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少女漫画と小説の感想ブログです

ようこそ、試験も就活も人間関係の軋轢もない 大学というモラトリアムワールドへ!

ビーナスは片想い 1 (花とゆめコミックス)
なかじ 有紀(なかじ ゆき)
ビーナスは片想い(ビーナスはかたおもい)
第01巻評価:★★★(6点)
 総合評価:★★☆(5点)
 

春☆憧れの一人暮らしをスタートさせた紗菜(すずな)。素敵な出会いを期待したものの、隣人は口の悪い同級生・英知(えいち)だった。ところが、英知の友人・深見に紗菜は…!!

簡潔完結感想文

  • リアルタイムの雑誌読者はヒロインと一緒に春に大学に入学し、春に卒業できた作品。
  • 2回前の辰年の連載で当時の大学の光景や流行、慣習などが描かれていると思われる。
  • いつも からかってくる隣人男性は同じ男性を巡る恋のライバルになる、変則的三角関係。

者の最長作品ではあるものの、最高傑作ではないかな、の 1巻。

本書は1999年4月号から、その年に大学に入学したヒロインたちの大学生活を ほぼリアルタイムで描いた作品である。それが当初から予定されていた構成なのか、連載が人気を得たからなのかは分からないが、本書は作者にとって最長となる巻数の作品となった。
連載作品とは本来 そういうものなのだろうが、特に本書はリアルタイム読者にとって登場人物たちに毎月どんなことが起こっているのか、まるで恋愛リアリティショーを見るような感覚だったのではないだろうか。

地元を離れて大学生活&一人暮らし。素敵な友達、隣人、男性によって紗菜の日常は彩られる。

ただ4年間の大学生活を描いた弊害として中盤、何も起こらない期間が長すぎる。恋愛漫画としてのクライマックスを大学生活の後半に持っていきたい意図から、特に意味のない両片想い時代が長いており辟易した。この『1巻』をはじめ序盤は新生活や恋愛、思わぬ三角関係などを用意していただけに、中盤の空疎さが悪目立ちしてしまっている。

もしリアルタイムで読んでいたとしたら上述のような時間の共有があって楽しく読めたのだろうが、連載開始から1999年から干支が2周した現在(2023→24年)に一気読みした私にはテンポも悪く感じられた。スマホなんてない≒娯楽に乏しい時代だったから熱中してもらえたが、今の時代に この内容を出しても ついてきてくれる人は少ないだろうな、と思わざるを得なかった。

以前 読んだ『ハッスルで行こう』も調理系の専門学校生が主人公で、10代の後半を描いた作品だったが、作者の作品は下手をすれば高校生よりも精神年齢が幼い おままごとのような恋愛描写が続いていく。

その不満は学校生活も同じ。作者は基本的に優しいのだろうが、登場人物に嫌な目に遭わない(それは本命との恋愛も同じ)。だから安心して読め、そこが好きだという人もいるのは分かるが、お花畑と紙一重に思えた。『ハッスル~』はプロとして働く覚悟が描かれていたが、本書はモラトリアムが徹底されているので、男の子に囲まれるだけのヒロインの生活を羨ましく思いつつ、段々と それが反転して妬ましくも思えてきた。

大学生活の4年間を描いていても学業や就職の面を ほぼカットしていて、彼らがモラトリアムを大いに謳歌しているようにしか見えなかった。読者に嫌な思いをさせないためなのか、ヒロインの紗菜(すずな)は大学の勉強や、入った強豪テニスサークルなどでも一度も苦労をしない。だが そういう優しさが反転して、4年間という彼らの人生の中で大きなウエイトを占める時間の中での成長や努力を感じられなかった。
人間的に大きく成長する4年間を描く余地と時間はあったのに、最後までヒロインに成長を感じられなかった。


の他にも色々と作者の限界が見えてしまった作品のように感じられた。ヒロインの恋が構成上 動かなくなるのなら、その時に動かせばいい「友人の恋」は序盤から種を蒔かれているにもかかわらず 作者が それを上手に活用できているとは思えなかった。
主要キャラは4人(または5人)いるのだから群像劇として それぞれにドラマを作り、複数視点で物語の厚みを出せればよかったのだが、飽くまで作者の関心はメインの2人だけで、思い出した頃に「友人の恋」を描くだけ。しかも作者の描く恋愛は1回 付き合ったら基本的に上手くいくし、恋愛の綺麗な部分しか描かないからバリエーションに乏しい。ヒロインを純朴にしたままでも、友人にはドロドロした感情や性的体験や描写を担わせることも出来たと思うのだが、それをしない。もう少し俯瞰的に、立体的に物語を作る人だと思っていたので、内容の浅さに正直 落胆した。毒にも薬にもならないとは このことか、と辛辣な意見を述べたくなる。

そして元々 人物の描き分けに難があるところにキャラが増えていくから判別に難儀した。特に黒髪の男性キャラ2人は二者択一でいつも迷った。作者もそれを感じてか、入れ替わるように出番が調整していると思われるが、一緒にいる場面なんて髪型の違いで間違い探しのように見分けていた。童顔だろうがハーフだろうが基本的に同じ描き方である。あの手の顔が作者の好きなタイプなのだろうが、キャリアを重ねる中で これまでとは違う描き方やキャラを模索して欲しかった。

作者的には少女漫画の枠を超えない柴門ふみ さんの『あすなろ白書』でも目指していたのだろうか。そういえば アチラの作品も同性愛的な感情を持つ人がいたなぁ。色々と越えられない壁になっている気がするが…。


原 紗菜(あしはら すずな)は大学進学を機に実家のある岡山から、大学から徒歩3分の場所にある大学卒業生がオーナーのアパートに入居を決めた。
このアパートの左隣の部屋に住んでおり、引っ越しの挨拶から印象的だったのが魚住 英知(うおずみ えいち)であった。

