水瀬 藍(みなせ あい)
きっと愛だから、いらない(きっとあいだから、いらない)
第08巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★(4点)
余命一年の少女の恋、ついに完結! 円花の病気に治療法があることが分かり、2人の恋に希望の光が差し始める。さらに、円花と光汰のバンドのデビューも決まり、何もかもうまくいくかのように見えた。ところが、デビューライブで円花の症状が悪化してしまい・・・。円花と光汰の運命はどうなる・・・!?この恋の行方は涙なしには読めない!最初で最後のピュアラブストーリー、堂々完結。
簡潔完結感想文
- バンドの2度目のデビューの話は またも幻になる。そしてボーカルに呪いが!?
- 記憶を忘れてしまった違う自分になる前に、今の自分を もう一度 届けたい。
- 物語が1ページ目に戻ったように、2人の恋愛も もう一度 出会いの場面に戻る。
あの場所で、今度は君から手を差し伸べて、の 最終8巻。
作者の予想より早く作品の命が尽きてしまったため、少し駆け足ではあったものの、作者が最初から構想していた場面は ちゃんと描けていたのではないか。そして それらは確かに印象的だった。例えば『1巻』の連載開始の1ページ目の円花(まどか)が自分の名前を口にするシーンは、今回の手術に臨む場面だということが判明する。また病気により記憶が欠落してしまった円花と吉良(きら)が「2度目のファーストキス」をしたように、吉良は円花と「2度目のファーストラブ」をするために、出会いの場所で彼女を待ち続けたという構図も良かった。そして円花の記憶が回復する鍵となるものの存在や、それによって今度は円花から吉良に手を差し伸べるという終わり方も『1巻』とは逆で彼らの交際が一巡し、ここからは まだ見ぬ未来へと動き出す印象を与えていた。
構造だけ抽出すると本書は悪くない。特に吉良に「2度目」の呪いがかかっているように見える部分が面白い。大切な女性の近くに いつも死が存在していて彼は2回 愛しい人を失う可能性があった。またバンドの2度のデビューと その消滅や、ファーストキスも2回必要で、出会いも恋愛も2回目を経て ようやく幸福に辿り着く。ある意味で悲劇のヒロインは吉良なのかもしれない。
この作品を通して作者が描きたかったことは分かるのだけど、やっぱり病気を扱うことに対しての真摯な態度は見えなかった。最後まで病気を恋愛の障害として都合よく使っている印象が拭えず、作者の思う「切ない」を演出するために病気が存在する。恋愛が最高の処方箋という考え方が蔓延しているのも気になった。
都合の良い場面で円花は倒れ、都合の良いタイミングで記憶を失う。そして その失った記憶の内容も都合が良い。全ては円花を悲劇のヒロインにするための装飾品で、悪趣味に映る。これまで何度も言及した 円花の傲慢さなどと同じく、その作品が内包する苦みを甘ったるく味付けして読者に感じさせないようにしている部分が最後まで異物感として残る。
吉良との交際期間を全て忘れたんなら、結愛(ゆあ)は記憶にいないはずなのに、彼女に対しての円花の戸惑いが一切 描かれていないところに矛盾を感じる。こういう作者の詰めの甘さが作品の価値を下げていく。
恋愛面では円花が吉良に夢中になっていく過程は分かるのだが、吉良が早い段階から円花一筋になるのが いまいち理解できず、どんな困難が2人を待ち受けていても彼が愛を貫く根拠が薄弱に思えた。最後まで円花を支える都合の良いボーイフレンドで、彼にとっての円花が特別に感じられる部分が端折られているような気がしてならない。
久世(くぜ)が動きそうで動かないのも惜しい。白と黒の王子たちの三角関係は過去作でやってきたことだし、余命や病気があるから そんなことしている場合じゃなかったのだろう。でも音楽活動と三角関係、どちらを描いて欲しかったかといえば圧倒的に後者である。ここは作者の選択に読者がついてこれなかった部分ではないか。
