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永遠に 僕の中で 生きてくよ 『冬のはなし』

僕等がいた(15) (フラワーコミックス)
小畑 友紀(おばた ゆうき)
僕等がいた(ぼくらがいた)
第15巻評価:★★★☆(7点)
  総合評価:★★★☆(7点)
 

5年間の時を経て、再会を果たした矢野と七美。しかし、2人は別れを選ばざるを得ない。しかし、矢野には、七美との別れを選ぶ重い理由があった。心の奥で、ずっと矢野を求め続けている七美は、今の矢野をもっと知りたいと願う。七美と別れた竹内も、矢野と接するうちに、七美を応援する気持ちになっていく。まっすぐに矢野にぶつかっていく、高校時代の仲間と接するうちに、矢野にも変化が。ある日、七美の部屋を矢野が訪れて…!?

簡潔完結感想文

  • どんなことがあっても、たとえ自分が被害者でも変わらぬ竹内の友情。彼のお陰で僕等がいる。
  • 高校生の時と同じようにあの人に電話で呼び出される矢野。でも私は追いすがったりしない…。
  • 正しい さよならは正しい悲しみと正しい明日を運んでくる。ありがとうさようなら、共犯者。

ま、正しくお別れすることで 過去から解き放たれる 15巻。

これで最終『16巻』に向かって、環境が整えられてきましたね。

『14巻』の感想で私が嫌悪していた、
人の死を恋愛のスタートの合図にしている、という構図も、
その要素が完全にないわけではないが、
矢野(やの)にとって深い意義のある一つの別れとして描かれていたので納得する部分も大きかった。

中盤から矢野にばかり重い荷物を背負わせて、
風呂敷を広げ過ぎていないかと危惧していましたが、杞憂に終わりました。

あの、母が煙となって昇っていった日から、
少しずつ変調をきたした矢野の精神。

それが今回、正しいお別れをしたことで穏やかな精神で煙を見つめ、
彼を縛り付けていた過去もまた千の風になって消えた。
そして矢野が矢野自身を許せるまでに心を取り戻せたのではないか。

悲しさの中の納得、それが正しい別れのカタルシスだと思う。


盤~終盤のMVPは何といっても竹内(たけうち)くんでしょう。

竹内は、自分のプロポーズを拒否して未だ矢野を想う七美(ななみ)に対して、
「辛抱強く待ってあげてほしい」と助言までしてくれる人。
本当に強くて優しい人だ。

竹内は矢野をすくい上げるのは七美しかいないと考えている。
そういう側面は確かにあるだろう。

だが、矢野と七美のカップルをすくい上げることが出来るのは、竹内しかいない。
そこは、わずか数か月間 矢野と学校生活をしただけの千見寺(せんげんじ)には入れない領域。

その領域に、自分が傷つきながらも留まり続け、
2人のためにずっと見守ってきた竹内。

竹内がいたから「僕等がいた」。

ことあるごとに2人は彼に感謝しなければならない。
そんな日が来るのも近い、はず…。


でも中学1,2年(推定)の頃の竹内が矢野に「幼なじみ」って言ってるけど、
知り合ったの小6からですよね…。

あと、起きたことをほぼ全て描いてしまってある七美と違って、
友情は後出しで追加できるから便利だね、と意地悪な意見を言ってみる。


方、そんな疎外感を覚える千見寺は、
苛立ちを感じていることもあり、矢野に辛辣な言葉を投げつける。

『14巻』の感想文で、誰か七美を引っぱたいてくれないか、と書きましたが、
今回、千見寺が矢野を精神的に引っぱたいてくれましたね。

俺はこういう人間だ、と独自の理論を構築して開き直る矢野に対して、
千見寺はその裏に隠された彼の弱い心を見透かす。

この場面、千見寺の繰り広げる矢野の性格分析は ほとんどが正解だろう。

長くなるので引用はしませんが、矢野が愛することに憶病になっている、
七美から逃げ続けていると指摘する千見寺。

図星を突かれた矢野の反応は、

「もうオレの前に …現れるな」。

ダサっ。
究極にダサいぜ、矢野。

でも、そんなところが彼の弱さなんだろうなぁ。


して矢野の醜態は続く。
酒に溺れないと、本音を語ることも、
自分の大事な「溺れている人」の前に現れることすら出来ない男・矢野。

彼が七美の部屋を訪れたのは、東京にも雪が降る夜。

玄関先で踵を返す矢野を追いかけた七美の手の中には、
彼に会うために買い続けていた たいやき。

それを食すために、公園のベンチに並ぶ2人。

雪の日、並んで座る2人は、まるで北海道で、高校生だった、あの頃の僕等のようである。

その手には 肉まん じゃないけど、幸せを象徴する温かさがある。
一度冷めてしまった物を七美が温めなおして追いかけて来た、という点もミソですかね。
…って、矢野は たいやきは食べるんですね。

