《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

育った場所に似てる椿町の家。これは、がらんどうだった家に あたたかさが 灯る物語。

椿町ロンリープラネット 14 (マーガレットコミックスDIGITAL)
やまもり 三香(やまもり みか)
椿町ロンリープラネット(つばきちょうロンリープラネット
第14巻評価:★★★★(8点)
  総合評価:★★★★(8点)
 

義母との長いわだかまりが解け、椿町の家に帰る道すがら、暁はある決意をふみに――。ふたりの恋が結実する感動の最終回に加え、洋、一心、鞍月、桂、悟郎のその後を描く番外編4話を収録。

簡潔完結感想文

  • 表紙ネタバレ必至。本書は暁が結婚をしたいと思えた奇跡の軌跡。式は飾りです。
  • サブキャラたちの番外編。誰おま状態だった『ひるなか』のよりは ずっと楽しい。
  • 悟郎の幸せ編、または諭吉と桂の子供で「ひるなかのプラネット little」希望です。

もが表紙で盛大なネタバレを くらうこと間違いなしの 最終14巻。

これ以上 相応しい表紙はないけれど、作中のサプライズ展開の効果が全くない。
ちなみに裏表紙には洋装バージョンも載っているが、
これは結婚式で着たりしたのだろうか。
結婚式の様子が全面カットなので答え合わせが出来ません。

結婚式までの過程や本番が全くないのは、
これまでの描写に それらを織り込んだからだと思われる。

主人公・ふみ の父にしても娘と木曳野 暁(きびきの あかつき)の半同棲を認めた時点で、
こんな日が来ることを予想していただろう。

また木曳野の義母にしても、ふみ に対して淡白な口調であったものの、
20代も崖っぷちの息子が、女性を実家に連れてきた時点で察するものがあるのが当然だろう。

どの人とも気持ちは通じているのだから、結婚式は形式的なものに過ぎない。
勿論、人生の一大イベントであることは確かだが、
そこに至るまでの経緯を丁寧に描いてきた作品だから、割愛してもいいのではないか。

しつらえた場が形ばかりのものにすぎないのは家も同じだろう。
問題は誰が どのような気持ちで そこに住むか、だ。
木曳野が無意識に選んだ椿町の家。
実家に似た雰囲気だが、初期の木曳野は その家に人の住まう あたたかさ を生み出せなかった。

その家の空気を入れ替え、温もりをもたらしたのが ふみ。
その あたたかさが、木曳野の現在だけでなく過去の痛みも癒していく。
それによって木曳野は未来を信じられた。
結婚とは その人と共に生きる未来を獲得したいという願望である。

そして この家の思い出は これからも蓄積されていき、
新しく この星に生まれる子にとっては ここが実家となる。

本書の中心、この世界の太陽は 角を曲がって 坂をのぼって 椿が見える、この家なのだ。


ンバリングされた『14巻』ですが『ひるなかの流星 番外編(略・ひる番)』と似た立ち位置にある。

実のところ 私は『ひる番』は、脇も脇だった同級生たちが身内でくっつく話が続いて辟易した。
今回もまた 少女漫画らしく身近なところで くっついているのは変わらないのですが。

でも『ひる番』よりは世界の半径が広くなっているし、
各キャラがしっかり自立しているので、ずっと楽しいです。
正直『ひる番』は、名前すら怪しい人たちの話でしたからね。
同じような内容でも、充実度・満足度が違う。
これが作者の成長の証ではないだろうか。


書は木曳野 暁が、女性との適切な距離を獲得していく物語とも考えられる。

女性にモテ続けてきた木曳野だが、彼は女性という存在が分からなかった。
それは交際してきた女性たちだけの話ではない。

一番、身近な母という女性のことも分からないままでいた。
それは彼が彼女のことを知ろうとしなかったからでもある。
全てのことにおいて無関心・無関係を装うことが、木曳野と世界の関わり方だった。

だが今回の帰省で母親の中にある彼女の人格を認め、
そして その人の中にある弱さに気づかなかった自分の失態を悔いる。

ここまでの経験によって木曳野が女性に受けたトラウマは全て解消されたと言える。
自分には欠落していると思っていた愛は、もう既に与えられていたのだから。

このことに思い至った時に、木曳野の育った部屋の扉は開けられる。
開けるのは もちろん ふみ。
どうやら彼女は木曳野の部屋に入る、彼の心に入ってくる、最初で最後に女性となるみたいだ。

