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少女漫画と小説の感想ブログです

夢の国の お城にはラスボスが住んでいる。木曳野に関わる女性とのラストバトル。

椿町ロンリープラネット 12 (マーガレットコミックスDIGITAL)
やまもり 三香(やまもり みか)
椿町ロンリープラネット(つばきちょうロンリープラネット
第12巻評価:★★★★(8点)
  総合評価:★★★★(8点)
 

借金返済の目途が立ち突然帰ってきたふみの父に暁はさらっと交際宣言。怒った父の反対にあい、ふみと暁は離れ離れになってしまう。不安がるふみをなぐさめた暁はある決意を持ってふみの父のもとへ――!?

簡潔完結感想文

  • 父帰る。いきなり交際がバレてしまって父の怒りを買い ロミジュリ状態。
  • 父と娘のブルース。食べさせたい人 喜んでくれる人がいるから料理を作る。
  • 誕生日デート。夢の国でラスボス戦突入。恋愛面での最後の過去の清算

いの親に ご挨拶編その1となる 12巻。

今回は ヒロイン・ふみ の大野(おおの)家の問題。
この解決に ほぼ1巻が費やされます。

そしてラストには木曳野と因縁がある女性が登場する。
この女性は単純に言えば木曳野の元カノなのだが、
あっさりとした描写以上に木曳野にとって大きなウエイトを占める人である。

結婚のために最後に乗り越えなくてはならない恋愛トラウマと言えるのではないか。
そして、それが終わったら木曳野の人生のトラウマ編となる。
やはり少女漫画のラストは男性のトラウマを払拭しなければならないらしい。

といっても恋愛のトラウマは もう問題ではないだろう。
なぜなら2人はもう信じあっているから。

今回の別居騒動(というか結果的に継続的な別居になるが)も、
12/25以降の2人なら どんな状況も乗り越えられると、読者の私も信じられる。

そんな信頼感を しっかり描いてくれたことに ただただ感謝するだけである。
私は ここからの展開に何度も心が揺さぶられた。
とても小説的な雰囲気を持つ本書が、
幾つもの人生が紡がれていく様子を丁寧に描いてくれるからだ。

初読時には ふみ と同年代だった読者が、
木曳野の年齢に近くなり、ふみ父の年齢に近づいた時に読んだら、
絶対に新たな視点からの発見があり、新たな感動がもたらされるだろう。

どんどんと世界が多層的に厚くなる本書が大好きです。

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極悪非道に見せて、その後に誠実な人間像を演出。木曳野の自己プロデュースかもしれない(嘘)

帰る。

借金返済のために より稼ぎの良い漁船に乗っていた ふみ の父だったが、
とんずらした連帯保証人が父に頭を下げて、現時点で父が抱える借金は半分になった。
毎月の返済に余裕が出来たため、漁船から元の職場に復職し、地上で生きることになった ふみ父。
住む場所も確保でき、娘との同居が再会できると喜んで娘を迎えに行ったが…。

人望が厚く、社交性もある ふみ の父。
だが人を信じすぎて、連帯保証人になってしまって失敗もする。
ふみ と木曳野の同居の発端となった騒動は そんな真相らしい。
借金の原因が父のギャンブルなどではないことに安心した。
そこまで破綻した人でなしではないみたいだ。

こう書くと、ふみ の父が木曳野(特に初期ver.)と正反対に見えますね。
それでいて木曳野の義父は ふみ父と似ているらしいから性格は親子で似ないのかも。
と思ったが、木曳野の性格は もう一方の親に よく似ている。
それは次の話。


が木曳野家を訪ねた玄関先で、彼は木曳野と娘が昨夜 隣で寝ていたことを知ってしまう。
娘と作家の交際を知り父は激怒し、木曳野を殴りつける。

この行動は父親としては当然だが、ふみ父の事情を踏まえると身勝手にも思える。
毎月の返済が迫っているから、木曳野への挨拶もせずに娘を任せたのだろうが、
自分が蒔いた種が、どのように芽を出したかについて、結果だけに怒るのは筋違いではないか。

ここが本書の難しいところである。
ふみ の父をどう許容する、もしくは拒絶するかで作品への姿勢が大きく変わる。

ふみ も一方的な父の言い分に腹を立て、
大好きなはずの父を悪し様に言い放ち、傷つけそうになってしまう。

その寸前で制止してくれたのは先生。
この辺は大人の分別がある先生がいて助かった。

なんと木曳野は父と暮らせという。
ふみ は先生の執着の無さに落胆し、先生にも捨てられる という気持ちになったのではないか。

これまで長期休みの夏休み・冬休みと家出をして別居騒動がありましたが、
春休みを無事に乗り越えたと思ったら、本当に別居が始まってしまった…。

それにしても投げ出された新巻鮭は、どうなったんだろう。
『11巻』の誕生会(仮)では先生は鮭料理を美味しそうに食していたが、
一尾まるごと料理など出来ないだろう。
まったく、男の持ってくる手土産は自分勝手である(笑)


