柳井 わかな(やない わかな)
シンデレラ クロゼット
第03巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★★(8点)
俺は、はるかが好き――…お前本当に、あいつが好きなの? 女装男子・光のおしゃれ指導のおかげで、春香は、少しずつ自分に自信が出てくる。黒滝にもう一度、告白したいけど…? 一方、光は、春香への恋心が大きくなっていく。自分の気持ちを押し殺し、「女友達」として春香の恋を応援する光だけど、黒滝と本音でぶつかる時が訪れて!? 恋が大きく動く、第3巻!
簡潔完結感想文
- はるか の女友達ではなく、彼女に恋する男として見ても黒滝は合格ライン。
- 3巻経っても伝わらない光の片想いを、後発キャラは出会って2話で見抜く。
- 新キャラで誘発される二方向嫉妬。その感情は はるか の二股ってこと!?
恋人が出来た直後でも、もう一人をキープし続ける女ヒーロー、の 3巻。
ヒロイン・はるか のことは基本的に好きだけど、正直この頃から無自覚鈍感ヒロイン過ぎて苛々してくる。少女漫画は女性がやることは許されるが、同じことを男性がやることは許されないという、非対称性が目に余る時があるが本書でも それが始まっている。はるか は恋人に近づく異性は気になるが、自分の異性との接触は気にしない典型的ヒロインに成り果てている。いや、これが光の切なさや健気さを際立たせるのに必要なのは分かる。しかも はるか は ずっと自分に自信を持つ努力をしていることが描かれ続けている。だから嫌いにはならないのだけど、罪は深くなる一方に思う。
例えば『3巻』で恋人となった黒滝(くろたき)が自宅に女性を呼んで2人きりになったと知ったら はるか は悲しむだろう。泣くかもしれないし、彼を信じられなくなるかもしれない。でも、それと同じことを はるか はしている。光(ひかる)との間にあるのは友情だと妄信して、交際後も光を自宅に呼ぶ。はるか の中では緊急事態だったし、光も緊急事態だから自分の設定したラインを はみ出して彼女を助けたのだろう。けど逆の立場だったら どう思うか、ということを考えられない時点で はるか は配慮に欠ける。作品は黒滝のデリカシーの無さを ちょこちょこ挿んでいるが、はるか の行動は天然として片づけられているのが気になるところ。
はるか は黒滝の恋人になりながら、同時に光との一生の付き合いを望んでいる。これ性別を逆にしたら本命がいながら もう一人の異性を常にキープしている軽薄男でしかない。はるか が悪質なホストに見えてくる。少女漫画は男性ヒーローの女性の親友なんて絶対許さないのに、その逆は簡単に許容される。当て馬だって振った相手だってヒロインは永遠に失わないのが少女漫画世界である。相手に厳しく、自分に甘い、作品が そういう状況になっているのは嫌だった。


『3巻』から新キャラが登場するが、後発キャラが周囲の人間関係を一瞬で把握する展開の早さに笑ってしまった。特に はるか は驚くほど鈍感なのに、彼女以外の周囲は光の恋心に気づいているという状況は もはやコメディに近い。白泉社作品かと思う わざとらしさである。
後発キャラでYouTuberのミオリンが手っ取り早く全員と仲良くなるために彼女の強引な性格が利用される。さっさと はるか と友情を築くことで、それを足掛かりに光と出掛けることを画策する。黒滝と交際して、もう2人きりで会うことを控える光は、黒滝かミオリンか第三者を交えての交流なら可能。黒滝が一緒だと光のプライドが傷つくので、ミオリンというキャラが必要だったのだろう。
そしてミオリンに盛りだくさんの設定を与えることで、はるか の意識に様々な変化を与えている。作品内のミオリンの位置づけも分かるし、最小限の人数で複雑な人間関係を浮かび上がらせることにも成功している。ただミオリンは便利すぎて、設定と偶然のモンスターのように見えてしまった。YouTuberという設定も作品が私の想像より少し華やぎ過ぎてしまった印象を受ける。その辺は はるか のシンデレラ物語だから仕方ないのだろうか。
