なかじ 有紀(なかじ ゆき)
ビーナスは片想い(ビーナスはかたおもい)
第02巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★☆(5点)
一目惚れした深見くんになんとか接近したい紗菜。隣人の英知、仲良しの陽奈子と一緒に、深見のテニスサークルで楽しい日々を送るが…。しかし深見には忘れられない女の子がいた…。
簡潔完結感想文
- 恋のライバル宣言をした隣人2人だが、お相手は彼らなど眼中になかった現実。
- 男性に悲痛な過去を用意するが それはヒロインが良い子になるための踏み台。
- 失恋カウントダウン。その前に2人は それぞれに恋を一つの良い思い出にする。
私たちの本当の恋愛は ここからだッ! の 2巻。
女子校育ちのヒロイン・紗菜(すずな)が大学のキャンパスで見つけた初めての恋は『2巻』で終わる。女1男2の三角関係で、隣人同士の男女が1人の男性・深見(ふかみ)を巡って正々堂々と戦う姿を描いてきたが、思わぬところから伏兵が現れ、2人とも その恋心に自ら終止符を打つ時が近付く、という意外な展開を見せた。最初の失恋までに2巻以上を使っているのが贅沢仕様である。となると残るヒーロー候補は現時点では英知(えいち)しかいないのだが、英知は「女に興味のない」人。恋の相手として一番 遠い場所にいる存在。紗菜にとっても英知は男友達になっているので、そこから どう気持ちが変わっていくのかが今後の楽しみである。
『2巻』では英知がヒーローなのだという証拠に彼の悲しい過去=トラウマが語られる。それは英知が実姉を2年前に亡くしているという過去だった。大学で紗菜が仲良くなった4人組の内、紗菜だけが外部受験性で、彼女だけが英知の過去を知らない。それを知る過程で紗菜がヒロイン的な行動をすることで、英知のトラウマは少し軽減され、そして紗菜の お節介が英知の家族を修復していく。
この過去を共有することで2人の魂の距離は また近くなる。こういう積み重ねが後の展開の布石だろう。あっという間に外見から好きになった深見とは違うアプローチであることは分かる。
ただ全体的に英知の姉の死は紗菜をヒロインにさせるために利用された という感触が残った。ここは紗菜が大声で泣くことで英知も涙を流すことが出来るという美しい場面なのだが、静の顔も知らない彼女が大泣きすることに紗菜と作品の自己陶酔を感じてしまった。子供のように全ての感情をハッキリと表現するのは紗菜の魅力であることは理解しつつも、泣くのがワザとらしく見えた。先に英知が泣いて、そこに釣られる方が自然な共感力のように思う。
そして英知にとって姉の存在や死が思い出されるのは この回のみというのも気になる。大学の4年間を描いた作品なのだから、姉の命日になると英知が神妙になるとか、時間経過の中で英知の中の姉の重要性を出せるところなのに、それをしない。作者は明るく正しい物語が好みのようだから湿っぽくなるのを避けたのかもしれないが、1回限りの姉の死(しかも2人の距離感を近づける目的のため)というのも無慈悲な感じがする。
また『2巻』の後半の学園祭で英知が女装するのだが、それが女性に見間違えるほど可愛いのは少女漫画のファンタジーとして納得できるとして、英知が女装することへの拒否感はないのかな、と思った。つまり姉を亡くしている彼からすれば、自分が女装することは、自分の中に姉がいることを思い出してしまうのではないか、と考えた。英知はカツラをつけてない地毛のままなので姉とは それほど似ていないが、それでも彼女のいない実家に英知が帰りたくないように、自分と確かに似ている彼女を思い出すような行為はしないのではないか。逆に英知が女装を勧められても周囲の空気が悪くなるほど拒絶する展開の方が彼にとって姉の死を色濃く感じただろう。事情を知った紗菜が止める展開もありだ。私の意見が絶対的に正しいとは思わないが、作者は本当に英知の心境を考えられているのか、と疑問に思った場面である。
作者は丁寧にキャラ作りをしているみたいだが、それが反映されているとは言い難い。あと21世紀に消滅した1/4スペースで先にネタバレをするのは やめていただきたい。せめて そのキャラの出番が終わった後に載せて欲しい(と20年以上前のことに文句を言ってみる)。
ゴールデンウィークの旅行の次はテニスサークルの合宿と旅が続く。
紗菜と英知は すっかり喧嘩友達みたいな感じで、減らず口を応酬しあう。冒頭の英知の言葉にもあったが本書の男性は女性に対して体型や体重のことを すぐに言う点に時代の流れによるコンプライアンスやモラルの違いを感じた。ちょっと食べる量が多いと「太るぞ」という余計な忠告をしてくるのは何なんだろう。それが この時代のコミュニケーションの方法なのか、痩せていることが単純に女性の美点と考えていたのか。この辺は令和の時代に読むとセクハラにしか思えない。平成よりも、もう一つ古い昭和のようなデリカシーの無さである。
