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あなたのすべてが 明日を失くして 『冬のはなし』

僕等がいた(4) (フラワーコミックス)
小畑 友紀(おばた ゆうき)
僕等がいた(ぼくらがいた)
第04巻評価:★★★☆(7点)
  総合評価:★★★☆(7点)
 

矢野の気持ちがわかったかと思うとまたすぐわからなくなってしまう七美。恋に悩める女子高生を尻目に、色々と経験済みの矢野にはちょっとだけ欲求不満かも。時々、七美をしめつけるのは見え隠れする矢野の苦しく切ない過去。それでも「過去に負けない今を作ろう」と彼にはげまされた七美はついに…!?

簡潔完結感想文

  • 「あたしを矢野のものにしてください」「矢野とずーっと一緒にいられますよーに」星に願いを。
  • 裏切られた過去を担保に七美に対して冷酷な態度を取る矢野。不幸自慢と自分語り。サイコパス
  • 矢野の心に棲む奈々さんとの別れを促したはずが…。嫉妬は現世からあの世に、妹から姉に移る。

人公の願いや決意は、ある意味で不幸フラグ、な4巻。

「何があっても 矢野(やの)を受け止めるから」
「矢野とずーっと一緒にいられますよーに」
「あたしが矢野を幸せにするの」

『4巻』での彼女の願いや決意は ことごとく叶わない運命にある。

実はこれ、本書を通じて行われていることで、
この後の話でも「もう泣かない」とか「もう彼に会わない」とかいう
主人公・七美(ななみ)の決意は高確率で、しかも早期に翻される。
七美の言葉には「裏切られる」ので、読者は鵜呑みにしない方が良いかもしれない。

まぁ、決意は彼女の心の持ちようだが、
願いの方は彼女を手酷く傷つけるような現実が待ち受ける。

その意味では、彼女に自己陶酔が無いので気が付きにくいが、
七美という主人公は典型的な悲劇のヒロインなんですよね。

ヒロイン像としては時代に即した自分の足で立つ女性ではあるものの、
物語の構造的には一人の男に翻弄され続ける大時代的な設定である。


んな彼女を翻弄する男が、同級生の矢野。

客観的に分析すると、七美の不幸の始まりは彼氏との恋愛観の違いだと思われる。
彼氏の矢野が自分と恋愛に求めるものが重すぎる。

友人たちから見ると恋愛すると「ネジ1本飛んで」しまう矢野。
彼が女性に、恋愛に望むものは「絶対」「裏切らない」という言葉。

彼女が自分の過去を嗅ぎまわることを許さず、
彼女が自分以外の男に優しくすることを許さない。

「おまえはオレのためにいるんだろ?」
「オレのものにならないものなんて いらない」

そう言い切ってしまうのは彼生来の気質と、
過去の恋愛では叶わなかった願いがあるからである。

その過去の恋愛では彼は心に傷を負い、
また過去の行為によって脛に傷を持っている。


ッキリ言ってイタい男だと思う。
もし、二度目の恋で出会った男がこんな人だったら、即座に逃げ出すだろう。

果たして自分は好かれているのか、愛されているのか不安になる。
そして直接的ではないものの、真綿で首を締めるような 緩慢な精神的DVにも思える。

ただ主人公の七美にとっては初めての彼氏。
彼女は矢野を「運命の人」だと思っている。
だから彼に全力で向き合い、捧げる覚悟でいる。

ただ、割と壊れた彼の心をカウンセリングしながら交際するというのは高校1年生には難しい。

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ねぇ、その「ナナ」を漢字に変換すると、一文字? それとも二文字なの?

目下の七美の悩みは、矢野の過去に関わる山本(やまもと)姉妹。

姉の奈々(なな)は矢野の元カノで既にこの世にはいない人。
妹の有里(ゆり)は矢野と因縁があるようで、教室では彼の隣に座る人。

七美は落としてしまった山本(妹のこと)の鞄から、
矢野と奈々が映る一枚の写真を発見し、所持していた山本に疑念を抱き始める。

咄嗟に持ってきて(盗んで)しまった写真は巡り巡って矢野が見つけ、
そして隣の席の山本が返却を求める。
が、山本からの過去を咎めるかのような嫌がらせだと感じた矢野は破ってから彼女に渡す。

