柳井 わかな(やない わかな)
シンデレラ クロゼット
第04巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★★(8点)
いーんだよ、泣きごと言って 俺…あたしは…その為にいるんだから。女装男子・光のアドバイスのおかげで、春香は、憧れの黒滝と付き合い始める。しかし、黒滝の元カノが現れ、不安な気持ちに…。春香は、黒滝と距離を縮めようと、勇気を出して家に誘い、手料理を作ることに…!? 一方、光は、春香への恋心を隠して、女友達として春香の支えになるけれど…? 三角関係が急展開する、第4巻!
簡潔完結感想文
- 黒滝が服を脱いだところで安全装置発動。聖女ヒロインは責めないがミオリンは邪魔者。
- 振られるのではなく振ったことで傷つけられる失恋を回避。誰も恨まないし責めない関係。
- はるか の領域から光の領域に物語が移行。登場する新キャラは次の恋愛対象の嫉妬の相手。
本命との交際より配慮が見え隠れした最初の交際、の 4巻。
この巻で はるか と黒滝(こうさい)の交際が終わる。はるか が黒滝との交際で抱く感情は、高校1年生のミオリンが黒滝との交際で抱き始めた思いと重なる部分が多いだろう。結局、はるか にとって黒滝は「王子様」な部分が多くて、自分で努力して背伸びして彼に近づいても、まだまだ目線が同じとは言い難い関係性だった。そこにミオリンという存在が現れ、不安が具現化。だから はるか は自分が傷つけられる前に自分で傷つこうと決意して、別れを選んだ。はるか はまだ成長途中だったし、自分で言うように恋愛に夢を見ていたことは否めない。黒滝との恋の天秤の不均衡を感じていた はるか だが、はるか もまた この不安を乗り切れるだけの愛の力を保持していなかったと言えよう。
はるか は黒滝に気を遣い過ぎている部分があったが、それは作品も同じ。黒滝との恋愛で性行為に至るとか、次の本命で はるか の身に起こることを どうにか阻止しようという苦労が透けて見える部分が多かった。それ故に交際から1か月が経過してもキスをしないし、キスもしないのに一足飛びに性行為をしようとする多少 無理のある展開があった。
だからといって黒滝との交際を偽物として描くことは作者は許さないし、黒滝との交際が終わったことで人間関係が壊れることも許さない。だから黒滝を悪く描かずに、はるか が自分で限界を迎えるという展開が必要で、はるか は自分で身を引くことで その後に黒滝と3か月前の関係に サッパリと戻れる余地を残している。
それは間接的に恋の破壊神となった黒滝の元カノ・ミオリンに対しても同じ。ヒロインである はるか がミオリンを責める意思を持たないことでミオリンは作品世界への残留を許され、そして黒滝を巡る関係性が消滅したことで、作品初の女性の はるか の友人となる。ただし黒滝もミオリンも展開のための装置であるように思える部分も否めない。


光(ひかる)を含めた難しく成立した四角関係を上手に解体することは とても集中力が必要なことで、おそらく ひかる の二回目の交際の様子を描くことよりも難しいと想像される。
ここまではドミノ倒しにおけるドミノを並べる段階だと思われる。作品世界が崩壊してしまうような読まれ方にならないように少しの油断も出来なかっただろう。誰も悪い人に見えないように苦慮したはずだ。
『4巻』の後半からは はるか が自分の中に次の恋心を発見するターンが始まる。これが最後の難しい作業となるだろう。ここを越えれば後は一気に気持ちは加速し、はるか が望んだ本当に対等な恋愛が始まるはずだ。『4巻』で はるか は相変わらず鈍感ヒロインであるが、2人の男を同時進行するような心配もなくなり、私としても苦しい時期を乗り越えたと思う。ここからは きっと楽しい日々が待っているはずだ。
しかし最初の恋愛が終わって仕切り直す感じは ますます やまもり三香さん『ひるなかの流星』っぽい。編集者が同じとかするんだろうか。
光との特訓後、はるか は黒崎に手料理を振る舞う。バイト終わりの黒滝はシャワーを浴びようと服を脱いだり、性行為は目前。しかし そこに黒滝の元カノで現YouTuber・ミオリンが入院したというニュースが飛び込む。ミオリンは本人に悪意はないが、その登場によって黒滝との関係に暗雲が立ち込める。今回は一線を越えさせない装置として作者に便利に利用されている。そもそもキスをしていない関係なのに性行為に一気に雪崩れ込もうという はるか の焦りにも思うし、全ての「初めて」は光のために温存されているとしか思えない。
入院先の病院に黒滝と駆けつけると光が先に到着していた。ミオリンの病室で黒滝はストーカー被害に遭っていたことを言わないミオリンへの怒りと心配を滲ませる。同級生という関係からか、それとも ちゃんと好きだった元カノだからか黒滝のミオリンへの態度は はるか を不安にさせる。その彼女の揺らぎを見逃さないのが光という「友人」で、はるか は その存在に笑顔を取り戻す。
黒滝の態度を叱るのはミオリン。黒滝の ちょっとズレているところを指摘し、過去を蒸し返す。そして黒滝も自分では順調だと思っていた高校時代の交際が一方的に終わったことへの わだかまりをミオリンに伝える。黒滝はズレているから歴代の彼女にもフラれることが多い。そして交際相手と衝突するたびに、ミオリンとの恋愛で何が悪かったのかを考えてしまう。順風満帆に見える黒滝も ちょっとしたトラウマを抱えて生きている。
