《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

これは王道のシンデレラストーリー。そして同時に男女逆転のシンデレラ劇である。

シンデレラ クロゼット 8 (マーガレットコミックスDIGITAL)
柳井 わかな(やない わかな)
シンデレラ クロゼット
第08巻評価:★★★★(8点)
 総合評価:★★★★(8点)
 

魔法も使える王子様なんてこんなかっこいい人どこにもいないよ 愛が深まり、同棲に向けて進む春香と光。しかし、光の両親登場によって波乱が巻き起こる。光の人格を認めず傷つける両親に、春香はどうする…!? さらに、学年が上がった春香は就活の厳しさに直面! 光との日々で得たものを思い返し、春香が選んだ進路は…? 女装男子と出会って動き出した憧れ変身ストーリー、胸打つフィナーレ!

簡潔完結感想文

  • 少女漫画のクライマックス、ヒーローの家族問題。ヒロインの介入は最低限で最小限に。
  • 失いそうになって初めて分かる情熱や愛情。その気持ちに正直になることが人生を拓く。
  • 魔法使いで親友だった光は恋人で大事な家族。貴方の選んだ靴で 貴方と人生を共に歩む。

ヒロインが本当の家族を手に入れるまで、の 最終8巻。

本書の役割に生物学的な性別は関係がない。はるか はヒロインであり女ヒーローだし、光(ひかる)はヒーローであり男ヒロインである。どちらがどちら という役割を定めないから本書は面白い。
それはラストシーンでも同じ。ラストで光は はるか をシンデレラにするためのガラスの靴を用意する。そして それは光が光らしさを失わないまま王子様になる一つの手段でもあった。

結婚、というエンディングは少女漫画では定番の結末だ。ただ それを一方的な女性側の幸せとして描かないのが本書ならではと感じた。本書では結婚によって魔法使いであり、王子様であり、そして もう一人のシンデレラである光が真に幸せになる姿を描き切ったと言える。王道のシンデレラストーリーを描きながら、その裏で男女逆転シンデレラを描いているという二重構造こそ本書の奥深さではないか。ヒロインのライバルが男性であったり、本書に性別によって固定された役割は存在しない。

義理ではなく本物の父と母の間で育った光だが、光は幼い頃から自分の嗜好とは違う価値観を押し付けられていた。それはシンデレラの意地悪な継母や義姉からの扱いのようで、あぁしなさい こうしなさい、これが「普通」の幸せなのだと洗脳されていた。
そこで光は自分の理解者になってくれる おばさん の家に高校生の頃から住み込む。自分の「変身」を認めてくれた おばさん こそ魔法使いなのかもしれない。同時に光は おばさん の家では家事を担う。それは適材適所と恩返しの観点からの行動だが、その行動は実にシンデレラ的と言える。

そしてシンデレラ光は、ありのままの自分を認めてくれる はるか に出会った。その はるか は光が初めて家族になりたいと思った人。選ぶことの出来ない両親、ずっと一緒にいられない おばさん。そして彼らとは違う、全く血の繋がりのない他者である はるか。その人と一緒にいるために光は結婚を願う。

交際の時もそうだったけれど、プロポーズもまた はるか王子から告げられる。一般的な価値観や性別による役割は関係ない。本書は どちらもシンデレラで どちらも王子。人に与えられた役割は一種類ではない。どちらも味わい楽しめる人生は相乗効果で何倍も楽しく豊かであるはずだ。2人が それぞれに刺激を受けて自立して歩いているのも現代的である。

はるか は最初から強いので「ヒーローの家族問題で無敵化するヒロイン」でも変わらない

た はるか が光の家族問題に介入し過ぎない、そして問題の完全解決をしない という結末も本書ならではと言える。多くの少女漫画ではヒロインが「自分の考える最高の結末」を追求して相互理解や愛情の確認を目的としがち。だが はるか の場合は何よりも光が最優先。だから光を傷つける者を許さず、そして光を傷つけるのなら自分も一定の距離を置こうとする。光が嫌がるからという従属的な理由ではなく、はるか も考えた末に距離を置くという自分で結論を出すのも印象が良い。

光の両親(特に父親)の姿は家父長制の象徴であり、固定概念に囚われた人たちとして描かれる。光は両親や これまでの世間の「枠」から外れた人で、はるか は どんな光でも多様性として認めている。両親と はるか の遭遇と反発は新旧2つの思想の衝突である。両親の態度は読者として腹立たしいものだが、だからといって はるか が介入し過ぎて両親の思想を変えるというのはエゴイスティックな行動に映る。そんな価値観の押し付けを避けるためにも、はるか は両親を改心させない。作品が その線引きを間違えなかったことが私は とても嬉しい。

だから本書ではヒーローの家族問題は完全解決しない。それでいて最終的には光が はるか の性格を熟知して、彼女が関わることを禁止していない。はるか の人間力なら自分の両親との付き合いも自分以上に上手くやるかもしれない、と光は考え、彼女の自由を認める。そうして将来的な目標や、今は果たせていないことがあるからこそ、この先の未来で何かが変わるかもしれない予感が生まれる。