印象的な出会いを重ねて、紗菜と読者の中で英知が忘れられない人になっていく。

引っ越しから数日後、入学式で紗菜は合格発表の際に出会ったという梶 陽奈子(かじ ひなこ)と合流する。陽奈子は この大学の付属上りで新入生の3割は知り合いだという。この陽奈子のコネクションから紗菜は これからの人間関係の構築していくので、おそらく陽奈子は案内役として必要なのだろう。それは分かるのだが、一体 内部進学組の陽奈子と、外部受験の紗菜が どうやって「入試の時に知り合う」のか謎である。そして その出会いの場面は最後まで回想されることなく終わる。24年前のことだが作者に説明を乞いたい。

陽奈子の紹介で紗菜と英知は正式に挨拶を交わす。実は陽奈子は高校生の頃、同じく内部の高校に在籍していた英知に恋をしていた。高校の入学式の時に一目惚れして、3学期に告白したが玉砕したという。その理由を英知は「女に興味ないから」と語っている。その言葉に落ち込むよりも怒りが湧いた陽奈子は、それ以来 英知の悪友として仲良くしているという。

そして陽奈子は大学生活が始まって しばらくしてから1人の講師の男性に目をつける。下記の紗菜といい陽奈子といい直感で人に惹かれ、その後に内面に惹かれていく過程を取っていく。陽奈子が惹かれたギリシア語講師の保刈(ほかり)とは趣味や感性が似ており、お互いに惹かれていく。


菜はサークル活動と恋愛をしようと大学生活に期待に胸を膨らませていた。一応、登場人物それぞれ、当然 学科があるのだが、英知以外は勉強は二の次であり記号に過ぎない。もう少し勉強と私生活のバランスの難しさなど描いても良かったのではないか。これも作者が読者を現実に引き戻すような描写で嫌な気持ちにさせないためなのだろうか。

後日、1人で学校内を回っていた紗菜が目を惹かれたのはテニスサークルと そこで華麗なプレイする深見 慎哉(ふかみ しんや)という男性だった。物語で最初に出会った男性は英知だったが、大学生活で まず紗菜が惹かれたのは深見となる。可愛い系の英知ではなく格好いい深見が選ばれる。深見は この本気テニスサークルの中で誰よりもテニスが上手い。白泉社ヒロインが好きになりがちなトップ オブ トップの男性と言えるだろう。

紗菜は裏表がないというか、嘘がつけない性格なので深見への憧れを すぐに周囲に見抜かれる。

深見を追いかけて入ったサークルは付属校でテニス部に所属していた人が中心となっているという。それでも初心者の紗菜は歓迎され、嫌味を全く言われることはない。本気のサークルという割にユーレイ部員が多いのも謎の設定である。紗菜のサークル活動の様子は徐々に影を潜めていく。後輩に指導するとか引退するとか大きな動きのないまま、テニスサークル所属は忘れられていく。後半は紗菜自身がユーレイ部員のような感じで、テニスが上達する様子も描かれない。作者の過保護は登場人物に苦労の種を消去するが、それは成長の場面を描けないということでもある。全てが生ぬるい。

しかし未成年の飲酒シーンはもちろん、飲み会での一気飲みのシーンなんて21世紀初頭から絶対に見られないシーンとなっている。


る日、学部の飲み会に参加した深見は、帰宅が面倒で、学校からほど近い英知の家に泊まろうとする。酔った深見に抱きつかれ、英知は赤面する。また飲み会で英知は、王様ゲームで深見からデコチューをされることになったが、不快感からトイレに行く振りをして彼は赤面していた。こうして徐々に英知の気持ちが明らかになっていく。

王様ゲームでのデコチューは約20年後のBLドラマでも見たなぁ…。嫌じゃなかったよ お前のキス。

紗菜と恋愛フラグのようなものが立つのは深見ではなく英知との場面が多い。しつこい新聞の勧誘に困っている紗菜を隣人の英知が助けたり、雷が苦手な上に停電した際にも英知が助けに来てくれた。そういう意味では英知はヒーローの資格を持つ。

だが英知が好きなのは深見だということが正式に判明する。紗菜は英知が寝ている深見にキスをしようとしている場面を目撃してしまう。英知の深見への恋心を知っても、紗菜は偏見を持たない。そのことに安心感を覚えた英知は ますます紗菜と仲良くなる。

英知が深見と知り合ったのは中学1年生の時。そして恋心を意識したのは深見に彼女が出来て すぐにフラれた高校1年生3学期の時だという。おそらく この後に陽奈子から告白されたのだろう。だから この時の彼は本心から女に興味がなかった訳で、嘘や言い訳を言っていたのではない。その前後に英知を ずっと見ていた陽奈子は彼の恋心には気づかなかったのだろうか。


学生活も1か月が経過したゴールデンウィークに同級生たち4人は お泊り回を計画する。

この旅行で一番 緊張していたのは深見から お風呂に誘われた英知かもしれない。精神的なものだけでなく、肉体的・性的にも深見に興味があるということなのか。それはもうガチということになると思うが、作者にとって愛に性別は関係ないらしい。

旅行中は4人は仲良く行動し、紗菜は深見のことを深く知る機会を得て、ますます彼に惹かれていく。そして紗菜は英知にライバル宣言をする。
だが そんな2人をよそに深見は運命的な出会いをしていた。しかも料理の お裾分けから英知の部屋でふざけ合ってい場面を深見に見られ、紗菜・英知は それぞれに されたくない誤解をされてしまう。少し変わった女1男2の三角関係だが、彼らの前途は多難である。

大学生活も作品としてもスタートダッシュは悪くない。