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「桜亮介」が善意の神様であるならば、井竜奏多は全知全能の神である。

サクラ、サク。 4 (マーガレットコミックスDIGITAL)
咲坂 伊緒(さきさか いお)
サクラ、サク。
第04巻評価:★★★★(8点)
 総合評価:★★★★(8点)
 

琴乃も陽希(はるき)のことが好きかもしれないと知り、動揺する咲(さく)。冷たい物言いの裏で、泣いているところを抱きしめて隠してくれた井竜の意外な優しさに触れた咲は、少しずつ心を許しはじめ…!? キュンとして泣きたくなるリアル青春グラフィティ!

簡潔完結感想文

  • 後発キャラながら事情を知るから咲の相談役になれる井竜は 咲の良さも知る。
  • 彼女が見ていたスマホ画面に映る人で、彼女が誰を好きなのか理解する ×2。
  • 咲の問いには嘘をつかなかった琴乃だが、自分の心に嘘をつく決意をしていた。

つも巻末で新しい恋の矢が放たれる、の 4巻。

『1巻』の感想文で、本書の相関図は矢印が かなり入り乱れたものになるだろうと書いたが、中盤に入った この『4巻』でも恋の矢は次々に放たれていく。
単純に言えば『1巻』ではヒロイン・咲(さく)が長い時間一緒にいた陽希(はるき)への思慕を募らせ、そのラストで溜めた力は一気に放たれる。『2巻』は それを確定させ、その裏で次の人の矢を放つ準備が整えられた。そうして『3巻』では琴乃(ことの)が いつも一緒にいてくれる人への思慕を募らせ、そして この『4巻』のラストで唐突に到来する恋心に戸惑うのは井竜(いりゅう)となった。

井竜に関しては いかにも当て馬ポジションなので分かりやすいが、琴乃の恋心と彼女の覚悟は意外な展開を見せていた。ネタバレになるけれど、単行本『3巻』の帯にガッツリ『3巻』ラストのネタバレが書いてあってショックだったのだが、それすらもミスリードだったことが今回 判明する。はいはい そっちね、と読者を早合点させたからこそミスリードの精度は上がる。でも『3巻』を通して分かることを、帯=表紙でネタバレしているので、その点は どうかと思う帯の文言である。

琴乃の勇気ある決断力によって、これで誰かが誰かを利用する歪んだ関係性は解消されたが、その裏には琴乃が咲のために呑み込んだ感情があることを咲は知らない。犠牲 というと琴乃が可哀想なので、彼女の祝福があって 咲の恋の視界は開けた。ここから一気に両想いの道を咲が全速力で駆け出してもいいと思うが、本書は そうはならない。1巻以上の分量をかけて琴乃が自分の気持ちを消化し、そして心の持ち方を決めたように、今度は井竜の心の問題が浮かび上がるからだ。誰もが精一杯の恋をしたと感じられるまで、本書の一番 大きな矢は放たれることはない。そこが まどろっこしい部分なのだが…。

今の陽希には救い切れない 咲の悲しみを救うのが井竜。落ち込む彼女を察し身体が勝手に…。

白いと思ったのは井竜の立ち位置。彼は部外者で後発キャラにもかかわらず、咲や陽希、そして琴乃の事情まで全てを理解している。その全知全能性があるからこそ井竜は咲の相談相手となる。以前も書いたが、陽希が咲と同じ価値観で彼女に助言をする人ならば、井竜は咲とは違う観点から物事を見ていく人。この観点の違いに最初は戸惑う咲だったが、彼によって導かれる結論や教えられる教訓も多く、彼自体への苦手意識は薄れていく。

井竜と言う人は作品で八面六臂の活躍を見せる。最初は「いい子ちゃん」ヒロインと その仲間たちの平和な空気を乱し、周囲をピリつかせる。その後、咲と交流をしていく内に止まりそうになる彼女の足を動かすアドバイザーの役目も担う。そして陽希が偽装交際を始めてからは、咲と言うヒロインの周囲にイケメンを補充するために駆り出され、彼女のピンチを救ったり、咲が陽希・琴乃に秘めている気持ちを吐き出す唯一の窓口になる。この時点では因果関係も損得勘定も持たないから井竜は自由に動き、そして高い情報処理能力によって咲を中心に起こる恋愛事件簿を おおよそ把握する。こうして ずっと咲と一緒にいることで、井竜は無自覚に この恋愛作品の一角に囚われていく。
井竜は咲周辺の恋愛事情において全知全能の神になっているが、実は自分の気持ちだけは分からなかったという半神半人の自分に気づいたのではないか。この辺は、優しくあろうとする自分と好きな人を独占したい自分に悩む咲や陽希と似たような葛藤なのではないか。

