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少女漫画と小説の感想ブログです

読切短編を全9巻(文庫版5巻)の作品にしたのは、読者の声が作品の『未来』を変えたから。

目隠しの国 1 (白泉社文庫)
筑波 さくら(つくば さくら)
目隠しの国(めかくしのくに)
第01巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

時折『目隠し』を取るように、触れた人の“未来”が見えるかなで。触れると常に“過去”が見える転入生・あろうと出会い、惹かれ始めるが…!? 大人気シークレット・ロマンス!

簡潔完結感想文

  • 読切短編からの長編化は白泉社漫画では多いが、本書は一歩一歩 未来を勝ち取っていった。
  • 未来視のかなでと、過去視のあろう。2人は それぞれの「視点」を疑似体験し惹かれていく。
  • 露悪的で損な役回りの並木さんの登場で作品は かなでを巡る鼎(かなえ)の形になり安定。

の目から見ても主人公カップルは好ましく映るに違いない、の 1巻。

本書は私が これまで読んだ90作余りの中でも一番の苦労人と言えよう。
読切短編が連載化に繋がるのは新人作家、特に白泉社漫画ではよく見られる形式だが、
本書は、何度かの短期連載を重ね、その後に定期連載を勝ち取ったみたいだ。

初出を見ると、この『1巻』収録分は全てが読切短編で、
最初の3話は4か月間隔で、4話目から隔月掲載となり、
作者は作品の質で『未来』を繋いでいることが分かる。

作品は話題沸騰で爆発的人気にまでは至らなかったみたいだが、
着実な読者の支持を集めたことで結果的に長期連載となったのだろう。

逆に言えば話題沸騰とならなかった分だけ、お湯の温度が一定に保たれたと言えよう。
ぬるめのお湯にじっくり浸かると 副交感神経が刺激されて緊張が ほぐれるように、
いつまでも この世界にいたい と思わせてくれるような安心感が この作品にはある。

未来が見える かなで と、過去が見える あろう が接触することで、予想外の学園生活と恋愛の幕が上がる。

容は、ちょっと不思議な能力を扱った一昔前の白泉社っぽい作風である。
揶揄するつもりは全くないが、こういう想像力豊かな少女が頭の中で生み出した、
ちょっと青臭い作風というのは2020年代にもあるのだろうか。

上級国民の学園ライフや、王道ファンタジーだけじゃなく、
多感な少女たちの心を刺激する豊かな想像力から生まれた作品は絶えないで欲しいものだ。
(勿論、佳作とそれ以外が厳然と存在するんだけど)。

絵に関しても、白泉社っぽいなぁと思う。
フニャフニャした線で構成される人体が特徴的か。
初期の特徴としては、多分描くのに集中力が要る「手」が全体的に大きいような気がする。

コマ割りや構図に工夫があって、それが作品の雰囲気を より引き立てている。
作品としては随分古いのだけれど(1話目は1999年の発表)、
携帯電話が出てこないぐらいで、いつ読んでも普遍的な内容だと思う。
良い意味で当時も最先端の物語ではなかっただろうから、古くなる要素がないのだろう。

そして全体的な作品の特徴としては悪い人が出てこないことが挙げられる。
外見は悪そうな人も その内面が分かるような描写があったりして、やがて人間味が出てくる。
悲劇的な事も起こらないから安心して読んでいられる。

特殊な能力を通して、一貫して人という存在を肯定し続ける作品。
作品が放つ大きな愛に包まれること間違いなし。


人公の大塚(おおつか)かなで は、たまにだが人に触れると その人の『未来』を見てしまう能力を持つ。
だから彼女は不意に人と接触することを緊張する。

そんな彼女と接触し、その反応を見て声を掛けてきたのが転校生の内藤(ないとう)あろう。
彼は『過去』が見えるという。

1話目の あろう は少し尖っていて、顔も意地悪そうに見える。
これは この後 物語に登場する並木(なみき)さんの役割も、第1話では あろう が担っているからだろう。