そういえば この家に暮らしていた頃も、
交際女性と一緒の時間を過ごしていても彼は必ず家に帰っていた(はず)。

どんなに反発しても どんなに悲しい言葉を投げかけられても、
いつの時も木曳野にとって 帰るべき場所は この家だったのだろう。
自分が帰らないと心配してくれる人がいる、自分が帰らないと一人になってしまう人がいる。
そのことを彼は しっかり分かっていたのだろう。
関係性に悩んでも育ててくれている恩義はずっと感じていたはずだ。
それが分かるぐらいは木曳野は賢い。


して ふみ は気づく。
木曳野の実家は、今の木曳野の家と すごく雰囲気が似てると。

f:id:best_lilium222:20220120193558p:plainf:id:best_lilium222:20220120193555p:plain
住む家も 佇まいも似ている木曳野母子。きっと うまくやれる、義父の予言は時間はかかったが実現した。

確かに玄関へ続く廊下や、台所、義父の本棚など物理的な間取りや配置からして似ている。
ここが木曳野の原点で、心が落ちつく場所。

でも木曳野一人で暮らしていた頃は入れ物だけ用意した もの寂しい家であった。
そんな家に明かりを灯していったのは ふみ。
その あたたかさ が木曳野の凍結した心を氷解させていく。

一泊した2人を玄関先で見送る義母は、ふみ の姿に亡き夫の空気を感じる。
そういえば木曳野も ふみ父に父親の雰囲気を感じていたが、ふみ にも その流れがあるのか。
木曳野の母子が ずっと大切に思う夫・義父は本当に大きな人だったんだなぁ。
実家では彼が あたたかさ をもたらしていたのだろう。
それが突然いなくなってしまったから、この家は一層 暗く感じられてしまったのかもしれない。

そして夫を愛していたであろう義母が、ふみ に対してそう感じる。
それは厳しい義母の中では最大級の評価なのではないだろうか。
嫁として合格ですね。

息子が彼女を連れてきた。
息子が彼女と並んで歩いている。
それを見られただけでも、義母にとって忘れられない嬉しい日となったはずだ。

今度は義母が、椿町の家に来る番である。
ふみ は掃除や料理の仕方に注意される厳しい日になりそうですね…(苦笑)


の中の「少女漫画あるある」では
相手の親に挨拶したカップルは結婚する説がありますが、本書もご多分に漏れず そうなりました。

既に良家の面識は出来て、そして双方の親から合格点を貰っている状況。
結婚への道は、この時点で開かれていた。

それでも先生のプロポーズのタイミングには驚いた。

彼のトラウマが解消された帰り道に、もう申し込んでいるのだもの。
でも生涯にわたって この人しかいない、と思ったら 結婚したいと思うのも当然か。

あの先生が自分の欠点を認めるなんてビックリである。
決して高慢な自信家という訳ではないが、
自分の弱さを見せることは得意じゃないだろうに。
それでも ふみ には弱さや短所も含めて一緒に居たいのだろう。

それは感謝の言葉も同じ。
こんなに自然に言葉が溢れる先生を『1巻』では まるで想像できなかった。

ふみ も暁も、そして2人の関係も変化していったことを描き切った本書が大好きだ。


の後は一瞬で4年以上の時間が経過する。
ふみ は大学を卒業して、結婚式を間近に控える身となっている。

あれっ、もしかして この4年間で先生の髪が更に長くなっているのは、
「僕の髪が肩までのびて 君と同じになったら (略) 結婚しようよ」なのかな?
先生の大人短髪バージョンは見られずじまいでしたね。
義母に汚らしい、似合わない、と一喝して欲しかった。

4年以上経過しても義母は健在。
卒業してすぐの結婚式も彼女の提案だった。
結婚式は木曳野の親孝行でもあるのだろう。

ちなみに ふみ と木曳野が一線を越えたのは ふみが20歳を過ぎてから。
高校卒業の18歳でもないのが意外です。
木曳野は20代後半からの4年余り、性生活のない同居をしたんですね。
我慢強さは先生の長所なんじゃないでしょうか。


んな話を聞き出した友人・洋(よう)ちゃんは、一心(いっしん)と交際継続中。
一心は洋と結婚しても良いと考えているみたい。
番外編へ続く。
『ひるなか』といい、やまもり作品の高校生カップルは結婚が早いですね。

33歳となった編集者・悟郎(ごろう)は独身のまま。
『ひるなか』の獅子尾(ししお)方式を適用するならば、失恋から6年は時間が必要だ。
この時点で12/25の最後のアタックから4年以上経過しているので、あと1年ちょっとですかね。
でも獅子尾と違って当たっても砕けてもないから、それ以上の時間が かかるかも⁉

そんな悟郎の同僚で二番目のライバル・畝田(うねだ)は産休中。
どうやら あれから良い人と巡り合ったらしい。

最初のライバルの書店員・桂(かつら)は既婚者となっている。
まさか『ひるなかの流星 番外編』での諭吉の結婚式の新婦が桂だったとは。
面白いクロスオーバーですね。
この2人の馴れ初めは番外編が読めます。

