《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

彼女のために成長を誓う男たちと、2人の間で揺れ動くヒロイン。何これ 普通の少女漫画じゃん!

学園王子(10) (別冊フレンドコミックス)
柚月 純(ゆづき じゅん)
学園王子(がくえんおうじ)
第10巻評価:★★(4点)
 総合評価:★★(4点)
 

「オレ、おまえとこうなるのは、もっとずっと先のことだと思ってた」ついに赤丸臣(あかまるおみ)の想いを受け容れた沖津(おきつ)リセ。交際後初のデートで二人の絆は深まってゆく……。さらに運命の悪戯から、そのまま一夜を共に過ごすことに!! 一方、リセを失い失意の底に沈んだ水谷梓(みずたにあずさ)は……!? リセを想う男二人。それぞれの選んだ道を今、歩み出す!

簡潔完結感想文

  • 赤丸との初デート回。初デートのテンプレ展開が満載。『1巻』は遠くなりにけり。
  • ライバルに かなりのゲーム差をつけられた水谷の武者修行編。逆転しなくていい…。
  • 自分本位ではなく この学校にいる意味を見出す水谷。アウトローはやがて革命家に。

女漫画の後半は 男性の成長を描くものである、の 10巻。

この『10巻』で すっかり影の薄くなったヒーロー・水谷(みずたに)は とある目標を獲得する。
それが、この乱れた学校を誰もが「安心して通える場所にしたい」。
「大切な人が傷つくことがないように」、という目標である。

何だか政治家のキャッチフレーズみたいだが、
作者は水谷の背景を踏まえて それを意識しているのだろうか。

これまで自己保身でしか動かなかった水谷は、新たな行動原理を獲得する。
ライバルの赤丸(あかまる)に大きく差を付けられた彼が逆転するには、
この学校そのものを変えるという前人未到の目標を果たすしかないだろう。

そして この水谷の行動が面白いのは、メタ的に見れば、
水谷の存在が、少女漫画の自浄作用そのものと言える点である。

『1巻』の感想でも書いたが、本書の連載開始である2008年では少女漫画は過激な内容が もてはやされていた。
だが徐々に世間の目は厳しくなり、それを問題視する声が出始めていく。

その社会の動向と、舞台となる この学校の風紀はリンクしていると言っていい。
序盤の過激な性描写や、性欲ゾンビになった女子生徒たちの性的暴行の描写は鳴りを潜め、
そんな風潮は文字上だけで表されることになっていく。

その上、水谷の構造改革である。
自分自身の性も乱れていた水谷が段々と真人間になっていくのは、
少女漫画に望まれるヒーロー像や演出、恋愛観の推移と見事に重なるものだろう。
(ついでにライバルの赤丸までも荒れていた過去を反省し、ヒロインのリセ 一筋を誓う)。

そして社会的な大物を父親に持ち、大きな権力者の下で育ってきた彼らは、自立を宣言する。
これは内容は過激であれ、という編集側の社会的圧力から脱する 少女漫画家たちとダブる構造ではないか。
(本書の作者の場合は喜んで性描写を描いていたと思われるが…)

エロ過激派がメジャーで与党だったが、政権交代は果たされた。
(実際の政治の政権交代が2009年だったのは偶然の一致か それとも⁉ 陰謀論(笑))

こうしてエロから純愛へ、少女漫画の振り子は一気に傾いた。
だから水谷たちが真人間になり、リセの純潔は大きな問題になっていく。

本書は時代の変遷を その描写で表した社会派の作品と言える(言えないね)。


して多くの少女漫画において、男女の力関係は段々と逆転するが、本書もその流れとなる。

最初は完璧男子であったはずのヒーローは人格が丸くなり、普通の人の悩みを持ち始める。
一方で、平凡なヒロインだったはずの主人公は、
恋を成就するために奮闘する中で、努力し やがて いつの間にか強くなっている。
その変化はヒロインの方が愛していたはずが、いつの間にかに男性の方が強く彼女を愛している、
という恋愛における力関係の推移と重なる。

本書の場合は、ヒロインのリセは最初から自己を確立しており、性格的にはタフであった。
更に、少し前に小学校時代のトラウマも克服したので本書最強の存在となる。

その証拠に学校でも1,2の人気を誇る2人の男性から好意を寄せられ、
その2人の男性は、彼女に相応しい自分であるために、
これまでとは違う自分を獲得しようと努力を重ねる。
いつの間にかにヒロインが至高の存在となっている。

いつだって女性の方が一足早く大人になり、
男性の成長を待つことで、恋愛の幸福は ようやく果たされるのである。


盤は赤丸との初デート回。

本書は学校外のイベントは平和(例:寺での お泊り回(『7巻』))。
といっても、もう学校内でも赤丸との仲は公認のようで、
誰もリセに嫌がらせをしたりする描写がない。

周囲の女性に赤丸を格好いいと言わせ、
リセも友人・郁(いく)のコーディネイトとメイクを施して、周囲に お似合いだと言わせる。
この辺は、初デート回の典型的な演出ですね。

周囲に噂されるほど格好いい彼。そんな彼が言葉を無くすぐらい可愛い私。読者の自尊心が満ちる。

その後も初デートあるあるを盛り込み、本書らしさは薄れるばかり。
郁のプランに従って公園デートを楽しむはずが失敗ばかり。
でも失敗しても彼氏が優しく精神的に抱擁してくれるんだぞ☆、というのも お決まり。
あんなに過激な序盤だったのに、ごく普通の少女漫画に成り果てている。