あろう は自分たちの能力を隠したまま、違う世界に生きる人を助ける事の難しさを知っている。
そして誰かのために未来を変えるという自己の判断基準が、
他者にとっての望む未来ではないかもしれないという危険性を指摘する。

あろう の能力は かなで と種類も違うが、
たまに外れてしまうが、通常は「目隠し」で能力をガードされている かなで と違って、望めば過去視が出来るという。
あろう は人に触れると否応なしに過去が見えてしまうので精神を消耗し続けながら生きていると言える。

並木も含めて、能力者3人の能力に違いや濃淡があることが彼らのスタンスの違いにもなっている。
改めて読み返すと、この3人の配置が実に上手い。
男性たちの少しシビアな考え方が現実の苦みとなり、
それを加えることで、甘すぎない物語になっている。
また反対に かなで の甘さを引き立てているとも言える。

あろう は、かなで が彼女の友人の恋愛に障害が起きる事を「見た」彼女に対して放置を進言する。
だが かなで は その未来が来る前の『今』できる事をしようとする。

かなで は1話目にして聖母である。
本書で一番変わらなかったのは かなで であろう。
傷つくことがない訳ではないが、だからといって妥協点を探すような弱さを持っていない。

結局、かなで が見た未来は回避できなかったが、その先の未来が少し変わっていく。
本書において未来は かなり可塑的である。
かなで の強さが未来を変えるし、変えた未来のお陰で彼女は絶望したりしない。

そして あろう の能力は大変 便利である。
人だけでなく物からも記憶を吸い取るように視るから、手で触れば状況把握が一瞬で出来る。
全ての物に監視カメラが内蔵されているような状態だから人探しなどは得意分野と言えよう。

2人は同じ痛みを抱え、それを分かり合える関係である。
その事を かなで は彼の抱えるものを理解し、そして あろう は彼女に秘められた聖母属性を見て、恋に落ちる。

本書においてかなでが聖母なのは、少女漫画のヒロインだからだけでなく、
あろうが触っても、濁りのない過去・精神状態で あり続けるためでもあるだろう。
彼が遠慮なく触れてもいい人は少なく、その意味では かなで は あろう の運命の人なのである。

もしかしたら かなで の一番の能力は、他者の痛みを自分のもののように感じられる感受性かもしれない。

2話目から、あろう の料理キャラが登場。
最初は普通の お弁当箱に詰めてを作ってくれたが、段々とエスカレートしていきます。
ちなみに、あろう が料理上手なのは、亡き母に代わって料理を担当してきたから。

「かなでっちゃん」呼びも ここからかな。
この呼び方と同じように、あろう が明るく穏やかになっている印象。

話は自発的に過去を見られる あろう の能力のすさまじさがテーマだろうか。
一番近くにいても触れられない距離にいる2人。
かなで が あろう の能力と、その力を持つ彼の生活を知っていくという話でもある。

この話は美術部の かなで が あろう の絵を描くシーンが良いですね。
触れることで その人の未来や過去を見る場面が多い本書で、敢えて距離があって相手の姿をマジマジと見る。
2人には距離はあるし、絵のモデルといっても制服のままなのだが、ここには淫靡さが確かにある。


3話目から並木 昌廣(なみき まさひろ)さんが登場する。
並木は1学年上だから単に存在を知らなかったかと思っていたけど、
読み返したら彼も転校生なんですね(そして勉強ができる設定も忘れてた)。

2人のイケメン転校生を両手の花とする かなで は女子生徒の憧れ(または嫉妬)の的だろう。

並木は あろう の黒い部分を移管した存在と言える。
その意味では男性2人は、精神的な双子のような関係と言えなくもない。
1話目の あろう の かなで に対する冷徹な視点などを並木が担う。
だが、並木も根っこの部分には あろう的な要素があるので、結局 優しい。

並木の登場で、一応、三角関係が出来上がるのだが、
それは彼が2人に関わり続けるために必要な動機であって、物語としては さほど重要ではない。
かなで が2人の男性のどちらを選べばいいか揺れ動き続ける、という展開は起きない。

