柳井 わかな(やない わかな)
シンデレラ クロゼット
第07巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★★(8点)
はるかがずっといればいいのにって思ったんだ 女装男子の光とお付き合いを始めた春香。はじめてふたりが結ばれたクリスマスの翌朝、光から嬉しくも大胆な提案が飛び出して…? 一方、ヘアメイクアシスタントとして夢を追う光の姿を見て、頑張ろうと決意した春香は美央のYouTubeを手伝うことに。そこへ、元恋人の黒滝が登場し…!? 恋が愛へと深まる、第7巻!
簡潔完結感想文
- 本書における同棲 ≒ 結婚。なので知人・親友・家族・親族それぞれへの挨拶回りを実施。
- 王子様のはずが当て馬だった黒滝が再登場。登場人物が少なすぎて一人で役割分担が重複。
- 挨拶回りで相手方の人から好感触を得るが、ラスボス登場。ここで聖女ヒロインの出番!?
失敗して分かる絶対に手放したくないこと、の 7巻。
『7巻』は同棲という目標に向かって2人が進む、または立ち止まることを描いていた。『6巻』の感想文で おそらく作者は最終回までのエピソードを考え、それを順に並べているというようなことを書いたけれど、『7巻』は全体が「いつまでも一緒に幸せに暮らす」という童話のハッピーエンドのために あるように思えた。
その中でも今回 初めて起こる2人の喧嘩(のような険悪な状態)が重要だろう。2人の すれ違いは もう このタイミングが最後の挿入ポイント。ここから先は2人で乗り越えなくてはならないことだから、歩調が合わないエピソードは これ以降には入れられない。そして ここで喧嘩をしなければ仲直りの仕方も学べない。本書は失敗することも ちゃんと描いている。そこが良い。例えばヒロインの はるか は遠回りして光(ひかる)への唯一無二の気持ちに気づいた。そして光もアシスタントとして入ったプロの現場で実力不足を痛感したからこそ即座に練習を重ねて、その世界で通用する力と、その世界に食らいつきたいと言う自分の気持ちを鮮明にした。
それと同じように今回の喧嘩は自分にとって相手が どれだけ大切かを距離を取って、もう戻れないかもしれないという恐怖心と対峙しながら分かっていく作業のように思えた。今回の喧嘩は光が やきもちを焼きすぎて拗ねてしまったのが原因。だから はるか としては そこまで怒ることはないと光を責め続けることも出来る。でも相手が連絡を読まない、返さないという状況は とても苦しく、他者に責任を押し付けるのではなく、自分の至らなかったところを反省するようになる。こうやって相手に譲歩するのではなく、自分の中の最優先度を考えて、自分で自分を譲歩するのが本書の登場人物たちの気持ちのいいところだろう。
さて、この登場人物のスタンスや多様性などで どうしても連想するのが、私の大好きな作品、ひねくれ渡さん・アルコさん『消えた初恋』だった。完全な悪人が出てこない作風や、多様性を自然に受け入れるフラットな人物像、そして所々で類似している台詞など共通点の多さが気になって調べてみると、担当編集者さんが同じらしい。あれ、もしかして私が好きなのは編集者さんのセンスや方向性なのか?と考える。他にもヒット作に多く関わっているみたいなので、それらの作品の中でも編集者さんの色を見い出すことが出来るかもしれない。ただ一つ間違えると登場人物が良い人過ぎたり寛容さが不自然になりそうな気もする。物分かりが良すぎて、揶揄する方向で物語が おとぎ話に見えてしまう恐れもある。
『消えた初恋』との共通点を考えると、そういえば黒滝(くろたき)のポジションは『消えた初恋』で言えばヒロイン・橋下(はしもと)さんだなぁ、と納得した。主人公の最初の恋の相手で、その後の理解者。主人公が恋をするのは、その最初の恋の途中で偶然 知り合う人。何もかも同じではないが、やっぱり似ている部分がある。
上述の通り、同棲への準備は真のハッピーエンドのため。彼らが関係者全員に了解や納得を得てから同棲しないと、ただの若い人の勢い任せの行動に見えてしまう。だから本書は同棲が結婚の前段階であることを明確にして動く。そして いつか開かれる2人の結婚式の招待客の面々に先に挨拶をしているように見えた。
その過程で これまで語られなかった光側の家族や親族との はるか の接触、または険悪なムードのままで終わった親友など光の世界に はるか が正式に接触することが描かれているのが これまでとの違いだろう。ある意味、気まずいのは黒滝も同じ。黒滝や、光を巡ってライバル関係であった時宇(シウ)に2人の交際を知ってもらい、認めてもらうことで大団円の準備が整っていく。


