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少女漫画と小説の感想ブログです

ヒーローの最終目標が後ろ向きなので、せめて最強の当て馬を出走させて最後の一花。

会長はメイド様! 17 会長はメイド様! (花とゆめコミックス)
藤原 ヒロ(ふじわら ヒロ)
会長はメイド様!(かいちょうはメイドさま!)
第17巻評価:★★(4点)
 総合評価:★★☆(5点)
 

英国にいる碓氷に会いに行く為、厳しい淑女修業中の美咲。虎のリードでダンスが踊れる様になるも、喜ぶ美咲のもとに飛び込んで来たのは、なんと海外ゴシップ誌に載った碓氷の姿!? そして遂に、美咲は虎達の協力の下、碓氷のいる英国へと向かう──!!

簡潔完結感想文

  • 美咲を幼なじみとして送り出す陽向と、新たな当て馬に立候補する五十嵐。
  • ジェラルドは異父兄で、美咲にとっては将来の義兄なので悪感情は持たない。
  • 後ろ足で砂をかけて城からの脱出が最終目的なので、カタルシスが全くない。

スプレ脳筋ヒロインは淑女にはなれない 17巻。

中盤から いわゆる白泉社のヒット作の法則に巻き込まれた本書だが、多くの作品の例とは違って本書の目的はヒーロー・碓氷(うすい)が御曹司になり後継者になることではない。他の作品ならヒーローが上流階級での身分を確かにしたり、家族間の問題をヒロインと共に解決することがクライマックスとなる。そして この時、ヒロインがヒーローの問題に首を突っ込むことが自分が身分差を乗り越える決意となるのが通例だ。

…が本書の場合、碓氷が後継者に「ならない」というのが目標なので、恒例に従い わざわざ海外を舞台にした割にスッキリしない結末が待っているだけだった。イギリスに行ったが碓氷は軟禁された状態だったし、美咲(みさき)も淑女修行をした割に その成果を一つも発揮しないまま、肉体的なポテンシャルだけで問題を解決した。

せめて碓氷が異父兄・ジェラルドに命じられて、実父と同じく この城で執事として働くことになり、それにより場内の人間関係や、ジェラルドの家長としての資質や人望に触れ、彼を支えたくなったなどの実感のこもった体験があれば良かった。そうすれば実父の追体験が出来、父や母の面影を感じられただろう。でも そうではなく軟禁状態で見聞きした情報で判断するのがイギリスに行った意味を減じさせている。
また碓氷がジェラルドの実父と対面する場面が無かったのが残念。家長としての資質は不足しているが、人間的に大きい器を持つ彼なら、碓氷と対面しても、その奥に ずっと愛した妻の面影を見つけ、彼を精神的に認めてくれたのではないか。そうすることが碓氷の孤独を救うようなきもするのだが、作者はイギリスに行った意義を出さないまま単純に彼をシロから脱出させた。

もしかして終盤は作者の思い通りに連載が進まなかったのだろうか。もっとイギリス行きは先になると思って美咲に淑女修行をさせたのだろうか。決定的に物語が破綻している訳ではないが、作者のコントロールを外れていることは伝わってくる。この辺は長編作家としての資質が問われたところだろう。
どうも作者としては お家騒動を書くよりも、少女漫画の慣例に倣ってクライマックスの遠距離恋愛を演出するためだけに碓氷の背景を作ったような気がしてならない。最初からウォーカー家の問題は解決するつもりなく、2人が引き離され、そして再会するドラマチックが描ければ良かったという浅い所での解決になってしまっている。


の作品には白泉社の呪いが かかっていると思うが、もう一つ「ツンデレ」の呪いも感じる。作者は連載開始時「ツンデレ」という概念を知らなかったが、自分が作った美咲のキャラがツンデレだと知り、それを強調していった。どうもツンが強すぎて可愛くないキャラクタが誕生したが、自分がそれを求められていると思ったのか、そういうキャラが好きなのか本書はツンデレキャラが渋滞する。

友人・さくらの恋人となったバンドマン然り、そして最後の最後で最強の当て馬になった五十嵐(いがらし)然りである。五十嵐は、イギリス編で もう一度 物語に大きく関わり、そして美咲と長時間を過ごすことで彼女を好きになる。当て馬として物語に登場し続けた幼なじみ・陽向(ひなた)の退場直後に五十嵐が立候補するのは、最後まで読者をドキドキさせたいサービスなのだろうか。陽向が上手く機能しない中、日本最強の御曹司で恋愛を最後まで面白くさせたかったのかな、と擁護することは出来るが、単純に作者のお気に入りのツンデレキャラが贔屓されたようにも見える。