回の父の仕事は夜勤なので、ふみが日中に家を空けることは出来ない状況となる。

仕事のためとはいえ、ふみ が さびしさを伝えたかった時には家に不在だったのに、
今度は ふみ がしたいことを一切 許さない。
読者の父への嫌悪感は募るばかりである。

ただ そんな中で 良いことだってある。
ふみが学校から帰宅すると ふみ父が ふみ のために料理を作ってくれた。
そこから母が亡くなった後に、父が慣れない料理を作ってくれたことを思い出す ふみ。
かつて自分は確かに愛され、守られていたことを思い出す。
このことが ふみを少し冷静にさせる。

そして父もまた久々の娘の手作り弁当に込められた意味を知る(娘の彼氏から)。
料理を通じて、相手の真心が伝わるのが本書らしいですね。


が仕事で不在の夜間、ふみ の部屋の窓に石が投げられる。
外には先生。
ロミオとジュリエット状態ですね。

先生は「ちょっとだけ 顔を見たくなった」らしい。
もしかしたら ふみ の現住所を知って、居ても立っても居られなくなったのかもしれない(笑)
LINEの返信をしないのも、一度 堰を切ると止まらなくなりそうだから我慢をしているのかもしれない。

または先生なりに ふみが冷静さを取り戻す期間を見計らっていたのかも。
すぐに会いに行くと、ふみ は若さ故に、先生と暮らす、家を出て行く、と強硬策に出かねない。
先生は もっと先の将来を見据えて、出来るだけ穏便に
誰もが幸せになる形で この問題を収めようとしている。

それが先生の言う「色々考える良いタイミング」なのだろう。
しかし その言葉を聞いて先生が自分が別れるつもりなのか心配になった ふみ は、公園内で泣きだす。

それを慰めるために先生が ふみを連れていったのはラーメン屋。
「美味しいものを食えば 気持ちが前向きになる
 腹を満たせば 下らん心配も しなくなるだろう」

先生にとって別居ごときで別れるなどという考えは「下らん心配」なのである。
男性の絶対的な愛は良いですね。
どんどん先生が逞しく見えてきます。

別れ際「次 いつ会えるか わからんからな 会い溜めだ」と熱くきつい抱擁を交わす2人。
これは ふみ のためだけではなく、先生の貯金でもあった。
そして この時の先生には もう例の計画が念頭にあったのだろう。

2人がずっと会えるように、ふみ より優先して問題の解決に自発的に動く。
そのために さりげなく ふみ父の勤務先を聞き出している。

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この後の数週間が男の勝負時。二重生活や疲弊を ふみ に見せないことが木曳野のミッション。

み父の働く運送会社の新人バイトとして働き出す木曳野。

木曳野も茶化していたが、これは もう交際を認めさせるというよりも、
結婚を認めてもらう義父への挨拶である。

労働態度も真面目で、人としても真っ当な木曳野を認めそうになる父。
木曳野は、こっそり会いに来た ふみに対しても、
ここは誠実さを見せるところと、ふみ との面会すら拒絶する。
これは ふみが頻繁に木曳野家に近づくと、自分の二重生活がバレてしまうリスクが高まるからでもあるだろう。
木曳野は ある意味で別の人に本気になる浮気をしようとしているのだ。
バレては格好がつかないから、武士は食わねど高楊枝で、ふみ に誠実さを訴えるのだ。

その様子を陰から見ていた ふみ父は、
並んで歩く2人の姿に20年ほど前の若き日の自分と妻の姿をダブらせるのであった…。

そうして頭に血が上っていた ふみ父も少し冷静になる。
そこで改めて娘に木曳野のことを聞く ふみ父。

「一緒に居て こんなに心 落ち着く人がいるんだって
 そんな相手に出会うことができて 私は本当に幸せだと思う」

そんな娘の言葉を聞いて、再び妻の、病床の妻の言葉を思い出す父。
人の姿や言葉に、自分の過去が重なる。
そんな人生が多重に織られていく様子が本書の後半の読みどころである。