何よりミオリンが登場したことで恋愛の結末が完全に見えてしまった。黒滝の受け皿なのね、と分かると今までの三角関係も急にドキドキしなくなってしまった。黒滝を悪者になることを回避するために、はるか が無自覚に浮気状態になっていることが残念である。
はるか は黒滝と毎晩 電話をするような仲となるが、付き合ってはいない。はるか は現状が楽しいし、黒滝は そのバイタリティで新しいことに着手している様子。中途半端な状態が嫌いであろう光だが、もう はるか のしたいようにさせる。これは彼女の恋を応援すると決めたからなのだが、ストレスから喫煙量が増えている。
その光は、光一(こういち)という別人格で はるか に隠れて黒滝と密会。黒滝のコネの古着屋の写真撮影でヘアメイクとして呼ばれた。だが黒滝は はるか も この場に呼んでおり、はるか によって光の一人二役が発覚する。こうして「光」が初めて黒滝に男性として認識され、光は男から見ても黒滝が はるか の彼氏として合格であると伝えて去る。
はるか は黒滝が騙されたことで光に対しての心証を悪くしないようにフォローするが、黒滝には その言葉の中に はるか の光への全幅の信頼を感じ、はるか の言葉で光(光一)がグラついて、はるか を好きなのではないかと推測する。
だから後日、はるか との交際の意思が固まった時に、光に連絡し、光の心情を考えなかったこと、そして これから光が傷つくことを予告する。天然なところのある黒滝だが、基本的なデリカシーや推理力は ちゃんとある。黒滝の そういう部分を光も ちゃんと理解しているから、男性として はるか の王子として黒滝を認めたのだ。
はるか は自分の評判を心配して光が嘘をついたと思い、自分で施したメイクで光の前に立つ。そうして自立した自分を見せることで光の心配を軽減させようという はるか の気遣いだった。そして自分の足で歩けることを示すために、『1巻』で自分で選んだ靴で黒滝に告白しに行くことを宣言する。
メイクは光から見れば まだまだ。だから はるか を一番 良い状態で黒滝の前に立てるよう、光は最後のメイクをする。その作業中 光は、黒滝が光と光一を別人だと考えれば自分は はるか の女友達として近くに居られると考えていたことを自白する。ただ はるか は そんなこと心配していなかった。光との友情は どんな場合も壊れない。そう信じられる。考え方の器の大きいところが はるか と黒滝の似ているところだろう。
はるか の告白の前に黒滝から提案され、2人は交際することになる。黒滝は付き合ったから態度を変えるとかもなく、はるか のペースに合わせた交際をしてくれる。光の恋心に無自覚な はるか は交際の様子を光に報告する。この時の光の一人称は俺ではなく あたし。そうして女友達として はるか に寄り添う決意なのだろう。願うのは はるか の幸せだけ。
光の声が少し暗いことだけは察した はるか は、光の気晴らしになるかとメイク動画などを配信するYouTuber・ミオリンのイベントに光を誘う。光は、黒滝と一緒なら、という条件を付けて承諾。これが光の設ける、黒滝を裏切らない一線なのだろう。けれど黒滝は、はるか が光と会うことに対して寛容。そして それが光にとって屈辱的な位置づけということに黒滝は気付かないぐらいにはデリカシーがない。自分にも はるか にもナメた態度だと光は怒りを見せる。
YouTuber・ミオリンは黒滝の知り合い。どこまで顔が広いのかと思いきや、高校の同級生で元カノ。ミオリンこと美央(みお)が黒滝を楽屋に招待したことで はるか はキャパオーバーになるが、黒滝は ちゃんと自分を彼女だと紹介してくれて安堵する。
