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少女漫画と小説の感想ブログです

家のため私怨を捨て苦肉の策を選ばざるを得ない異父兄 VS. 家との関わりを断ちたい異父弟。

会長はメイド様! 16 会長はメイド様! (花とゆめコミックス)
藤原 ヒロ(ふじわら ヒロ)
会長はメイド様!(かいちょうはメイドさま!)
第16巻評価:★★☆(5点)
 総合評価:★★☆(5点)
 

久々にメイド・ラテに来た葵。彼の体には、ある異変が!? 一方、相変わらずドSな態度で美咲に迫る碓氷だが、兄・ジェラルドに対抗する為、イギリスへ渡る決意していた。碓氷を待ち受けるウォーカー家の策略に2人は!? 特別編は、あの二人の恋模様☆

簡潔完結感想文

  • 碓氷と一緒にどこかを回る時は、その先に別れの言葉が待っている。
  • どうせ最終盤に2人が海外に行くのが白泉社作品なのに、直行便がない。
  • 自由奔放に生きる親に苦労した2人は 親とは違い身分の差を乗り越えるか。

本発イギリス行きは毎回トランジットが必要、の 16巻。

結局 イギリス行くんかいッ!と碓氷(うすい)の行動にツッコんでしまう。そんなことは読者全員が分かっていたのに、作者はなぜか お金持ち高校への転校という不必要なトランジットを用意した。そして今回、美咲(みさき)もイギリス行きを決意するのだが、彼女もまた お金持ち高校での足止めを食らう。この2つのトランジットは読者にとって何も得がない。特に美咲は何のために お金持ち高校の生徒会長である五十嵐(いがらし)の指導を受けるのかが不明瞭だ。美咲の上流階級との唯一のコネクションなのは分かるが、美咲の付け焼刃の努力がイギリスで発揮されるとは思えない。作者も美咲も力任せな展開しか出来ないのだから、さっさと最短距離を進んでくれよ、と願わずにはいられなかった。最終盤の展開を考えると、どうも作者は五十嵐を作品内に押し出したいみたいだが、それは読者の望まないことだということを分かっていない。この辺、空気が読めていないというか、やっぱり私とは呼吸が合わない。

『13巻』で碓氷に後継者の資格が出てから不可避の問題。ちょっとウォーカー家の登場が拙速では。

こんな停滞感を生むぐらいなら、美咲は これまでのバイト代を全額つぎ込んで自費でイギリスにさっさと飛んでしまった方が100倍気持ちいいだろう。家計を支えるために母に渡していたバイト代に母親が手を付けておらずかなりの額になっているという展開でもいいし、戻って来た父親が迷惑をかけた娘に些少の貯金を全て差し出すのでもいい。これによって美咲の人生を歪めた勝手な両親の贖罪にもなるし、一石二鳥じゃないか。美咲の両親の問題に引き続いて、イギリス行きでも展開や内容に疑問が残る。どうにも作者が最良の一手を取っていない感じが終盤の足を引っ張っている。

前回も書いたが、美咲と碓氷が自分の欲望を最優先した親によって人生に多大な影響が出たという共通点を前面に出さないのも ちょっと物足りない。碓氷は今回の最後で、母親の身勝手であっても自分は生を受け、そして美咲と出会えたことを、それ以外の様々な雑事よりも貴重なこととして考えている。それと同じように美咲も父親の問題を赦しても良いような気がするのだが、彼女は父に冷淡な態度を続ける。

私の考えが最良ではないだろうが、登場したエピソードを活用すれば もう少し流れの中で美咲の心が ほぐれたり、2人の愛が高まったりしたのではないかと思う。どうも本書には別の最適解があるような気がしてならない。そこが私の作品への低評価の一因である。


頭は美咲の父親の帰還の後日談。陽向は改めて美咲の父親を冷静に糾弾している。ここで深読みしてしまうのは、これは連載で父親回の評判が 余りにも悪かったため、改めて陽向に父親にダメ出しをしてもらい、作品を仕切り直しているのではないかと思ってしまう。それぐらい美咲の両親の取った行動は酷かった。作品としては美咲・碓氷どちらの家の親も自分勝手に生きたことを描きたいのかもしれないが、碓氷の家はともかく美咲の家は子供に対する虐待にすら思う。作者は どういうつもりで父親の設定や両親の決意を考えたのだろうか。