2人の間にあった別れるまでの経緯は本当に過去に流れる。だが再会して過去になったからこそ何かが始まりそうな雰囲気も流れる。黒滝は はるか を傷つけないように細心の注意を払っている。だけど それと好かれていることは似ているようで少し違う。
それでも黒滝の はるか を大事にする姿勢は本当のようで、交際1か月記念に彼女との時間を確保する。
この頃の はるか が何かに悩んでいると察知した光は彼女をセールに誘う。女友達として接しているからOKという判断なのだろうが、光は色々と理由をつけて はるか と一緒にいる時間を確保しているように見える。はるか が光に助けを求めたのだろうけど、光にも もう少し黒滝への遠慮が欲しいところ。
相変わらず はるか も無自覚に光の心が自分から離れないように口説き文句のようなことを言い、その直後に黒滝とのデート服を選ばすという無神経な行動に出る。光の心は傷だらけだろう。
1か月記念のデートで はるか は黒滝に自分のどこが好きかを勇気を出して尋ねる。この日、光は はるか が黒滝と一線を越えるだろうとヤケになり酒を あおる。ストレスで酒やタバコに手を出す光の健康状態と美貌が危ない。だが はるか が18時には黒滝と解散したことを知り、連絡を取ると途中で通話が切れてしまい、気になった光は はるか のアパートに向かう。
そこで はるか から黒滝と別れたことを告げられる。はるか はミオリンの登場以降、自分の心に嫌な感情が溢れ、自分のことを嫌いになりそうだから自分から別れを切り出した。恋愛の辛い部分を知ったから逃げ出してしまった。やはり自分は恋愛に憧れていた部分があったと はるか は痛感する。黒滝の隣に立ち続ける自信がなかった。自信のある、強くて美しい人になれなかった それが この恋愛を通して はるか が学んだこと。
急だったこともあるが、この時 光は はるか の前で男装のまま向かい合い、一人称も俺となる。封印していた男の部分を解放する第一歩ということなのだろう。
この日、2人は手を繋いだまま眠る。翌朝、光が目を覚ますと はるか は髪を自分で切っていた。それに驚いた光は、彼女の髪形を整えるために自分の通う専門学校に はるか を連れていく。どちらかというと はるか の人間関係の中で成立していた物語が、次は光のテリトリーに移行するということなのだろうか。
そこで光は はるか の髪をカットしていく。それは はるか にとって失恋の儀式であるが、光は そんなにすぐに切り替えなくてもいいのではと心配する。そこで はるか は随分前から別れを考えていたことを告げる。それは はるか が黒滝の言動にミオリンにだけ見せる執着があることを発見したから。自分には見せなかった それをミオリンとの関係の中に見たから はるか はショックだった。しかも別れを切り出したことにも引き下がるようなことはしなかった。だから はるか は自主的な失恋を選んだ。黒滝は直接的に何も悪くない、はるか が考えて出した結論。失恋というより終恋という感じだろう。
交際が終わったからといってバイトを辞めることもなく2人はバイト先で再会する。2人とも緊張と慎重さを見せながらも普通に話すことが出来た。そして黒滝が別れ話に引き下がらなかったのは、自分が振られた側で、男として あれこれ しつこく聞くことが出来なかったからだと知る。黒滝も色々 呑み込んでいたことを知り はるか は この恋が本当に一方的なものではなかったことを知る。そして互いに楽しかったと言い合い、2人は別れの後の気まずさを乗り越える。


はるか は失恋で迷惑を掛けた光に お礼をするために光の要望に何でも応えると遊びに誘う。
当日、光は自分が男女どちらの服で出掛けるか悩む。結果、光は女装を選択。これは あまりにも欲目を出すと失恋に 付け込んでいると思われる恐れがある、と光が勝手に考えたからだろうか。自制や自戒の意味を込めた女装だろう。
行き先は あんみつ屋。これは はるか の高校時代の「やりたいことリスト」に書いてあった店。はるか に元気を出させるために光は店を考えていた。そして残りのリストも一緒に埋めていくと はるか に伝える。光は はるか が黒滝の失恋前後に就職先を決めていた。だから これからは時間も確保できる。2人で楽しいことをする夏が始まろうとしている。
失恋後、しばらく経ってミオリンが はるか に接触する。彼女は2人が別れたのは自分のせいだと考えていて謝罪の意向を見せる。はるか は正直に一因ではあるけれど主因ではないことを告げる。これは自分たちの関係が強固ではなかったから起きたこと。はるか がミオリンを恨まないことで彼女たちの関係性は継続する。しかも黒滝を巡る関係性が消滅した今、女性2人は恋愛を抜きにした単純の友情が構築可能となる。
そして はるか の光への距離感がバグっていることをミオリンは指摘する。そして対等で良好な関係が築ける男性は恋愛の対象だとミオリンに言われ、初めて光のことを恋愛対象として考える。しかし はるか にとって光は光。だから恋愛対象として いまいちピンとこない。
学校内でのショーの準備に追われる光の陣中見舞いをしようと はるか が差し入れを選んでいる時に、光のクラスメイトである英 時宇(チヨン シウ)に出会う。韓国から日本の美容を学びに来たコスメ会社の御曹司。そして光への距離が近い人。自分もそうなのに他人が そうしていると気になるのが はるか という人。更に時宇は光の元カレっぽい人かもしれないという考えに至り、黒滝におけるミオリンの時の同じ感情を呼び起こされる。こうして時宇の存在で はるか は光を恋愛対象として見るようになる。