《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

海は広いな大きいな 俺はダメだな小さいな 屋根は上るし ヒューマニズム

俺物語!! 9 (マーガレットコミックスDIGITAL)
作画/アルコ 原作/河原 和音(かわはら かずね)
俺物語!!(おれものがたり)
第9巻評価:★★★(6点)
  総合評価:★★★★☆(9点)
 

高2の夏休みが到来し、大和はケーキ屋さんでのバイトを始めることに。そこで出会ったイケメンパティシエの一之瀬さんは、ちょっと思いこみが激しい性格!? 大和の素直な言動で「俺のこと好きなのか」と勘違い! さらに「凛子」と呼び捨てまで…。ライバル出現で猛男は!?

簡潔完結感想文

  • 波打ち際の猛男。海との比較でなくても今回の猛男は小さくなってる。
  • 修羅場。猛男に対して別れてくれ、と言える一之瀬も器が大きいかも。
  • ライバル宣言。自分の迷いを振り切った猛男。現代のロミジュリキス。

猛男が海に行って、海に行って、プール行って、海に行く9巻。

恋人に好意を持って近づいてくる異性の存在に悩むというのは少女漫画のお決まりの展開。
ならば本書では大和がその役割を担うんだな、と思っていた。

実際『3巻』で嫉妬や独占欲にさいなまれてはいた。
が、作者は同じ題材を二度繰り返すような発想の乏しい人ではない。
「俺!!」っぽいダイナミックさはないけれど、猛男の内面がよくわかる展開だ。

今回、大和のバイト先で大和に馴れ馴れしく呼び捨てで近づいてくるパティシエ・一之瀬はの姿を目撃し精神的ダメージを受けるのは猛男だった。
まさか見た目以上に弱いとは…。
海で体育座りしてる猛男なんて考えられなかったが、人を正誤どちらにも変えるのが恋なのかもしれない。

女子校の大和にとって一番近くにいるのは自分という自信が消失し、猛男史上最弱の俺!

ただ悩むのが猛男であるから、その悩みは嫉妬などの暗い感情ではない。
そんな発想は猛男にはないので考えてしまうのは、大和にはもっと相応しい人がいるのではという疑問、そして自分の不甲斐なさ。猛男は決して一之瀬を悪く思ったりしない。
彼に生じるのは自信のなさからくる内罰的な感情だ。

そういう猛男の性格の理解を手助けする猛男と犬の昔話の挿入の仕方、場面が実に効果的だ。
たとえ大和が離れていっても「よかったな」と言えてしまうのが猛男なのだ。


恋人が男から「凛子」と呼ばれたのを目撃しただけでこの葛藤である。
その後、猛男が店頭でケーキを買った際、一之瀬は猛男が大和の彼氏という事を知る。

そして変人の彼の中で出来上がったストーリーに基づいて、凛子に相応しいのは自分のような人間で、猛男ではない事を一方的に宣告してくる。
すると猛男はどうなるか。自分さえいなければ、という究極的な滅私まで到達する。

それは自分よりも他者を優先する利他的な猛男の絶対的な美点ではあるのだが、自分の大切な物でさえ執着せず二の次にしてしまう猛男は危うい。
それに結構ウジウジと物を考えるタイプみたいだ。
だが大和の女友達の言葉に問題の出口を見出し、一之瀬に対等に向き合ってから、大和の元に走る猛男。
窓越しにキスをする姿はまるでロミオとジュリエットのようにロマンチック、または家宅侵入の途中のように犯罪的だ。

壁ドンは軟弱なヒーローにも出来るが、屋根クラ(屋根クライミング)は猛男だけ。

思い込みが激しいとはいえ一之瀬も真っ向から猛男に勝負を挑んでいる事が凄い。
普通、好きな人の相手があの大型種の猛男だって分かった時点で怖気づいてしまう。

が、彼は猛男に自分の(一方的な)要望をきちんと伝えている。
あの猛男が自分と比較してしまうほどの才能と努力を持っているし、大和に対して下心だけで近づいているのでもない。
その辺は芸術家気質で、発想の源泉として彼女を敬愛しているように思える。

今回、構造として面白いのは大和が全く一之瀬の好意に気が付いていない点だ。
これは男二人の大和を巡る争いで、男同士だからこそ猛男は一之瀬に近づくなという牽制は出来ない。
プライドや沽券の問題だ。

大和が一ノ瀬の好意に気が付いていればまた別なのだろうが、飽くまでパティシエの協力者としての大和の行動まで猛男は制限出来ないのだ。
その辺の心理的なせめぎ合いや、精神的な負荷も猛男を悩ます要素の一つだ。

夏とか陽射しとか海とか好きそうに見えないけど砂川は毎回付き合ってくれている。砂川にとっても恋に弱る猛男は想定外で寄り添ってあげているのだろうか。彼らの高2の夏は海の思い出ばかりだろう。男2人の…。


「俺物語 番外編」…
猛男小学2年生の話。誤認のいたずらによって、自分の宿題プリントではなく砂川のを学校の机に隠されたことを知った猛男。
砂川に届けるべく猛男は夜の校舎に向かう…。

子供の猛男はガサツだし汚いし、考えが足りないんだけど、間違ったことは一つもしてない。
宿題はしてこないけど。人に頼られてるし人を助けてようとしている。
小学生の頃のある日の出来事で特別な大事件ではないんだけれど、きっちりと今の猛男に繋がる物語の作り方が上手い。
ちらりと大和も登場。
そして猛男に関して抜群の記憶力を持つ砂川にとっても「ときめく」思い出となっているという構造も素晴らしい。