かし二重生活がたたり、先生は過労で倒れる。
原因は三日徹夜して原稿を書き上げたための睡眠不足であった。

ここで先生が他界されたりしたら、親子断絶は間違いない。
もう先生は 先生一人の身体じゃないのだ。

目覚めると すぐに これまで通りに働こうとする木曳野。
そんな彼の姿を見て、ふみ父は彼の飾らない心根を知り、食事に誘う。

本書においては共に食事をすることが、幸せの第一歩である。
かつては分かり合えないと思っていた ふみ と先生も、もう食事を一緒に取るのが当たり前になっている。
そして ふみ父との会話の中で先生が挙げる好物の数々は ふみ の料理のレパートリー。

ふみ の両親は駆け落ち同然で結婚したため ふみ は祖父母と疎遠。
確かに ふみ の母が亡くなった時、祖父母が手を差し伸べても当然の状況である。
親族の援助なく生きてきた3人家族の1人がいなくなり、そこから たった2人で生きてきた父娘。

過去を回想して、ふみ父も気づく。
娘は文句を言わなかったんじゃなくて、文句を言えなかったんだ、と。

これは一度それまでの日常がなくなり、娘と離れたことで気づかされた事実だろう。
娘が自分のために動くことは当然ではなく、娘には娘の人生があると気づかされた。
そのことを、木曳野との関係を絶対に離そうとしない、1人の人間として意思を持つ17歳の今の娘の姿で思い知った。

そう自分を責めるように話す父親に向かって、木曳野は彼女から聞いた言葉と そこから導き出される推論を話す。
この時、木曳野が話す内容はダメですね、涙が止まりません。
ふみ もまた父のために動きたいと思っていたから、料理の腕が磨かれたのである。

そして そのことを心を持たなかった木曳野が話していることにも また別の感動がある。
こういう言葉を持てたことが木曳野の成長である。
彼は小説家としても これから大きく羽ばたくだろう。


うして父は交際を許す。
これまで通りの同居ではないが、木曳野の家での家政婦業は許される。

また父が仕事で家を空ける時は特別宿泊が許可された。
再びトラック運転手として働き出した父が、「仕事で家を空ける時」は結構な頻度であると思われる。
半同棲に近い、大幅な譲歩である。

そして この全ての経緯は男たちの秘密となる。
自分の義父に似たダディとの密会は ふみ にはバレずに幕を閉じる。
先生らしい男気ですね。
さすが江戸町人。粋だねぇ。

同じ釜の飯を食う、ではないが、食事を共にするだけで人との距離は縮まる。

そう考えると『11巻』の1月の誕生会(仮)は、
これまでの人間関係、ふみ と書店員・桂(かつら)・木曳野と編集者・悟郎(ごろう)など、
気まずくなりかけた関係のリセットなのかもしれない。
一つの食卓を囲めば、もう そこに壁はなくなる。

となると臨時編集者・畝田(うねだ)を呼べなかったのが残念だ。
まぁ 口ではスッキリしたと言ってるものの、1か月ちょっとで顔を合わせることは出来ないだろうが。


曳野は父娘の会話から5月15日が ふみ の誕生日だと知る。
『1巻』の出会いが何月ごろなのか見当がつかないが、出会いから そろそろ1年だろう。
もし1年前の5月に出会っていても、その頃は誕生日なんて口にできる関係ではなかったけれど。
(出会いの頃は椿が咲いていたのでゴールデンウィーク前ぐらいでしょうか)

先生はプレゼントを考えろと言ってくれるが、何も浮かばない ふみ。
そんな中で洋(よう)ちゃんから遊園地デートを薦められる。

この遊園地にはジンクスがあって、
「誕生日の夜7時7分に この観覧車の中でキスをすると その2人は未来永劫 幸せでいられる」らしい。

いかにも少女漫画的なジンクスであるが、ふみ の少女漫画好きが反応したか。
ふみ は古風に見られがちだが、ベタなデートを妄想する辺り、普通の女子高生である。

その誕生日デート中に現れるのが木曳野の元カノ。
これまで木曳野に片想いする恋のライバルは2人現れたが、元カノは初めて。

この元カノは女性と来園中。
彼女が男性と来ていたら話は変わったのだが…。

今回 出会った元カノは数多くの元カノの中でも特別だと思われる。
それが推測されるのが『5巻』での木曳野の回想。

何といっても 大学時代に交際していた この女性にだけは木曳野から訪問し、
プレゼントを用意したという事実がある。
それは木曳野が見せた初めての執着に近い。

だが彼女の家からは別の男性が出てきて、先生の思い遣りは木っ端みじんに破砕された。
ある意味で先生に恋愛のトラウマを与えた張本人。

だからこそ女性問題のラスボスとして相応しい女性である。
まぁ 勝負は目に見えている。
過去の幕引きとして必要なのだろう。