この山本の所持していた写真は彼女の恋心の象徴でしょうか。
ゴミ箱を漁ってでも失くしたくないもの、
誰かに発見され嘲笑されることを酷く恐れているもの。

そして本人に破かれても、修復しようとするもの。


それを矢野が破ったことが山本を一つの行動に移させる。
ある日、矢野宅を訪れ、事故死した姉・奈々の当日の様子を話し始める山本。

この際に七美が矢野の家にいたというのが、彼女の悲劇のヒロイン体質ですよね。

2人の会話のただならぬ雰囲気に、矢野と山本の過去に何があったか真実を求める七美。

だが、彼女の追及する気持ちは、
痛みを感じるほど七美の手を掴み、逆ギレにも似た矢野の論理の前にすくんでしまう。

…って、書き出せば書き出すほど、矢野に良いところが見つかりませんね。

まぁ、その前に七美も矢野宅を出る前にカバンで矢野を殴りつけ流血させてるんですけどね…。
この辺りがヤンキーカップルの知性の感じられない痴話喧嘩感が出てしまっていて私は好きじゃないんですが。

「勝手に帰れ」と放り出された七美がその夜に出した結論が、
「何があっても 矢野を受け止めるから」。

うーん…。純愛? それとも洗脳?
何度も書きますが、客観的に見れば、矢野は優良どころか事故物件である。
離れた方が幸せになれる気がしてきた。
本書の前半はもっとラブラブだった記憶だったが、この時点でかなり壊れている。

そんな七美には、過去に矢野が奈々に言い放ったこの言葉を贈りたい。

「あの自己陶酔男と おまえホントは 泣くの好きなんだろ(『2巻』)」

これは今の矢野と七美の関係に似てしまっていますね。


には、そんな決意とは裏腹に、
矢野が正直に山本との過去の経緯を話すと、涙を流し3日 口をきかない七美。

矢野を丸ごと受け止めるのは、どんな人でも難しい。

だが、後述する仲直りがあって、また同じことを繰り返す七美。

山本(妹)の件を海の水に流した七美は、
今度は姉の奈々のことを矢野の心から引き剥がそうとする。

彼女への恨みつらみを全部吐き出せば、今度こそ矢野が自分だけのものになると信じて。

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自分と矢野の中の奈々を払拭するために、矢野の本音を引き出そうとする七美だったが…。

だが、矢野から溢れてきた言葉は…。

違うんだよ、七美。
矢野の奈々さんとの正しい お別れの方法はそうじゃないんだよ…。

そして七美もまた過去とあの世にに囚われてしまった。

ずっと上手くいきそうにない恋愛が、
本当に上手くいかなかった、それだけの話である。
でも、ツラい!


本との過去を洗いざらい話してしまったことで、3日も口をきかなくなった七美。
そんな彼女の機嫌を直そうと、矢野は七美の家に花束を持参する仲直りの件について。

無造作に新聞でくるまれた その花は、
推測するに母親の丹精込めて育てていた家庭園芸の花らしい。

その裏で描かれるのは花泥棒が発覚する矢野家のコミカルな一コマ。
母親と義父が一緒になって驚いてますが、夫婦仲は悪くないように見えますが…。


家の花で花束を作ったのは急ごしらえの象徴なんでしょうけど、
実はこれ、矢野の母親への小さな反抗だったするんですかね。

その内面では母親が育てた花を乱暴に刈ることで
母を落胆させたかったのかもしれないと思ってしまった。

中学生の頃、母親の再婚から少々生活が荒れていた矢野。
ちょうどその頃に一人の女性に興味と好意をもつようになった。

矢野が女性に求めるのは絶対のモノ。
自分を裏切らない、自分だけを見てほしいという切望。

実はこれ矢野の母への封印していた思いかもしれない。
母の幸せを考えれば、再婚して精神的に経済的に余裕が出ることは喜ばしい。

ただその反面、『4巻』の作中で七美に語ったように、
「『裏切る』ってのはな 大事にしないで
 踏みにじってズタズタにして ボロボロにして 捨て去ることを言うんだ」
と語っている言葉を内心では持ち続けていたのではないか。

一見、奈々さんとの関係の中から生まれた言葉のようだが、
実は親子2人だけの生活が、再婚によって一変した時の、
矢野の心の叫びではないかとも取れる。

今度は捨てないでほしい。
いつまでも自分だけの特別でいてほしい。

だが、奈々は自分に不信を植え付けて逝ってしまった。

そして矢野の女性への執着は一段と強くなる。
それが矢野のサイコパス感の原因だろう…。