桐島 りら(きりしま りら)
世界の端っことあんずジャム(せかいのはしっことあんずじゃむ)
第01巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★☆(5点)
父の代わりにマンションの管理人をする、ひな。ある日、304号室のヘンな住人・杏子(あんず)のキーボードを壊してしまい、弁償する代わりに次々と頼まれごとをするハメに……。じつは彼……大人気バンドのカリスマボーカルで――!? だっさい素顔が本当? かっこいいステージでの顔が本当……!? ひなの普通の毎日が、どんどん変わってく――! 快心の甘くキケンな音速ラブストーリー!!
簡潔完結感想文
- 作者の好きな世界を甘く煮詰めた あんずジャム。好きな人は絶対にハマる。
- 主人公が女子高生である必然性を感じない。顔も服装も大人すぎて違和感。
- 新人作家さんに10数人を動かす内容は描き分け・構成力に無理があったか。
私生活も恋も気苦労が絶えない女子高生が主人公の 1巻。
書名はちょっと語感が悪いが、
これはヒーローの杏子(あんず)、そして主人公が住むマンション・アプリコットハウスを含めて、
あんず → アプリコット → 端っこと、という韻を踏んでいるのだろう、か…?
本書は年齢不詳のバンドマンのボーカルと女子高生が恋をする、いわゆる芸能モノである。
ただし『1巻』の感覚としては、教師モノに近い。
公の場ではステージ=教壇で多くの視線に囲まれ、
その空間(ライブハウス=教室)を支配する たった1人の男性(もちろんイケメン)。
そんな彼の私生活の領域まで入り込める特権があるのが主人公=読者。
皆が憧れる人と秘密の関係が生まれることが承認欲求を満たす構図となっている。
そう考えると本書や教師モノの主人公は、
ライブハウスや教室にいながら、彼の素敵な部分が毎回 更新し続けられ、
同時に、自分の特別な地位を満喫している嫌な人間に見えてくるなぁ…。
特に学校と違い、自分で足を運ばなければならないライブハウスに、
彼女が現れるというのは、自分と彼の特別感に浸る自己陶酔以外の何物でもない気がしてきた。
また本書の特徴として、メガネが変身アイテムの変身ヒーローモノでもある。
普段の姿はとことんだらしなくて幻滅するが、
一度、メガネを取ると性格も一変し、出まくるオーラに圧倒されてしまう。
いや、メガネは逆変身アイテムで、彼の強すぎる力・エロスを抑制していると言えるのか。
その振り幅がキャップ萌えになり、
そして どちらも知っている主人公は 一般のファンとは立場が違う特別感が出る。
そこにまた承認欲求が満たされるのだろう(しつこい)。
特殊な職業に就けるほどの人とは違う能力、そして場を支配するカリスマ性。
恋に落ちる要素はふんだんに織り込まれている。
しかし忘れてはならないのは、彼が「彼氏にしてはいけない職業」だということ。
女性にとって要注意職業である3Bもしくは4Bの1つなのだから。
美容師・バーテンダー・バンドマン、それに舞台役者を加えたのが「頭文字B」の4Bらしい。
上述の通り彼らは技術で空間を支配する人たちである。
そして女性との接点が多いのも特徴だろう。
実生活なら気苦労が絶えない交際になることが予想されるが、
少女漫画としては、勝手にドラマが生まれてくる格好の題材となる。
更に本書のヒーロー・杏子(あんず・男)は、
恋愛や性経験が豊富な人がたった一人の女性を愛するという流れに加えて、
教師モノと同じく秘密の交際のスリルや、
訳ありな過去があるらしいトラウマも予感させる設定を全乗せしたような人間である。
惜しむらくは顔の安定感の無さだろうか。
メガネを取っても、顔が締まらない時がある。
折角の変身ヒーローモノなのだから、変身後の姿は徹底的に格好良くしてほしい。
これは主人公の ひな にも言える。
顔立ちの かわいい と綺麗の塩梅が安定しないのが気になった。
綺麗に傾き過ぎて、ただでさえ少ない女子高生感が失われるのが残念だった。
主人公の ひな は16歳。
高校1年生なのか高校2年生なのかは謎。
(『2巻』で1年生だということが判明。)
ちなみに年齢で言えばヒーローの杏子の年齢設定も分からない。
これは芸能モノ、特にバンドマンの年齢は不詳の方が良いという作者の考えなのか。
ひな にとっては、一度心を掴まれてしまえば、年齢など些事に過ぎないのか。
ひな はスーパー高校生である。
父親が放棄しているマンションの管理人業を一手に引き受け、その上で料理も家事もこなす。
更には特技は手芸と旧時代の奉公人のような生活をしている。
しかし彼女が女子高生である必要性はあるのかなー、というのが最後まで付きまとう。
服装やスタイルを ちょっと大人に描き過ぎていて、女子高生に見えない。
年齢が低いほど彼女が読者に健気に映るのだろうか。
教師モノと同じく、犯罪すれすれの恋愛が読者のドキドキに変換されることを狙ったのかな。
