桐島 りら（きりしま りら）
世界の端っことあんずジャム（せかいのはしっことあんずじゃむ）
第05巻評価：★☆（3点）
総合評価：★★☆（5点）
杏子（あんず）の元カノ・美薗（みその）が現れ、杏子はまだ彼女を想っていると誤解したひな…。ひなに魅かれている達郎（たつろう）は「俺がいる」と抱きしめ、3人は微妙な関係に!? そんな中、杏子とひなの写真がSNSで拡散され大パニック！ 交際を非難された杏子は、ある決意をする――。大ブレイクにつき続々重版出来の女子高生×年上バンドマンの音速LOVE。2人の恋の行方に、せつなさとドキドキが止まらない…キュン死に覚悟の最新第5巻です!!
簡潔完結感想文
- ヒーローが格好良ければそれでいい漫画。脇役の使い方があんまりで泣ける。
- 二度も同じ女性を傷つけても謝罪の言葉が一切ない杏子。人としてどうなの？
- きっと作者が一番描きたかったライブシーン。何をしても許されるヒーロー。
中途半端に優しい人たちに囲まれた、中途半端に残酷な物語、の 5巻。
本書は全6巻ですが、『6巻』はアンコール編 + 作者の過去読切なので、実質この『5巻』が最終巻です。
何とか、作者が一番 描きたかったであろう最後の場面まで描き切れました、という感じです。
そして残念ながら最終巻が一番 酷い。
残念ながら私は主人公カップルのことをどんどん応援したくなるどころか、
読めば読むほど、彼らから心が離れていってしまった。
まず彼らが恋に落ちていく過程が分からず、
その後も2話以内に解決する小さな波乱の繰り返しで、
彼らの愛が深まる様子が感じられなかった。
主人公たち2人に色々と訳アリの過去を用意したり、
2人の恋愛を阻害する人間を配置していたが、どれも力技で処理してしまったのが残念。
『5巻』までで結構な数の登場人物がいるのだが（脇役だけで10人以上）、
その内で一人たりとも しっかりと描き切れていないのが気になる。
特に、ヒーロー・杏子（あんず）にとって最重要人物である美薗（みその）の扱いは酷い。
彼女を幸せに出来なかったことがトラウマになっている様子の杏子が、
今回、自分の都合に彼女を巻き込み、いたずらに傷つけたことには失望した。
主人公の ひな も杏子も、傷ついた孤独な魂を持つ者同士だと思っていたが、
杏子は過去から何も学ばず、感傷的な言動はポーズだけで、彼は何も成長していなかった。
そうして冷ややかに見ると、ヒーロー以外の男性陣の言動に少しずつ悪意を含ませて、彼らの株を下げ、
そして真のヒーローの悪意だけは無視するという歪んだ構造が見えてくる。
きっと作者にとっては、世界の中心に杏子がいれば満足なのだろう。
キラキラとしたバンドマンとの恋が描きたかったのだろうが、不協和音だけが残響となり空気を揺らす。
活躍できなかった脇役たちの無念を弔いたいと思う。
まずは ひな のクラスメイト・中津（なかつ・男）。
1話から誰よりも先に主人公・ひな に好意を持っているが、結局、告白の機会さえ もらえなかった。
だが、彼は脇役の中では一番恵まれている。
彼に関しては悪い部分が何も描かれていないから。
ただ 宿題をさせられるなど、ひな に良い様に使われているのが可哀想。
悪い女ですよ、ひな は。
そして ひな の親友の さーちゃん。
『5巻』のラストで ひな の恋の相手を知ることになるが、
彼女は ひな と絶交してもいいと思う。
親友は自分が大ファンの芸能人と本当はずっと付き合っていたのだ。
ずっと勘違い発言と妄想していた自分を、ひな は心の中で嘲笑していたに違いない（笑）
一言も相談なく、親友を裏切っていた悪い女ですよ、ひな は。
そして中学の同級生・睦（むつ）。
実質 最終巻の『5巻』では出番も与えられなかった哀れな男。
なぜなら同じ黒髪＆純情キャラの達郎（たつろう）が終盤で当て馬に立候補したから。
中盤では、ひな の両親が娘に説教できる立場じゃないから、
世間的な常識で ひな と芸能人の交際に反対し続け、嫌な男に映ってしまった。
それなのに最終決戦の舞台にも立てず、
最後の最後で ひな の父親が娘の交際に反対するという立場をわきまえない、
まるで一貫性のない行動をするから、説教キャラの出番も奪われてしまった。
睦と似ているのが杏子のバンドのリーダー・達郎。
物語も終盤に差し掛かった時に、ひな に惚れるという意味不明な役割を与えられてしまった人。
睦以上に純情なキャラで、誠実さが売りなのかと思った頃に、
嘘をつくことになり、評判を地に落とされた作品の犠牲者である。
それにしても、16歳の未成年にしっかりとした恋愛感情を持つ このバンドは、この後に絶対に問題を起こすだろう。
そして何と言っても美薗だろう。