特に光と おばさん の関係性は実の親子以上に強固な絆を感じられた。思えば光の おばさん は誰よりもウジウジと恋に悩む男ヒロイン状態の光を見ている人。光から嬉しい報告と、恋人と一緒に居る場面を見せられるのは おばさん にとっても嬉しいことではないか。また光が同棲を考えるのは、早く おばさん の家を出ようという決意があるからだ。そこにあるのは離れたいという意思ではなく、甘えていられないという、誰よりも自分の境遇が おばさん の厚意によるものだと正しく理解しているからだろう。家を出ることが、もう自分は平気というサインとなるのだろう。
また現代シンデレラとして はるか の将来への展望も織り込まれている。女性も ちゃんと自分の将来の目標を持つのが現代風で、はるか は光に寄りかかるのではなく、自立して一緒に歩くことを願う。はるか の成長は はるか の責任にかかっている という姿勢が明確なのが良い。
そして残る問題は1つ。この最後の問題に解決するのが少女漫画ヒロインの本領とも言える。白泉社作品なら ここから たっぷり3巻 使うところだが、本書は残り1巻。この分量も現代的で現実的だと私は思った。読み終わってしまうのは寂しいけれど、作者の英断があるから中だるみせずに作品が終わった。作者も登場人物も もがいて辿り着いた結末を見届けたいと思う。
愛しい人と朝を迎えた光は、この奇跡が毎日 続くように同棲を提案する。光は元々 専門学校卒業後は自立しようと、今 住んでいる おばさん の家を出ることを考えており、それなら はるか と一緒に住みたいと思った。この考えに はるか も賛同。光が仕事で多忙でも家には帰ってくる。その帰る家に自分が居れば2人の時間となる。
こうして2人が新たなステージに立とうとして、はるか は ようやく光の実家や実の親について考え始める。光の口から出たことのない その話題が はるか は気にかかる。
そんな時、本編に久々に黒滝(くろたき)が登場する。大学3年生の彼は就職活動をしていた。この時の対面で黒滝は はるか の指に指輪が光っていることを発見する。このぐらい物理的に目立つ物だと反応するらしい。そして はるか が何も言わなくても彼は大体のことを推測したようだ。ここは ちょっとヒロイン優遇が過ぎるような気がした。ヒロインが当て馬を振る時も男性が察してくれて女性は言わなくて済む、みたいな作品は少なくない。はるか の場合、黒滝に報告する義務はないし、言うことで はるか が勘違い女になってしまうリスクもある。けれど実は2人の交際では黒滝が我慢することも多かったのではないかと思ってしまう場面だった。


黒滝の再登場は この後の展開の布石。はるか には知人が光を含めて3人しかいないので、当て馬のような役割を再び黒滝が担う。ミオリンと黒滝は一体 何役 与えられているんだという状態。まぁ ここで新キャラが出てきても使い捨てになるのは目に見えてるから、再利用の方がエコだろう。
ミオリンの撮影に同行して はるか は大阪に行く。そこで光に続いてミオリンの仕事ぶりに接して、彼女が好きなことを仕事にしていること、だから無限に情熱を注ぐことが出来ることを目の当たりにする。それに比べて意思のない自分が情けなくて はるか は光との通話で弱音を吐く。その通話中、通行人にウザ絡みされてピンチになるが、そこに現れるのが就活で大阪に来ていた黒滝。黒滝の予定に大阪行きが組み込まれているとはいえ すごい偶然である。大阪でも新宿でも歩けば誰かと遭遇するのが本書である。はるか なんて2人しか知り合いがいないのに、どちらかに遭遇し続けていた。
はるか との通話中に黒滝の声が聞こえてきたことを疑問に思う光。事態が ややこしくなる前に黒滝が事情を話す。やさぐれモードに入ろうとする光に黒滝は「彼氏」なら余裕を持てと助言。ここで黒滝は はるか と光の交際を勘付いていたことが明確になる。
その後、光のテレビ電話を含めた4人でのオンオフライン飲み会が始まるが、フォロー役のミオリンが酔ったために失敗。2人の すきま風は一層強くなる。はるか は光を責めるのではなく、嫌な態度を取った自分を責める。光がアシスタントになったばかりの会えない時期は上手く乗り切れたのに、一緒に住むという将来を2人で進んでいくはずの今回は全てが裏目に出る。ただし これも交際や同棲の経験の一つなのだろう。喧嘩した時に どう仲直りするのか、どういう態度が良くなかったのか、それを学ぶための訓練となっている。
