宇佐美 真紀(うさみ まき)
スパイスとカスタード
第10巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★☆(7点)
感謝と感動の最終巻!! 高校3年生になり、卒業後の進路に悩むタマ。小さい頃からずーとチカくんと一緒にケーキ屋さんをやるものだとばかり思ってたけど、それって依存してるってことなのかな…!?そんな中、チカのお父さんの体調不良とライバル店の影響で、ケーキ屋さんが閉店!?タマチカの2人に最大の試練が訪れる。悩んだ末に2人が、最終的に選んだ「夢」とは…!?ツンデレメガネ×一途あまかわ女子のナイショのきゅん恋、ついにフィナーレ!!
簡潔完結感想文
- 彼の実家問題を扱うオーソドックスな少女漫画展開だが、その分量は極めて少ない。
- 1話で交際の夢を叶えたけれど、3年かけて彼と やりたかったことを少しずつ叶える。
- 動画撮影による個別訪問で近況を報告してから、変わらない友情の6人を一堂に会す。
ヒロインの創造や妄想は いつの日か叶うから、の 最終10巻。
『9巻』から ちゃんと伏線はあるものの、やや唐突に起こるチカの家族問題。考えてみれば少女漫画のクライマックスは別離や遠距離恋愛、またはヒーロー側のトラウマや家族問題の どちらかを扱うことが多いが、本書は2巻分で その両方を扱ってみせているのは異例と言えるだろう。トッピング全乗せのパフェといった感じだが、どちらも深刻さを加減して、読者の心に重くなり過ぎないようにしているので色々な味を楽しみながら無理なく消化できる範囲に収まっている。読書中 こういう作者の味の調整の巧さを何度も感じてきた。
最終巻で印象的だったのは、辛い時も そして嬉しい時も それを一瞬の表情の中に閉じ込めている点だった。今回のチカの家の問題はタマもチカも ずっと泣いていても不思議ではないほどの出来事。でも作者は涙を最小限に抑える。それが多すぎると物語に雑味や苦みが出てしまうから。これは『9巻』における別離期間と同じである。そしてタマとチカの2人は ここまでの3年弱の交際を通して、2人の気持ちを通わせ続けてきた。1人では現実の重みに負けてしまったかもしれないが、今は2人はずっと一緒にいるという同じ考えを持てている。だから同じ方向を向いて、同じだけの痛みを共有し分け合い、前を向き続けることが出来るだろう。
タマ目線の物語だから間接的になるが今回 チカは本当に心が砕けそうに辛いだろう。その彼が実家の店舗の片付けの時に見せた一瞬の表情が忘れられない。とても悲壮感のある表情だが、同時にそれは彼が将来を見据えて大きな目標を抱いた瞬間でもある。これまでの どんな時より大人の表情を見せるチカに胸を打たれた。
深刻さは この一瞬に閉じ込めて、作中の雰囲気は飽くまでも ゆるふわ に努めているのが素晴らしい。あまり深刻な物語が流行らない時代性に合わせながら、それでも作品として甘いだけの物語にしない点に作者の気概と賢さが見える。
その逆に一瞬の幸福を切り取ったのが「特別編」におけるタマの表情。チカに渡された物を確認して、込み上げてくる想いを我慢している彼女の表情は本当に素敵だった。最後の最後まで主役の2人が好きになっていく素晴らしい物語だったと思う。
また男女3人ずつの計6人グループを安直にカップルに仕立て上げなかったのが良かった。悠月(ゆづき)・えみるペアは ともかく、翼(つばさ)と律(りつ)はカップルになるかなと予想していたが、それもなかった。内輪カップルを強いて挙げれば、高校時代の恋を紆余曲折ありながらも成就させた翼の姉と剣道部顧問なのかな。大人組の彼らは10年前の破局、そして交際後のゴタゴタを乗り越えて見事にゴールインしている。家族構成が変わったのも大人組ならではの描写だった。
どこを切り取っても好きな お話だけれど、1つ気になるのは『10巻』でタマとチカが「妄想文化祭」をしたのが「去年」と言っているのは誤りだろう。『4巻』での それは高校1年生の時の思い出ではないか。なぜなら その後で1学年年下の悠月と出会い、彼の志望高校を決めていたし。そもそも高校2年の秋は夏休みから冬休みまで交際公認のために別れていた時期である。
ただ この2年越しの夢の実現の中に、タマの根気の長さが よく出ている。1話から交際している2人だけど最終巻まで ずっとカップルとして やりたいことを少しずつ叶えていっているのが良かった。一緒に登下校するとか、デートをするとか普通のカップルの第一歩を『9巻』までできなかった2人。一緒の文化祭も最終学年のみ。
でも一方で、タマは少女漫画ヒロインらしく、彼女の願いは全て作中で叶っていると言える。そして彼女の野望は尽きない。添い寝や性行為といった欲望もそうだし、チカと一緒にケーキ屋を開くこともそう。そしてタマが夢を見る結婚、出産、家庭など まだまだ2人には叶えなくてはならない願いがある。
そんな これからの甘い予感を残して終わる物語は本当に素敵だった。甘い甘い幸福は これからの人生でも いくつも待っているんだ!
