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少女漫画と小説の感想ブログです

君を最初に見かけた あの日から ずっと変わることのない俺のジャッジ(和臣)

思い、思われ、ふり、ふられ 12 (マーガレットコミックスDIGITAL)
咲坂 伊緒(さきさか いお)
思い、思われ、ふり、ふられ(おもい、おもわれ、ふり、ふられ)
第12巻評価:★★★★(8点)
 総合評価:★★★★(8点)
 

朱里と理央の父親が海外赴任することに。理央は由奈のために日本にいたいと思いますが…。一方、通訳になるという夢をもつ朱里に、和臣は「海外に行くべきでは?」と伝えますがケンカになってしまい…。思い、思われて、それぞれが出した答えは―? 4人の友情と恋の物語、完結です。

簡潔完結感想文

  • 本書は山本家の結成と分裂の歴史でもある。これにより子に一定の裁量が与えられた。
  • 山本姉弟は恋人のため生活スタイルを変える決意をする。離れることは終わりじゃない。
  • 最初で最後のケンカ。挑戦してみる事 自体に意味があるから、変わる事を恐れないで。

後まで前を向いて歩き続ける 最終12巻。

随分、遠いところに来たなぁ、と思う。
やっぱり全12巻でも密度が濃い。
『1巻』でのメインの4人の性格が全然 別人に見える。
そのぐらい彼らの変化は著しかった。

そして作者は最終巻まで登場人物たちの歩みを止めさせない。
恋愛としては『11巻』で大団円と言っていい本書。

だが作者は最終巻にベタと言っていいほどの展開、遠距離恋愛問題を放り込む。
クライマックスらしい急展開にも思えるが、これは彼らが歩みを止めないという表現に他ならない。

『11巻』のラスト直前までは誰もが「安全地帯」にいた。
そこで幕を引いても読者は満足だったろう。
しかし作品は そこに変化を要求した。

そして そのことが、子供であった彼らに、大人になることを要求した と言える。
4人中3人が これまで家庭環境に息苦しさを覚えてきた。
それは彼らが一方的に与えられたもの。
その中で彼らは懸命にもがき、大人に自分の事を認めさせる努力を重ねた。

そうして獲得した安寧と幸福であったが、物語は彼らに そこから一歩 踏み出させる。
それが彼ら自身に自分や自分と恋人が望む生き方を考えさせるというもの。

今度は与えられるのではなく、自分で未来を選択する。
それは子供だった彼らが大人になるための第一歩となる。

そこには責任が生じ、金銭も必要となる、
恋人との距離は遠くなるうえに、その人と過ごせる時間は減少する。
だが それでも、恋人のために胸を張っていられる自分であるために 彼らは決断する。

自分の手で掴み取る未来、それこそが成長の究極形だろう。
本書は最初の1ページから最後の1ページまで成長した彼らの軌跡である。
恋愛描写は重要な要素ではあるが、それもまた彼らの成長を促す一要素に過ぎない。

自己変革を重ねた彼らが到達した現在地だからこそ、読者は心から感動できるのである。

同じマンションに住む偶然から1話は始まったが、最終巻では その前提条件ごと変革していく。

して咲坂作品は、余白を残して終わる。
前2作の長編が私の定義する少女漫画4分類での「恋愛成就型」だったため、
交際の様子や、これからの幸せな日々については読者が心の中で楽しむものだった。

本書の2組のカップルの内、朱里(あかり)と和臣(かずおみ)は「恋愛成就型」のため、
交際描写が少なく、最終回のラストまでに どんな事を経たのかという想像が膨らむ。

そして注目は咲坂作品初の「標準型」である、由奈(ゆな)と理央(りお)のカップル。
このカップルでは成就の その先の交際編も描いているから、最終回では そのまた未来を予感させて終わる。
まぁ 朱里&和臣も将来の約束をしているのだが…。

これは、家族という大枠が常にあった作品だから という理由もあるだろう。
高校生であり、他人であった彼らが、今度は新しい家族となっていく。
そうすることで物語に一つの環が出来ていくのではないか。


