《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

彼の えり足から匂い立つ 愛おしさ。たまらなく かわいくて、たまらなく かわいそう。

アオハライド 2 (マーガレットコミックス)
咲坂 伊緒(さきさか いお)
アオハライド
第02巻評価:★★★★(8点)
 総合評価:★★★★☆(9点)
 

高2になった双葉は洸や悠里と同じクラスになった。新たな人間関係を築こうと、前向きに努力するが前途多難。素っ気ないが優しい洸とリーダース研修に参加することに…。

簡潔完結感想文

  • クラス替えと委員会。神様に仕組まれたかのような2人の接近。これも彼の遠大な計画⁉
  • リー研その1。それぞれ下心と目標をもって参加する行事は 誰も同じ方向を見てくれない。
  • リー研その2。青春の匂いに触れることで前を向く双葉。少女漫画のお約束も忘れない。

り立ちしている「独りたち」が結束すれば素敵で無敵な 2巻。

『1巻』は 言わば丸ごと前日譚。
ここからが本編。ここから本気出す。

ただし本気を出したところで即座に なりたい自分になれる訳ではない。
勇気を出して前に進んでも遭難することもある。

でも きっと遭難という非日常が、
暗闇から抜け出した時に見えた 一条の光が忘れられない経験となる。

「新しく何かを始めようと思うなら
 動き出すための力が いつもより必要になるのは当たり前で
 …って事は いつもと同じじゃ 動き出せないって事」

そうして遭難しながらも前へ進んだ主人公・双葉(ふたば)の、
いつも一条の光となってくれた洸(こう)との交感の記録が『2巻』である。


編の始まりらしく精神的に新天地に足を踏み入れることで始まる双葉の高校2年生。
その教室に現れたのは、本来 特進クラスに在籍する洸。

成績不振によって一般クラスに移った洸こそが ちょっとした転校生なのである。

そんな洸を周囲の生徒たちは質問攻めにする。
中には意地悪な質問もしてくる生徒もいるが、上手く受け流す洸。

洸の意外な人当たりの良さに羨望の念を抱く双葉。

彼女は同じクラスに洸がいる喜びを噛みしめながらも、
洸のようにスマートに物事に対処できない自分を歯がゆく思う。


この何気ない場面も、私が再読時に お勧めする
アオハライド side 洸」の視点で読むと、これが洸が獲得した処世術だと分かる。

言葉の端々に、態度の一つ一つに、
洸が長崎にいた2年半が滲み出ているのを感じられる。

再読時だけの、全体像が見えてから初めて気が付く伏線、人の感情の機微に 幾つも気づかされる。

こういう所からも この連載が、場当たり的なものではなく、
緻密な設計図に基づいていることが伝わってくる。

それによって最初から役作りというか、
登場人物の造詣が深掘りされている点も素晴らしい。

登場人物の、特に洸の背景にあるものを設定するために、
どれだけの情報を取捨選択してきたのだろうかと畏敬の念を抱かざるを得ない。

咲坂作品の感想文で悪口を言うのは気が進まないが、
薄っぺらい張りぼてのヒーローしか描けない作家さんとの違いは ここにあると思う。

…たった6ページの描写に これだけの感想が浮かぶ。恐ろしい子っ!


実はそんなことないのだが『2巻』の馬渕(まぶち)洸は完璧男子として描かれる。

2年生の初日、教室内で誰とも親交を深められなかったと落ち込む双葉に、
洸は客観的な視点と、双葉に顔を上げさせ 前を向く力を与えてくれる。

双葉は意中の生徒とは会話が弾まなかったが、洸とは しっかりと親交を深めている。


自己変革を望む彼女が変わる契機として選んだのは学級委員への立候補。

自分に続く男子の学級委員が決まらず、
教壇から声を出して勧誘する双葉が空回りする寸前で挙手をしたのは洸。

彼女を前向きにさせるだけでなく、直接のアシストもしてくれる洸。
3年間の断絶を経て 2人の距離は再び近づき始めるのか…⁉


しかし再び「アオハライド side 洸」の視点で読んでいくと、
双葉の学級委員立候補と、同じ委員会に入るまでが彼の計算と思えてくる。

双葉のことにかけては神のごとき能力を発揮する洸にとって、彼女の行動を操作することなど造作もない。
なぜなら地頭の良さと 執着と 純情を彼は兼ね備えているから。

双葉の行動は自由意志と見せかけて、洸の手のひらの上で踊らされている、のかも(笑)

双葉の原動力が自己変革と少しの勇気ならば、洸の原動力は言わずもがな。
神様は人に恋しちゃったから、好意を隠しながら一緒にいられるように立ち回っている。


にも好意を動機にする人が、イベント委員に立候補した3人のうちの2人いた。

なぜクラスに何の思い入れもない村尾 修子(むらお しゅうこ)が、
あんなに綺麗な姿勢の挙手でイベント委員に立候補したのかは後ほど判明する。
なるほど、アレに反応したのね、という後から合点がいく構成、大好きです。

