おかもととかさ
私の町の千葉くんは。(わたしのまちのちばくんは。)
第05巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★☆(5点)
「正直言って、真剣交際です。」マチのダメなところも愛してくれて、圧倒的な安心感を与えてくれて、そして結婚を考えていてくれて…。千葉兄との恋を本当に大切にしたいと思うマチ。千葉弟の自分への思いは、「きっと初恋を理想化し過ぎてるだけ」だし、本気で受け止めちゃいけないものだと思っている、のに…。弟が女子生徒に近づかれていると、ちょっとモヤる気持ちもあって。止まらない「初恋」へのノスタルジーはひっそりと自分の中にしまい込んでいたマチだったが、文化祭の準備がスタートして、ノスタルジーが加速してしまい…?
兄の元カノも登場! そしてあの頃の兄を彷彿とさせる弟!そんなこんなで文化祭で、マチは史上最ヤバな状況に!アラサーになっても「初恋」に振り回され続けるリアルタイム・ノスタルジー・ラブ、待望の第5巻!
簡潔完結感想文
- 幸せオーラに包まれるマチだが、それは自分の暴走を抑制する戒めでもある!?
- 教室の中で ただ一人の異物で、同級生の中で ただ一人 教室に囚われている。
- 制服は10歳という年齢を埋める魔法のアイテム。今の私はシンデレラ(覆面)
1巻かけて念願の制服プレイを完遂する 5巻。
『4巻』に続いて派手な恋愛イベントが起きず、間延びした雰囲気が漂う。もうちょっと内容を濃密に出来ないものかと思う。
ただし『5巻』は1巻全部を使ってマチを惨めにしている様子が とても良かった。『5巻』で作者は、制服というアイテムを使い、何度もマチに戻らない時間に囚われていることを自覚させる。
例えば文化祭準備の教室。マチは担任教師として生徒たちを監視しながら一緒に作業をする。教師という立場は教室の支配者であるが、ただ一人の部外者でもある。マチが初恋をこじらせて この教室内に初恋の「千葉(ちば)くん」の幻想を追っても、まるで その当時の千葉くんの悠人(ゆうと)を目で追っても、マチには何も出来ない。いや10年前以上にマチは悠人とは立場が違い、横に並んで作業することすら許されなくなったことを自覚する。生徒たちが着る制服は自分たちを=(イコール)で結びつける無言の連帯。文化祭におけるクラスの人間関係を観察し、マチは それを着る資格がなくなったことを痛感する。
そういえばマチが教職を選んだのも結局、初恋の、青春の未練からなのだろうか。
また文化祭当日。そこでマチは当時の「千葉くん」の彼女である アユミちゃん と再会する。今のマチは彼女と「姉妹」の関係にある。だがアユミは その事実を知った上でもマチに対して思うところは無い。その理由の一つとして彼女は青春を謳歌して、千葉くんとの恋を過去のものにしているから。そしてアユミは上の子が もう小学生という母親であり敵ではないことをマチに教える。
それでも当時の「千葉くん」に対する懐かしさや思い出はアユミの方が断然にある。その事実にマチは負かされる。2人の間には何も衝突は起きていないが精神的にはフルボッコである。
そして かつての同級生たちは、教室から巣立ち、自分だけの居場所を見つけている。特にアユミは10年前は千葉の彼女であり、その後に誰かの妻になり母になる、同じ年であるはずのアユミは自分の遥か先を行っている。でもマチは初恋に囚われ続け、今も制服を着たい。その動機は青春に対するリベンジであり、無念だろう。同じ教室にいたはずの人たちは教室から出て行ったのに、マチの心は まだ あの教室にある。
アユミは女性ライバルではない。いやマチはライバル視されないからこそ惨めだろう。マチは自分だけが古い価値観に囚われていることを自覚する。もしかしたら今の恋人で かつての「千葉くん」である悠一(ゆういち)をアユミの お古だと思ったかもしれない。彼女が過去に置いておける ≒ 捨てたものを自分は ありがたがっている。そんな気持ちが1mmぐらいは湧いたかもしれない。
意地悪な見方をすれば、お古になった悠一ではなく、新品同様の悠人がマチの制服願望を間接的に叶えているのも彼女にとって満たされる事件だったのではないか。『5巻』のラスト、最後の1コマでマチの顔は着ぐるみで隠れている。でも これまでの彼女の傾向を考えるに、彼女は絶対に欲情している。『5巻』を通じて痛感した10歳の年齢差や、一歩も動けない自分など忘れて、千葉くんに独占される文化祭を過ごせた自分に興奮しているに違いない。序盤で冗談交じりに「性欲 強くて」と言っていたマチだが、これは事実だろう。キスをしなくても直接 触れなくても彼女は興奮できる。特に悠人との関係において それは繰り返し描かれていることである。