して作者は予兆を忍ばせるのが上手い。

今回の遠距離恋愛や友情の危機も、その前から親の離婚による中距離の危機があったから、
最終回前の、やや類型的な遠距離恋愛も、それほど抵抗なく受け入れられる。

また、朱里と和臣の喧嘩の仲直りの仕方も先に提示しているのも構成の妙だと思う。

そして一番 周到な準備だと思ったのは、4人の同級生が1人も同じクラスにならない点。
これは今後の展開を見越した上での、新しい人間関係を先に構築させるためだろう。

主に由奈のための人間配置だと思われる。
新年度になり由奈に新たな友達が出来たことを理央は寂しがっていたが、
これは、由奈の世界が広がることで、理央と離れることでの彼女の寂しさは埋められるという、
由奈側の不安要素を極力少なくするための描写だろう。

朱里が中距離恋愛の準備を整える中で和臣が寂しさを抱えたように、
由奈もまた、1人暮らしになる理央がバイトを増やし、
距離も遠くなることを寂しく思う日が近々 到来することは確定された未来である。

だが、そんな時に彼女が得た彼女の世界、新しい友達が彼女の日々を彩り、時には理央よりも優先される事なのである。

そして由奈に新しい友達が出来た、という描写は最終回での彼女のメンタルを守ることになるだろう。
もう由奈は一人ではない。
いい意味で親友とは別の世界を持っている。
ほんの僅かだが由奈が友人を獲得したという描写があるから読者の不安は排除されるのだ。

こういう心配り、キャラクタへの愛が さすが咲坂さんだなぁ、と思う部分である。
作者の事だから、偶然なんてことは あり得ない。
ちゃんと見越しているんです。
もう 理央ばりの賢明さである。


突とも思える朱里と理央の父親の、アメリカはカリフォルニアへの海外赴任。

今回も再婚に続いて親の事情に振り回されると思いきや、
父の単身赴任という形式で話が進み、子供たちにも選択肢が与えられる。

きっと このために親たちの喧嘩騒動があったのだろう。
再婚を含め、親の事情に子供たちが我慢することが多かったことを、
喧嘩の仲直りの家庭で、理央の父も朱里の母も、子供に痛感させられた。
だから、親の都合に子供を強制するのではなく、自分たちのしたいようにさせる、という許容範囲の拡大が行われた。

親もまた、親として成長していったということだろう。
大人になっても成長する場面はいくらでもある。


の海外赴任からの遠距離恋愛の危機と同時進行するのが、由奈と理央の近キョリ恋愛問題。
彼らの交際がマンション内で噂の的になってしまった。

ある夜、理央と由奈の父親が街で会い、話し合いをすることになる。
(きっと理央と由奈父に面識があることを成立させるためのトランプ大会『11巻』だったのだろう)

由奈の父は娘を持つ父親として、理央に対しての割り切れない不満を語る。
父は決して理央を責めていない。
けれど娘を愛するがこそ、彼女を守りたいという気持ちが生まれる。
終始 温かい家庭に描かれている由奈の家族における家族問題と言える。

そして それは種類こそ違うが、由奈を愛している理央に深く共鳴する言葉であったはず。
一番近くで抱き締めて、愛を囁くだけが彼女を守ることではない。
彼女に対して嫌な噂が出ないように彼女の生活圏内では もっとモラルやマナーを守るべきだった。

これは近キョリ恋愛だからこその問題。
普通ならマンション住人に交際相手が どこに住んでいる誰かなんて分からないもの。
両者ともマンション住人だからこそ、マンション内での格好の話のタネになってしまった。
これは2人が恋愛に興じるあまり、一種の社会性が欠如していたことが引き起こしたと言える。


父の言動を由奈は理央に謝るが、理央は人として この問題に真摯に関わろうとする。

この河原の場面での由奈は可愛いなぁ。
決して美形に描いていないのに、最終的には由奈を ちゃんと可愛く思えるところが凄い。


央たち山本(やまもと)姉弟が導き出した結論が、一家の引越し。

子供たちは学生寮に、両親はアメリカに行くことによって、
諸問題が全てクリア出来るのではないかと考えた。
朱里もそのプランに納得済み。

理央にとっては離れることが男としてのケジメなのだろう。
彼にとって これが由奈を大事にするということ。
そう、一貫して理央は「俺の好きなコの悪口」を言われるのが嫌なのだ。
理央の愛は衰えることを知らない。