淑女修行は このダンスの練習のシーンのために用意されたのか。ってか このシーン以外に意味がない…。

もしくは上述の通り、碓氷が世界最強の後継者になることを放棄するという展開のため、その後ろ向きをカバーするために最後の最後に考えられる組み合わせの中で最高の三角関係を成立させたのだろうか、と考えてしまう。確かに五十嵐は序盤から美咲に興味を持っていたため、その展開に不自然さはない。序盤の展開を意図的に最後に繰り返すのは長編作品には よく取られる手法なので五十嵐の再活用は分かる。でも最終巻の あの人の復活は作者のセンスを疑った。

良くも悪くも絵柄は変わったが、話の作り方は成長を感じられなかったのが残念。2人の最後の試練に これを描きたかったという渾身の場面や展開が見られずに、イギリス編が終わった。美咲が助けに行かなくても碓氷なら その才覚で一人で脱出できたような展開が残念。美咲がメイドの服を着たら任務完了という浅はかさを感じただけだった。


力の秀才ではあるが、どちらかといえば脳筋ヒロインの美咲は夏休み中、お金持ち高校で特訓に励む。
そんな美咲を五十嵐がメイド喫茶の裏口まで迎えに来た際、隣には陽向がいた。そして美咲は特訓前に陽向と2人で公園で語らう。ここで陽向は完全に当て馬の座を降り、幼なじみとして美咲を応援する。これは美咲と碓氷のことを心から陽向が祝福できるという意味だけでなく、当て馬の権利の譲渡を意味するのだろう。その後 美咲は自分の留守中の家のこと、父親の無断での帰宅阻止を陽向に頼む。異性というより身内としての扱いである。

そして新たに当て馬になるのが五十嵐である。特訓で美咲と長い時間一緒にいて、彼女の無敵の無邪気な笑顔を見ることで恋に落ちてしまったように見える。結局 本書は白泉社作品らしく男性に特別な才能や地位を求めているということか。幼なじみだが一般家庭の陽向は当て馬として機能しないままで、最後に日本の財閥の御曹司を当て馬にすることで、イギリスの名家の後継者候補の碓氷に対戦させる。直接的に そう書かないが男性に求める物は まず金、という清々しい態度である…。

五十嵐は近々 ウォーカー家の居城で毎年恒例の記念祭が開かれ、そこでジェラルドが碓氷を後継者として発表することで彼の社会的地位を固定してしまおうという狙いがあるのではないかと推測する。このサプライズによって祖父も碓氷を認めざるを得なくなるというのがジェラルドの打つ先手だろう。

そのタイムリミットが用意されたことで美咲はイギリス行きを決定する。淑女の修行とは何だったのか…。碓氷も美咲も お金持ち高校に腰掛けした意味が全く不明だ。

一方で当て馬として頭角を現した五十嵐に婚約者が登場する。五十嵐は彼女と美咲を比較することで美咲に興味を覚える自分を自覚するのだろう。または当て馬として玉砕した後、路頭に迷わないようにカップルになる保険だろう。作者は内輪カップルを作る気まんまんである。最後の最後に振られると分かっている当て馬を登場させる意味も いまいち分からない。


ギリスに出発した美咲。だが五十嵐に協力を求めたことで、彼の計画通りに物事を進めるしかなくなった。だが最初の作戦は失敗。

そしてウォーカー家の記念祭が始まってしまう。美咲は五十嵐の特訓によって英語のリスニングは出来る状態。これによって碓氷の置かれている状況、望まれている地位が彼女にも伝わってくる。そんな焦燥感の中、ジェラルドが美咲に接触を図り、捕獲される訳にはいかない彼女はセドリックの追跡から逃げる。結局、こういうドタバタ展開になるなら やっぱり お金持ち高校への寄り道はいらなかった…。

逃亡しながら城内に潜入した美咲は女性用トイレを安全地帯とし、五十嵐によって この城の公式メイド服が用意され、そこで再度碓氷との接触を図る。ただし美咲には迷いがあった。この城の、この地域・社会は碓氷の後継者としての役割を待望している。それを私情で壊すことに美咲は悩む。五十嵐は その我欲の弱さが美点であり、碓氷との恋愛の障害だと指摘する。そして彼は そんな性格を気に入ったと美咲に告白する。2人の お金持ち高校への関わりは五十嵐の登場回数を増やすためだったのかな…?

