藤間 麗(とうま れい)
黎明のアルカナ(れいめいのアルカナ)
第05巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★(6点)
ナカバ姫をめぐって兄弟王子が対決!?表向きは和平の証、実際は人質同然の立場で敵国ベルクートのシーザ王子に嫁いだ、セナン国の姫・ナカバ。初めは反発しあっていたが、2人は愛し合うようになる。その様子をもどかしく見守る従者・ロキ。無益な戦いを止めるため、亜人の村へ赴いたナカバ達。だが、時遅くベルクート軍が亜人の村に迫っていた。しかも、軍を指揮するのは、義兄・カイン王子。まさかのカインVSシーザ兄弟対決の中、ナカバが敵側の捕虜に…!?ナカバは過去と未来を視る”刻のアルカナ”の力で恐ろしい未来を防ごうとするが…?ナカバをめぐってカインVSシーザの兄弟対決となる第5巻!!
簡潔完結感想文
- 新兵器の威力を試す戦いの勝敗は、この後 世界の情勢を一変させる戦いである。
- アルカナが複数存在することで異能力バトル開始。一般人の王子の影は薄く…。
- 「刻のアルカナ」はプライバシーへの不正侵入。第一印象も簡単に覆す残酷な真実。
夫婦のパワーバランスが崩壊していく 5巻。
『4巻』を経て、一気にヒロインとして開花したように見えるナカバ。だが その弊害で夫であるシーザが添え物状態になったように見える。バカ王子として登場したシーザだが、すぐに溺愛ヒーローにクラスチェンジして読者人気のトップに立った。だが この中盤以降で もう一度 人気投票をしたら果たして同じ順位になるかは微妙である。
最初から そんな感じではあったが、ナカバの従者・ロキの方が思慮深く、そして凄惨な過去を持つ。過激な思想を持っているし、少々陰気だから恋愛面のヒーローといて人気が出ないのも分かるが、作者や作品も早くもシーザの魅力を書き尽くした感がある一方で、ロキには まだまだ裏があり、活躍の機会がある予感がする。単純なバカ王子は、その賞味期限も早かったのでは ないか。
それは今回 スポットライトが当たるシーザの異母兄・カインと比較しても同じ。シーザはカインの人生を無自覚に傷つけている。カインの方がトラウマがあり、複雑な感情があり人間として魅力的に見える部分がある。ここはシーザ側の視点から彼の半生を語り、トラウマを捏造してでも もう一度 人気復活を図らないと出涸らしヒーローになってしまう。
一般の設定の少女漫画でも俺様ヒーローは出オチ感がある。連載が進むにつれ段々と個性が無くなっていく宿命にあるが、シーザも御多分に漏れないようだ。長期連載のヒーローには あまり向かない性格なのかもしれない。
シーザは身体能力では亜人のロキが上で、知力でもロキや軍師・ベリナスが勝るだろう。そして『5巻』から複数の種類の存在が確認された異能力「アルカナ」も持っていない一般人である。
シーザは無意識・無自覚に異母兄・カインを追い詰めていったが、今度は逆にシーザがヒーローの座を追われているような気がする。この辺を どう立て直すのかが本書の違った楽しみ方の一つである。
面会まで紆余曲折はあったものの、シーザは亜人の村の村長と直接対話をする。そこでシーザは この国の第二王子として人間と亜人のパワーバランスを変える新しい武器を装備した兵がここに来ることを知らせる。
この会談でナカバは この村の住人の一人が「炎のアルカナ」を持っていることを知る。ナカバが彼から「悪い匂いじゃない」と言われたのは、同じアルカナの能力者同士であったからなのか。そして この村の者は半獣半人の亜人でも、獣の要素の方が強い者がいる。耳だけでなく二足歩行や言語能力以外は ほぼ獣であるように見える。
そしてナカバは村長からアルカナに まつわる話を聞いた時の緊張をレミリアに悟られ、彼女に能力の保持を勘づかれてしまう。だがレミリアはナカバを深くは追及しない。友達として触れられたくない一線は守ったのか、ナカバの反応を見て公然の秘密とすることを選んだのか。
亜人たちは自分たちの力の自負もあり、撤退する意思はないという。シーザは国軍自体を止めることを考えるが、その兵を指揮しているのはシーザの異母兄・カインであることから無理だというのが軍師・ベリナスの見立てであった。
翌朝、朝早く起きたナカバは、亜人たちが誰かに仕えることなく平等に暮らす村の様子を見る。先に起きていたロキは、この村が理想だという。彼は企むクーデターによって このような光景が広がることを望んでいるのか。
シーザは再度、今度は亜人の殺害実験として国軍が迫ることを村長に伝え、その対処を願う。だが彼らの会談中に国軍の接近の報せが入る…。
そしてベリナスの予想通り、兵を率いるのはカインだった。彼は亜人の抵抗と、その後の争いを念頭に置いて行動する。虐殺間近の状況になり、ベリナスはシーザ王子夫婦を人質に取ることを村長に進言する。この交渉で村の自治権を守らせるのがベリナスの狙いだった。
