《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

この人を好きになれるかも始恋(しれん)、でも未熟で足りなかった終恋(しゅうれん)。

君に届け 23 (マーガレットコミックス)
椎名 軽穂(しいな かるほ)
君に届け(きみにとどけ)
第23巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★★(8点)
 

ケントと同じ札幌の大学に決めていたあやね。しかし東京の大学に進学したいという気持ちもあって――…。ケントとの関係と、自分が進むべき未来とで葛藤するあやねは、ついに…?

簡潔完結感想文

  • 同じ未来を見ていないと気づいてしまった健人と矢野ちんは…。
  • 健人の物理的接近と、矢野ちんの心理的な拒絶。若さゆえの過ちか。
  • 正しいお別れのススメ。自分を美化しない、卑下しない、覚えてる。

表紙カバーの「そで」で作者も言っている通り「あやね巻」の23巻。

23巻の表紙は、見た時点でこいつら別れるなっていうネタバレですよね。
いつもならサブキャラの別れ話に1巻丸々使うってありえないんですけどー、と脇役の恋愛嫌いな私は思うけれど、今回はそのガッカリ感以上に全編にわたって緊張感がある。
多分、本書で「お別れ」が扱われるのはこの一例だけだと思われる。これもまた青春の一ページ。
それにお別れをこんなに克明に描く少女漫画も少ないので、終わる恋愛(それ以前のお話ではあるが)も読んでおいても損はない。
交際相手と綺麗にお別れしたい人はこのお話を参考にしましょう。


これまで私が危惧してきたような事を身をもって知った矢野ちん。
それも自分の身体の反応と、それを見抜いた健人の指摘で彼を不用意に傷つけてしまったことを初めて自覚する。
矢野ちんを押し倒した健人の行動は焦りからの行動でもあったのかな。
余裕のある健人ならもっとムードを作って、こんな乱暴な事はしない、と思いたい。
まさか健人が矢野に部屋に誘われた、親がいないと確認できた、それ即ちOKサインなどと思ったわけじゃなかろう。
肉体的な意味では未遂とはいえ加害者と被害者の構図なのに、健人の気持ちを矢野ちんの冗談として扱ってからその構図は逆転する。
身を引き裂かれるような痛みを覚えるのは健人の方。
自分の本気も、一緒にいる未来も、願いも矢野には届いてなかったのだ。


その前の場面では初めて部屋に入れたことを無邪気に喜び、自分が渡したホワイトデーの飴のビンが飾られている事を素直に喜んでいた健人。
その一方で、たった一個のピンから渡されたのど飴は封も切らずに置かれている事を見つけてしまう読者。
ごめんよ、健人。もうこの時点で君の敗戦は決まっていたんだよ…。


そういえば何かと矢野ちんと出くわす神の如き教師・ピン。
今回も人に対して自分に対して不誠実だったと落ち込む矢野ちんに名言をたくさん残していったけど、手に持ってる自分の傘を矢野に渡す、という選択肢はなかったのかな?
自分はビニール袋で帰宅するなり、学校帰るなりすればよかったのでは…?
矢野ちんの気持ち的には、雨を浴びるだけ浴びたい心境だろうけど。

厳しくも優しいピンの言葉。生徒たちの成長を促す言葉。
矢野ちんの自己評価の低さは何でしょうね。
これまで一度も全力で生きてきた経験がないという負い目でしょうか。
これも小器用な人が陥りそうな罠ですね。
もしかしたら風早が父親に指摘される事に近いかもしれませんね。


矢野ちんとの仲がこじれてしまったある日の放課後、文化祭の事を話し合う吉田・爽子・健人の3人。
しかし矢野の話になり、その口調がどんどん投げやりになっていく健人。
そんな場面で爽子が健人のこと師匠じゃなくて三浦くんと呼ぶ場面は爽子の怒りや苛立ちが表れてていいですね。
自分を卑下し続けることも、あやねを責めるような口調も爽子には我慢ならなかったのだろう。
たった一言が、顔を張り倒されるぐらいの精神的衝撃を生むこともあります(前述の矢野ちんの失敗含め)。

そうなってみて初めて言及することだろうけれど、健人の方にも矢野の拒絶の予感があったんですね。
常に健人の側の肩でバックを持ち身を守り続けるなんて、確かに警戒心が強すぎる。
そして矢野ちんの行動全般に言えますが、そういう無意識が一番傷つきます。

またも登場するケントガールズだが、矢野との関係悪化で健人も愛想を振りまかない。
まさか健人の余裕のなさの表現としてだけガールズは存在するのかな。
最終巻までこの子たちが登場するか見ものです。群れてないと識別できませんが…。


健人は本当に損な役回りですよね。
というのも誰もが彼もまた爽子たちと同じ学年の17,8歳の男の子だということを忘れてしまいがちだから。
最初から恋愛マスターのように登場したり、爽子の「師匠」になったり、何だか勝手に高いところに健人を配置してしまっている。
だから矢野ちんのことも大事にしてくれるとは思っていた。
けれど段々と、(健人側の無意識であっても)矢野ちんの未来まで縛るような人だと分かった時には幻滅がより大きかった。
誰かに固執するってことが健人から最も遠いことだと勝手に思っていた。
私もまた健人の本気を本気と考えてなかった一人です。ごめんね。
以上、私から健人へのお別れの言葉です。


健人と別れの儀式を終えた直後からツッコミが冴える矢野ちん。
「彼女」の仮面を取って、本来の自分に戻ったという所でしょうか。

健人は汚名返上というか、健人の良さを最後に出してくれましたね。
お別れの時にはなってしまったけど、お互いに素のままの自分が出せたのではないでしょうか。
この一つの恋愛を「覚えてるんだよ」ってのは良い言葉だなぁ。
でも、ほら、女性って上書き保存とかいうじゃない。
覚えてるとややこしい事も出てくるじゃない。比べちゃったりさ…。

たとえ次巻から漫画に登場しなくなっても俺のこと覚えてるんだよ…。