美咲は悩みを抱えたまま碓氷の軟禁部屋の前に辿り着く。だが心に迷いがあるため、その扉を開けることが出来ない。やがて使用人に見つかり美咲は部屋の前から立ち去る。やがてバルコニーに追い詰められた美咲だったが、碓氷が学校の屋上から飛び降りたことを念頭に、今度は自分が飛ぶ番だと意を決する。

かつて碓氷が示した勇気の二重映しに感動すればいいの? 脳筋ゴリラヒロインの強調ではなく。

咲の到着と暴走を知った碓氷は自分の頭脳とフェロモンを使って この部屋から脱出する。その先で碓氷が見たのは、高所から飛び降り、気を失う美咲と、彼女を運ぶ五十嵐の姿だった。やがて美咲は目を覚ますが、今度は碓氷が同じ場所から飛び降り、美咲を迎えに行く。

こうして美咲は五十嵐の腕から碓氷へと渡される。そして再会した2人に言葉は不要で、唇を重ねることで お互いの意志を確かめ合う。到着したジェラルドは美咲の怪我に配慮して今回の休戦を申し出るが、そこに彼らの祖父が登場する。ジェラルドが避けていた事態が起こり、そして祖父は碓氷の存在を否定して、ジェラルド、そして五十嵐の計画は破綻した。
祖父が激怒した理由の一つに、碓氷がメイドとキスをした事実があるのではないか。実際 目撃したかは分からないが、執事と恋に落ちて家の名に恥をかかせた娘と同じく、身分違いの恋をする孫を一族とは心情的に認められないのだろう。

こうして美咲の行動が碓氷の家庭問題の破綻だけでなく、周囲の人の落胆を招く結果となった。ウォーカー家のパーティーは、後継者と目された碓氷が退場、祖父も部屋で休養、父親はマイペースで、ジェラルドが周囲への対処に奔走していた。だが それは彼の身体に負担となり限界が近い。折角の大立ち回りと救出劇なのに誰もが幸せにならない結果となったようだ。


咲は五十嵐によって病院に運ばれ、碓氷は あちらの学校の副会長から美咲と五十嵐の間に起きた顛末を全て報告する。副会長は五十嵐の熱心な信奉者で、間違いのない人生を歩んで欲しいから美咲の排除に熱心になっている。ある意味、五十嵐財閥の家族のような彼の立場を代弁する存在である。

ウォーカー家の碓氷とメイドの美咲のキスはセレブ誌の格好のゴシップになるはずだったが証拠写真が撮影できなかったため、それは お蔵入りになった。碓氷の訳の分からないパワーが鳥との意思疎通を可能にしたらしい…。こうして社交界の碓氷への興味は これ以上 加熱することなく消滅していく という意味なのかな。碓氷の能力で2代に亘る主人と使用人のゴシップは回避された、ということか。

病院から帰った美咲は碓氷の部屋を訪れ、そこで変わらない愛を確かめる。碓氷は この時 美咲を名前で呼び、そして彼女に自分を名前で呼ぶように求める。それは自分を命がけで産んでくれた母親に呼ばれたことのない、愛する人からの呼び名。名前で呼び合う2人は、邪魔が入らなければ大人の関係になっていただろう。邪魔するのは五十嵐たちである。当然、五十嵐は邪魔だと分かっててやっているはずだ。


スッキリしない渡英だったが、今回の滞在で碓氷はウォーカー家の内情を初めて理解できたという。特に異父兄・ジェラルドは家のために私怨を捨てて動き、そして彼が後継者として相応しい言動をする人だと認めることが出来た。そうして碓氷はジェラルドを兄だと実感する。彼を慕う人たちから見れば自分は異物で、非難も当然の存在だということも理解している。

ジェラルドもまた祖父から拒絶され厳しい立場に立つが、父親だけは何があっても自分を、そして母親を愛してくれることを理解し笑顔を見せる。ジェラルドは大変な立場で身体も弱く、そのどちらも無関係でいられる異父弟を憎んでいるだろうが、両親の顔を知らない碓氷よりも確かに親から愛された記憶のあるジェラルドが幸福な部分も存在する。

旅の最後に五十嵐が碓氷に嫌がらせをして これにてイギリス編は終了する。次は その後日談とハッピーエンドになるのだろう。最後が話の構成がグダグダで盛り上がらないなぁ…。