理久の「影」。
それを知りたくて天は、理久と鈴(れい)をよく知るであろう白岡(しらおか)に接触する。
電話番号を教えられた天は、交換条件付きで過去を知る権利を得る。


して大晦日
最後まで残っていた千秋や天も帰省し、下宿は蘭と理久だけ。

その蘭も恒例の年越し飲み会への参加を理久に勧められて出ていった。

1年の最後の日を1人で過ごす理久のために、天が帰ってくる。
帰省したはずが予想外に早く帰ってくるのは夏休みの時と同じですね。

なんと天は乗っていたバスを降りて、走って戻って来たという(さすが元 陸上部)。

そうして2人きりの大晦日の夜が始まる。
お盆と年末は下宿生活が同棲生活になるチャンス。
(お盆は恋の邪魔者・千秋によって阻止されたが『5巻』

恋人らしく密着したり、遊んだりテレビを見たり、まったり過ごす2人。
走って帰ってきたからか、天は いつの間にかに寝てしまう。

目を覚ますと年が明ける直前。
その横には理久が眠っていた。
初めて見る理久の寝顔。
その閉じられた目には、涙が溜まっている。
泣きながら眠る彼には何があったのだろうか。
それは理久の「影」の結晶なのではないか。

理久も目覚め、新しい年の瞬間を2人で迎える。
そして新しい年に、天は もう一歩踏み込む…。


岡に連絡を取り、理久の全部を知ろうとする天。

白岡の返信には、天と天の彼氏の3人で会おうと書いてあった。
その彼氏とは偽装交際をしていた千秋。
こうして千秋も当事者となって、理久の過去に関わる流れが出来た。

まさか偽装交際が、ここで本当の意味をもつとは思わなかった。
ありがちな展開と設定だったけど、二重の意味を持つと知って驚くばかり。
本書は大器晩成型、というか、後半になって ようやく前半に伏線があることに気づかされる。
ここから面白さは増すばかり。

ただ、白岡は2人の交際は、鈴から逃れるための口実だと気が付いていた。
それでも白岡が同席を許すのは、理久が千秋に心を許していると思ったからという理由が後に語られる。
だから彼も設定に乗っかり、千秋を同席させたのだろう。
この2人は白岡が集めたかった人なのである。


岡が情報公開の引き換えに出した交換条件は、彼が見せたかったものと関連していた。

指定されたのは木が生い茂る林。
その剪定を命じられた2人だが、大事なのは その場所と指定した日時。

その林は墓地の裏側にあった。
そこで彼らが見たのは、
誰かのお墓を参りに来た理久、そして それを見つけ激昂する鈴だった。
取っ組み合いになる2人だが、天は白岡に介入を禁じられていた。
千秋が同席する事によって、彼が天の行動の抑止力にもなっている。
ここで天が お節介ヒロインを発揮したら、色々と面倒なことになったであろう。

その諍いを治めるのが、屋敷の主で、鈴の祖父・雪次(ゆきじ)。
だが理久は水原(みずはら)の家から冷たく扱われていた…。

この一件を目撃させた白岡は天たちの役目を解く。
この先を知るに必要なのは、強い意志だと彼は考える。
今回は2人にスタートラインに立つ覚悟があるか試したのだろう。

天の行動は白岡の願望に重なる。辛い現実であっても耐えて見届けることが第一の関門となる。

にとって一番の衝撃は、墓参りに現れた理久の表情だったのではないか。

この日、天が見たのは これまで見たことのない「理久」。
そで で作者が「初登場」と言っているのも、このためだろう。

これが全ての仮面を剥ぎ落とした本当の理久。
それは恋人にも見せたことのない顔であった。
近いはずの彼は、まだまだ遠くにいる。

そして、諍いでボロボロになった姿で帰宅した理久は もう笑っていた。
どこまでも理久は「笑顔の鎧」を まとって、本心や過去を隠し、
他者に見せる範囲をコントロールしていた。

こうして天は理久の本当の笑顔を取り戻すために決意を更に固める。

白岡に話が聞けるのは2月も終わる頃。
この間、天は理久と上手にコミュニケーションを取れていたのだろうか。
本当の顔を見るために様々なことを試すが、理久は優しいばかり。

その優しさが辛くもあるが、だけど理久が自分に見せる顔は偽りとは限らない。
彼には自分の前でだけ見せる表情があることも知っている。
それを足掛かりにして、天は また一歩 踏み込む。

白岡が天と千秋に話をするのは、彼が2人を見込んだからであった。
特に天は、「本当に好きな子しか付き合わないって決めた」理久が選んだ相手なのだ。
下宿生活で出会った強い意志を持つ人たち。
理久が この生活を選んだ時から白岡が望んでいたことが叶った。

こうして2人は、鈴と理久が全く血が繋がっていない「兄弟」だと知る。
そこから過去が語られていく…。