また葵(あおい)は声変わりが始まり女性ネットアイドルの賞味期限が近づき、今のままではいられないことを痛感する。そこで葵に新しい道、そして彼を一番近くで見てくれる人との新しい恋のフラグが用意される。この辺は碓氷の一族の問題が出る前に張れるだけ伏線を張って、最終回に向けて物語を畳み始めている感じか。


夕も近づく頃、高校3年生の美咲は受験生としての一面を見せる。美咲は家計の問題から就職を考えていたが、借金はないし、奨学金での進学なら出来ることが判明し、未来が拓けた。美咲が就職を考えていたのは、母親が父親の印象を悪く伝えていたため借金があると思い込んでいたから。やっぱり母親の よく分からない教育方針で多大な迷惑がかかっている。美咲は将来を考えられないし、彼女のイライラで物語の序盤、男子生徒たちは美咲の圧政に苦しんでいた。まだ両親が離婚を考えていないなら父親もメイド喫茶のバイトではなく就職するべきだし、どうも父親の帰還にまつわる話は全部が歪んでいる。こんな変な話を終盤に用意した作者の考えが私には分からない。

これは お話的には不要となっているメイド喫茶との繋がりを作るためだけに父親を そこに縛っているような気がしてならない。もう会長がメイドであることが もはや どうでもよくなっているのに、タイトル詐欺を回避するためだけに そこに固執している。そんな苦肉の策が蛇足感を助長していないか…。


氷が自分の通う高校を美咲に見せたいと一緒に校内を散策する。美咲は最初から碓氷の異変を感じ取っており、彼から重大な発表があることを予感する。ちなみに碓氷の通う お金持ち学校は「THE白泉社」という感じの とんでも設定の学校である。
そして学校案内の後に、碓氷は自身のイギリス行きを宣言する。それは一族における自分の問題と真正面から向き合うため。いつ帰るかは不明で2人は遠距離恋愛になるが、美咲は彼女なりに碓氷を励まして彼を送り出す。

七夕の夜に恋人たちが結ばれるのではなく、七夕の夜に2人は離れる。
うーん、これで碓氷の転校の話が全く不必要だったことが明確になった。連載の回数を稼ぐためなのかもしれないが、ウォーカー家の後継者問題が出た時点で、さっさとイギリスに行くべきだった。なのに転校という意味不明なクッションを置いて、作品からスピード感を殺した。ちょっと作者のセンスを疑う終盤の構成である。それは『16巻』後半の美咲の修行にも言えること。どうせ美咲も作者も力任せにしか問題を解決できないのだから、スピードを優先すればいいのに。


氷は生まれて初めて里帰りをする。イギリスで異父兄弟が顔を合わせ、兄は弟の来訪の目的を問う。

イギリスの場面で初めて兄・ジェラルドの父親が登場する。人や動物に愛されるが才覚や威厳は無さそうである。そして権威ある祖父が病に伏せてから、この家の将来を心配するものは後を絶たない。その孫であるジェラルドは資質は申し分ないが、身体が弱いため後継者として不安が残るからだ。
だが碓氷は後継者としての地位を放棄するために この地に来た。それを許さないジェラルドは彼が首を縦に振るまで滞在させ、そして それまでの間、碓氷の来訪を祖父には内密にする。

またジェラルドは血縁関係のあるマリアを通じて、美咲に動画を送っていた。それはイギリスのウォーカー家、そして そこで過ごす碓氷の姿を見せるため。だが碓氷の姿はCGで加工された板。そして美咲はウォーカー家の住む城、本物のメイドなど上流階級を見せつけられることで身分の差を思い知らされる。それはジェラルドからの宣戦布告のように感じられる。

ジェラルドは碓氷に対しても冷淡。日本での実績という手土産もなく乗り込んできた碓氷に商品価値はない。ここで「もうちょっと日本で活躍してから来て欲しかった」と言っているのは、本来なら もう少し長い間 お金持ち学校に在籍するところを、連載の予定が早まったため、イギリス行きが早まった、と読めるような気がする。そのぐらい碓氷の転校の期間は読者からの評判は悪かっただろうか。あちらの学校の新キャラたちで もう少し話を続けたかったが、そんな余裕は無くなったのかもしれない。でも それもこれも作者の話の運び方が稚拙だからだと思うのだけど…。

ただし それはウォーカー家に碓氷を売り出す材料がないからジェラルドは困っている。一族の鼻つまみ者である碓氷を 祖父をはじめとした この家で認めさせる材料がジェラルドは欲しい。
一方で異父弟・碓氷はジェラルドの考えとは真逆にいる。早々に祖父に会って正式な断絶を望んでいる。だがジェラルドはそれを許さない。祖父と追放された孫が会うのはジェラルドの準備が整う、その日。こうして碓氷はジェラルドによる軟禁状態、籠の中の鳥になる。