向かい合う2人の間に何かが変わりそうな予感が漂う中で、震えるのは矢野の携帯電話。

それは矢野が今 一緒に暮らす山本(やまもと)からの呼び出し。

かつてデートを山本からの電話でぶち壊された高校生の頃。

でも今回の呼び出しに際して、七美は何も言わない。
何も言わずに彼を送り出す。

10代の彼らが最後に会話をした、あのホームの頃と同じ気持ちで。

そうやって、いつも黙って送り出す七美に矢野は振り返り、声を掛ける。

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七美の言葉が矢野の心に雪のように降り積もる。矢野にとって雪は幸せの象徴。

矢野と出会えたことで強くなれた七美と、
七美と出会うことで、より臆病になっていった矢野。

離れた間に矢野に起こった数々の出来事が、それを加速させた。

ここにきて矢野のパニック障害が再発の兆しを見せるのは、
山本に対する自分の役割が終わることへの不安、
そして七美と向き合うことの不安などが原因だろうか。


こんな名場面にケチをつけるのは性格の悪い人だけだと思いますが、
とっても意地悪な見方をすれば、
七美って、ただそこにいるだけで絶賛されるから良い身分ですよね。

いつの時も追いすがらないのは彼女の強さ、
かもしれないが、この立ち位置こそ本書における彼女のヒロイン像な気がしてならない。

竹内に関しても、いつも彼の方から手を差し伸べてくれる。
たとえ、七美が彼の気持ちを おろそかにしても。

また空白の5年間も、七美が矢野を懸命に探している描写が無いので、
本当に探したのか、八方 手を尽くしたのか、疑ってしまう(性格悪い)。

なぜ山本や、功太郎(矢野と千見寺の同級生)には出来た
矢野への足掛かりを探すことを、七美には出来なかったのかが疑問として残る。

『15巻』でも矢野に会いに行く下手な言い訳ばかりを考えてはいるが、結局 実行に移さない。
周囲が そんな彼女に対してお膳立てをするか、
矢野本人が会いに来るかで、やっと話が進んでいく。

結局、七美って恋愛において何にもしてないのでは?という無粋な邪推ばかり浮かんでしまう。
なぜなら性格が悪いから。


本が矢野を呼び出した理由は、
脳梗塞により、長らく昏睡状態になっていた母親の命の日が消えかけていたから。

発症時はともかく、容体に変化がなかった この頃は、
病床の、意識のない母に対しても一定の距離感で接していた山本が、
医師から母の限界を告げられて、急に死が現実になる様子がリアルですね。

矢野はある意味で「おくりびと」だったんでしょうね。
(映画の本来の意味とは違うでしょうが)

今日の日のために彼は数年間を費やしたといっても過言ではない、はず。
言い方は本当に最低だが、その死を待っていたという側面もあるだろう。

動転しながらも、最期の時でも自分の愛憎に囚われている山本が、
しっかりと別れることが出来るように、憎まれ役も買って出る。
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予期できる死は、周囲の者に準備の時間を与える。明日も生きる周囲の者たちに。
<それにより山本の歪んだ親子関係も、山本自身の心も昇華されていく。

そういえば矢野は、長女の死後、外に愛人を作り、家に寄り付かなくなった父親と山本の関係にも世話を焼いている。
母親は奈々の死後、どんどん歪んでいったが、父親もまた違う形で現実から逃げていた大人だろう。
本書の掟に従えば、彼の余命もそう多くはないかもしれない…。

そしてその一連の別れの儀式は、亡き恋人・奈々(なな)と母の2回も出来なかった矢野自身の後悔も昇華していく。
ましてや山本の母は、奈々の母でもあるのだから。

矢野にとって三度目の正直となった この出来事。

1つ目の死、奈々の死は突然 電話で聞かされた。
2つ目の死、病の母親の死は朝起きたら眼前にあった。
3つ目の死、山本の母の死は家族の中に囲まれ、大事な人に迎えられ、
悲しみの中にも満たされるものがあった。

こうして矢野は初めて人と正しく別れることが出来た。
矢野にとって しっかりと死と向き合うことは、
新しく生きることなのかもしれません。


山本の母との別れは、山本との別れでもあった。

山本の母の死は大袈裟に言えば、2人に世界の見方を変えた。
依存してきたもの、拘ってきたもの、間違っていたもの、全てを消化していった。

あの山本が、あんなに執着していた矢野との別れの場面で、
「ありがとう!!」と叫んでいることに胸を打たれる。

ここにもまた、正しい別れがあるのです。


この巻の七美は魚顔ですね。
どんどん目が離れていってる気がする。

あとやっぱり、誰も彼もが顔が幼くなっている気がする。
矢野に関しては、生気が戻ってきた感じで逆に好印象なんですが。