しっかり者の女子高生と、年齢もよく分からない正体不明の年上男性とのギャップ恋愛が本書の売りになるのだろうか。
本書が3冊目の単行本で、初の長期連載である作者。
作者はこれまで2冊も この後の作品もバンドマン関係の漫画を描いているらしい。
余程バンドマンに強い思い入れがあるのだろうか。
それだけにオタクの人の妄想を読ませられている感じも受ける。
題材と作品と作者の距離が近すぎて、熱量は感じられるが、客観性が足りないと思う部分もあった。
特に登場人物の多さは手に余ったのではないか。
杏子はバンドを組んでいるからメンバーが複数人いるのは仕方ないが、見分けがつかない人が多い。
それに加えて作者の頭の中にいる人をそのまま出している感じを受けた。
説明台詞まるだしもイヤだが、もうちょっと人物紹介を円滑にして、読者に理解する間を与えてほしい。
人物の登場がいつも唐突で、誰なの? あなたは重要な人? それともモブ?と頭に?が浮かび続ける。
良くも悪くも、主要キャラとモブの間に顔面偏差値の差があまりないので、誰が重要なキャラなのか分かりにくい。
また杏子のバンドメンバーで気になったのは、彼らの仲が良すぎること。
男女問わずアイドルアニメのように、メンバー間に不満が一切なく、
ボーカルのカリスマ性についていく従順さを感じた。
これでは低年齢向けのアイドルモノと変わらない。
もうちょっと大人のビターで微妙な関係性を読んでみたかった。
このバンドを取り巻く平和な雰囲気はバンド内の空気を悪くしたくない作者の意向が働いている気がする。
(その問題を勃発させると、話がややこしくなり過ぎるのだろうけど)
また、これは完全に邪推だが、
冒頭で ひな は、とあるアイドルグループのメンバーに熱を上げている。
これは、その人が かつて ひなが好きだった人に似てるからという理由。
このアイドルからバンドマンへの ひな の価値観の移行に、作者の企みが滲み出ているような気がしてならない。
つまりはアイドルに熱を上げる人へのマウンティングではないか、と思えるのだ。
まぁ単純に、ひな の中で好きだった人(睦・むつ)と杏子の心を占める割合の変化として使われてるんだろうけど。
この睦こと むっちゃん が、実はアイドル本人で芸能界恋愛バトルが起こると思っていた時期が私にもありました…。
あと勘違いと言えば、ひな を想うクラスメイト・中津(なかつ)が、
杏子ではないかと思った時期が私にもありました…。
そもそも名前が違うので、とんでもない読解力の低さが原因だとは分かっていますが、
白髪(ベタ塗りの黒髪じゃない)キャラでメガネときたら、同一人物だと思っちゃうじゃないですか…。
中津は眼鏡キャラじゃない方が良かったのではないか。
これに限らず、前述の通り、描き分けが甘いのにキャラ数だけは多いのが問題である。
作品は毎回、アドリブでセッションしてるの?という感じで、一本の筋が見えない。
今後の伏線になるだろう思ったところが そのまま行方不明になるなどチグハグさを感じる。
『1巻』で重要な小道具だと思われた音叉も、その後は登場もしなかった。
もうちょっと丁寧に物語を構築して欲しかった。
人だけは多いのでワチャワチャしているが、
最後に杏子が優しく ひな に接すれば、どうにかなるだろう的な強引さを感じた。
悪い意味で胸キュン漫画の典型である。
他にも気になったのは、1話でのライブシーン。
ボーカルの顔は「遠くてあんま見えないけど」、彼の指に巻かれる絆創膏は絵柄まで見えるという矛盾はいかがなものか。
また2話での、彼らのバンドのPV(プロモーションビデオ)に高校生くらいのコ使いたい という話から、
てっきり ひな と杏子・バンドの縁が深まっていくのかと思いきや、その話自体が行方不明になった。
他にも1話では杏子に振り回されていた ひなが、
2話では急に強気になって、口調が乱暴になっているのも気になる。
杏子は狙ってのことだが、 ひな の人格も掴みづらく、どちらにも感情移入が出来ない。
特に杏子が ひな のためにそこまでする理由が分からないまま話だけが進んでいく。
ひな自身にも家族のトラウマがあり、それが同じく家族を壊れた杏子と共鳴するのが恋愛の流れだろう。
今はダメな父親だが、元々仕事が多忙で 家に帰らないことが多く、それで妻を不安にさせたことで離婚に繋がった。
かつて働いていたが子育てに専念するために家庭に入ったが、自分が2人きりで子供といることに耐えられない母親。
自分の存在が2人の関係を悪化させていることを幼い頃から彼女は気づいていただろう。
それが彼女を世界の端っこに追いやった原因。
でも そんな環境の人が不在がちなバンドマンを好きになるのだろうか。
交際後も不安とトラウマの相乗効果で、精神がズタボロになりそうだ。
辺境の惑星の自分が、ライブを支配する太陽の杏子の重力に惹かれてしまったのだろうか。
トラウマが無くても苦労が予想される恋愛である。
ひな の今後が心配だ。