ミオリンが黒滝を呼んだのは未練ではなく、高校1年生の交際時に ちゃんと彼と向き合えなかったから。当時のミオリンはブスで陰キャという自己認識で、黒滝は当時から人気者。そんな彼と付き合っていくことに自信がなくなり転校を理由にして別れを告げた。そんな自信のない自分を変えるためにメイク動画をアップして、過去の自分を、そして自分と同じ境遇の人に自信を与えられる存在になりたかった。ミオリンもまた光と同じように魔法使いとして自信を育む存在なのだろう。
ミオリンは黒滝と別れた経緯や心情を動画にしていた。その無許可の行為を謝罪するためにも黒滝に会う必要があったからだった。
謝罪が一通り済んでからミオリンは はるか たちにも話題を振る。そこで はるか が光を男性と最初から紹介したことでミオリンは光に興味津々。ここで光のことを男性だと知らせるのは後発キャラであるミオリンに全ての事情を さっさと理解してもらうためでもあるのだろう。初期メンである黒滝とは訳が違う。
ミオリンは光の素材の良さに惹かれ、カップル動画を目的とした交際を持ち掛ける。だが光は断固拒否。それは光に好きな人がいるから。こうして はるか は間接的に光が誰かに恋をしていることを知る。そして その想いがミオリンからのアプローチで少しも揺るがないほど強いことも知る。


ミオリンと買い物をすることになった はるか は実は人懐っこい人だから友人の存在は嬉しい。それにミオリンは黒滝が選んだ人。その人が悪い人ではないと信じられる はるか は、それだけ黒滝が好きなのだろう。はるか の愛情が深いことは黒滝にも伝わる。
でも はるか は光に好きな人がいると知って、その相手に嫉妬すると発言。黒滝という彼氏がいるのに、光にも独占欲を見せる恐るべき女。これ、はるか が男性だったら、どの女性にも粉をかけるチャラ男でしかない。はるか も鈍感モテモテヒロインの典型になりつつある。
これまたミオリンに情報を共有させるために、ミオリンは光の恋の相手を さっさと察する。光は容姿の面ではなく、性格的な面で まぶしすぎる はるか と黒滝を前にして諦めの方が先に来ている状態。ただ そういう諦めは後悔するとミオリンは忠告する。
買い物の帰りは黒滝が車で荷物を運ぶ。その際の黒滝とミオリンの会話で はるか は黒滝の異変を感じ取る。そのことを自分の中で溜め込もうとする はるか だったが、光に話すと胸のつかえが取れた。
この時、黒滝はミオリンが自分との恋愛を語った動画を見て、当時の彼女が何を考えていたのかを知り、そのことに少しも気づいてなかった自分の無神経さに呆れていた。だから黒滝は時を経てミオリンに謝罪する。この教訓で黒滝が成長するのだろうか。
黒滝と自宅デートをすることになり、話の流れで手料理を振る舞うことになった はるか は、今度は料理のスキルを光に教えてもらうことになる。はるか が自宅デートを希望したのは、その先の流れを期待してのこと。手料理を振るまい、性行為に至れば、ミオリン出現で噴き出した不安が消えると思ってのこと。ただ光に言わせれば それは自分の安売り。辛口コメントを受けて はるか は反省するが、光は優しいので最後まで面倒を見る。そして はるか の手料理を最初に食べるのは光。そうやって光は黒滝を先行している。
はるか が不安になったのは、ミオリンの黒滝との別れの経緯の動画を見て、自分に共感できることが多かったから。黒滝は優しいが自分を そんなに好きじゃない、それが はるか の冷静な分析。だから今度は自分が頑張る番。背伸びした恋愛に委縮するのではなく、背伸びした大きさに自分を成長させる。それが はるか の姿勢。その姿勢は辛口な光から見ても いい女である。
はるか は反射で光に助けを求めただけだったが、光は家事全般が得意。これは おばさんの家に置いてもらう条件だったから。光は高校生の頃から おばの家にいる。それは「実家で色々あった」かららしいが、そこには触れられない。同じ年の光が、高校生の頃から生活能力を身に付け、そして今は仕事探しに向き合っている。自分とは違う速度で同じだけの人生を歩んできたことに はるか は感慨を覚える。
最後に はるか は自分が誰かと暮らす想像の中で思い描くのは黒滝ではなく光であることに気づく。