《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

2000年代の少女漫画の乱れた風紀を正したら、旧世紀のような古典的ヒロインが爆誕する。

学園王子(12) (別冊フレンドコミックス)
柚月 純(ゆづき じゅん)
学園王子(がくえんおうじ)
第12巻評価:★★(4点)
 総合評価:★★(4点)
 

「もう自分の気持ちから逃げるの、やめるよ」生徒会長の誕生パーティーで水谷梓(みずたにあずさ)と再会した沖津(おきつ)リセ。恋人・赤丸臣(あかまるおみ)の眼前で、梓はリセへの想いを告白する……。赤丸か、水谷か――。最後にリセが選ぶのは、どちらの王子か? ついに最終巻!

簡潔完結感想文

  • 何としても この巻で全てを終わらせるという使命感だけが前に出過ぎて内容が おざなり。
  • 2人の男性を格好良くさせるために、賢かったはずのヒロインが人として一番 愚かになる。
  • 物語的にも恋愛的にもラスボス戦が呆気なさ過ぎて手応えがない。突貫工事の大団円。

っぱり「別フレ」は出オチ漫画ばっかりだよね、の 最終12巻。

どれだけ魅力的な第1話を描けるかばかりに注力しているように見える「別冊フレンド」。
その設定や環境が奇抜であればあるほど受けると思ったのか、過激さの頂点に立つのが本書であろう。

が、全精力を注ぎ込むのは第1話であって、それ以降の長期的展望はない。
だから人気がある内は、新キャラを加入させて連載の存続が出来るが、
人気が無くなれば、あっという間に店じまいをしなくてはならない。

当時の雑誌の人気は私には分からないが、唯一 分かるのは、
『11巻』ラストから急速に終わりに向けた話が始まったということ。
まるで編集者から あと5回で切り上げてねー、と言われたかのような展開である。
急にラスボス格の水谷(みずたに)の父親が登場し、彼が水谷を手中に収めようと、騒動が始まる…。


して何度も書いているが、本書の存在自体が2000年代後半の少女漫画の推移を表しているように思う。
連載開始時は過激な性描写が読者にもてはやされていたが、
やがて少女漫画に向けられる目が厳しくなり、コンプライアンスの遵守の時代となった。
そうして本書は あれ程までに(主に男性の性被害において)治安の悪かった学校描写も大人しくなり、
最大の売りであった「設定や環境」が機能しなくなってきた。

作品は急に恋愛問題を最重視するのだが、リセと水谷に今更 甘酸っぱい恋愛模様は始まらない。
そこで頭角を現したのが赤丸(あかまる)という本書最強の当て馬。

水谷を堕落させることで赤丸との恋愛が始まる土壌を作り、
更には赤丸とは過去からの因縁まで作って、遅れて始まった恋愛を補強しまくった。

しかし それが一段落すると 今度は三角関係で話を引っ張ろうと水谷の成長を促す。
が、その成長途上で、読者の応援の声が消えかかってしまったからなのか、物語の幕引きが図られる。

作中で登場人物も言っているが、まだ水谷に明確な成長が確かめられないまま最終章が始まり、
恋愛においても赤丸と互角になるような魅力を身に付けないまま、
リセは自分の心の中の三角関係に終止符を打つことを迫られる。

何もかも準備が不足している。
赤丸を強くし過ぎたし、水谷の成長を描き切れなかった。

色々と事情はあるのだろうが、
読者には最初だけ過激な内容にして、売れてからは穏当な描写になったと思われたのかもしれない。
作者としては既存のキャラたちの活躍だけで人気を維持できると思っていたのかもしれないが、
学園内という狭い世界で殺伐としたイジメ描写ばかり続くと展開も似てくるし、飽きてしまった。
その読者の飽きが制作側の予想より早かったのだろう。
(実際、作者が用意していたが披露できなかったエピソードは色々とあるみたいだし)

一応、辻褄が合うような結論を用意して、決定的な瑕疵がある訳ではないのだが、
やはり説得力に欠け、恋愛の成就を喜ぶような下地も余韻もないままに作品は終わった。

最終巻は本書の悪い部分だけが凝縮しているように思えてならない。


々に顔を合わせる三角関係を構成する男女3人。
水谷は、リセが泣いていることを赤丸に責任があると責めていたが、
リセが泣いたのは、2人の男の間をフラフラしている自分であって、赤丸に責任はない。

リセもリセで、自分の態度を棚に上げて、
水谷に強引に迫られているかのように「もう あんたとは会わない」とか言い出した。
まるで水谷が2人の関係にくさびを打ち込むかのような態度である。
マジで被害者ぶるのも大概にして欲しい。