そして井竜は客観的な正論を咲にぶつける人なのだが、井竜との交流が増え、彼の性格を把握しつつある咲は それに対して自分の考えを きちんと述べるようになってきている。確かに井竜は全知だが独善性が強い。そう言う意味では少し「俺様ヒーロー」っぽくあり、咲の「基本ヘタレ風なのに なんだかんだ言い返してくる」性格は、井竜のような「俺様」が お気に召すタイプなのも納得である。俺様ヒーローは自分に反論してくるような気の強い女性が お好みなのだ。

最初は恋愛対象として全く見ていなかったのに、抱える悩みを共有したことが恋の契機になってしまうのが本書。だからこそ彼らは自分の想定とは違う方向からの恋心に戸惑い、それを消化するまでに時間がかかる。その消化に必要な時間が ちょうど1巻分ぐらいなのだろう。そういえば本書は1巻につき 丁度1か月ぐらい時間経過があるように思う。そして1か月一緒にいることが相手を知り、その人に惹かれる時間となっている。
本書で最もストレートに人を好きになっているのは美斗士(みとし)ぐらいではないか。井竜が部外者でイレギュラーに見えるが、実は美斗士の方が ずっと同じ人を好ましく思っている点ではイレギュラーな気がする。ただし自分の好きな人が誰を好きか分かってしまう苦しみは他のメンバーたちと共通の悩みではあるが。


来、自分が聞いてはいけない話を立ち聞きしてしまい、琴乃の恋心を理解した咲。これが『3巻』の帯にあった「親友と同じ人を好きになった。…かもしれない。」状態である。

その状況に咲は足が動かなくなり、こちらに歩いて来る琴乃と鉢合わせのピンチ。それを救うのは逆方向に行った陽希ではなく、突然現れる井竜。咲のピンチを救ったことで彼もまたヒーローの資格を手に入れたと言える。そして本来は部外者なのに、全ての情報をグループメンババーよりも把握しているのが後発キャラっぽい。井竜の言葉は相変わらず辛辣だが、咲は確かに彼に救われた。

予定では この日、咲は琴乃に陽希への自分の気持ちを伝える決意をしていた。そうすれば自分のモヤモヤが晴れる可能性があったが、余計に霧は深くなってしまった。


乃、咲に続いて陽希は、見ない方が良かった場面に遭遇する。それが咲と井竜の接近。自分の偽装交際と同じように、咲と井竜の接近の理由を聞いて安堵したはずだが、彼らは確かに距離が近づいているように見える。それは真実を全て知っている「神」ポジションの井竜になら咲は思いの全てを曝け出せるからだった。だから彼の前では秘めていた感情が爆発し、涙を流しそうになる。井竜は突然 泣き出す咲を周囲から隠すため、背中に手を添えて彼女を外に連れ出す。その場面を陽希が見てしまった。

今や咲が全てを話せるのは陽希ではなく井竜。自分の胸の内を全て話し、そして琴乃と陽希の偽装交際が本物になった場合でも仕方ないと思えると口では言う咲を自己欺瞞だと一刀両断する。咲は その言葉の意味を知り、そして それが自分の心の底にある気持ちを的確に表しているから落ち込む。


んな咲に陽希から連絡が入る。色々と口実を作ってはいるが、井竜に接近する咲を少しでも自分の方に引き寄せたいのだろう。彼もまた自己欺瞞の人間かもしれない。陽希は これからまた会いに行くと言ってくれるが、そう何度も会うと それこそ浮気のように後ろめたい。ましてや今の咲は琴乃の気持ちを知ってしまっている。そして咲は対外的には彼女持ちの陽希と一線を引かなければいけないことを痛感する。

その痛みと悲しみを的確に見抜くのは井竜。琴乃・陽希カップルの横で歩く居た堪れなさから彼が遠ざけてくれる。またも井竜と咲の接近を目撃した陽希は彼らを追いそうになるが、横には足を痛めた琴乃がいる。自分で設定した偽装彼氏が自分の自由を制限する。

井竜は咲に再び正論を展開するが、今回は咲も反論する。その彼女の強さを井竜は認めたように見えるが、実は咲の意見の背景には陽希の存在が色濃くあることを井竜は知らない。
神様である井竜は嘘を重ね、茨の道を進む覚悟があるか咲に問う。いい子でありたい咲が いい子にならない道を歩くことは欺瞞であると神は説くのだった…。


希は咲が駅を利用するのを待っていた。咲の最寄り駅や使う改札・出口が分かるのは一度 彼女を家まで届けているからか。公園で待ち伏せし、駅で待ち伏せし、咲が陽希を好意的に思っているから良いが、やっていることは琴乃の束縛元カレと変わらないようにも見える。