ラストで はるか の「やりたいことリスト」の2枚目は埋まったが3枚目は これから作られる。一つのリストが埋まったのなら、次は夫婦で、家族で やりたいことを考えればいい。それは結婚式や海外旅行という現実的なことかもしれないし、光と両親を交えた食事という夢想かもしれない、はたまた子供を設けることかもしれない。未来のリストは白紙だけど、分かっているのは これから2人は いつまでも幸せに暮らす、ということ。本を閉じた後、彼らの幸せを確信できることが少女漫画の満足度の高さならば、それぞれの長所、そして それぞれが相手を不可欠としていることが よく伝わる本書は素晴らしい作品と言えるだろう。


の周辺の大切な人に自分たちの交際を認めてもらっている最中の はるか は、最後にして最重要の光の両親と意図せず遭遇する。光の母親は子供に反応するが父親は無視、そして光は はるか を その場から引き離すことに集中した。一度 離れた母親だったが2人を追い、そこで誰何(すいか)された はるか は自分が交際相手だと名乗り出る。光と自分の母親の対面と逆である(『6巻』)。その交際の事実に母親は安堵して涙を流す。それは光が「普通の」交際をしていると知ったからだろう。

後日、はるか が光の家族問題への介入の仕方を考えていると、この母親が はるか を訪ねてきた。これは はるか が自分の大学名を母親に伝えていたからだった。そこで はるか は光の近況を教え、母親は医者の家系で光にプレッシャーを与えたことが家を出た原因だと考えていた。そして これからも はるか に光の情報を教えてほしいと涙ながらに頭を下げる。


からは相手にしなくてもいいと言われるが、そう割り切れないない はるか は母親に会い続ける。母親は光が女性のような恰好を好むことを光の欠点だと考えているようで、はるか が自然に光の女装を受け入れていることに衝撃を受ける。そして光が どれだけ楽しい日々を送っていても、母親は光のいる世界を認めないという母親の欠点が浮かび上がってくる。男の子である光には「ちゃんとした進路」に進んで欲しい。それが母親の願い。その態度に対して はるか は、やんわりと これが光の進みたい道で、家族の意見と合わないから自主的に出ていったと、母親の責任ではないと言いつつも、光が選ぶ道は これ以外にないことを伝える。

母親は光のことを夫にも知って欲しいと願うが、父親は光に似ていて、縁を切ったものに対して執着しない。そして自分の態度と同じものを妻にも要求する。家父長制の権化みたいな人なのだ。

そして父親は改めて勘当するために光の前に立つ。この日、光は女装していたため父親は光の性癖が「治ってない」と失望する。そして その責任を母親の教育のせいだと押し付ける。
そこに口を挿むのがヒロインの はるか。光への失礼な発言への謝罪を求め、光の一番そばで光の名誉を守ろうと立ちはだかる。光の両親の思想を垣間見た はるか は、いよいよ光の絶望の大きさを思い知り、光と両親の関係の修復はしなくてもよいこと と理解する。

光は母親には心配しなくて大丈夫と声を掛け、父親には これまでの感謝と断絶を告げる。主導権が光に移ったことを激昂する父親だったが、そこに父親の姉である光の今の家族とも言える おばさん が登場する。弟の頭の固さが変わらないことを見て取った おばさん は子供への接し方を たしなめ、そして二度と近づくなと警告する。こうして姉に弱い弟は退散し、この場は収拾する。


棲の部屋が決まり、光は一緒に暮らせる感慨に耽るが、はるか は費用が安く済んだことに安堵する。男性の方がロマンティックという一例だろう。引っ越しに際しても はるか は金銭面を重視し、光は効率を重視する。光が効率を重視するのは自分の時間が あまりないからで、そこを はるか がフォローすることで話はまとまる。

はるか は光の家族問題における自分の言動を恥じていて謝りたいが、両親(特に父親)の態度を知った今は和解も遠いことを思い知る。そんな時、母親が再び現れ、はるか に封筒を差し出す。その中身は多額の現金。自分のヘソクリを光に渡したい。それが光のことを考えてあげられなかったダメな親の せめてもの親心なのだろう。そして光が はるか を家族として選ぶのなら これは光と はるか のものであるという。

この お金は思わぬ場面で使うことになる。はるか は引っ越し業者を頼んだ前夜になっても梱包が終わらない。そんなことだろうと思った光が助っ人に来て、2人は部屋を片付けていく。それは『2巻』の汚部屋状態の片付けの再現であり、2人の思い出が詰まったものを再確認する作業となった。得意不得意があって、それを補い合っていく。それが一緒に人生を歩むということ。