それよりも能力者が3人になったことで、作品を支える構図が「鼎」となって安定感を出すことが目的だろう。
似た者同士の2人だと どうしても閉じた世界になってしまうが、
同じ能力を持っているとはいえ、世界を斜からみるような並木の存在が多角的な視点を生む。

この回で並木は自分だけが見た未来をあろうにだけ伝える。
こうして今度は あろう が かなで の能力を疑似体験することになる。

並木と、そして あろう が助けようとする女性の存在によって、
かなで と あろう は、相手に近づく異性の存在を意識して、恋愛関係が生まれ始める。

意識的に露悪っぽく振舞っても、性善説を地で行くような行動をしてしまう並木。
2人と違い真っ直ぐな感情を見せられない並木が物語に深みや奥行きを与えているような気がしてならない。
この作品にとって並木の存在は想像以上に大きい。

2話目と3話目を通じて、かなで と あろうは、お互いの視点から、その人のことを知っていく。
そうして溢れ出すのは好きだという感情であった…。

あろう には悪いが、過去=個人情報の集積・秘密を一気に盗まれる彼に触れられたくないなぁ。

4話目から あろう が園芸部の一員となる。
これは作中で畑が育つまで見届けられそう、という作者に長期的展望が少し「見え」始めたからだろうか。

この回は、あろう の過去視こそ出てくるが、基本的に3話の終わりのあろうの告白への返答への道である。
普遍的な恋のお話であった。


5話目は並木の話。
並木の生活が明らかになる
彼がどこでどう暮らしているのか、などに新事実が続々と出てくる。

そして彼と犬との交流の始まりでもある。

かなで と あろう の交際を知って、並木が あろう と仲良く喧嘩を始めるのは、
後に恒例行事となるポカスカ喧嘩する お決まりのシーンの1回目になるだろうか。

並木は かなで が あろう と交際した後で、自分の気持ちに気づいてしまう。
不器用と言うか、損な役回りというか…。

彼が恋を自覚するのは最後の最後の場面であるが、
並木が他者への愛を知ったから、それが自分以外の存在にも適応されたのではないか。
かなで は間接的に犬の命を助けた立役者だろう。


6話目は、こうして始まる3人の ちょっと変わった三角関係の話。
ここでもラストは並木が噛ませ犬役を買って出る、という感じか。

あろうの能力は、人の過去の蓄積=人の情報を一瞬で吸い取る。
並木が何も言わなくても、触れただけで かなで の あろう に直接言わなかった彼女の気持ちが伝わる。

これ便利だけど、5G並みの情報伝達量は、そりゃ 精神を摩耗するよね、と思う。

ラストは、並木が他者の存在を悪くないと思うように、
かなで も自分が もう一人ではないことに気づかされるという温かい事実であった。


別編。
あろう との初デートのはずが、未来を盗み見た並木との3人で遊園地での1日となる。

3人が能力と知恵を合わせて問題を解決していく。
一般の人とは違うことで疎外感も生まれるが、感謝もされるという彼らのスタンスをよく表した一編。


7話目は かなで と、彼女に多大な影響を与えた祖父の話。

能力のせいと、それを他人に上手く隠せなかったために一人だった幼少期の かなで を よく見てくれていた祖父。
だが、そんな祖父の悪い未来を見てしまい、かなで は熱を出して寝込んでしまう。

その時が来ても、その運命に勇敢に立ち向かう祖父の姿が素敵だ。
これもまた性善説の証明の一つであろう。
目の前の人を助けることで自分にリスクがあっても、それを見過ごすことは自分には出来ない。
そして意志の力で未来を少し改変して見せることを実証してくれた祖父。

その姿は ずっと かなで の中で生き続ける。
後のネタバレになるが、本当に かなで の中の一人格として生きているんだもの。


それにしても かなで の見る未来は作中では100%回避可能である。
(1話目の友人・エリちゃん は その先の未来を見ていなかっただけの気がするが)

これは かなで が未来を知った時点で、もう別の並行世界に入っているからなのか。
考えれば考えるほど頭がこんがらがってしまうが、深く考えずに楽しめばいいか。
でも そうなると かなで は占い師にはなれないなぁ。
人のことを見た時点で未来が変わってしまうんだもの。