異父兄弟の相手を出し抜く頭脳戦があれば面白いが、本書に高度な内容は期待できまい。

咲は再度 碓氷との社会的な距離を再認識したため、周囲に自分たちの関係を認めさせる手っ取り早い手段として学歴と経歴を手に入れようとする。ただ その方向性にのみ進むことに迷いがあることから美咲は碓氷へ連絡を取ろうとするが、彼の携帯電話はジェラルドに取り上げられてしまったため不通となる。

その現状を打破するために美咲は自分が知るウォーカー家の窓口の一つである五十嵐に話を通す。それは自分がイギリス行きを願ったからだった。五十嵐は美咲の反応を面白がりながらも協力する。

そこで出てくるのが お金持ち学校の6人の手下。彼らは美咲の教育がかかりとしてイギリスに行っても恥をかかない程度の教養を身につけさせる。こうして美咲は間接的な努力だけでなく、直接 碓氷を迎えに行くための準備を整える。
ここも碓氷の転校と同じく不必要なワンクッションに思う。さっさとイギリスに乗り込んで、美咲らしく行き当たりばったりで問題を解決した方が らしいのに、また お金持ち高校での不必要な騒動を挿んでテンポを悪くしている。美咲はバイト代をどれだけ貯めているかしらないが、碓氷のために これまでの努力と労働をつぎ込んで さっさとイギリスに行った方がドラマチックだったような気がする。


禁状態の碓氷を監視するのはセドリックの父親。セドリックが暇じゃないと監視の任を辞めたのに、祖父に仕える彼の父親が出てくるのは不自然極まりないが、これは この一家の推移を見守ってきた長年使える者の視点が必要だからだろう。

そして長年 この家に仕えてきた彼によって碓氷の両親が この屋敷で主人と執事という立場で出会ったことが明かされる。それは今の美咲と碓氷とは立場が逆の身分違いの恋愛と言える。
碓氷の父親の名前はヒロセ・ユウ。祖父の代から英国に移住していて、父とは違う道で自立するために執事という職を選んだ。セドリックの父親とヒロセの父親が友人で、その縁で この城に入った。

その頃、碓氷の祖父は外敵ばかり作るような態度で、一人娘は自分の選択が この家の運命が決まると考えていた。やがて日本人の執事と一人娘は心を通わせるようになるが、取り返しがつかなくなる その前に一家の主が申し分のない相手との結婚を取り決めた。一人娘の この家の者としての責務を優先し、結婚を了承し、その後ジェラルドを出産した。


の後のプライベートなことは母の日記に残されており、碓氷はセドリックの父親から それを渡され読み始める。

長男・ジェラルドを出産した その数年後、碓氷の母親に病が発覚する。そして自分の死を予感した母親は家の為でなく一人の女性として生きることを選んだ。そして碓氷の両親となる2人は結ばれたらしい。ここで疑問なのはヒロセとの関係を怪しんで結婚を進めたウォーカー家がヒロセを数年間も家に置いておくこと。家の安全や評判を第一にするなら、絶対的な権力でヒロセと一人娘の接触が絶対に無い場所に移すべきだろう。それをしないのは ご都合主義だと思う。ヒロセが遠くに飛ばされても、主人の療養先に現れた、という方が自然で情熱を感じるように思う。

そして彼女が入院して間もなく碓氷を宿していることが発覚する。そこで彼女は家の支配から出て、ひっそりと その子を出産することを決意した。そして その子の誕生を見届けて間もなく他界した。ヒロセは城に噂が広がることで居場所を失って そこから行方が不明だという。

ジェラルドが母親の裏切りを知ったのは後年になってから。恐らく人生で一番 多感な頃に母親の身勝手を知ったことで彼は傷ついたと思われる。だから母親が真に愛した人との、真に愛された子である碓氷を憎む。だが母親譲りの病弱さを抱えるジェラルドは、健康体の異父弟を切り札として用いる。それが彼にとっての この家を守るということなのだろう。

ジェラルドの公私両方の碓氷の気持ちが複雑であるのが良い。そして それは自分の身体が丈夫であれば避けられた葛藤である。一番長らく傷つき、そして心を悩ましているのはジェラルドだろう。彼の苦しみが どう解決するのか、というのがヒーロー側のトラウマ解消や家族問題の解決に繋がっていくように思う。