井竜の行動に対する心配をする陽希だが、咲は井竜のことが段々分かってきているので彼を自然体に受け入れる。てっきり陽希は井竜をフォローしたようにも聞こえる咲の発言に苛立つかと思ったが、井竜を冷静に分析する咲が「好き」だと言う。これは湧き上がった感情をそのまま口にしてしまったのだろう。陽希は慌てて尊敬の意味で、と好意の種類を変更する。

すぐには別れがたい気持ちを抱える咲に、陽希はテスト対策で数学を教えてと投げかけ、2人きりでの勉強回が始まる。この勉強回で、咲は消しゴムを持っておらず、陽希のを共用する。だが同時に使おうとした時、手が重なって陽希は自分の消しゴムを半分にする。咲に触られるぐらいなら消しゴムを犠牲にしよう、というばい菌扱いにも見えなくもない。だが陽希は苦手なはずの数学の質問を一度もすることはなかった(むしろ咲の方が間違えてばかりな気がする)。相変わらず小道具とエピソードの使い方が巧みである。ハッキリ好意を口にしないが、かなりの高確率で相手が自分を好きかもしれない、そんな嬉しく恥ずかしく、そして宙ぶらりんだから不安になる時期を描かせたら咲坂さんの右に出る者は いないのではないか。


られた消しゴムは そのまま咲の手の中に残る。それは『2巻』のぬいぐるみに続いて咲の宝物となった。だから他の人に使われたくない。割られた消しゴムより新品の消しゴムをクラスメイトに差し出す不自然さを、それを見ていた琴乃は感じた。それにしても この消しゴムを借りようとした男子生徒Aは特に咲と仲が良い訳でもないだろうに なかなかの距離感の縮め方である。これが女子生徒相手だと咲が嫌な人に見えちゃうからなんだろうけど、ぽっと出の人なのが残念。彼と咲が同じ小学校・中学校とかフランクな間柄であることを この回の前半にでも挿めなかったか。でも美斗士ぐらい親しいと理由を探ってしまうから、男子生徒Aに頼るしかなかったのだろう。


して時間が進み、テストが終了する。彼らは夏休みにデイキャンプを企画する。夏休みは学校内での いざこざ から解放されるのが咲は嬉しい。それは やっぱり琴乃たちの偽装交際がストレスになっているということでもあるのだろう。口では納得しながら心は納得していない、まさに自己欺瞞である。井竜の言いたいことは こういう部分だよ、と私も咲に言いたくなる。

このお出掛け回の話し合いで琴乃は、咲の持つ消しゴムと、陽希が使っている消しゴムが元は1つだったことに気づき、そして咲が それを大事にしている理由を知る。だから琴乃は元カレと自分から接触して…。


キャンプは陽希の家にある道具とレンタル品でサイト設営は大掛かりなものとなりテンションが上がる。だが琴乃の様子がおかしい。大人になったら また皆で来ようと言う提案に乗ってこないのである。それは琴乃が この関係の破綻を予想し、悲観しているからなのだろう。

琴乃は食後の遊びにも参加しなかった。満腹で動けず眠ってしまった美斗士を置いて、咲と陽希は2人で遊ぶ。琴乃は その2人の様子を、いや特定の1人を密かに写真に収め、それを微笑みながら眺める。そんな彼女の様子を薄めを開けてみるのは美斗士だった。

その後、本当に寝てしまった美斗士を交えて4人は川遊びに興じる。水で濡れた咲と陽希はテント内で身なりを整える。ここで陽希が無自覚にシャツを替えて上半身裸になるのは鈍感なのか、性的誘惑なのか。テントは密室であることを自覚した2人は居たたまれず、咲が外に出ようとするが大きな虫が襲来し、彼女はテントに逆戻りして、裸の陽希の胸に顔をうずめる。咲は自分の破廉恥な行動ではなく、胸に当てた頬から伝わってきたのが陽希の鼓動だったから。胸の高鳴りと言う証拠を得て咲は彼の気持ちを想像する。しかも陽希は まだ周辺に虫がいるかもと、少しでも長く密室で2人でいようとする。

この時の話で陽希の一家とキャンプの話になるが、ここで重要なのは大(だい)ちゃん の他にいる幼馴染のことだろう。『アオハライド』の あの人の時もそうだったが、咲坂さんは人の存在を亡霊のように潜ませるのが上手い。
ここで咲は呑気に学校がないと琴乃の束縛元カレの視線を気にしなくていい、と夏休みをエンジョイしている発言をするが、琴乃が元カレと ある話を付けていたことを聞かされる…。