そう、大問題は何と言っても蛇足となった音楽活動だろう。そもそも円花にとっての歌の意味が薄弱で、彼女が歌うことに固執する理由がない。最後の記憶の回復の鍵が歌であるのも納得がいかない部分が多い。それならば もっと吉良の作ってくれた曲を大切にするとか、手術前に最後まで聞いているとか印象付ける場面が欲しかった。この辺は作者の中で脳内補完されている部分があって、読者にとっては曲の存在感がいまいちだった。
こんな疑問を生じさせるぐらいなら定石通り、アクセサリーを記憶の鍵にした方が分かりやすかった。特にネックレスは渡す場面を本書で一番ぐらいにロマンティックにしていたし、そこに付けられているラピスラズリの石は吉良がずっと身につけていたもので、彼の半身とも言える。そこに彼の魂があると思うのが当然ではないか。それなのに石よりも曲を優先する意味が私には分からなかった。
また回収されない伏線、放置された人・事柄の多さも残念だ。
音楽プロデューサー・鮫島(さめじま)の黒い噂、同じくプロデューサーの春近(はるちか)が円花に近づく意味、バンドの前ボーカル さくら の自殺の動機も不明だし、入院仲間の星叶(せと)の存在意義も消えた。
この中で春近は円花たちのバンドの活動に一騒動を起こそうと思ったのに、連載終了が宣告されて彼の出番が割愛されたことは容易に想像できる。鮫島も同じだろう。彼の無茶ぶりによってバンドが成長していく様子を描きたかったのか。
さくら の死は、本書にとっての死の軽さを象徴するもので作品の低評価の原因である。さくら が吉良の過去の背景としてしか用意されず、その死に何の意味を持たせてもらえてないのが可哀想でならない。彼女も死も病気と同じく恋愛の障害でしかない。そういう作者の態度には飽きれるばかりである。
星叶は与えられた役割が終わると登場すらしなくなる。円花にとっては最初の親友で大切な人のはずなのに、いつの間にかバンド・ラズライトのメンバーとの交流だけで彼女の心は満たされている。作者は本当に人を大事にしないというか、使い捨てや思いつきが多くて辟易する。
円花の母親も同じような感じで、過干渉からの放任で 高校生同士の お泊りも許すし、音楽活動も相談の場面もないまま容認している謎のスタンスが完成している。娘には干渉しないようにするが、その裏で葛藤し、主治医と円花を見守る側の大人同士の会話を挿むとか もっと母としての苦しみを最後まで描いて欲しかった。作者は世界に いくつもの視点があることを描けないから どうしても物語が単調になってしまう。
次こそは作者が作品世界全体を隅々まで愛し、キャラクタ全員に平等に愛を注ぐような作品が見たい。長編も4作目を終えて、そろそろ そういうことが出来てもいいんではないか…。
ラズライトのデビューライブが決定する。それを前に円花はプロデューサーの鮫島から、なんで歌を歌うのかを問われる。
その問いを考えている間に円花は吉良と些細な喧嘩をしてしまい、しかも後日、吉良が倒れたという連絡が入る。久世がバイクで吉良の家まで運んでくれる(お前も免許持ってたんかい…)。ただし吉良は寝不足。こうして円花は相手の体調を心配する時の苦しみや心細さを知って、吉良が円花を過剰に心配する根底には彼の愛があることを知る。
こうして歌う意味の円花の答えは、吉良の笑顔が見たいからだった。その答えに鮫島は納得する。誰かに届く歌の第一歩は目の前の1人から始まる、と彼は考えていた。問題のあるらしい鮫島だが、円花の音楽に対する甘い考えを許容する存在でしかないなぁ…。
敏腕プロデューサー・鮫島の ゴリ推しタイアップでラズライトのデビュー曲は清涼飲料水のCM曲になり、本人たちが出演した(曲とCMの内容が全く合っていない気がするんだけど…)。
だがラズライトの2回目のデビューの話は今回も鬼門となる。当日、円花は会場に遅れて入ろうとするが、その直前に いつもと違う頭痛に見舞われる。そして頭痛が治まると彼女は自分が何の目的で ここにいるのかが分からなくなっていた。こうして円花が会場入りすることはなく、デビューライブは中止となった…。