三角関係をしっかり成立させる恋愛の布石も、水谷の成長の達成もないまま物語だけが ただ進んでいく。

水谷は生徒会での自分の目的を完遂するため、
学校の空気を入れ替えるために、他校の男子生徒に学校案内ツアーを企画する。

すると この学校の女子生徒は、人が変わったように赤面し、逃げ出す。
所詮、多数派という優位性を笠に着る内弁慶ってことか。

連載を通して「モブ女子生徒」という人格が大きく変貌していった本書。
まぁ これも、序盤は校内の治安が悪くてヒロインが被害に遭いがち、ってのも少女漫画あるあるですよね。

この水谷の学校改革の一環を許可したのは生徒会長。

ただ会長の言う「私たちは『伝統』という鎖に縛られすぎていたのかもしれない」という言葉は疑問。
ここでの「伝統」とは女子校であったことを前提にするあまり男子生徒数を抑制して、変革を望まなかったって意味なのか?
そして男女生徒数の均等化なんて誰でも思いつく案を これまで実行してこなかった生徒会や学校側が無能すぎるだけに思う。


リセは いつも男性たちの未来への目標を人づてに聞く。
赤丸が自立しようとしていることも、水谷が学校を変えることも人から知らされる。
結局、何も見ないで苦しんでいる振りをしているヒロインなのだ。
最初はもっと強くて、もっと自分から動く人だったんだけどなぁ…。

でもこれ、男性たちの価値を上げるために、リセを無能にしている気がする。
こういう平凡な能力の探偵を名探偵に仕立て上げるために、周囲の知性を奪うような構図は好きじゃないなぁ。


して作品の都合上なのか事態は急展開する。
改革途中ではあるが、副会長と宗近(むねちか)、水谷の父に近い存在は、水谷と父親の対面をセッティングする。

宗近には「父親に頼まれて ずっと おまえ(水谷)を監視していた 跡取りの器に なり得るかどうか」という目的があった。
これは宗近の親の会社は、水谷の父親の会社よりも規模が小さく、
かつて事業を助けられたために、その命令に従っているらしい。
本書において、水谷の父であり母であった宗近は、その命令があったから寛容で甘かったらしい。
宗近、そして副会長も父の命で自分に接近・親身になっていたことを知り水谷は傷つく。

そんな中、水谷と父親の面談が始まる…。

水谷の父親はテンプレのエリート。
「(息子の)母親が庶民の出だから やや品性に欠けるところが ある」とか言い出す血統主義者。
でも副会長の父親を褒め称える おべんちゃらを交えた水谷擁護に満更ではない表情を見せるアホでもある。

水谷は自分の母が父に尽くして亡くなったと思っているから、2人の意見は平行線のまま。

退席しようとする水谷に、自身の任務の遂行を第一とする副会長は、水谷の急所を突く。
それがリセの存在。
彼女と その家族の生活の安全のために、水谷は要求をのまざるを得ない。
こうやってリセのために、自分の生き方を変えるのが水谷の愛なのだろうか。
確かに立派だが、その前にリセに言うべきことを言ってあげないと自己満足でしかないような…。

『1巻』では水谷には兄がいるような発言があったが どうなったか、
作者の事だから絶対に忘れていると思っていたら(見くびって申し訳ない)、
あとがき によると作者は兄を学校の保健医として追加キャラにする予定だったとか。

なぜ水谷の父が兄の存在を無視するのか、など細かい設定はページ数不足で描かれない。
水谷の父親は もうちょっと深く描写しても良かったのではないか。


一方、赤丸はリセの気持ちが水谷に傾く焦りから、彼女を旅行に誘う。
行き先は小学校のとき遠足できた場所。
それにしてもリセは記憶喪失のように赤丸の事を忘れていたのに、今は鮮明に思い出すんですね。

少女漫画では山や川など自然の多い場所はトラブル発生装置。
今回も川に落ちて、2人で山小屋へ避難して、濡れた服を乾かす、というドキドキ展開。

だが2人きりの密室で起きたのは、赤丸は これまで溜め込んでいた自分のドロドロの内面を全て吐き出すことだった。
こういうのは男性の悪い癖ですよね。
暫く人の行動を黙認していたと思ったら、いきなり究極の選択を迫ってくる。
これは水谷の父親にも言える事。
何も言わない期間が、まるで自分の我慢や寛容のように思っている節がある。

赤丸も交際相手としてリセには不満や要望を伝えるべきだったのだ。
そうせずに いきなりリセを追い込むような真似は ちょっと褒められたもんじゃない。

ここで赤丸は、薬を盛られたリセが、自分を目の前にしながら水谷の名前を呼んだ事実を告げる。
リセは何も言えず、2人は気まずいまま帰路につく。
無自覚な無意識こそ、自分の心に眠っている願望なのだろうか…。