こうして引っ越し当日には間に合ったが、実際に引っ越し作業が始まると新居となるマンションに荷物を運び入れる作業などに問題が発生し、多額の追加料金が必要となる。借金生活となりそうな時に、はるか は光の母親から渡された封筒を取り出す。これを出すと光が不機嫌になるかもしれないが、光に母親の気持ちを分かって欲しい。揺れ動く気持ちを抱える はるか だったが、光は この お金を使うことを選ぶ。その行動は光が両親を許したことではなく、はるか が両親と関係を作ることを許すことだった。自分には出来ないことが はるか には出来る。そう思えたから光は はるか の行動を制限しない。
はるか の母親が娘のSNSのアカウントで無事と日常を確認しているように、光の母親には はるか が連絡し報告することで近況が伝わる仕組みとなっているようだ。その一歩が きっと未来を大きく変える。

もしかしたら はるか との連絡で息子への思慕が募った母親は自分で物を考え、自分で動くかもしれない。それが夫との離婚でも不思議ではない。彼女もまた夫に洗脳され、そして思想を強要された一人とも言える。暴君が空っぽになった住まいに呆然とする、という手痛い結末を期待するぐらい私の性格は悪い。


棲開始から半年、交際開始からは1年が経過して2人は家でパーティーを開く。
はるか は3年生になりゼミという比較的少人数の集団の中で交流を深めることが出来ている。そして夏が過ぎ秋が過ぎ、冬を越すと はるか の就活が始まる。はるか の志望はホワイト企業。自分の生活ペースが保たれることは光との時間の確保に繋がるから。

序盤、上手くいかない就職活動も光の存在によって前向きさを取り戻す。就活に時間を費やすため、ミオリンの動画編集のバイトを辞めることにするが、ミオリンから引き止められる。ミオリンはコスメ会社を立ち上げる予定で、このまま卒業後も働いてくれたら嬉しいと言われる。はるか はミオリンからコスメが好きでしょ?と問われ、自分の中の美容業界への興味を考え始める。

そうしてコスメ業界の書類選考に通った はるか は光に面接用のナチュラルメイクの極意を教えてもらい本番を迎える。そのメイク術で面接に向かうことは光と一緒にいることも同じ。ただ準備万端で臨んだ面接だったのに、はるか は席に着いた瞬間に頭が真っ白になった。その後は記憶がないほどの受け答えしか出来ず、帰宅すると涙を流す。しかし それは はるか が心から やりたい仕事を見つけた瞬間でもあった。光やミオリンなど特殊な業界の人たちと同じように自分のしたいことが分かった。


4年後(?)、宣言通りミオリンはコスメ会社でブランドを立ち上げ、光も独立。そして はるか は化粧品会社(?)の営業職3年目として仕事に邁進していた。ちなみに最終回なので黒滝(くろたき)も登場し海外出張するような会社員をしているようだ。ミオリンを呼び出して会うような仲が継続していて、2人とも交際相手がいない様子。

時宇(シウ)はコスメ会社の社長としてメディアに よく出ている。光も独立を機に嫌がっていたメディアへの露出、そして自分を広告塔にするプロモーションを実施し始めている。

1枚目は光が次々に叶えてくれた。2枚目は光と叶えてきた。3枚目は家族で だろうか。

そして『6巻』から ずっと行きたかった旅行が交際5年目で いよいよ実現する。
光は両想いになった時もプランを考えていたが、今回の旅行でも色々考えている様子。だが この頃の はるか は いよいよ結婚が現実味を帯びてきたからこそ、光と結婚に関わる話を避けている。それは相手のプレッシャーになりたくない はるか の心遣いなのだが、この旅行で結婚を決めようと思っていた光は出鼻をくじかれる。2人は総合的に見ると相性がいいが、細かい部分で呼吸が合わない時もある。

3泊4日の沖縄旅行中に台風が接近し、2人はホテルで過ごす。食料を調達しようと光はスーパーに出掛けるが、ホテルで はるか は若い男性がスーパーで怪我をしたという情報を得て動揺する。そこで はるか は今の自分では搬送や病院に同席できない身分だと思い知る。

光は無事に帰ってくるが、この体験で光を失う恐怖と社会的立場の重要性を知った はるか は彼に結婚を提案する。そのプロポーズに光は唖然とする。なぜなら光はスーパーに出掛けると言いながら客室のアップグレードをしに行ったから。本来はテラス席でのディナーでプロポーズするはずだった光は、豪華な客室で その実行を目論んでいた。なのに はるか は告白と同様に光の計画を無駄にする。光が用意していたのは彼女が憧れていたガラスの靴。

5年前の交際時に書いた「2人でしたいことリスト」に書かれていた無邪気な願いを光は叶えてくれた。これが光なりの王子様のなり方。ガラスの靴を履かせながら光は結婚を申し込む。
印象的だった靴は これまで3つ。黒滝とのデート用に はるか が選んだ靴。光に告白した時に はるか が履いていた普段の、等身大の靴。そして最後に光の選んだ はるか をシンデレラにする靴。この靴で2人は結婚式に臨み、この靴で2人が家族となる人生の一歩目を踏み出す。