小畑 友紀(おばた ゆうき)
僕等がいた(ぼくらがいた)
第11巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★☆(7点)
上京した矢野(やの)は七美(ななみ)との距離を感じながら、バイトに明け暮れていた。ある日、母親の病気が判明し、治療費で苦しくなっていく家計に、受験勉強どころではなくなってしまう。心配させないために、七美には言わずに看病を続ける矢野。そんな矢野に思いを寄せる千見寺(せんげんじ)が手を差し伸べるのだが…。
簡潔完結感想文
- 矢野 高校生編完結。負の連鎖を断ち切ろうとした彼の負の連鎖。ポロリもあるよ。
- 矢野 年表はまだ埋まってないが場面転換。あの夏から5年後、今一緒にいる人は…。
- 作中で迎える2つの誕生日。新しい自分、新しい関係が生まれるはずなのだが…。
抱える荷物が余りにも重くて 投げ出したくなる 11巻。
人が少しずつ追い込まれていく 重く濃密な内容を受け止めきれなくて、
どこまで読んだか確認するとまだ1話分も読んでないことに驚いた。
序盤の高校生カップルの可愛らしいとの落差が凄い。
ゲームならぬ 漫画バランスが崩壊していると思う。
作者の未完の(2020年現在)次作では『11巻』のようなテーマを真正面から描いているらしいが、
作者も読者も、重いテーマと接するのは かなりの精神力が必要になりそうだ。
東京に来てたった数か月。
いつの間にか母の闘病生活を支えるヤングケアラーとなっていた矢野(やの)。
矢野は主治医から母の病気のことを聞き、
そして自分でも書籍を手に取り病気のことを調べている。
だから5年生存率の低さなど厳しい現実も認識済み。
けれど母の前では極力 明るく振る舞い、前向きな言葉を掛ける矢野。
しかし そんな言葉を掛けても母は無気力で、好きだった家庭園芸にも興味を失っていた…。
階下の住人とのトラブルもあり、
北海道から連れてきた犬・ララ美も千見寺の家に預けることになった矢野。
そこで一つハプニングが発生。
ララ美が千見寺家の犬・キキに羽交い絞めにされ粗相をしてしまった!
…のではなく、そんなキキをたしなめる千見寺の服がキキの足によりめくれ、
胸部が露出してしまうのだ。
それをしっかりと目撃し、平然を装う矢野だったが、
一人になったら「生乳(なまちち)見んの久し振りっ」と感慨に浸っていた。
下品な話題は続き、
バイト先でバイト仲間と生乳について語る矢野。
「今まで頑なに守ってきたものを一瞬で吹き飛ばす威力がある」
「でも実際おっぱい出して誘われたら断れねーだろ」
という会話をしている矢野。
ここに心と体の反応、理性と本能の違い、と男性特有の悩みがあるらしい。
どうも作者の下ネタは品がなくて嫌いだ。
生乳を見た場面で矢野が「高橋とやり損ねたのも1年以上前だし」と独白してるのだが、
男性の感情としては正直なんだろうけど、言葉がストレート過ぎる。
まぁ、作者の年齢を知った今となっては、
下ネタを描くのに躊躇する年齢ではないから表現に恥じらいがないなのかな、と思う(セクハラかな…?)。
が、少女漫画として守ってもらいたい品位はある。
…と、眉をひそめていたが、
この話は多分、意外なところに繋がる伏線のようだ。
自宅で療養する母の前に現れたのが、矢野の母の大学の同級生で、
矢野の生物学上の父親の妻でもある美智子(みちこ)だった。
(矢野母が大学に行っていたことが意外である)
彼女は矢野の姿を見て固まる。
その姿が在りし日の夫の姿にあまりにも似ていたから。
そこで彼女は矢野母に、将来的に矢野を貰い受ける話を提案するのだが…。
外で話を聞いていた矢野が、
美智子の帰宅後、努めて明るく母を慰めた時、
漏れてきたのは紛れもない母の本音。
やはり彼女は矢野の父親しか見ていなかった。
そして矢野は母の孤独や寂しさを慰撫する道具でしかなかった。
これは矢野にとって手酷い言葉である。
母が義父と結婚した時も同じだったと思われるが、
この時の絶望は計り知れない。
高校生の自分が、恋人と別れてまで一番近くで無計画な母親を支えてきたのに。
今、必死に倒れてしまわないように自分で自分を律してながら支えているのに、
母は息子を少しも見ていなかったのだ…。
崩壊の序曲はここから始まっていたのだろう。
さて、ここで くだんの生乳(なまちち)である。
生乳を見た矢野の反応、
これが矢野の母と父の話、彼らの関係性にも繋がると考えられる。
男性にとって目前の女性の肉体は何よりも勝るらしい。
そこに恋や愛の感情がなくても、
恋人や妻がいるなどの多少なりの障害があろうとも、
(全男性とは言わないが)肉体は本能に従って動いてしまう場合もある。
ましてや矢野は父親そっくりなのだ。
彼の受けた情動は、そのまま父親に当てはめてもいいだろう。
(矢野の独自性を軽んじているようでなんだが…)
ちなみに あれ以来 矢野は千見寺を見ると気持ちがフニャフニャになってしまうらしい。