そして そんな修子への好意を隠さない小湊 亜耶(こみなと あや・男性)も立候補。

最初の立候補者・槙田 悠里(まきた ゆうり)の動機は双葉への友情か。
いや、彼女もまた1年生とは違う自分と学校生活を望んだのかもしれない。


んな5人が参加するのが「リーダース研修」、通称 リー研。
『2巻』のメインイベントです。

個性はあるが協調性のない5人の面々。
出発前から失敗を重ねた上に、彼らをまとめられない自分に落ち込む双葉。

だが双葉が下を向きそうになる時に いつも言葉を掛けてくれるのは洸。

ちなみに洸、リー研では女生徒から告白されている。
完璧人間キャンペーン実施中なので『2巻』の洸はモテ期に突入中。

馬渕 洸は何もかも そつがないが、そこにある虚無を感じ取る双葉。
さみしそうな彼の えり足に、双葉は約4年ぶりに顔を寄せる…。

この時の双葉は えり足の匂いを吸ったのか、
それとも彼に自分の想いを注ぎ込んだのか。

吸った可能性の方が高いが、どちらとも取れますね。
もっと言えば彼に接触することで2人が「同じ温度」に溶け合うことを望んだのかも。

彼の えり足の匂いを4年ぶりに嗅いで 前へ進むパワーに変換する 私のアオハル。

日はオリエンテーリング
少女漫画における山道は、遭難までがお約束。
足の怪我も 絶対運命のハプニングです。

足を怪我した双葉を おぶろうとする洸だが、双葉は体重を気にする。

そんな双葉に対して洸は、
「いいんじゃん? ずっしりしてる方が ちゃんとここにいるってカンジで」と言葉を掛ける。

これは完璧人間による女性への気遣いにも取れるが(双葉はそれで納得した)、
これもまた洸の経験に由来するものであることが後々 分かる。

そういえば おんぶは自然に顔が 彼のえり足に近づきますね。
洸が少々(かなり)無理している間、双葉は彼の汗まじりの匂いを クンカクンカ したのだろうか(笑)
(『3巻』でしたことが判明。洸にもバレてる)


『2巻』で対照的に描かれる双葉と洸。
表面上は、発展途上の人間と完璧人間のようだ。

だが、意欲があるから空回る双葉と、意欲がないから流れに身を委ねる洸。
どちらがアオハルに乗れていないかは一目瞭然である。

いつもより強い負荷に耐え 動き始めた双葉と、
自分にも他人にも一定の距離を保つ洸。

そんな彼と同じ温度になる日は来るのだろうか…。


5人の温度が重なり合うのが リー研 最終日の朝に 皆で見た日の出。

青葉 萌ゆる候、生の象徴である日の出を見る 青い季節 真っただ中の若者たち。

初日は別の方向を向いていた5人だが、この時は同じ方角を見つめている。

さぁ 青春の土台は完成しました。
きっと『3巻』では また新しい毎日が始まっていく。

帰りのバスの車内で洸だけ起きてるのは、
彼だけ まだ気を張っている、洸は まだ「独り」であるという象徴だろうか。


そして 5人で見たのが日の入りではなく、日の出で良かったと再読の私は心底 安心する。

もし、オリエンテーリングで遭難せずに、
見晴らしの良い場所で日没を迎えた時、洸は きっと太陽から、皆から目を背けたはずだ。
そうなれば5人にとって リー研がこんなに楽しい思い出にはならなかった。

遭難して木に囲まれ周囲が見渡せない中で時間が経過して、
森を抜けた時には暗くなっていたことは洸にとって救いだったのかもしれない。


書は「アオハライド side 洸」として読むとコメディにもなる。

まず冒頭、双葉と目が合うなり舌を出す洸。
洸なりに はしゃいでいる と思うと楽しい。可愛いヤツよ。

そして リー研 初日の朝に洸の自宅まで迎えにきた双葉に対し、
洸が裸で家の中を うろついていたのも、性的魅力をもって「意識にあげる」ためなのかな(笑)

あの洸が慎ましい努力をしていると思うと、どんな場面でも笑えてくる。

洸はポーカーフェイスが出来る人だから本書は真面目な雰囲気を保っていられるが、
誰かみたいに すぐに赤面しちゃったら、即座に完結してしまうだろう。


そういえば洸が一般クラスになっても、
双葉と同じクラスになれる確率は何分の一か だったはずだ(少なくとも5組まである)。

そして この学校、3年への進級時にはクラス替えがないらしい。
だから2年生のクラス分けは非常に重要。

貼り出されたクラス分けの掲示を見た洸の心境はいかに。
その時、彼の口元は緩んだだろうか。
心の中で欣喜雀躍しただろうか。

このクラス替えにあたって、洸は実兄である田中先生に何か働きかけてたりして(笑)
賄賂を渡しても、土下座をしてでも、彼はクラス替えを成功させたかったはずだ。


単行本の巻末に掲載されている双葉と洸のプロフィール。
「初恋はいつ?」の答えは2人とも「中1」。お幸せに…。