柳井 わかな(やない わかな)
シンデレラ クロゼット
第06巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★★(8点)
光が男でも女でも──どんな姿でも好きだよ? 女装男子・光の魔法で自信をつけた春香は黒滝との失恋を乗り越え、ついに光と両想いに。心を通わせ、初キスを済ませたふたりの前に…いきなり春香のお母さんが登場!! 光は女装のことがバレないか気が気じゃないけど…!? さらに、専門学校の卒業が段々と迫る光は、自分が一番望む夢について、考えはじめ…? ふたりが新たなステージへ進む、第6巻!
簡潔完結感想文
- 相手の母親に隠し事をしない上で良好な関係を築く。婚約おめでとう状態。
- 多忙で会えない寂しさを嘆かず、相手の やりたいことを心から応援する聖女。
- 2回目の交際は相手の愛情の大きさを気にしない。むしろ自分の大きさに戸惑う。
交際中も ずっと好きが溢れている 6巻。
基本的に私は少女漫画における交際編が好きではない。両想いという目的に進んでいる実感のある片想い編に比べるとゴールが分かりにくい。特に思い入れのないカップルのダラダラとした交際が続くと地獄である。作り手である作者も読者人気がある限り続ける先の見えない連載になるから行き当たりばったりの差し障りのない交際模様しか描けないのかな と思う作品もある。
しかし本書は違う。成人カップルということもあり将来に向けて常に時間が動いている感覚がある。交際編も しっかりと目的を設定して考えられており、意味のない時間が見当たらない。
『6巻』ラストでは2人の交際は開始から5か月余りが経過して、最後の恋愛イベントが起こる。今回は その性行為に至るまでの流れが大変 素晴らしいと感じた。高校生カップルだと「するする詐欺」が横行して何度も寸止めみたいな展開で連載を継続させていくが、本書の場合は ほぼゼロ。特に本書は黒滝(くろたき)という最初の彼氏で同じドキドキに直面していたので重複を避ける意味もあるだろう。だからヒロイン・ひかる は恐怖や不安を感じるよりも自然と その流れに身を任せている。
何よりも良かったのは この5か月の交際で2人の愛情の天秤が等しく釣り合っているから、最後の恋愛イベントが起こる、という概念的な美しさ。上述の黒滝の時、はるか は ずっと相手からの愛情の大きさを探っていた。しかし光(ひかる)の時は その必要がない。最初に好きになったのは光の方だし、光からの愛情は どの瞬間にも感じる。
それでも性行為に至るまで5か月を有したのは はるか からの愛情が光に負けないぐらいに育つまでの時間ではないだろうか。友情から始まった2人の関係だけど、はるか は交際後、光が自分にとって完璧な彼氏であることを何度も思い知る。今回の自分の親への接し方もそうだし、自分の欲望のために はるか の嫌がることを急いて したりしない。交際後も はるか の愛情が大きくなり続けるから本書の交際編は面白い。


しかも驚くことに ちょっとした疎遠の時期にも愛情が育つという説得力を持たせるのが難しい展開を用意している。一般的な少女漫画では、相手の新しい挑戦によって2人での時間が減ればヒロインの不安は増える。だけど本書は それで物語を展開しない。もちろん はるか も不安に思うのだけど、それ以上に光のことを尊重する、という姿勢を崩さない。
今回の交際編で一方の姿が過去の もう一方の姿に重なる場面が多く見られた。例えば上述の通り はるか が自分の感情を優先せず光のしたいことを応援する姿は、黒滝に恋をしていた はるか を応援する光に重なる。また光が はるか に新しい仕事に対する本音を隠して、彼女との交際を優先することも出来たと思うが、光は はるか に隠し事をしない。これは はるか が光に愛情を感じ始めた時、隠そうとして不自然になってしまう関係よりも隠し事のない関係を望んだのに似ている気がした。
はるか が光の新しい人間関係の中で嫉妬の対象を見つけても それを光には言わないのも良かった。光が多忙で不規則な生活を送っている中で恋愛一色な はるか が不満を漏らしたら彼女の小ささが悪目立ちしてしまう。
また はるか の実家の話は逆算して この位置にある気がする。最終盤までの大まかな流れを交際直後から組み立てていて、イベントが控えているから はるか側の親との対面や交際の許可、少女漫画的な婚約の成立などを先に終えている。この話があるから その先の展開に進める。
恋愛イベントは全部 終了し、普通なら やることがなくなってしまわないか心配になるところですが、本書の場合は その心配を全く感じない。交際編を こんなに楽しく読める作品は貴重である。
はるか の部屋に実家から母が やって来る。突然の訪問に見えるが、事前連絡されていたことを はるか が忘れていただけ。母親と恋人の遭遇に はるか が対応に困っているところを光が自己紹介で交際相手だと名乗って頭を下げる。この行動に自分が大切にされていると分かり はるか は感動する。
翌日 母は娘と光を呼び出し、一緒にデパートを巡る。相手の親に好印象を持たれたい光は奮闘。見定められている緊張感を持ちながら、はるか の母親との空気感で、はるか の性格が実家で育まれたことを納得する。そして母親からも認められ、男ヒロインは早くも婚約状態となった。
そして自分の「特性」のことを隠したくない気持ちを抱いた光は美容への興味を正直に話す。きっと その先に女装のことを話す予定だったが、母親は それを既に承知していた。前夜 はるか から聞かされていたし、はるか に綺麗な女友達がいることはSNSを通して知っていたのだ。
