おかもととかさ
私の町の千葉くんは。(わたしのまちのちばくんは。)
第06巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★☆(5点)
文化祭でこっそり制服を着てしまい、しかもそれを千葉弟に見つかってしまったマチ。弟との間で「秘密」をもってしまったことに心がチクリと痛むけど、千葉兄との交際はすこぶる順調。元カノ・アユミちゃんを交えての飲み会だって平気。いらんことしかしない和田が、邪魔しようとしても大丈夫。自分がもともとは、兄のタイプの女性じゃないって分かっても……。包み込む系素敵彼氏の兄との交際は急加速! ひょんなことから同棲まで始まってしまうことになり…。もしやこのまま結婚へ?でも、もちろん弟が黙って見ているわけもなく……。ついに、緊張ほとばしる「三者面談」の時……!?右と左から同時にトキメキが押し寄せるサンドイッチ・ラブ、待望の第6巻!!
簡潔完結感想文
- 自分が寝た悠一と会社の先輩との飲み会に続き、新旧の彼女と悠一の大人な空間。
- 弟の次に兄にもライバルを返り討ちにしてもらって作品のプリンセスが誰かを誇示。
- 打算も必要な実年齢を忘れた 初恋・青春ゾンビの小野寺マチ17歳です。おい おい!
これが幸せなのだと頭では分かっている 6巻。
主人公・マチは順調に幸せになっていく。自宅マンションの設備不良で悠一(ゆういち)との同棲が始まり、そして結婚を前提とした親の挨拶にも向かう。初恋の人でエリートサラリーマンの悠一は誰が考えても最良の結婚相手。でも『6巻』はマチの価値観と悠一がマッチしないこともまた同時進行で描かれている。
間違ってはいけないのはマチと悠一の価値観に相違がある訳ではない。金遣いが荒いとか、女遊びが激しいとか、その種の将来への心配は何もない。ただマチの中にいる初恋の「千葉(ちば)くん」と悠一が どうにも不一致なのだ。この2人は同一人物ながら違う人。10年という月日が悠一を変容させた。それが悪い成長じゃないことはマチの頭でも分かってる。でも彼女が望むのは あの頃の千葉くんで、自分を当時の彼女のように扱ってくれる男性なのだ。
そのキーワードとなるのが以前から出ていた欲情という単語だろう。高校時代のマチは千葉くんの髪が乱れているだけで欲情できた。千葉くんが彼女の前だけで見せる顔を想像しては興奮していた。でもオトナ男子となった悠一は ひたすら優しい。でも自分の前で乱れたりしない。そして高校当時は会った女性を狩猟する側という野性味も失っている。マチは悠一から追われることを10年前から渇望しているというのに。そこに小さな不満があるからマチは悠一に制服を着させて強制的に千葉くんにさせようとするのかもしれない。しかも『2巻』での考察でも書いたが、悠一と初めての夜を迎えた日にもマチは その前で悠人からの視線一つで欲情していた。マチに10年ぶりの本物のスコーンと恋に落ちる感覚と欲情を取り戻させたのは悠人なのである。
もしかしたら幸せになっていく中でマチが彼を悠一と呼ぶことになったことは不幸なのかもしれない。交際しても千葉くんは千葉くんであり続けてくれた方が彼女は嬉しかったのかも。その点、学校にいる千葉くん=弟の悠人(ゆうと)は絶対に悠人とは呼べないから、自分の中の千葉くんは維持され続けている。
作品の構成上、マチの違和感や過失は描かれるとしても最後の最後だろう。それまでの悠一と堅実な道を進みながら、悠人との関係に執着を見せるマチは決して断罪されない。
マチは作中で決して悪く描かれることないから、彼女のために作品は悪い女を用意する。その1人が教育実習生・朝子(あさこ)である。教育実習も終わったことで前回が最後の登場だと思ったけれど、『6巻』でも登場してきた。でも おそらく これが最後だろう。それぐらい朝子は作品側から完膚なきまでボコボコに叩かれている。こういうライバルの撤退でカタルシスを描くところが本書の性格の悪い部分だと思う(褒め言葉)。
色々とマチに不利になるような状況を作り出そうとした朝子は、まず悠人に そして今回は悠一に返り討ちに遭う。勧善懲悪がなされることで読者はホッとするが、それ以上に自分の分身であるマチが千葉兄弟の両方に守られて、悪者を男に退治してもらう姫ポジションが完成している点に読者は陶然とするのだ。最後まで悪者に対して自分はニコニコと優しさを忘れないまま、男に代理を頼むというのがマチ姫らしい狡猾さである。
さて、マチの想定より早く とんとん拍子に進む悠一との関係。それに10年間も青春・初恋ゾンビとして生きている状態のマチが折り合いを付けられるのかが次のテーマになるだろう。また買い物依存や泥酔を繰り返しそうな危うさを秘めた、実年齢だけは27歳の主人公である。
文化祭の夜、マチは恋人の悠一、その元カノ・アユミたちと同窓会のような飲み会に参加する。アユミの前で悠一に彼女として扱われることに くすぐったさを覚えるマチ。ただ『5巻』で そうであったようにアユミにとっては悠一は過去。だからギスギスしないし「大人な空間」。でも いっそアユミが急に女を出してきて、悠一との過去を匂わせたりした方がマチにとっては悠一への執着が燃え上がったのではないか。