ふみ より1年先輩の永人(えいと)は新人教師として働いている。
いよいよ好きな人と同じ土俵に立ったらしい。
彼の奮闘も番外編で読める。


婚の記念写真は和服で撮影する新米夫婦。
結婚を祝言といいたくなる、この2人らしい装いです。

その記念写真から始まって、木曳野家に飾られる写真の数々で時間が流れていく。
夫婦に子供が生まれたこと(息子かな? 少年 暁とそっくりっぽい)、木曳野が直木賞を受賞したことなどが読み取れる。

木曳野の設けた家の中に、家庭が出来て、家族が出来た。

そして2人は いつまでも仲良く、幸せに暮らしたとさ…。


「番外編 Love Hate Like」…
結婚を前提の交際をすることになった洋と一心。
結婚生活に自信の持てない洋ちゃんに、ふみ は同棲を提案する…。

洋ちゃんの空回りが良い味を出しています。
ふみ という良妻賢母型の人間が傍にいるから
妻としての自分の役割についての視野が狭まってしまったのだろう。
洋ちゃんは見た目よりずっと慎重で常識人なところが好きです。

また、体格以上に大きく見える一心に成長を感じた。
彼も『1巻』で ふみ をいびっていた頃とは大きく変わりましたね。

男性キャラは少し歪んでいた方が変化が分かりやすい。
性格も真っ直ぐで、何でもスマートな悟郎は中学時代から変わっていないように見られて損だなぁ。

「番外編 僕とみどりちゃん」…
6歳年上の幼なじみに10年以上 恋をしている永人。
男女逆転なんで これまで気づかなかったですけど一番『ひるなか』っぽいのは この2人でしょうか。
「先生と生徒の恋」を これで成仏させたのかな。

ふらふらして いい加減と酷い言われようだが、
永人は ちゃんと自分が彼女と同じ土俵に上がってから行動した。
それが功を奏しているのではないか。

彼女の心と連動する耳は既に赤くサインを発している。
この勝負、勝てますよ。

「番外編 this is me!」…
桂と諭吉(ゆきち)の結婚までの馴れ初め。

どんどん桂のオタクっぷりが加速している。
観賞用と実用は違うって話かな?

『ひるなか』のヒロイン・すずめ視点で諭吉を見知っているから、
自分の叔父さんが恋愛していると思うと結構 複雑な気持ちである。
意外にも諭吉は一目惚れ派みたいですね。

2人が交際することになった大晦日~元日は、
洋ちゃんと一心が交際し始めた日でもある(『11巻』)。
あの日は、そこかしこで色んなことが起きてたんですね。

諭吉の結婚式の日のことは視点を変えて これまでも何度も語られてきた。
今回も会場には獅子尾や すずめ の姿も見える。
作品の壁を越えて何度も登場するところを見ると、実は獅子尾って作者から愛されている気がする。

もし この2人に子供が生まれたら、その子は やまもり作品 集大成の申し子ではないか。
いつか その子を主人公にして『ひるなかのプラネット』を描いてほしいなぁ。

「番外編 エピローグ、未来へ」…
ずっと木曳野と共にいた悟郎視点で語られるエピローグ。
ふみ は1話からエピローグまで掃除機に執着を見せてるのが笑える。

木曳野の変化を一番 見てきたのは間違いなく悟郎だろう。
父の逝去の代わりのように出会った 心が通じる人が悟郎である。

それでも友人関係では出来ないことを ふみがしてくれた。
本当に、ふみ に手を出して友情を破綻させなくて良かったですね。
そうなったら いよいよ木曳野は俗世との関係を断ち切っていたでしょう。

でも悟郎には友人だから出来ることがあった。

木曳野に作家という道を示してくれたのは悟郎。
そして あの日からずっと木曳野の仮想読者は悟郎なのだ。
これもまた間違いなく木曳野の愛の一つだろう。
なんたって木曳野 唯一の友人なんだから。
しかも この後、直木賞を受賞するのだから、感慨も ひとしおだろう。

f:id:best_lilium222:20220120193656p:plainf:id:best_lilium222:20220120193652p:plain
本書で唯一、悟郎の愛が報われた瞬間だろうか(笑) 当て馬を含め八面六臂の活躍、お疲れ様でした。

この日をもって(というか随分前に)「ロンリープラネット」を木曳野は卒業してしまったから、
宇宙を漂う役目は悟郎(と一人もんの読者)に託されたわけですね。

でも宇宙は広いからなぁ。
光の速さでも余裕で億年単位の世界だ。
この人生じゃ見つけられないんじゃないかな。アハハハハ…。