理央はバイトや借金をして自分たちのワガママで親に迷惑かけたくないという、
自分の行動に対する責務を自覚していた。

こういう「由奈のためなら何だって出来る」という自信が、また一つ 理央を成長させる。

高校生にとって朝から晩まで同じ屋根の下(学校・マンション)にいられる環境を捨てるのは勇気のいることだろう。
でも それは結果的に与えられた楽園であって、自分で選んだ場所ではない。
だから、理央は楽園を出る決意をする。
こうして自分で選択を重ねることで、理央の言う将来の約束に現実味と説得力が出てくる。


んな理央の「そばにいるだけが相手を大事にする事じゃない」という言葉が和臣に刺さる。

理央と和臣はお互いに影響を与えているのに、それを感じさせないような距離感が良いですね。
相手を尊敬する場面でも そんな素振りを見せないで自分の中で消化するのが男性同士の友情っぽい。
そして理央や和臣の間にも、変な見栄を張ったり、競争意識があったりするのが面白く、
抱き合ったり泣き合ったりする女性同士の友情とは違う関係が しっかりと描かれている。


和臣は、通訳になりたい朱里の夢のためには、アメリカに行くべきと考え始めていた。
自分との関係が、彼女の成長の機会を奪っているのではないか、
その考えは、寮生活に向けてバイトを増やし、すれ違いが多くなってきたことで、大きくなる。

日本にいることが、朱里の通訳の夢の最短距離では決してないし、更には日本にいるためのバイトが勉強の時間を奪う。
そんな悪循環から彼女を守るための手法が、背中を押すことなのではないか。
これは理央と似た感じの、正しい距離の置き方である。

だが、そんな和臣に朱里は
「離れなきゃいけなくなるくらいなら 夢なんて いつだって捨てられるよ」と告げる。

しかし そんな朱里に和臣は失望する。
いや、自分が重荷になることが耐えられないのかもしれない。

交際が2人の未来を萎ませていく。
それなら…、というのが和臣の決意となる…。

君との出会いが「小学生男子」だった俺を等身大以上にしてくれた。けど そんなこと言うなよ…。

れという選択肢が浮上し、朱里は悲しむ。
そして何より信じられないのは自分だろう。

人に対して情が薄い面があるから、距離に負けてしまう自分が簡単に想像できてしまう。
その脳裏は、引っ越してすぐに別れた元カレ・亮介(りょうすけ)とのこともあるだろう。
突然に相手から別れを告げられる恐怖、
自分の軽薄さを嫌気がさした過去、それらが朱里を「いまの、ここ」に固執させていく。

和臣の言葉に泣いて帰宅した朱里に、由奈や理央は相談に乗り、
由奈は、変わった自分を信じてみろ、と告げる。

この2人の関係は『1巻』と変わった大きな部分である。
まさか由奈が朱里に励ましの言葉、前向きな言葉を伝えるなんて思ってもみなかった。
以前も書いたが、恋愛一辺倒ではなくて、しっかりと友情を感じられるから作品が立体的になっている。


こからの決断、場面の切り替えは早い。
片思い中の停滞は何だったんだというぐらいに。

雨降って地固まる、ではないが、少女漫画の喧嘩は、より2人の関係性を強固にするための通過儀礼でもあるだろう。
由奈と理央の時にもあったように、朱里にも それを経験させる。

朱里の決断は意外性のあるもの。
でも相手に誇らしく思ってもらう自分であり続けるには、この道が最適である。

それに結末から逆算すれば、
アメリカはカリフォルニアは、映画の街がある場所。

もしかしたら朱里は今回も自分が先駆者になることで、
海外事情や生活を先に教えられると考えたのかもしれない。

はっきり言って、交際したばかりの、若い2人の未来は大丈夫なのかと心配になるが、
そういう最初から失敗する、止めなさいと思ってしまうのは、
和臣の両親の息子たちへの呪いと同じであろう。

挑戦すること自体に意味があり、
成功者の誰もが その最初の一歩を踏み出すことの出来た人たちなのだ。
それを証明するための別離でもあるのだ。

この見晴らし台は、恋の入り口、片想いの終着点、そして新しい始まりの地と思い出が積み重なる。


ラストは咲坂作品初の時間経過がある。
高校2年生の春ぐらいからだから、2年余りか。
大学入学前だから まだ身分的には高校生なのかな。
これまでの最長到達点は『アオハライド』最終回の高校3年生の1学期だったと思うから、記録更新である。

この時間設定は絶妙だなぁ。
青春三部作らしく、しっかりと高校生の枠に収めながら、
その先に広がる未来までも予感させている…。