そんな彼の態度は、千見寺に以前より優しくなった、受け入れてくれる、と勘違いさせるのであった。
何だか男女の間にある深い溝を見せつけられた気になります。
また、同じく矢野を想い続ける山本(やまもと)と深く呼応するのが、
矢野の父をずっと想い続けてきた矢野母の言葉だろう。
「あの人に受け入れられたわけじゃない」
「あの人にしてみれば(数回の)きまぐれ」
「あの人にとって私は ただの妻(姉)の冴えない友人(妹)」
春休みにも、東京の矢野宅を訪れ、そしてあわよくば泊り込もうとしていた山本(『10巻』)。
彼女は一度 矢野が受け入れてくれたという事実と自信がある。
山本もまた、ある程度の年齢になったら、
矢野の子を宿す、という大望を持ち始めているかもしれない…。
いや山本にしてみれば、それがあの春休みの日であっても構わなかったのかもしれない。
かつての友人の訪問後、矢野母は少しずつ変質していく。
美智子に息子を奪われる焦燥感を覚え、無理な治療を切望したり、
反対に美智子の来訪を恐れ、家から離れるのを嫌がり、通院や治療の拒否を口にし始める。
かねてからの無気力に加えて、
執着心ばかりが育っていく母の心は、少しずつバランスを崩していく…。
一方で、息子の矢野の方は意思を固く持ち、
縁組の話を断り、そして母親の味方でいると明言しているのに。
子の心、親知らず ですね。
母は これまでも矢野という存在に固執してきた人生だったが、
今以上に矢野に重い荷物を背負わせていく。
それこそ、彼には抱えられないぐらいに…。
この一連の騒動によって母が母の人生に自分を縛り付けようとしていることを明確に意識した矢野。
そして思い返してみると、自分も同じように彼女(たち)を縛り付けることばかりしていた。
自己評価の低い矢野がまた自己嫌悪に陥りそうな負の連鎖を自覚する。
矢野は絶望の真っただ中で更なる絶望を見つけてしまったのかもしれない…。
同居するのは母親でも闘病中の人ではなく、心が壊れた人に成り代わってしまった。
そして母子の限界が近づく。
迎えた18回目の矢野の誕生日。
七美に祝福され、会いたい気持ちが募る矢野。
電話越しの、しかし確実に同じ光景を見ているキスはロマンチックだ。
でも、目を開けると、そこには ただ闇が広がっているという事実。
帰宅した18歳になりたての矢野は、
郵送された七美からの誕生日プレゼントを受け取り、
頭に思い描いた光景を現実にすべく、
飛行機のチケットを取り、北海道域を決意する。
置いて行かれることに困惑する母に、
矢野は初めて母を否定する。
それも全否定。
「あの男」のことだけを求め続けた人生と、
それに巻き込まれた結果の自分の人生、そこへの苛立ち。
そして訪れるカタストロフ。
矢野にしてみれば、18歳になって、新しい自分の生き方を貫く所信表明だったのかもしれない。
折れそうな心を彼女に手入れしてもらい真っ直ぐに生きるために必要な行為だったかもしれない。
未必の故意や、誘導ではない。
こんな結果を予測したわけじゃない。
3日ぐらい距離を置いたうえで冷静なり、新しい親子関係を構築するつもりだったのだろう。
その証拠に竹内の前に現れた19歳前後(?)の矢野は罪の意識を負っている。
だからこそ、悲しいのだ。
母が天に昇っていき、矢野もまた煙のように消えていく…。
回想は終わり、現実が続く。
また少し時が進んで、七美は大学を卒業し 出版社に入社して半年になった。
20代の千見寺(せんげんじ)は久しぶりだけど、
初登場時の彼女とは見方がすっかり変わっている。
なんといっても彼女には安心マークが付いている。
七美の不吉な予言とは違って、矢野の予言は当たるようで、
七美と千見寺は良き友になっているようだ。
そんな中、現在 七美と交際している同郷の竹内(たけうち)が指輪を購入。
同居もしていないし、何もしていないけれど、形から入るタイプなのが竹内くん。
しかしエリートとはいえ入社後半年でよくお金ありますね。
でも考えてみれば彼らは まだ22-3の男女である。
高校時代からすれば十分に時間は経過したが、世間的には早すぎるだろう。
せめて結婚の話はもう2,3年後でいいと思うが、
そうなると矢野の登場が遅すぎて物語に無理が出てしまうのか。
いつまでも七美が矢野の幻影を追っていては、
今度は七美が矢野母みたいに メンヘラ女と思われかねませんもんね…。
矢野の登場前に婚約イベントを終わらせる必要があったのだろう。
今巻も気になるところで終わっている。商売上手。
物語が現代パートに戻ってきてしまったのは残念ですね。
てっきり高校時代から始まって、矢野の空白の時間を全て埋めてくれると思ったので。
そして、正直申し上げると私は現在の竹内との恋愛パートにそんなに興味がない。
少女漫画において、噛ませ犬の竹内くんの恋愛が上手くいくわけがない、
と冷めた視点で見ている部分もある。
『11巻』はこれまで以上に名言が散りばめられている印象。
まぁちょっと 作者の人生哲学などの押しつけがましさ、説教くささも感じますが。