は別行動をしていた琴乃の元に走る。彼女が自分が偽装交際を元カレにばらしたのを知ったと分かった琴乃は咲と向き合って話をする。咲は琴乃が黙って偽装交際を自白したことを聞いていなかったことが悲しい。だが琴乃が その行動をしたのは咲が自分に、咲の抱える恋心を何も話してくれないからであった。

琴乃は咲を苦しませるぐらいなら偽装交際を簡単に終わらせられる。咲に嫌な思いをさせるつもりはなかった と泣いて謝る琴乃に、同じ人を好きになって友情が破綻するのが怖くて自分も誤魔化そうとしていたと涙ながらに自分の狡猾さを自白する。自分の我慢が相手を精神的に追い詰めていたことを知り、咲は陽希への想いに気づいてから初めて ハッキリと彼への思慕を口にする。

そして同じ人を好きでも友達でいたいと自分の素直な気持ちを伝える。まるで『アオハライド』の双葉(ふたば)と悠里(ゆうり)である。しかし咲の気持ちは言っても、琴乃の恋心は発表されていない。咲は『3巻』ラストで立ち聞きした琴乃と陽希の会話を推理材料にしている。

ここで改めて咲は琴乃に陽希への恋心の有無を問い質す。しかし琴乃の答えはNO。嘘をつき続ける辛さを既に知っている2人だが、琴乃は その覚悟をもって、好きな人はいないと答える。琴乃が陽希を好きなのかどうか、咲には判別できない。相手の心に誰がいるのか、まだ その気持ちは消えないのか、これは本書を通じて行われる悪魔の証明となる。だけど今回 咲は琴乃の言葉を信じて(信じたくて)彼女に陽希への恋心はないと判断する。そして それは間違っていないのだが…。

質問の仕方一つで未来は変わる。これは『アオハライド』などでも見られた展開である。

際は この時、琴乃は嘘をついたことが発表される。ただし それは陽希への恋心に対する質問の答えでの嘘ではない。彼女は自分に好きな人がいない、と嘘をついた。美斗士だけは今、琴乃が誰を好きか知っている。そして その恋心は決して悪いものではなく、自然な感情だと間接的に琴乃に伝えることで彼女の苦しみを軽減しようとする。美斗士もまた大変に賢く、涙が出るぐらい優しい人なのである。

『1巻』で本書は「好きな人の好きな人が分かってしまう」というルールがあると書いたが、このキャンプでは それが2つ同時に発生する。琴乃は咲の好きな人を本人から聞かされてしまったし、美斗士は琴乃が誰を好きか分かっている。

琴乃にとって これは、美斗士に恋心を知られてしまったという恥ずかしさは無く、彼だけは自分の恋心を理解してくれているという安堵の涙を流す。恋だと思ってたものが終わって、即座に恋が到来する。これは咲に続いて琴乃も経験したこと。兄弟間でスライドした咲も戸惑いは大きかっただろうが、琴乃はまた違う種類のスライドに大きく困惑しただろう。
もし、咲の質問が琴乃の陽希への恋心の有無ではなく、琴乃が誰を好きかを教えて欲しいというものだったら、琴乃は どう答えたのだろうか。大切な咲の質問に嘘をつくのと、自発的な嘘は少し種類が違うように思うので、答えに窮して泣き出したかもしれない。でも おそらく咲が そう質問した時点で美斗士が割って入るような気もするが。


しくも切ないキャンプの帰り道、またもや咲・陽希組と琴乃・美斗士組に別れる事態が起こる。帰りのバスに乗る際に自分の家から持参した大きな荷物を背負う陽希が遅れ、彼を気遣う咲と一緒にバスに乗り遅れてしまった。

だが これには陽希の作意も入っている。彼は咲と一緒にいたいだけでなく、咲がサンダルで靴擦れを起こしていることを見抜いていたから彼女を走らせたくなかった。咲の傷に目ざとい男である(身体しか見ていないのか??)。そんな優しさを咲に突っ込まれて、陽希は 2人きりになりたかっただけなんだからねッ!と照れ隠しの発言をするのだが、それがまた陽希(と咲)を照れさせる。その後も中年男性の ねっとりした視線から咲を護るために陽希は咲のナイトになり、それから男性が別のバスに乗っても、次のバスが来るまでの小1時間、彼らは密着し続ける。

こうして長らく頭を悩ませた問題が解消し咲は元気になる。それを見た井竜は自分の役目が終わったことに対して苛立ちを覚える。それはきっと亮介に対して陽希が役割を終えて、咲の相談相手が井竜になった時に覚えた感情と似ているはずである。咲を励ましてきたのは自分だ、という気持ちが男たちに誇りを与えたのではないか。