合宿自体は、前回の旅行回と内容の重複を感じる。この短期間に2回も旅行する資金は どこから出てくるのかが謎だが、その後 夏に入ってから紗菜はバイトをしている。何のバイトを始めたのかや働くことの難しさなども描いて欲しいが、同級生たちとの交流がない場面は ことごとくカットされる運命にある。
この合宿で最も大事なのは『1巻』のラストで深見が電車内で出会った女性との再会だろう。軽井沢の地で再会した運命と、その再会の度に格好悪い場面を見せる深見であった。ただ この鮮烈な再会によって相手の女性も深見のことを忘れられなくなったのではないか。紗菜が英知との出会いや交流が印象的で忘れられないのと同様に。
この相手は短期大学の服飾科に通う柏木 穂花(かしわぎ ほのか)。もしかしたら本書において最初で最後の同じ大学ではない登場人物かもしれない。
2人は旅行から帰った後の神戸でも再会する。そこで年齢は穂花が1つ年上であることが判明する。
深見の恋心に最初に勘づくのは英知だった。こうして元々 同性同士ということもあり自分の恋に悲観的だった英知は さらに現実を突きつけられる。これまで深見の女性関係が派手ならば それはそれで心が楽になったのだろうが、彼は真面目だから今回の恋が深見にとって特別になることは この時点で英知には分かっていたのではないか。
紗菜も街中で穂花に再会し、そのことを無邪気に英知に話すが、英知には紗菜もまた近々失恋する未来が見えているので彼女を それとなく慰める。
9月に入りアパートに英知の弟・知巳(ともき)が登場する。「己」じゃなく「巳」で「き」と読ませるのは謎だ(他人様の名前に お節介な話だが)。
知巳の登場で英知たち兄弟には静という亡くなった姉がいることが判明する。英知とは2歳離れていて、2年前に旅先のハワイで事故に遭い亡くなったという。知巳は姉の3回忌に参列するように英知のアパートまで来たのだが英知はそれを拒否。その理由を紗菜が聞き出す。実家に帰ると かえって姉の不在を実感してしまうからであった。だから実家からも法要からも英知は逃げている。
その話を紗菜にし、姉のことを思い返して英知は静かに涙を流す。その横で紗菜は声をあげて泣いてくれた。でも上述の通り よく泣けるな、と感心してしまう(嫌味)
紗菜の流す涙と優しさに感謝して英知は彼女の おでこにキスをする。
そして紗菜は弟の知巳にも お節介をして話を聞き出す。知巳は兄の まるで兄弟が静しかいないような振る舞いに腹を立てていた。そこで紗菜は知巳に協力し、彼が法要に足を向けるように努める。この一家の家族問題に首を突っ込むことは、将来の紗菜にとって布石だろう。
ただ姉の死、という重い問題を過去に付加した割には、この問題が その後、顔を出すことはない。こういう点が どうにも本書の全てのエピソードが薄っぺらいと感じる部分である。英知が紗菜を連れて墓参りするとか印象的な場面があれば良かったのだけど、消化したエピソードは振り返らないようだ。
続いては学校イベント・学園祭。ここでは陽奈子と深見の恋が それぞれに少し進展する。英知や紗菜に比べて2人が積極的なのは、彼らの中で この恋への確信があるからだろうか。
穂花が来校していることを知り英知は深見をアシストする。それを見ていた紗菜は、深見が誰を想っているのか、そして英知は それを承知で応援していることを知る。
だから紗菜は自分に残された時間が少ないことを意識して、深見への告白を決意する。敗色が濃厚でも伝えないまま終わりたくない、その勇気をくれたのが英知だし、紗菜も また自分で選択する意志の力がある。
一方で英知は自分の恋が成就しないことを予感しながら告白も出来ない。彼の場合、想いは秘めたままでなければ7年間の友情も壊れてしまう。そこが紗菜と違う、彼だけの苦しさ。
深見もまた穂花の学校の学園祭に行き、一歩を踏み出そうとしていた。この日が紗菜と英知にとってタイムリミットだったと言えよう。
だが当日、英知が事故に巻き込まれ軽傷を負う。紗菜が事故を深見に連絡すると、彼は穂花の学園祭のファッションショーよりも英知を優先して飛んできてくれた。そして英知の無事を確認して彼を抱きしめる。それは深見から寄せられる英知への(広義での)愛だった。絶対に言い出せない恋だったけれど、最後の最後に英知は報われる部分があった。それを確認できた英知は深見を穂花のもとに走らせる。
そして紗菜も深見を呼び止め「好きだなぁ」と想いを告げる。彼女の「告白」は これで終わりみたいだ。この失恋までが物語の第1章だろう。そして告白に対して深見は驚いた顔をしたが「サンキュ」としか返さないのは、深見に具体的な お断りの言葉を述べさせないことで、今後も紗菜と深見の関係が疎遠にならないようにするためだろう。
もし英知が告白をしたら深見は これまで通りの距離では接してくれないだろうし、もし紗菜が告白しなかったら いつまでも深見への想いを持ち続け、次の恋への歩み出しが送れただろう。
彼らが自分たちの中で納得できる形での失恋を作者は用意してくれた。こういう過保護は悪くないと思う。この先の作者が描きたかった場面までは構成が しっかりしている。