学校内に流れる悠人との噂を打ち消すべく、マチは同僚教師たちに悠一との真剣交際を自分から流布する。それを朝子(あさこ)たち教育実習生の送別会を利用しているので彼女にチクリと嫌味を言われるのも当然か。最後は朝子の勝利かと思ったけど、オタサーの姫が そのサークルで彼氏を作ったという事実は、今後のサークル内での彼女の地位も危ういような気がする。
マチは悠一から結婚を視野に入れていることを聞かされて無敵状態。誰に何を言われても自分の恋愛にケチを付けられないと幸福オーラを身に纏(まと)う。
ライバル・敵役が出現し続ければ連載が継続可能なのが少年誌のバトル漫画と恋愛漫画である。次の仮想敵としてマチの前に現れるのは『2巻』の体育祭回で悠人が肋骨を痛めながらも お姫様抱っこした女子生徒だった。久々に見た彼女はメガネを外し、髪形を変え、女性としての意識があった。そして衝突によってマチが落としたプリントを拾うことをせず微動だにしないところに彼女の意思を見る。彼女は あの体育祭以来、悠人に恋心を抱き、SNSでマチの噂を流していた犯人は朝子ではなく、この人だった。しかし『5巻』は まだ動かない。『5巻』はマチが自滅して自家発電するまでを描くことに消費される。
ただし噂は根拠のないものではない。マチの視線は いつも悠人を追っていて、彼に近づく女を確かめている。そして教師として文化祭準備に励んでいる生徒たちがいる教室に入ると別世界の人間であることを自覚しながら、視界の端で「千葉くん」を意識する自分は あの頃と同じ気持ちのまま。
そんな自分を振り切るためにマチは悠一のもとに向かう。幸せオーラだから無敵でもあるが、幸せオーラで自分の気持ちを押しとどめ、暴走を制御しようとしているようにも感じられる。
そしてマチは悠一と制服プレイをしてみたいという願望を抱えていた。それが あの頃 果たせなかった初恋や初体験の成仏になるからなのか、マチにとって悠一は初恋の「千葉くん」がいる記憶は学校だからか、はたまた絶対に許されない願望を悠一を代役で果たそうとしているのかはマチ本人しか分からない。
ただし現役教師であるマチは、制服を着る人には一生懸命さをはじめとした精神が必要だと痛感している。今の自分が着たからといって あの時代に戻れるはずはなく、完全にプレイの一環になるだけ。
文化祭準備で悠人は女子生徒にマニキュアを塗られ、バイト前の その除去をマチに依頼する。なんでマチは ここで悠人と2人きりで親密さを出してしまうのか。噂を消したいなら絶対にしてはいけないだろう。でも結局、マチの中に悠人と一緒にいたいという願望があるから、悠人の誘いに乗ってしまうのだ。制服を着た、あの頃の一生懸命さを持つ「千葉くん」は、マチの強すぎる性欲を満たしてくれる現存する ただ一人の人なのだろう。
文化祭当日、マチは悠一の高校生当時の元カノ・アユミと再会する。彼女は20歳に消滅するヒエラルキー文化の象徴。20歳から会った人はヒエラルキーを持ち出さないが、20歳までに会った人は一生ヒエラルキーを引きずるのではないか。それでいてヒエラルキーが上位の人は その時の最高の時間を過ごし、前進し続ける。下位のものは周回遅れで人生を謳歌するしかないのか。
マチには青春への無念があるから、教師用の仮装で着る女子生徒用の制服を思わず着てしまうのだ。そして その姿を悠人に見られてしまう。
悠人は その教室に他の生徒が入って来たこともありマチに着ぐるみの頭部分を被せ、正体不明の女子生徒と一緒に文化祭を回ろうと提案する。悠人以外の生徒に制服姿を見られたら本当に社会的に死んでしまうから、悠人の判断は賢明と言える。ヒロインのピンチを助けることがヒーローの役目である。
この『5巻』で ずっとマチは もう青春とは隔絶された、ちゃんと10年の月日が流れた自分を痛感していた。だからこそ今の制服姿は社会的に即死できるほど異常な姿。しかも願望の根底にはマチの性欲が流れているからマチは死ねる。その自分を捨てるためにもマチは苦し紛れに この制服姿を ドッキリ企画だということにしようとする。
でも文化祭は悠人にとって10年前にマチと初めて会い、恋に落ちた記念すべきイベント。ずっと絶対的にあった10歳の年齢差を埋められるマチの制服コスプレは彼にとって僥倖だったのではないか。だからマチの存在を隠して出来るだけ長く一緒にいようとするし、他生徒からの ちょっかいに対抗心を燃やす。そこにあるのはマチの姿を自分だけにしたい独占欲。非接触ながら悠人はマチの欲望に火を点ける。