だから母親は最後に光の女装姿を見たいとリクエストし、光はウィッグと化粧をしに家に戻り、急いで とんぼ返りする(服はそのまま)。こうして相手の家族サービスをして光の一日は終わる。光にとって服装がそのままの中途半端な恰好は恥ずかしいこと。これは はるか の前では男でありたい、と決めた日に性別を越境した落ち着かなさもあるのだろう。服装と性別を決めるのは光の気持ちの準備が必要なのだろう。ただ はるか は光の性別を気にしない。大事なのは光と一緒に居られることなのだ。母親も含めて はるか たちは光が どんな趣味を持っていようが気にしない。そういう寛容さを持った家族に光は憧れる。
光の態度は交際後の時間の経過と共に甘くなる。これまではブレーキを踏んでいたところを徐々に効き目を緩くしていく。長い長い片想いだったからこそ暴走しないように調整しているのだろう。
2人での旅行を計画していた夏休み、はるか の父親がギックリ腰となり はるか は実家に様子を見に行く。ここは2人が別行動することで、それぞれ交際に関して思うところが出るという流れになっている。
はるか は地元の元同級生たちと久々に再開し、そこで学生と社会人で交際している友達の悩みを聞く。それは自分たちの近い将来に待ち受ける問題だった。
単独行動となった光は、同じ専門学校に通う御曹司の時宇(シウ)から大人気のコスメブランドへの推薦の話を受ける。そのブランドを立ち上げた「ミヨシ トウコ」がアシスタントを募集していてシウの会社を通じて信用できる人の紹介が欲しいと言う。光は既に就職を決めていて、それが一人立ちの近道。だが安定よりも夢を追うには とても良い話となる。
しかし光は、第一線での仕事は自信がなく腰が引ける。でもシウは光の才能を信じているし、美しいものを作り出す側に行きたいという光の願いを最大限に引き出したい。シウが光に そこまで入れ込むのは恋愛感情が含まれているからだろう。
光は はるか に連絡することを一時的に忘れるほど「ミヨシ トウコ」のポリシーを学ぶ。
その後、偶然に社会人になった光のことを考えていた はるか に一緒の時間が取れないことについて聞く。はるか の答えは さみしい。だから光は一瞬、アシスタントのことを頭から排除しようとする。テレビに映る「ミヨシ トウコ」を消そうとすることで それを表現しているのが良い。ただ はるか は、これまで光が応援してくれたように、今度は光の人生を応援したい。


その言葉を聞いて、光は自分の今 考えていることを はるか に伝える。隠し事はしない。それが2人の最大の前提なのだろう。そして はるか は自分の「やりたいことリスト」を光が埋めてくれるだけでなく、「ふたりのやりたいことリスト」の作成を提言する。一時的な多忙や すれ違いは仕方がない。だから長い目で2人の関係を見つめようと はるか は提案してくれる。こうして光は新しい道に進む。出会いで はるか が変わったように、光も はるか の存在で変わったというエピソードとなっているのが良い。そして はるか が告白を決めた時と同じように、周囲を含めた相手に対して、常に正直であろうとするから2人の交際は気持ちが良い。
自分の世界観を表現するスタイルブックを作り、面接に挑んだ光は後日、急遽スタジオにアシスタントとして招聘される。トウコは仕事に厳しい人。光の仕事に対して気に入らなければ別の人を使う。
はるか は光が、自分の目指すべき世界で、綺麗な女性と仕事をすることに嫉妬と焦燥を覚える。光が はるか に連絡したのは翌日。ずっと仕事をしていたらしい。会いに来た光は、はるか を使って技術を磨く。それだけプロの世界は厳しく、未熟な自分を痛感した。そんな光を はるか は彼女の言葉で慰め、そしてヘコみながらも即座に戦力になる準備をする光を見て、彼の向上心と仕事への情熱を見る。だからトウコから次の連絡が来た時、二つ返事で承諾する。トウコは光のことを評価していた。そして彼に向上心があることも理解する。だからアシスタントとして採用し、それに必要な心構えを教える。
交際から5か月余りが経過したが2人は性行為に至っていない。仕事と学校、合間を縫って会いに来てくれるが確かに疲労もある。だから欲望の達成よりも睡眠が先に到来する。
光との時間が減るということは交友関係が狭すぎる はるか が孤独を覚えると言う意味でもある。だから はるか は光とのことを含めて唯一の友人・ミオリンに話をする。そこでミオリンから動画編集のバイトを持ち掛けられ、自分が暇だと光のことばかり考えてしまう はるか は その話に乗る。それは はるか が光と対等であろうとする姿勢の表れである。
クリスマスイブで光のアシスタントの仕事は終わり。2人は一緒に過ごせることになる。
その大事な時を迎える前に、はるか の疑心暗鬼を解消するためか、トウコには夫と子供がいることが明らかになる。家族の前ではトウコはトウコではなく、灯子という妻であり母であった。トウコというのは仕事のキャラだということがプライベートを覗いて分かったこと。光の働き先は仕事面では労働時間の長さと不規則さがブラックだが、悪い人はいなそうである。
クリスマスパーティーは光の住む、彼のオバの家で開催される。そして夜、初めて入る光の部屋で2人は その時を迎える。会えなかった時間、交際の期間、それが はるか に光との距離をもっと縮めたいという欲求を育んでいた。光はプレゼントを用意しており、はるか の左手の薬指に指輪をはめる。何の躊躇もなく薬指を選ぶのが光の愛の重さである。はるか のプレゼントは不発。旅行費用を出そうと光にプランを選んでもらう予定だったが、彼は多忙。特に仕事を始めるまでに自動車免許の取得が必要で旅行に行けるはずの期間を免許合宿に使う予定を知らなかったのが はるか の誤算だった。
それでも はるか は傷つかない。このところ ずっと光のことを考えてしまう彼への無限の愛情を思い知っているところだから。黒滝の時に感じていた愛情の天秤が きっと同じぐらいになったということなのだろう。2人の関係の変化を丁寧に描いているのが良い。