翌日には円花の記憶は回復したが、ライブを中止させてしまった後悔、メンバーの夢を壊した事実が彼女を襲う。円花は、それを病気の自分が大き過ぎる夢を見た罰だと捉える。だが見舞いに来てくれたメンバーは彼女に笑顔を見せてくれたことで、彼女の悔恨は軽減される。皆いい人過ぎる。
この記憶喪失は薬の副作用だと主治医は告げる。そしてすぐにでも手術が必要であること、そして成功しても円花は今までの記憶を失う可能性があることを円花に伝える。
生きられるかもしれないが記憶を失うかもしれない。その現実の二択に円花は困惑するが、吉良は円花に笑顔を絶やさないように接する。それでも せっかく見えてきた希望の光が消えそうになる不安に2人は押しつぶされそうになる。
円花は手術を前に、SNSで自分の入院が話題になって「いいね!」が何万もついていることを知る。自分を待ってくれる人の存在が円花を前向きにさせる。ただ その不自然に多い「いいね!」を貰っているSNSの発信元は鮫島と手を組んで動画を拡散させていた吉良のファンの あさみ のアカウントっぽい。自作自演で世間の同情を得ようという鮫島の汚さという可能性も残っている。
そして手術後の自分ではないかもしれない自分ではなく、今の自分を誰かに届けたいと願う。その話を聞いた鮫島はステージを用意する。それは地元の小さなイベント。開催されるはずだったデビューライブとは随分 規模が違うのだが彼らは喜んで舞台に立つ。そこで全身全霊の2曲を届け、円花は その思い出を心に刻む。
この鮫島らしくない地味で地道で活動に、この会場に来ていた春近は疑問を呈する。だが鮫島の方が音楽に純粋に向き合っていた。どうやら黒い噂はページの関係上 封印されたようだ…。
ライブ後、円花は吉良と海辺の教会に入る。
そこで吉良は用意していた指輪を彼女の左手の薬指にはめ、円花に結婚の予約を申し込む。結婚可能な18歳になったら入籍することを円花に願う。いかにも水瀬作品だなぁ…。新たな挑戦をしたはずなのに結局 いつものヒロイン・ヒーロー像になっている。作風の幅が限られ過ぎている。
そして物語は『1巻』の1ページ目へと戻る。あれは手術に臨む円花の姿だったのだ。
少し時間が経過し、再び物語に夏が訪れる。だが円花は これまでの記憶を失っていた。手術自体に問題はなく、経過も順調。通学も許された。だが ここ数か月の記憶をなくした彼女は表情まで失った。数か月ということは吉良に出会ってから、これまでの間。(都合よく)その記憶だけが抜け落ちているという。
その事実を知っても吉良は自分が彼氏であると名乗り出ない。円花の知らない情報を与えても彼女の混乱に拍車をかけるだけ、と自重している。吉良は それよりも円花が健康であることに感謝する。
円花は自分の欠落した記憶を取り戻すべく部屋の中に思い出を探す。そこで見つけたのが吉良から贈られたラピスラズリのネックレスと結婚を誓った指輪。何かを思い出しかけたが、それでは記憶は回復しない。そんな時、円花の家に久世と結愛が訪問する。久世は数か月前もクラスメイトだろうが、結愛は記憶にいない存在なんじゃないの?? なんだか設定が甘い。吉良との交際だけ都合よく忘れている。
手術後の円花は健康で、これまで出来なかったことも許されるような生活が嬉しいが、その一方で記憶をなくす前の自分は もっと幸せだったのではないかという疑念が離れない。そこに葛藤し悩む。しかし彼女の記憶を取り戻すのは、吉良が円花が贈った曲だった…。
最後の最後で駆け足進行で必要最低限の苦しみと解放だけが描かれていて、あっという間に終わってしまった印象を受ける。音楽活動を全部 割愛して、記憶の鍵をアクセサリーにして、記憶喪失期間を もう少し長く描いた方が良かっただろう。あれもこれもと欲張るから、虻蜂取らずになる訳で…。