自分がチカに依存していたと落ち込むタマだったが、そこにチカの父親の入院とケーキ屋の閉店危機が彼女に追い打ちをかける。近隣に人気店が出現し経営が苦しくなりつつある中で父親の病気が判明して、店の維持が難しいというのがチカの両親の判断だった。
思い返してみればチカが店を継がずに まずは大学に進学すると言っていたのも家業の先行きが分からなかったからだろう。そんなチカに自分の夢を押し付けていたことを知り、タマは自責の念に かられる。
病名は明記されていないがチカの父親は1か月の入院し、その後も自宅療養と通院で あのケーキ屋の閉店が決定された。営業最終日にはタマたちや常連のお客様を招待して貸切でケーキを振る舞った。
その日の終わり、チカの父親の体調を気遣い、タマとチカは店の後片付けをする。その掃除中、チカが実家を継ぎたかったという思いを涙をこらえて言っている場面が胸に迫る。この思いがチカの将来の夢へと繋がり、彼は店の建て直しを宣言し、彼の方からタマに一緒に やってほしいと切り出す。こうして2人の将来像は一致した。それが実質的なプロポーズであることにタマが気づくのは もう少し先である。ここも自分の幸せを喜ぶのではなく、辛いこともチカと共有して共に乗り越えるという姿勢が優先されている。
こうしてタマはケーキ屋を裏方として支えるための経理を学ぶのではなく、直接 お菓子作りをする製菓学校へと進路を変更する。チカと別れるという選択肢は もちろんないが、チカに依存しない将来像が描かれる。
手芸部の後輩たちの進路も語られ、悠月は被服関係、えみる はアクセサリー作りを目標にしていて、2人は将来的にコラボを考えている。
順風満帆にも思える手芸部だが、文化祭で3年生は引退となりタマの心配は部員の数。人数合わせのチカと律も不在になったら部として存続の危機を迎える。そこでタマは季節外れの勧誘を始めるが上手くいかない。そんなタマに悠月は たとえ廃部になっても部員獲得に注力するより自分たちの活動の中で財産となるようなものを残すことが大事だと説く。そしてタマに文化祭での精一杯の表現をしてほしいと願う。
こうしてタマは再び自分と向き合うことになり、自分の中のチカの家のケーキへの情熱や将来的に作りたいケーキを形にしていく。それは とても刺激的なことで、タマの部活動は完全燃焼した。その ご褒美のように手芸部に新入部員が やってくる。
今年の文化祭は大成功に終わり、後夜祭ではチカと並んで過ごす夢が ようやく叶う。現実は大変なこともあるけれど、きっと達成できることもたくさんある。チカからのプロポーズの確約も取れたし、タマの未来は明るい。
そして卒業式。最後に迷惑をかけられ、迷惑をかけた剣道部顧問に挨拶をし、彼から門出の言葉をもらう。悪い先生ではない。
その後はチカの家(?)で仲良しグループ6人での卒業祝いが催される。翼 曰く「一生つき合ってって楽しそうな人に出会えた3年間」だそうだ。ちなみに翼は動画配信者になってインフルエンサーになるのが目標(大学にも進学する)。律は大学進学後、警察官になるのが目標。
楽しい時間の後は、高校生活や友達との別れが待っていた。タマは堪らずに泣いてしまうが、チカが彼女を優しく慰める。でも そんな良いシーンを自ら台無しにしていくのがタマスタイル。最後に暴走して出禁オチ、かと思いきや、チカも これまでのツンデレとは違う行動に出て、2人らしい結末を迎える。
その数年後、2人はキッチンカーによるケーキ屋を始める。夢への小さな第一歩だが、ここから全てが始まる。タマが描くケーキ屋再建も1男1女の家族も きっと叶うはずである。なぜなら高校3年間で あのチカを落として、彼にして欲しいことを全部 叶えてきたのがタマなのだから。
「特別編 ボーナストラック」…
おそらく本編は高校3年間を描いたので、その外側にボーナストラックとして数年後の彼らを きちんと描く。
6人それぞれの その後を結ぶのは翼の役割。この頃の翼は しっかりインフルエンサーとなり有名人。その翼が最初に動画撮影したのは、製菓学校を卒業してキッチンカーを始めたタマとチカ。
その後、翼はクリエイターユニットとして活動する悠月と えみる を訪ねる。彼らはネット販売を中心に活動している。悠月は本編で言っていた通り、タマのドレスを作るためにブライダルにも着手する予定。
最後の律は大学卒業後から警察学校に入る頃。律は顔出しNGなので彼女が飼い始めた猫を撮影する。この猫は警察学校にいる間は誰が面倒みるのだろうか。男に依存して家を空けてばかりの母親も心配だし、拾ったとはいえ律も自分の将来的なライフスタイルと噛み合わない猫を飼うのは ちょっと考えが足りなかったのか。
そして翼はオジになっていた。姉が剣道部顧問と結婚し 一児(女児)をもうけていた。
一周した後は再びタマとチカの様子になり(翼はいない)、2人は まだ実家暮らしで なかなか2人きりになれない様子がコミカルに描かれる。チカの父親も祖母も元気な様子。特に父親は病状が良くなり、2人のキッチンカーで出すケーキを一緒に作ってくれているという。
そしてラストは翼の動画チャンネルの登録者数が100万人を突破し、そのお祝いに高校時代の仲間が一堂に集まり、チカとタマは お祝いのケーキを作る。2人のケーキ作りの技術も確かなもののようだ。それも動画のネタにする翼だが、導入部だけで あとはオフレコ。このシーンから始めると情報が渋滞しただろうが、最初に翼の個別訪問による近況報告があるため知りたい情報は先に知れる構成が◎。
その帰り道、チカの運転する車で帰宅するタマは、彼から指輪を手渡される。この時のタマの表情と、その後に続く言葉が大好きだ。でもチカの指輪購入の資金は どこから出てきたのかが気になるが。きっとタマは悠月のデザインしたドレスを着て花嫁になり、やがて1男1女をもうけ、あのケーキ屋を営むのだろう。いつまでも物語から幸せな甘い匂いが消えることはない。