亜人たちは人間である彼らの行動に疑念を持つが、ナカバの存在によって風向きが変わる。この場面はナカバのカリスマ性に頼り過ぎていて、ちょっと説得力に欠ける。冒頭の馬車の崖下への転落危機の救出といい、亜人の行動に謎が多い。もう少し その土地に住まう者の抜け目のない知恵や高度な政治的判断など成熟した話が読みたいのだけれど。
村長らはシーザを人質に取り、国軍の接近も「アルカナ」による察知ということにする。カイン王子は彼らの要求を理解するが、ナカバだけは隣国からの姫で、彼女の無事が保証されないと和平が決裂するリスクがあるため、彼女の身柄の引き渡しを要求する。これは国として新兵器の確保を前に隣国との開戦を避けたいからだろう。
シーザはナカバとの別離は望まぬが、ここは我慢。こうして人質交渉は終わり、国側の返答を待つための猶予が生まれる。
そしてナカバはカインと2人きりで話す機会を得る。そこで気づくのは、黒髪が王族の証という この世界における、金髪のカインという特殊性であった。私も これは盲点だった。西洋風の物語だから金髪がいることに違和感はなかったし、ナカバの赤髪ばかりが注目・差別されていたので、カインの髪色を気にしたことがなかった。見ているのに見ていない状態に誘導されているのはマジックの手法のように思えた。
カインが髪色や過去について話し始めた時、ナカバにアルカナ発動の予兆が訪れ、彼女は退席を申し出る。
ナカバが「刻のアルカナ」で見たのは、カイン王子の半生。彼の人生はシーザの誕生で大きく変わった。平民出身ながら金髪の王妃となった母と穏やかな日々を送っていたが、黒髪の側室から黒髪のシーザが生まれたことで、その立場は逆転。正室であるはずの母が側室になり、側室が王妃に配置転換された。これは王室の歴史に傷をつけたくない側近たちの考え。王は それに無気力に同調するだけだった。シーザたちの王は登場から ずっと無能である。
ただでさえシーザに複雑な感情を持たざるを得ないカインだったが、自分が想いを寄せる女性・ルイスの恋心も無遠慮に奪っていったことでカインはシーザに嫌いという感情を芽生える。
こうしてナカバは人のプライバシーをアルカナによって勝手に覗き見してしまった。そして それによりカインの感情を理解したことで同情の気持ちが湧いてきてしまうことも自覚する。
だからナカバはカインに亜人への理不尽な暴力・殺戮を止めるよう進言する。非差別種族という点では、亜人も王族の中での黒以外の髪色の者も同じ。その共通点からカインは亜人に自治権を認めるはずだったが…。
村への再交渉を前に、人質解放が失敗した際の争いに備え、カインはナカバたちを先に王城に戻らせるよう手配する。この村からレミリアを遠ざけることは彼女の死のリスクを減らすことであるためナカバは承諾する。だがレミリアはカイン王子の言葉の中に嘘を読み取っていた。そこでレミリアが「読心のアルカナ」の保持者であることが発表される。だから『4巻』でのベリナスの嘘や迷いに気づき、ナカバがアルカナ保持者であることを確信し、そしてナカバが自分を見る時の怯えも感じ取っていた。能力者であるレミリアはカインの心に嘘を感じ取ったため、馬車を降り、村へ戻ろうとする。
ナカバはカインの過去を視たから彼を擁護しようとするが、レミリアは これまで王城内で出会ったカインから黒い感情を読み取っていた。そしてレミリアの言葉は過去を視たナカバには分かりすぎる感情だった。カインのシーザに向ける視線は普段の彼とは違う目だということをアルカナによって知ってしまったのだ。自分が信じたい その人の本質を、簡単に塗り替えてしまうのがアルカナの弊害である。真実が皆にとって正しい情報だとは限らないのだ。嘘が嘘のままの方が幸せなこともある。
やがて村から煙が上がる。抜け道を通って女子供は退避したものの、男たちは戦う意思を捨てていない。
ナカバは村へ駆けつけ、カインと対峙する。そこで彼の欺瞞を全て覆す。それが出来るだけの材料をナカバは持っているから。だが そうやって本性を暴き出すことは辛いこと。ここで隣国の姫であるナカバが なぜ自分の隠してきた過去と感情を知っているのかカインは考えが及ばない。これまでの情報収集や推理力では説明が つかないだろう。
カインは弟よりも優れていることを証明し、母の名誉を回復するためにも追うという座を切望していた。強固な武器にナカバの剣が折れた時に参上するのがシーザ。彼は兵から武器を奪い、その性能は互角となる。
だが、ナカバが視たレミリアの最期の場面は迫っている…。裏に王子同士の争いやゲームチェンジャーとなる新兵器の初の試用という問題があるにしろ、ナカバが視たアルカナから2巻以上が経過しているのに、その場面に辿り着かないのはペースが遅すぎるような気がする。もうちょっと全体の密度を上げて欲しい。