杏子の兄で、自分の婚約者だった男性を裏切って、杏子と堕ちた人。
てっきり杏子は、美薗と再会し、話し合いの場を持つことで、
過去の呪縛から解放され、晴れて恋愛解禁になると思っていた。
だが実際は、美薗は話し合いの機会すら持たせてもらえず、杏子の今の恋に利用される形となった。
そして これにより杏子がビックリするほど冷酷な人間であることが分かった。
そもそも それ以前に、杏子が美薗との恋を「嘘だったと思う」と表現するのも最悪だ。
この後の言葉は「嘘だったと思うくらい 今は ひなを離したくない」と甘い言葉になるのだが、
現在の恋を最高で最後の恋にするためとはいえ、
こんな陳腐な比較を、杏子も作者もするべきではなかった。
きっと杏子は次の恋を見つけたら、最新のものを大事にするために、古い記憶を切り捨てるのだろう。
今回の美薗の件で そうなる未来が確定されてしまった。
杏子が美薗にしたことは、自分をヒール役にして ひな と別れること。
SNSで杏子がライブ会場で女性を連れている写真が拡散されてしまった（『4巻』の新木場でのライブの件）。
杏子は、ひながプロデューサーと そしてファンから攻撃をされ傷つかないように、
先回りして杏子は彼女が失望するような行動に出た。
それが、自分と美薗と会っているところを、ひな に目撃させることだった。
…ハイ、今の彼女を守るために、かつて守れなかった女性を一方的に利用しました。最低です。
どうして杏子は そこに思い当たらないのだろうか。
どうして作者は この展開を選んでしまったのだろうか。
自分が思う最高の感動の場面に辿り着けるなら、その過程は、人の感情はどうでもいいのだろうか…。
ずっと音信不通だった ひな と ひなの母親が、電話一本で歳月を埋めた時（『2巻』）と同じ疑問が湧き上がる。
この時も、その前に彼女たちを一度対面させればいいのにと思ったが、
今回も、美薗を利用するにしても、彼女の了解を取らずに独断で暴走させたのが謎である。
美薗は杏子にとって自分の身勝手さの象徴なのではないのか。
欲望のままに行動し、家族を壊し、故郷を捨てなければいけなかった苦い経験。
なのにその人をどうして こんな形で傷つけてしまうのだろうか。
この最低な行動によって杏子が全く成長していないことが分かる。
だが美薗は出来た女性らしく、利用されても怒らず、
婚約が破断したことに関しても ちゃんと自業自得の結果だと理解している。
美薗が杏子を責めたりせず、彼の身を切る（と杏子は思っている）行動に同情するから、
彼の行動が ひなを守る尊い行動のように思えてしまうが、絶対にそんなことはない。
過去の過ちの、自分自身の落とし前の付け方がこれだから、終盤で杏子が何をやっても私には彼の歌は響かない。
達郎が ひな のイヤリングを持っていたのは、彼の恋心の具現化だろうか。
マネージャーから証拠品を横領したのは、彼が2人を守る行動でもあり、横恋慕を表しているのか。
達郎は それを ひなに返し、杏子の嘘を暴露し、自分のズルさを吐露する。
その上で、杏子との復縁を彼女に勧めるのであった。
達郎の遅すぎる恋情は、彼がひな のために ここまで行動するために必要だったのかな。
2人に尽力して鎹（かすがい）になる動機として、わざわざ当て馬にさせられたのだろうか。
杏子をもう一度信じようと結局、ライブ会場に来る ひな。
実質的な最終回では思い出したかのように杏子から手渡された音叉が登場します。
結構重要なアイテムなはずなのに『1巻』以来の登場で、辻褄合わせにしか思えません。
嫌味な言い方をすれば、音叉のことを作者が覚えていたことを褒めてあげたいぐらいだ。
せめて1回でも、音叉が ひな の精神安定剤になるように、作中で音を響かせれば小道具の意味があったが、
1回も使われず、ひな は不安でいっぱいで、泣いているだけの女性に成り果てた。
そこからはバンドメンバーもファンも優しい世界。
ライブハウスで、公開プロポーズのように愛を叫ばれたら、誰だって嬉しいだろう。
特にライブに足しげく通っているであろう作者なら、これは夢のシチュエーションなのだろう。
それを描きたかったのも分かる。
そして 私は決して この場面の良さを否定しない。
だけど、杏子に失望した私には自己陶酔の世界にしか見えなくなった。
プロデューサーが感化されるのも ご都合主義。
自分が人を傷つけてまで欲した女性に、今度は後足で砂をかけるような人間に愛などない。
新しく若い女性に溺れた滑稽な男性が 舞台の中心に いるだけだ。
全巻を通じて ひなが弱くなったと感じていたが、杏子 もまた同じ。
弱い男が また一つ、人を傷つける刹那的な恋愛をしているだけだった。