はるか の悩みを一番に理解してくれるのは他3人の中では一般人の黒滝だろう。そして彼との会話で はるか は自分が光に答えを求めていたこと、寄りかかっていたことに思い当たる。光と対等でいたいから焦ったのに、その答えを自分で出さず光に求めた。だから上手くいかなかった。そして黒滝は「なんにもない側」として経験の中で選択肢を増やして、そこから未来を選べばいいと言ってくれる。そういう黒滝を はるか は改めて人として尊敬する。
光にとっての相談相手はアシスタントとして その人の下で働くトウコとなる。相談したのではなくトウコから問われて答えているのだけど。はるか も光も完璧じゃない。他者に自分の一部を委ねて考え方を修正してもらうことも成長の一つの手順である。
大阪から東京に戻った はるか は その足で光に会いに行こうとする。その前に かかってきた光の電話に またも黒滝が出て光を焚き付けるような言葉を並べる。その挑発に電話を通さず文句を言いながら光が登場する。仲直りの前から はるか は自分の言うべきことが分かっていた。それは光が大好きだと言うこと。でも大好きすぎて それが依存になっていった。光の基準で物事を考えるようになり、自分の視点を失っていた。だから これからは自分を厳しく律する。まだ模索中ではあるが自分の答えは自分で出す、それが はるか の基本姿勢となる。
この一件で黒滝は、元カノである はるか の光との交際の様子を見て、自分の時との違いを感じる。それは黒滝に自分の至らなさを痛感させることで、しかも黒滝には どこがいけなかったのか分からない。相変わらず恋愛にトラウマを抱えてしまう性質らしい。そんな格好悪い自分を見せられるのは これまた元カノのミオリンだけ。そこで答えが出ているような気がする。
初めての喧嘩を乗り越え、2人の同棲話が具体的に進む。その前に光は はるか の両親に挨拶をする。直接 会うのは光なりの礼儀である。
光は初対面の父親と話をするはずが、はるか が東京から彼氏を連れ帰ったということで親族が集まって宴会が催される。暴走する一族は いきなり結婚まで話が飛ぶが、光にも その心積もりはある。だから同棲と その先に亘る親族関係を願い頭を下げる。ただし父親だけは現実を受け入れられない。
翌朝、光は改めて父親個人に挨拶に向かう。ここでも光は照れや恥じらいよりも自分の実直な気持ちを表現する。はるか と並んで歩く自分になりたいと将来を語る。自分が主導するのではなく、共に歩くという思想に父親は態度を軟化させる。勿論その前から優しい はるか が選んだ人に文句を言うつもりはない。
光にとって仲のいい家族・親族関係は新鮮で、戸惑いはするけれど嫌ではない様子。そして この帰路で はるか は初めて光に実家について尋ねる。少しの言動で光にとって家族が快いものではないことを悟った はるか は それ以上 追求しない。こういう はるか の姿勢に光は最初から助けられていた。
2人を呼び出した時宇(シウ)から彼の実家の会社の新作コスメのレセプションパーティーに光と共に はるか が招待される。公式なパーティーにはパートナー同伴が基本。これは はるか が光のパートナーとして歩む第一歩となるのか。また この招待は はるか とシウの関係性改善の意図もあるのだろう。
そのパーティーの前に はるか は光の おばさん に挨拶を済ませる。光が会わせてくれる親族は彼女だけ。光が はるか の母親と2人だけで会話したように(『6巻』)、はるか も光の おばさん と2人だけの時間が生まれる。そこで光が この家で暮らすことになった経緯を はるか は初めて知る。どうやら家庭が息苦しい光が おばさん の家に押しかけてきた。それを おばさん が家事や期限などの条件を出すことで庇護することが決定する。おばさん は光が息子ではないと一線を引いているが、はるか は2人が似ていることを指摘する。それは言われて嬉しい類似だろう。そして おばさん は成人した光を追い出すのではなく、ふられたら戻って来られる場として光を送り出す。それは まさしく家族である。
これまでで一番 着飾り、これまでで一番キレイになって はるか はパーティーに参加する。はるか はシウに対しての警戒心や猜疑心が残るものの、それを自分で水に流すような言動で彼に接する。だがシウは再び はるか を現実に直面させるような言葉で追い詰めようとする。そこに その場を離れていた光が登場することで守る形になるが、はるか はシウが光が大切だと言う基本的な姿勢を感じ取り、彼のことを理解する。こうして はるか は光の親友であるシウからも恋人として認められ、そして認められ続けるため不断の努力をすることを誓う。