考えてみればマチは悠人に対して朝子という仮想敵がいたから対抗心を燃やした。ある意味で少女漫画ヒロインはライバルを自分の恋愛の燃料にしている節がある。特にマチは悠人への欲情を他の男に変換するような人間だから、ライバルが多いほど愛を錯覚するのではないか。
実際、やや ご都合主義な展開で この飲み会の開催情報を入手した朝子は この同窓会に部外者ながら闖入する。ここで朝子は自分の価値を再確認しようとし、マチを貶めようとしている。ライバルで、しかも狡猾な人間がいるからマチという本来は同じような人間が悠一から擁護され、朝子を撃退する。やっぱり千葉くんの兄にも弟にも守られるマチこそが姫なのである。そのためにはライバルを惨めにするのが本書の(マチの)いやらしいところ。
しかし一方でマチは自分が悠一の元カノ・元嫁ライン、すなわち彼のタイプから外れていることを知らされ鈍痛を覚える。そんなマチをケアするかのように悠一は旅行の計画を提案する。姫のご機嫌は損ねてはいけない。
アユミが悠一への感傷に浸らないのは、悠一の嫌な部分を知っているから。交際中の彼は束縛し、そして自分をトロフィーとして見ていた。当時の彼にとって恋愛はハントだったのだ。
その話をアユミは屈託なくマチにする。そのことで またマチの心に棘が刺さる。それはきっとマチが心から望んでいる「千葉くん」の姿。でも10年が経過した彼は様々な経験をし、千葉くんではなく悠一になっている。そこがマチに安心感を与えるオトナの悠一であり、彼への違和感の正体となるのだろう。
そんな時、マチの住むマンションが水漏れを起こし、その修理のため3週間 風呂が使えなくなる。それを知った悠一はマチの部屋の片づけを手伝い、そして自分と一緒に住むことを提案する。マチは悠一の提案に喜ぶ前に、そんな現実的な考えが浮かぶ。突然の同居は嬉しさよりも、この日常の崩壊が悲しかったりする。交際 間もなくの同居は女として ひと時も気が抜けない状況であり、そして悠一との日常が通常になって彼に囲まれることを意味する。悠一のハンターとしての一面を見たい今のマチには望ましくない状況である。
実際、同居生活でマチは少し無理をする。悠一から過去の同居経験の有無を聞かれて内緒にするのは彼にハントしてもらうための謎としてだろう。一方、結婚歴がある悠一も当時は単身赴任があり同居はあまり長くなかったようだ。
悠一は漂うエロスに流されず、マチと本音の話をしたい。だからマチも追いかけられることを待っている自分のことを話す。秘密を一つずつ提供して2人は一緒に暮らし始める。
この話から分かるのはマチは「千葉くん」を求め続けているということ。悠一の彼女ではなく、当時 千葉くんの彼女だったアユミの立場になりたいし、千葉くんは千葉くんでい続けて欲しい。あの時の願望と妄想を全部 叶えたい。キスが想像と違って優しかったように悠一は ちょっとずつ違う。そこに大きな不満がある訳ではない。でも絶対に言えない些細な不満はある。
悠一は、マチが悠人の担任として三者面談で千葉兄弟の親に会う前に、自分の彼女(嫁候補)として親に紹介しようとする。
そうして訪問した千葉の実家は高校生当時のまま。マチが それを分かるのは一度 千葉くんを尾行したことがあるから。そしてマチは千葉くんの頭から飛び出た寝ぐせに欲情していた。
対面した千葉家の母親は至って常識的で温厚な人。そして そこに悠人も帰宅してくるが、マチと兄の関係が進展することを確認して、再び外出する。
しかし母親は普通なら離婚から1年の息子が新しい彼女を家に連れてきて挨拶することとか、次男の突然の転校と、その先にいるマチという存在など疑問は色々あるのではないか。その違和感を全く出さないのも「大人な空間」なのだろうか。いや、おそらく そのような嫁姑問題みたいな構図は本書のテーマではないから なかったこととして扱うのだろう。
冒頭で悠人が朝子に言った通り、悠人は寂しいと噛みつくような人間。実際に噛みつきはしないが ちょっと目立つ行動に走るのは彼の寂しさが暴走しているのだろう。
そんな悠人にマチは目を合わせられない。彼の純情を知りながら、その兄と結婚しようとする負い目と、彼の目を見ると暴走しそうな自分を冷静に自覚しているからだろう。
奇行によってプールに飛び込んだせいか悠人は咳をしている。その心配をするマチだったが彼らは触れ合わない。だが悠人は10年前の出会いの場所である鶏小屋の前で、自分がマチとの初対面で欲情していたことを話す。それは その頃の自分が千葉くんにしていたこと。欲情というワードで2人の気持ちは通じ合う。
だけどマチは そんな悠人の気持ちに応えないことを選んだ自分を謝罪する。そして一方で悠一と千葉くん の間にある確かな断絶を意識し始める。悠人は愛おしい存在ではあるが、欲情する対象じゃない。