日、学校に向かうリセの前に現れたのは、赤丸ではなく水谷。
ケンカをしながらもフランクに話して、リセの事を気遣ってくれる水谷。

水谷はいきなりリセを背後から抱き締め、
「…おまえを好きでよかった …アイツと幸せにな」と言って立ち去ってしまう。

1人で学校に着いたリセを待っていたのは、水谷の転校。
学校をやめ、いつ帰ってくるかわからない海外に行くらしい。
こうして最終回らしい最終回が始まります。

急すぎると思わない⁉ など登場人物たちの台詞の端々に作者の無念が滲み出ているような気がする。

リセの元に水谷は既に成田に向かっているという情報が入る。
最終回は空港の場面。少女漫画あるあるですね。
何の予兆もないのに遠距離恋愛の危機となるだけでドラマチックになりますから。

身動きが取れないリセを動かすのは友人・郁(いく)。
そして彼女に協力するのは、こちらもアル王子に喝を入れられた宗近。
お金持ちたちが協力してヒロインを空港まで運ぶのは葉鳥ビスコさん『桜蘭高校ホスト部』感があるなぁ。
(あっちは本当にヘリを飛ばしていたけど)。


そして最終回で初めて、水谷が この学校に来た経緯が明かされる。
(ただ読み返してみると、序盤は水谷の父親への嫌悪が全く感じられない。
 これは そんな設定を用意していなかったからだろう。)

車の中でリセは宗近から、またも遅れて、自分を守るための水谷の決断を知らされる。
そうして真実を知って、リセは自分の感情を自分の都合の良いように解釈して、水谷に戻ろうとする。
この過程が全く分からない。
赤丸が本物じゃない理由も、水谷が本物の理由も分からない。
水谷との絆って そんなに深かった!? と疑問に思ってしまう。


そして なぜか生徒会役員たちも協力して、水谷の救出を始めているのは大いに疑問。
うーん、宗近はともかく、彼らの動機が分からないなぁ。
推測すれば学校改革を成功に導きそうな彼の可能性に賭けた、とかだろうか。
ページが足りなかったのだろうけど、会長が動き出す1コマが欲しかった。

そして10歳の利央(りお)が4歳ぐらいの大きさにデフォルメされていることが気になる。


校関係者総動員での協力もあって空港のVIPルームに潜入したリセは、水谷の父親と初めて対面する。

父親はリセの家庭の事情を調べ上げ、手切れ金を渡すことで、息子との関わりを断とうとする。
だが息子を「欠陥品」と告げる父親に、リセは手を上げる。

ここは水谷の父親を冷酷非道にすることで、よっぽど水谷の方がましに見えてくるという比較手法でしょうか。
だが、それは比較対象が父親である場合であって、赤丸など普通の男性と比較した場合ではない。
リセが水谷の何に惹かれたのかは、最後まで謎として残る。

水谷を追ったリセは、水谷、そして赤丸を発見する。
そうしてリセは赤丸に最後の別れを告げる。
自分は赤丸に甘えていた、と。
リセにとって赤丸は、自分を守ってくれる存在。
そこに頼って、自分の気持ちから逃げていた、と言う。

何度も言うが、リセの心の動きは、水谷を信じられなくなったら赤丸、
赤丸と距離が生まれてしまったから水谷、というリセの男にすがる性質のような気がしてならない。

最後に赤丸は、薬を盛られたリセと一線を越えていないことを告げる。
嘘でも、既成事実があるならリセを繋ぎとめることが出来ると信じて言ったことらしい。

「その時点でオレはアイツ(水谷)に負けてたんだな」とか言うが、
うわ言で他の男の名を呼ぶ女性と、事に及べなかっただけだろう。
原因はリセにあるとしか私には思えませんが…。


父親に連れて行かれそうになる水谷に、リセは本心を告げる。
好きだから、一番必要としているから、どこにも行かないで、と。

それに水谷も応え、父に命をかけてリセを守ると告げ、同行を断る。
こうやって決定的な別れが来ないと本心を言えない天邪鬼な2人であったが、
何だかんだで恋愛成就となり、初めて両想いになる。

宗近も あの学校にいる事が水谷家の後継者としての成長を促す、と水谷の父親に意見する。
その言葉だけで水谷の父親は呆気なく引き下がり、大団円となる。

本書の「聖母」であるリセは、水谷の父親も叱ることで、彼よりも立場が上になったらしい。
気が短い、失礼な女性を男性は好きになるのか⁉

ラストは少々時間が経過して代替わりした新生・生徒会の面々の紹介で終わる。
ここでの見所はリセや水谷ではなく、髪型と制服が一新された利央であろう。

彼が安心して過ごせる校内、それが実現したということであろう。
利央の亡き兄も草葉の陰で水谷に感謝しているはずだ。

乱れまくった この学校と少女漫画界は、これにて品位と平和を取り戻したのである。