だが お互い疲れ果てて眠ってしまい、山の奥の終点駅まで来てしまう。
(もしや赤丸は前夜、緊張して眠れなかったりしたのだろうか…)

初デートは履きなれない靴で足を痛めるのもテンプレ。
雨も降ってきて、雨宿りを出来る場所を探すも、発見したのはラブホ。
こういう展開もテンプレです。
そして無駄にドキドキする割に、何も起きないのも お約束。
本当に学校の設定以外は既視感満載の作品である。

リセは赤丸との性行為を意識するが、
こんな時に かつて聞いた赤丸の噂や過去が気になってしまい問い質してしまう。

赤丸は 妊娠させた という噂は絶対にないと言い切ったが、
小学校以来、リセと離れ離れになってから荒れた時期もあって女性関係は乱れていた。

これは水谷と同等といったところでしょうか。
いや、水谷は自分の躰を商品として売っていたようなもんだから、まだ分が悪いか。


んな水谷はリセと赤丸が交際して荒れていた。

自分に言い寄ってくる女性たちに苛立った彼が窓ガラスを割って、その破片で女子生徒が怪我をしてしまう。
その行動が原因で退学処分となる見込みだと宗近に告げられても反論する気概もない。
そんな彼を「守らなければいけない義務がある」宗近は、生徒会に推薦する…。

こうして やや唐突に水谷が生徒会の一員となるかもしれない展開が始まる。
これもまた水谷の単独での武者修行の一環なのだろう。

素行の悪さから水谷の生徒会加入の反対意見も多い中、
生徒会長は1週間以内に、生徒会最年少の利央(りお)の許可を得ることを条件とする。
ってか、この学園の生徒会は選挙で決まるもんじゃないんですね。
そして ただでさえ少ない男子生徒が生徒会に集まり過ぎである。

利央は現在高校3年生だけれど年齢は満10歳。
IQ180の頭脳の持ち主。
だが、無口だが態度で反抗する気難しい利央に、水谷は手を焼く。

水谷なりに距離を近づけようと、人形を手作りするも、利央はそれを引きちぎる。
それに水谷はキレてしまう。

利央の世話を自暴自棄に投げ出そうとする彼に喝を入れるのは、
かつてF組に降格した水谷がドッジボールで交流した女子生徒だった(『5巻』)。

この交流は良いですね。
他の誰にも こんな交流はできない。
これは水谷の人としての幅であり、彼だからこそ持ち得る関係性だ。
女子生徒と こういうフランクな関係を持つ者は稀有だろう。

生徒会一の謎だった ちびっこ に焦点が当たる。ってか生徒会 人数多い。全5人で良くない?

限最終日に利央がサッカーをする同世代の子を見ているのに気付いた水谷は、彼とサッカーをする。
F組との交流はドッジボールで、今回はサッカー。
水谷の場合、球技が人と人、気持ちを繋げるツールなのかもしれない。
仲の悪い赤丸や信長(のぶなが)とも球技をすれば気持ちが通じるかも。
テニスをして、これが本当の テニスの 王子様 というネタでも やって欲しい。

サッカーをして汚れた利央がシャワーを浴びている途中で、
彼が大事にしていた「交換されたネクタイ」を盗まれたことで、水谷はその奪還を利央に誓う。

水谷は小学生の女子生徒が男性用ネクタイをしているのを見て、どうにか返してもらおうとする。
「ネクタイ交換」をしたというステータスと見栄のために男性用のネクタイが欲しい女生徒は、
水谷のモノと理央のモノの交換を条件にするが、
水谷がネクタイを交換したい相手は別にいるから無理だと正直に告げる。
赤丸を通して返却されたネクタイだが、水谷は もう一度 交換することを願っているのか。
こういう健気な姿を見ると、水谷も応援したくなる判官びいきの日本人気質です。

そうして正攻法でネクタイを奪還し、利央の信頼を勝ち取る水谷。
その後に水谷は利央の数々の秘密を知る。

利央のなくなった兄は、利央が この学校の高校生になるまでに、
安全な学校を作るために校内の風紀の改革に尽力していた。
それは生徒間で生まれた特殊なルールをなくすこと。

そんな兄のネクタイをつけて、性別すら偽って この学校にいようとする利央。
それは利央にとって自分を守るためであり、兄との思い出を守るためなのだろう。


うして利央の許諾は降り、水谷は生徒会に入る権利を得た。

そうなって改めて彼は生徒会へ入ることを悩む。

そもそも今回の生徒会入りは、自分の退学を免れるための宗近の計画。
そこに乗ることは、かつてリセにしてきたように自己防衛の行動ではないかと水谷は苦悩する。
他者を思い遣るだけでなく、こういう自分の卑劣な心と向き合うことが出来るのも水谷の成長ですね。

だから自問自答する。
自分に生徒会に入る理由はあるのか、と。

そして水谷は、かつて利央の兄が目指した道を進むことを決意する。
利央だけじゃなく、リセのような苦難の多い存在を この学校からなくすために。

同じ頃、赤丸も、自分が養われているだけの「赤丸家」から出て、自立して働く覚悟を決める。
男たちは愛する人の為に成長しようとしている。

果たしてリセはどちらを選ぶのか⁉
どうやら元「婚約者」の存在は消しゴムでは簡単に消えないようで…。